第14話 匂い嗅がないでください
「この保養所ってさ、なんか管理人さんとか居ないんですか?」
食堂で素朴な疑問をぶつけてみたら星熊マネージャーはキョトンとした顔をして小首を傾げたの。一体なにを言ってるんだこの子はみたいな顔をしてる。
「講師も呼ぶ金ないのに管理人さんがいるわけないじゃないですか…」
「じゃあここは誰が管理してるんですか…?」
「普段は放置されています。これは社長のお父さんの会社の物件です」
「その社長さんのお父さんの会社って言うのは…?」
「建設業」
「えぇ……」
もはや何も関係ないじゃん。
私達は食堂で出されたコンビニ弁当を眺めながらその話に納得してた……
「……ご飯がこれじゃあねぇ…」
万理華さんがブスくれた顔で不満を口にする。確かにこういう所だったらなんか健康的で微妙な味のご飯が出てくるんじゃないのか…
管理人も居なければ食堂のおばちゃんも居ない。どうりで初日は真っ暗で蒸し風呂状態だったわけだけど…
なんて、当事務所の資金難にガッカリしながら前を見つめて、ドン引き。
「琴音ちゃん琴音ちゃん、流石にご飯の時はマスクを外そう」
「……モグモグ」
ご飯を撒き散らし、マスクを汚しながらも頑なに素顔を晒さない琴音ちゃんには陽さんもマスクを脱がせようと試みるけど…
「……ヤダッ」ビシャビシャッッ
「飲めてない飲めてない!お味噌汁全部零れてるからっ!!」
……もしかしたらこの子のマスクの下の顔は犬神家の佐清みたいになってるのかもしれない。
「がはは!そこまでくるとキャラ付けも本物だねぇ!てかそれ、食べれてる?」
煽るように指摘する紗良さんの言う通りマスクの周りはご飯でぐちゃぐちゃです。
それに琴音ちゃん少しムッとした様子。
「タベレテルシ……」
「全部零してんじゃん。お弁当作ってくれた農家さんに申し訳ないと思わないの?」
「タベレテルシ!!」
……なんかムキになってる琴音ちゃん、これを見ろと言わんばかりにカップのお味噌汁をタイガーマスクの口へ。虎の口の中にお味噌汁が吸い込まれていく。
おや?飲めて……
「あちあちあちっ!?!?」
「琴音ちゃん!?それ全部顔にかかってない!?」
……今までで一番の声が出てた。
「……なんのつもりなんだろ、あの子」
隣で呆れたような声が聞こえた。見ると万理華さんが眉を寄せておバカしちゃったタイガーマスクを眺めてる。
そんな彼女の勝気な横顔を私も見つめる。
今日のレッスン、万理華さんは琴音ちゃんにほぼ付きっきりだったな。
言葉は強かったけど、端々に嫌味とかじゃない感情を感じ取れた。
初対面の時は経験者故、私はお前達とは違うと言わんばかりの上から目線に苦手意識を抱いたけど…この人の本質は違うのかもしれない。
琴音ちゃんの練習に付き合ってる万理華さんの姿は真剣そのもので、妹を一生懸命励ますお姉ちゃんのようにも見……
……お姉ちゃん!?
まさか、この人がそうなのか!?ツンケンしてるけど根は優しいお姉さん系なのか!?私が待ち焦がれてる琴音ちゃんとの姉妹系カップルの相方はこの人なのか!?
「……あの、万理華さん」
「え?」
唐揚げをもぐもぐする万理華さんに思わず話しかけてた。
「…………万理華さんって実は優しい人ですよね?」
「え?……は?…バッ……バカっ!急に何言い出すわけ!?」
ツンデレ属性も!?
「私……」
「え?何その顔。怖い怖い」
「万理華さんには期待してます」
「え?……ありがとう?」
「琴音ちゃんのお姉ちゃんは……万理華さんなんです」
「いや違うけど?」
「あなたなら私に夢、見せてくれますよね?」
「なんの話!?さっきから怖いんだけど!?」
「…………本当に期待、してますからっ」
「私に琴音の姉になれと!?」
「……今日、琴音ちゃんの部屋で寝てくれますよね?」
「寝ないけど!?」
「あの……その様子をカメラで撮ってもらっていいですか?」
「なんなのこの子!?」
********************
午後も万理華さんによるレッスンは続いた。
初日から手厳しい万理華さんのレッスンでケロッとしてたのは陽さんと紗良さんくらいのもんで、途中朋花さんが「そない怒らんでもええやんけ!?」ってキレてた。
そんな怒涛の一日。ひたすら発声レッスンで消えた一日を思い返してみても私の成長は感じられない。
そんな……一日でした。
「……アイドルになるのがこんなに大変なんて…」
一階にあるリラックススペースと名付けられた部屋。
一人がけのソファに身を預けて天井を仰ぐ私はため息と共に弱音を吐き出す。
今日も露天風呂に入ったんだけど、マネージャーさんから「管理人居ないんで風呂も含めて掃除は私達でやりますから」と衝撃の一言。
初日感動した露天風呂の広さが悪夢となって襲いかかってきた瞬間だったよ。
「こんばんは」
湯に溶けたはずの疲労を全身に感じながら今日を振り返る私にハスキーな声が降ってきた。見るとそこには陽さんがコーヒー牛乳片手に立ってる。
お風呂上がりかな?仄かに赤くなった顔と少し湿った髪の毛が実にけしからん感じだった。ショートパンツから伸びる生脚がエロい。
