第154話 その目にはあの憐れみの色はなかったのです
「……喧嘩の原因は何なのよん」
深夜の暗い寮の共用スペースでマネージャーに絞られる席には、ケツアナとハナアナも同席していました。
この期に及んでも私は自分が一人怒られてる事に納得してませんでした。
「どうしてあんな事したのよん」
ちなみに当時のマネージャーは男です。
「どうして私の周りにはオカマしかいないんですか?」
「質問に答えなさいよ(怒)」
「自主練に戻らせてください」
時間の無駄だと思いました。
そんな私を脅すようにマネージャーは言います。
「みんなと仲良くできないなら、残念だけどあなたにはグループから抜けてもらう事になるわよん?」
社長や田中さん、山田さんの向けてきた視線に感じた屈辱をまた感じました。
まるで私が間違ってるような…私が異端であるかのような。腫物のような扱い。
なぜ?
私は誰よりも努力してる。
実力がある。
なぜ私がこんな扱いを受ける?
マネージャーが帰って行った後もケツアナとハナアナはそこに留まっていました。
「…みんなと仲良くできないのん?」
ケツアナが問います。内心当たり前だと吐き捨てながらも私は黙っていました。黙っていてもそれを肯定と捉えたケツアナが続けます。
「…それは自分に比べてあの子達が劣ってるから?」
「……」
「ほんとにそう思ってるのん?」
「……事実でしょう?」
事実そうなのだ。そのうえ奴らはには向上心もない。
アイドルになる為に必死に努力してきた。なのにどうして憧れた東京にまで来てこんな仕打ちを受けるのか…
気づいたら私の目からは大粒の雫が零れてました。
「なんで…あんなやる気のない奴らに…足を引っ張られないといけないの…」
「……やる気がないですって?あんた、あの子達の何を知ってるの?」
私の声を拾ったハナアナが鋭い声で言います。
「あんたあの子達の事、ちゃんと知ってんの?」
繰り返すハナアナの言葉の真意が分からなくて、悔しさと怒りに顔をぐちゃぐちゃにした私は二人のトレーナーの顔を見返します。
また、あの目でした。
「……着いてきなさい」
ケツアナとハナアナに連れて行かれたのはいつも使ってるスタジオでした。
もう日付が変わろうかという時間でしたが、スタジオには明かりが灯っていて、中からシューズが床板を擦る音が漏れ聞こえていました。
「覗いてみなさい」
ケツアナに促されてドアにはめ込まれた細長いガラスに顔を近づけました。
ここに連れて来られた時点で予感していた光景ではありましたが、実際目にした時の予想外さは想像以上です。
あのやる気のないメンバー三人が、滝のような汗を流しながら鏡の前で自主練に励んでいたのですから…
「頭打ったとこ大丈夫ですか?」
「へーきへーき。たんこぶできただけ」
「あいつ今度焼肉奢らせよう」
「金持ってんのかな?バイトしてなさそうだし」
しかも、私の居ないその空間では、話してるところなんて見た事のない三人は友人同士かのように気安く言葉を掛け合っていました。
「…ずっとよ。あの子達はこうして毎晩自主練してるのよん」
ハナアナが教えてくれましたが、私は首を横に振ります。
「…スタジオは毎日私が使ってましたが…三人が来た事なんて……」
「あなたの自主練の邪魔になるといけないからって、時間をずらしてこれくらいの遅い時間に来てたのよ」
…私に気を遣って?
「深夜に三人が寮から居なくなるのにも、気づいてなかったんでしょ?」
言われて愕然とします。
あの三人は…私の知らない所で親交を深め、こんな時間まで練習に励んで……私はそれを、同じ屋根の下に居ながら何も知らなかったのかと…
私はスタジオの中から目が離せませんでした。
それはその事実に驚いているからではなく…
「……上手い」
社長と山田さんの動きは私の目から見てもハイレベルだったのです。
特に社長のそれは…多分私より……
「…どうして……?」
「あなたなら分かるはずよん」
注意深く自主練を観察していればすぐに気づきます。この自主練の意図に。
社長と山田さんは都度都度動きを止めて、田中さんに細かくアドバイスを送って、彼女の練習を見てやっていたのです。
つまりこれは、田中さんの為の特訓…
二人はこんな深夜まで仲間の上達の為に時間を使っていたのだと初めて知りました。
「…でも、だったら普段のレッスンの時のあれは…」
明らかに普段の時とレベルが違う。いつものレッスンで手を抜いているのは明白でした。
それに対して疑問と、格下だと見下していたはずの相手の方が上にいるという歯痒さの混じった顔をする私に二人のトレーナーは教えてくれました。
「見ての通り、田中ちゅわんのレベルはあの二人、そしてあなたと比べて遥かに劣るわん。田中ちゅわんはこうして夜遅くまで稽古して、実力を上げる努力をしてる。でもユニットである以上、パフォーマンスに大きな開きがあったら、全体の中で浮いてしまうのも事実よねん?」
「……」
