↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

146/162

第145話 天気と同じですよね?人間明日どうなってるかも分からないものです

 スマホを見つめたまま固まる私を外の寒さが容赦なくいじめてくる。体の一番奥から零れ出したため息も白い息になってすぐに横風に攫われちゃう。

 手の中のスマホにはお父さんの連絡先が表示されたまま…


 この指でひと押しするだけで通話は繋がる…


 でも、その勇気がなかった。


 事務所として、このまま明石ミライとしての活動を続けたいならさっさと父親との折り合いをつけてくれ、との事だった。

 未成年の私がこのままアイドルを続けるにあたって、親の同意は必須なのだ。


 現時点での『TRY AGAIN』での活動は、「既に契約してしまった仕事をキャンセルすると莫大な違約金が発生する。その場合は原因はそちらなのでそちらにも一部負担してもらいますよ?」って若干苦しい言い訳で巌鉄砕さんが時間を稼いでくれてる。







「なるべく早くお願いします」


 昨日早川社長と話した帰り際、社長は説明の後そう言った。

 大変な問題を抱えてしまった気の毒な社長の顔を見つめてたら問わずにはいられなかった。


「早川社長」

「はい?」

「…どうして『TRY AGAIN』の為にそこまでしてくれるんですか?」


 虚を突かれた顔をした後社長は笑った。


「今さらですね」

「……ですね」

「まぁたしかに…『TRY AGAIN』にはいささか…贔屓しすぎてる気もしなくないですね」


 意外だった。『TRY AGAIN』はデビュー当時から力を入れてもらってるのは分かってたけど…この人の口から贔屓なんて言葉が出てくるなんて…

 実の息子がヤッテ・ランネーの役者になる時、自社オーディションで落としまくったらしいこの人はタレントを平等に扱ってると思ってたから…


「……冗談です」


 驚いたけど、すぐに柔らかな笑みを見せる社長の顔が冗談だって言ってた。


「自分で言うのもあれですが…私はこの問題が『TRY AGAIN』じゃなかったとしても同じように力を尽くすと思いますよ?」

「……ですよね」

「ただ…ほとんどの子達はそうなりません。どうしてだと思いますか?」

「……えっと…」

「諦めてしまうからです」


 社長はちょっと寂しそうに言った。


「大抵の人達は親に反発したり、圧力をかけられて脅されてまで夢を追えないんです。特に若い人は」


 社長の言葉を聞いてて、それが「お前はバカだ」って言われてるんだって遅れて気づく。


「それでも明石さんも白石さんも…『TRY AGAIN』は諦めなかったので、私は事務所の代表としてできる事をしています」


 この英国紳士のようなおじさんは、本当にいい人なんだなって思った。


「社長、ありがとうございます」


 頭を下げる私に社長は首を振る。


「我々もあなた達には稼がせてもらってますから…」


 冗談めかして笑う社長の言葉が少しだけ気持ちを軽くした。

 そうだよ。私はこの人達の下でわがままやらせてもらってるんだ。恩返ししないと…


「お父さんとよく話し合ってください」






 ……で、このザマですか。


 ほんのちょっと指を動かせば通話は繋がる。お父さんは多分出ると思う。

 でもその後なにを話せばいい?


「……はぁ」

「風邪引キマスヨ」

「うわっ!?」


 突然寒風を遮って私に落ちてきた影に仰天して見上げたら、そこにはいつの間にかりあちゃんのお父さんが立ってた。


「あ…おかえりなさい、カルチオーネさん……」

「違イマス。ドン・カルチオーネ、デス」

「……ドン・カルチオーネ」


 夜会うとこっわ。


 ドン・カルチオーネが私のスマホに視線を落とした。


「悩ンデマスネ?」


 小学校低学年だったら心臓麻痺起こしそうな顔面なんだけど聞こえてきた声は優しい。りあちゃんみたいな心に入ってくる声してる。


 スマホの画面を切って頷く。


「焦ル必要ハアリマセン」

「……でも、事務所から早くどうするか決めるように言われてるんです。お父さんが辞めろって言ってる以上、未成年の私に続けさせるのは難しいらしくて…それにいつまでもお宅にご厄介になってる訳にも…」