よだれが止まらなかった。
「ズルル……っ陽さんこんばんは」
「えっ……コーヒー牛乳欲しいの?」
断言しておくけど私は女体は見るのが好きなのであって自分がどうこうとかそーいうんじゃないんだ。だから安心して隣に座ってほしい。
「まぁ座ってください」
「……大丈夫?目が怖いんですけど……」
「ぐじゅる……大丈夫です」
「……(汗)」
隣のソファに腰掛けた陽さんからは温泉のいい匂いがした。
「初日から大変でしたね」
「くんくん」
「匂い嗅がないでください」
「陽さん今日も一人でお風呂でしたね。やっぱりみんなと入るのは嫌ですか?」
「嫌ってわけじゃ……なんか、ごめんなさい。あはは」
「いや別にいいんですけど。私としては確認しておきたいなって思ったから…陽さんの身体とか」
どんな身体してるのか気になります。
陽さんが思いっきり距離を取ってきて傷ついたよ。
「初日から大変でしたね…なんか、上手くやっていけるのか不安になってきま……聞いてます?陽さん」
「聞いてますよ」
「なんだか体を捻って凄く辛そうな体勢ですけど」
「気にしないでください」
「大丈夫です。私…女の子が好きというより女の子同士を見るのが好きなんです」
「……(震)」
「ところで、琴音ちゃんは大丈夫そうですか?」
陽さんも気にはしてるらしくて琴音ちゃんの名前に顔色がわずかに曇った。それでもいつもの朗らかな微笑みを浮かべて返す。
「きっと大丈夫ですよ。どちらかと言うと…」
「?」
「僕は紗良さんの方が心配ですけど……」
「心配ですか?レッスンでも無難にこなしてたみたいですけど……」
「いや……琴音ちゃんへの風当たりというか…」
ああ、なるほど……
「最初は可愛がってるような印象でしたけど、なんだか今日は嫌味っぽというか意地悪というか…二人だけの時にもなんか、嫌な感じで揶揄ってるように見えて……」
確かに……
紗良さんの口にしたこの合宿の真実が頭を過ぎる。琴音ちゃんに面と向かって口にしたあの不穏な言葉…
紗良さんは自分の為に琴音ちゃんを蹴落とそうとしてるのかも…
凶暴な肉食獣が子うさぎに狙いをつけている、そんなイメージが頭に浮かぶ。
「そういう意味では琴音ちゃんも心配ですけどね」
「琴音ちゃんはどうしてアイドルになろうと思ったんでしょうか…陽さん何か知ってます?私、あの子の様子見てて…もしかしたら自分の意思でこの合宿に来てるんじゃないんじゃないかって邪推してるんですけど……」
ここに現れた時もお母さんに連れて来られてた。琴音ちゃんにとってこの合宿への参加、そしてアイドル活動は望んだものじゃないんじゃないかって…
「それは大丈夫だと思います」
でも陽さんは断言した。
「レッスンの休憩中に琴音ちゃんが少しだけ話してくれたんです。アイドルになろうと思ったのは自分を変えたいからって」
「自分を……」
「だからアイドルに絶対なりたいと。だからレッスンが苦しくてもあの子は頑張れると思います。万理華さんのしごきはきついかもしれないけど、あの人悪い人じゃないみたいですし」
万理華さんへの印象は私も同意見だ。
「りあさんはどうしてアイドルになろうと思ったんですか?」
琴音ちゃんの話から今度は私の話へ。どきりとした。私の動機…それは不純そのもの…
「確かスカウトされたんですよね?」
「あー……まぁ……スカウトされたんでやってみようかなーって…(汗)」
あなた達がイチャイチャしてるの見たかったからです、なんて言ったら軽蔑されそう…
純粋な陽さんは「すごいなぁ」ってキラキラした目で見つめてくる。やめてくれ。私はあなたが思ってるような女じゃないの…
「陽さんはオーディション受けたんですよね?アイドルになるのが夢だったとか?」
質問を切り返す私の言葉に彼女は一瞬真顔になって、それを取り繕うようにすぐにまた微笑みを浮かべた。その一瞬の間が意味深で私は彼女の表情をじっと見ちゃう。
それに気づかないように陽さんは教えてくれた。
「アイドルが夢だったのは僕の姉なんです」
「お姉さんの……お姉さんはアイドルには…?」
「……」
あっ、聞いちゃまずいやつだ。
「ごめんなさい今の質問忘れてください」
「いえ、いいんです。ただ面白い話でもないから」
陽さんもそれ以上話すつもりはないらしく、この話はそれで終わりになった。
「それにしても今日も来なかったですね。最後の一人」
「そうですね…バックれたのかな?」
「マネージャーさんは何も言わないし…どんな人なんだろ」
もしバックれたのならライバルが一人消えた事になる……
そんな事を考えちゃう自分も紗良さんと同じような思考回路という事だ。自己嫌悪。
「……みんなで無事にデビュー出来るといいですね」
なんて笑う陽さんの顔が私の心に影を差す。彼女はあの露天風呂での紗良さんの話を聞いてない。
隠しておくのもフェアじゃない気がする…
「あの……陽さん。これは紗良さんが言ってた話なんですが……」
「ん?」
この人には知っててもらおう。そう思って口を開きかけた私の視界に……
「……あ」
「ん?」
リラックススペースの前を横切る長身の影が視界に入った。




