第13話 一人ハロウィンになってるって
……おはようございます。
POPプロダクション主催、アイドル強化合宿、二日目。
天鬼りあは自室で目を覚ました。
「……?……?」
フラフラする。昨日の記憶が曖昧だ。
ベッドから上体を起こすとベッド横の机にはシンプルな朝食が用意されてた。
そうか……昨日露天風呂で大量出血して死にかけたんだった……
どうやら一命は取り留めたらしい。
そうだ、まだ死ねない。
私は全身を包む百合に抱かれて死ぬんだ。
でも、どうやらこの合宿、そんなに簡単なものじゃないらしい。
アイドルの卵達のイチャイチャ百合百合を眺めるはずが、いつの間にか生き残りを賭けたデスゲームに……
アイドルになれるのは5人……
生き残りを賭けたサバイバルバトルが今、幕を開ける。
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保養所一階、大広間。
人の気配を感じてそこにやって来てみたら、みんな集まってた。
「あ、おはようございます、りあさん。昨日は大丈夫でしたか?」
早速で迎えてくれた陽さんは白い半袖のTシャツに短パンという、昨日の全身スーツとは打って変わって動きやすそうな格好。生脚が眩しかった。
「なんか露天風呂で死にかけたって聞きましたけど……」
「ちょっと鼻血が……でも大丈夫です」
「良かった……大変でした。りあさんの血が混じったお湯をそのまま輸血して……」
「え?みんなの垢が浮いたお湯をですか?」
それで生き残ったんですか?私。
「琴音ちゃんものぼせちゃって……」
と、話題の中心に引っ張り出された琴音ちゃんだけど、昨日露天風呂でのぼせたのが全く堪えてないのか今日もタイガーマスク。
その他のメンバーも動きやすい服装に着替えてきてて、どうやら本格的なレッスンが始まるらしいという事を予感させた。
「おはよう、天鬼。今日は休んでていいわよ?」
近寄ってくる万理華さんが身を案じてくれてる。でも、端の方で相変わらず真意の読めないニヤつき顔を浮かべてる紗良さんを視界の端に捉えながら私は気丈に返事する。
「大丈夫です」
実力のない人から脱落していく……そんな紗良さんの言葉が耳にこびりついてた。
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「じゃあ今日からレッスン開始という事で……」
「ちょい待ちや!!」
みんなの前に立って仕切り始める万理華さんに朋花さんの待ったが突き刺さった。
「今からトレーニング言われて来てんねんけど…歌の先生とかが教えてくれるんちゃうんか!?」
「……それは追々」
「追々ってなんやねん!?」
「今は居ないからとりあえず私がみんなを教えます」
衝撃の一言だった。
万理華さんは以前『THREEPIECE』というアイドルグループのメンバー、つまり経験者らしいけど…
「POPプロダクションは経営難で講師を雇うお金がないんだって」
更に衝撃的なことを口走る紗良さんに一同絶句。その瞬間、所属する事務所を間違えたとこの場の全員が感じだはずだ。
相変わらずカメラを回す星熊マネージャーに視線が集まる。彼女は私は壁のシミですとでも言わんばかり無言だった。
てか、昨日の話で色々聞きたいこともある。
「大丈夫、私だって素人に教えるくらいできるから」
「あの……」
「なに?陽さん」
「結局最後の一人はまだ来ないんですか?」
そういえば……合宿参加者は7人のはず…結局昨日は姿を見せなかったけど……
「最後の参加者はトラブルで参加が遅れますが必ず来ますのでご安心ください」
ここで存在感を出してくる星熊さんがそう説明した。事務所とは連絡は取れてるらしいけど、早速不安しかないな。
不安を胸に私は手を挙げる。
「あの……実は昨日聞いちゃったんですけど…」
紗良さんの話の真偽を確かめたい。そう思った。
でもその質問を遮ったのは他でもない紗良さんだ。彼女は私の挙げた手に噛み付いてきた。
「痛い!?」
なんで!?