「個人のレベルを磨きあげる事と、ユニット全体のレベルをあげる事はイコールじゃないわん。言ったでしょ?あなた達は4人でひとつのチームなのよん。あなたや他の子がどれだけ優れたパフォーマンスをしても……一人が追い付けなければ全体のパフォーマンスはそれに引っ張られて低く見える。ならどうする?」
突っ走りすぎだという山田さんの言葉が頭を過ぎります。
「一番下の子に合わせてセーブして、足並みを合わせる……ユニットでのパフォーマンスには時にはそういう協調性も求められるのよん。グループである以上、あなた一人が評価されても意味がないわ。あなたは一人でもデビューしてやるって気持ちだったんだろうけど…それは事務所の決める事」
打ちのめされた気分でした。
自分は周りを見ずに不機嫌なまま突っ走って、全体の足を引っ張っていた子供だとはっきり指摘されたのですから……
それは実感を伴って網膜に焼き付きます。
田中さんに合わせて三人だけで踊る時の姿は、普段のレッスンの時よりレベルは落ちるのに、ずっと纏まった見えたから……
「……でも…仲間と足並みを揃える為にレベルを落とすなんて…」
それでは自分の今までの努力はなんだったのか…
受け入れる事が出来ない私の口から滲み出したセリフに返ってきた答えはこれでした。
「それはあなたがまだ、あの子達の事を受け入れられてないからよん」
「仲間だと思えるようになれば、考え方も変わるわ」
それは最初から提示されていた答えのようでした。
トレーナーから言われた言葉も…
田中さんから教えてほしいと言われたあれも…今思えばそれは、孤立してる私を輪の中に入れる為の口実で……
三人はこうして努力して、そのうえ私を受け入れようとしもてて……
見下して嫌悪していた三人の真摯な姿に忸怩たる思いが込み上げて、それが目から溢れ出ます。自分の愚かさに前が向けませんでした。
ケツアナとハナアナは何も言わずに、ただそっと背中を撫でてくれました。
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さて、私はメンバーに対して大きな誤解をしていたようでしたが……この星熊という女は素直に謝るという事が出来ない女でした。
それでも私なりに歩み寄って、グループの一員にならなければ……その思いはありました。
本来なら社長への謝罪が一番最初なのでしょうがなかなか自分から話しかける事も出来ず、他のメンバー達も私に話しかけてくるような事もなく…
そうして幾日かが過ぎていきまして……
「星熊ちゅわん。田中ちゅわんの練習見てあげなさい」
ある日のレッスン終わり、見かねたトレーナーが私にそう命じたのです。
スタジオに走る緊張……
「……はい」
メンバーからしてみれば私はわがまま放題で自信過剰で、そのくせ自分達より下手くそで、喧嘩して以来謝ってくる事すらしないクソ野郎なので、こっちとしてもバツが悪いったらありませんでしたが……
この機を逃したら二度と私は和の中に入れない…
その思いでいっぱいでした。
自主練となったその時間、社長も山田さんも帰らずに、かと言って私達の方に近寄るでもなく、スタジオの隅の方で手持ち無沙汰そうにしているだけでした。
「……あの、どう…でしょう…?」
「……もっと音楽聴いて。あと指先まで意識してください」
「はい……」
二人に背中を見守られながら私は田中さんのダンスを見て淡々と改善点を指摘していくだけの時間が過ぎます。
……上手くなってる。
まだまだではあるけど、着実に努力の成果が出てきていました。
私と同じように頑張っているという事実がただ嬉しかった。
「……上達しましたね」
意識せずにポツリと零した一言は心の底から出てきた本音でした。
田中さんは言われた言葉の意味を測りかねてぽかんと固まった後、後ろで見守ってた二人に顔を向けていました。
「……ありがとうございます」
田中さんは笑いました。心底嬉しそうに。その笑顔に恥ずかしくなって顔を背けます。
「……あんたも上手くなったよ」
後ろから飛んでくる社長の声に振り向きますが、目が合ってすぐにバツが悪くなり目を逸らします。
そんな私を社長は意地悪そうな顔で見つめていたのを覚えています。
「最近は私らに合わせるようになった」
それは上手くなったのとは違うと思いましたけど、ユニットとしてはそうやって成長していくのだと、言い聞かせます。
社長はすぐに真顔に戻って隣の山田さんに同意を求めました。彼女は視線もくれず、けれど小さく「まぁ…」とだけ言ってくれました。
「……あの…」
今しかないと思いました。
プライドも何もかもかなぐり捨てて頭を下げようとした私を社長の言葉が乱暴に遮りました。
いつの間にか私の目の前に立っていた彼女がやたら強い力で頭を叩いてきたものですから、思わず頭を上げた私に彼女は言いました。
「今夜自主練付き合え。みんなで合わそう」
いつも通りの仏頂面ではありましたが、その目にはあの憐れみの色はなかったのです。