「焦ル必要ハアリマセン」


 ドン・カルチオーネはまた繰り返す。私に言い聞かせてるみたいだ。


「二人ノ気持チハ正反対ノ方向ヲ向イテイマス。ソウデスネ?」

「はい……」


 アイドルを続けたい私と、辞めさせたいお父さん。


「ソウ言ウ時、結論ヲ焦ッテモイイ結果ニハナリマセン。アナタハ今マデオ父サンヲ避ケテ来タ。違イマスカ?」


 その通りなので頷く。


「大切ナ話ヲスル為ニハ相手ノ事ヲ知ラナケレバナリマセン。私ノ仕事デモソウデス」


 ドン・カルチオーネの手がそっと肩に触れた。


「ソシテアナタノ事モ知ッテモラウノデス。ソウスレバ伝ワリマス」

「……」

「中ヘ。体ニ障リマス」


 優しく背中を押してくれるドン・カルチオーネに私は真っ直ぐ視線をぶつけた。この人は答えを知ってる気がしたから。


「どうすれば…知れますか?……父の事…」


 立ち止まったドン・カルチオーネは振り返って、その殺人級の強面を少し優しく崩した。


「焦ッテハイケナイ」


 少しカタコトの日本語で繰り返す。


「マズハ天気ノ話カラデモ始メテミテハドウデショウ」


 *********************


 私はお父さんの事をどれだけ知ってるんだろう…

 借金抱えた時、どうしてお父さんは愛情のない家族を捨てなかったんだろう?

 どうしてお母さんが死んだ時何もしてくれなかったんだろう?

 どうして私にアイドル辞めさせたいんだろう?



 心配だと怒るんだよ。親は……



 りあちゃんがそんな事言ってたな…


 天鬼家のお風呂は外で冷えた私の体をじっくり温めてくれる。お湯の優しさがスマホを持った手の緊張を少し解してくれた。


 ……3コールもしないうちにお父さんは電話に出た。


『…杏音《あのん》か』


 相変わらず平坦なお父さんの声。


「……久しぶり」


 お父さんと自分から話すなんてそれこそ何年振りなんだろう…なにを喋ったらいいのかさっぱりだし、喋りたい事も別にない。

 だから言われた通り、焦らず、天気の話でもしよう。

 今日全部に決着をつけなくてもいい。


『考えは変わったか?』

「お父さん、今日はいい天気でしたね」

『……そうだったか?』

「明日もいい天気みたいですね」

『明日は記録的積雪になるそうだが……』


 天気の話…天気の話……


『……それで、考えは変わっ「明後日の天気はどうでしょうね」

『……』

「明々後日は晴れるといいですね」

『……しばらく雪が続くらしい』


 ……お父さんと会話できてる。こんなのいつぶりなんだろう。


「その明日はどうですかね?」

『知らん』

「来年の今頃は晴れてると思いますか?」

『何のつもりだ?』

「去年の今頃は?」

『ふざけているのか?』

「……10年後の今日は?」

『やめろ。本題に入れ』

「……お父さんは10年後の今について考えた事ありますか?」

『……』

「10年後の今日まで自分が元気でいられてるか…」

『……』

「天気と同じですよね?人間明日どうなってるかも分からないものです」

『……』

「お父さんは大丈夫そうですか?」

『…私を脅しているのか?』

「私は…10年後までお父さんに元気でいてほしいのか…分かりません」

『私を殺すつもりか?』

「……お父さん、明日は雪ですね」

『……貴様』

「……足元、気を付けてください」


 限界。今日はこれまで。

 一方的に通話を切って大きなため息を吐くと、強張った体がお湯に溶けていくみたい。


「緊張した…」


 正直お父さんが何言ってたかも、私が何喋ったかも、緊張でよく分かんなかった。けど……


「……喋れた」


 焦らず……

 これを続ければお父さんの事分かれるのかな…

 それを信じてみよう。







 ……翌日、警察に「娘から殺害予告を受けた」って通報があったらしい。

 ?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。