「ダメだよ……今その話したって意味ないんだし…結果を出せばいいだけの話じゃない」
「でも……」
「昨日聞いた話ってなんですか?」
露天風呂に居なかった陽さんが首を傾げる。陽さんにすっかり懐いてる琴音ちゃんは彼女の服の袖を掴んで離さず初日から心配になる雰囲気だった。
「そろそろ初めていいですか?」
パンパンって手を叩いて場の注意を集中させた万理華さんが音頭を取る。
私達はこれからこの人から教わるらしい…
琴音ちゃんの様子を伺う。正直不安しかない。昨日の話もあるし……
さて、こうして私達の特訓が始まったわけだけど…
「この時間はボイトレやります。みんな素人という事なので、基礎の基礎から……」
アイドルのレッスン…どんなものか想像もつかなかったけど、万理華さんは大広間の隅に置かれた電子ピアノの前に座った。
そこから始まったのは地道なボイトレだった。
「安定した声を出すにはまず姿勢が大切になるから……まずは立ち方」
立ち方から……
「正しい呼吸法。正しい体幹と腹式呼吸。基礎の積み重ねがこれからの活動を支える基盤になるから」
呼吸法……
ピアノの前に座って万理華さんの指示に従って進行するレッスンはまるで学校の音楽の授業みたい。
「ごぉぉぉぉ……ッッ!!」
「朋花さん、それはちょっと違う。そんな怖い音出さないで」
「なんでや!!これは極星会空手に伝わる腹式呼吸法や!!丹田に力を込めてやな……」
「えーかっこいい。私にも教えてよぉ」
「いや、紗良さん覚えなくていいから。そんな全身の血管浮き上がらせながらステージ上がるんかお前……朋花さんはなにを目指してるの?」
「自分が腹式呼吸やれ言うたんやんけ!!」
「私の教えた通りにやってもらっていいですか?」
一見地味なレッスンも万理華さんの熱量も相まって、想像以上の過酷さだった。
その中で早速危惧していた事態が起こる。
それは……琴音ちゃん。
「アエイウエオアオ……」
「ちょっとちょっと。琴音、あなたもっと腹から声出して」
「…アエイウエオアオ」
「出てないから。教えたでしょ?」
万理華さんからロックオンされちゃった琴音ちゃんはずっとガン詰めされてる。でもこれは仕方ない。琴音ちゃんはこの中では…言っちゃ悪いけどダメダメだ。
万理華さんも私達は放ったらかしで問題児琴音ちゃんに付きっきり。でもそれがかえってプレッシャーになってるようで、琴音ちゃんの調子は急転直下。
「あっ!!」
「……ア」
「お腹から声出して!」
「……アッ」
「…やる気ある?」
「…アリマス」
「あなたそんなボソボソ声でステージに立てると思ってるの?アイドル、なるんでしょ?」
「……」
「どうなの?はっきり口に出して」
「……ナル…ナリマス…」
「……じゃあさ、まずそのマスク取ろうよ。頑張ってるのは分かってるんだけどさ…そのマスクのせいでただでさえ小さい発声が余計聞こえない。てか、そのマスクはホントなんなの?」
「……コレハ…」
「ふざけてるの?レッスン中は脱いで。それ以外の時は別にいいから」
「……フザケテナイ…デス…コレガフツウナノ…」
「いや普通なわけあるか。一人ハロウィンになってるって」
「……」
琴音ちゃんは頑なにマスクを取らない。なんなら風呂でも取らない。朋花さんの話ではのぼせて救出された後も取らなかったみたいだし。
「もしかしてあれマスクちゃうくてホンマもんの顔なんちゃう!?」
朋花さんがそんな訳分からない事勘繰りだすくらい脱がない。
ここまでくると何か理由があるんじゃないだろうか?
「…このままじゃ全体のレッスンも滞るし、私達もフォローしてあげた方がいいかもですね」
「いやぁ、ほっといてたらいいんじゃないかな?」
今にも泣き出しそうな震え方をしてる琴音ちゃんに助け船を出そうとした私を止めたのは紗良さん。
壁に寄りかかってニヤニヤしながら琴音ちゃんを見つめてる彼女の魂胆は見え透いてた。
ちょっとムッとしてそっちを見る。
「あの子が脱落してくれれば私らが落とされる可能性も下がるんだし…それにあの子じゃどーせやっていけないよ」
「……そんなの分かんないですよ」
そんな言い方ないじゃないかっていう気持ちを込めた声を受けても何処吹く風で紗良さんは笑ってた。
「……あの子、ホントなんでアイドルなんてやろうと思ったんだろーね」
「……」
確かに……
紗良さんの言うこともそうなんだけど…
基礎の段階でここまで着いていけないんじゃお先真っ暗だよ。私から見てもこの子がアイドル業に向いてるとは思えない。
琴音ちゃんは本心からアイドルになりたいのかな……?
早速暗雲立ち込める合宿。小さくなって震えるタイガーマスクの姿に、私はこの先の未来を見出だせずにいた。




