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第143話 わたくし、『世界ラブアンドピース(♡)協会』…通称WLP(♡)会長をしております。マーマミヤ・ハーコルと申します

 都内某ファミリーレストランに緊張感のある空気が漂う。

 私と早川社長が向かい合うその正面に座る男のねっとりとした視線は、場の空気を粘着質なものに変えてた。


「それで?答えは決まったのかしらん?」


 アイドル事務所キャンドルベリー社長、瓶張丹《びんちょうたん》。

 パフェのスプーンを異様にチュパチュパする分厚い唇から威圧的なオカマ語が飛び出したのは、私達が着席したその瞬間。


「……まずはなにか頼んでいいですか?」


 怯まない。私は毅然とした態度を貫き通す。


「明石ミライ……あんた自分の立場分かってるのん?あぁんた達にゆっくり飯を食う資格はないわよん」

「すみません特盛おじやください。あとバナナも」

「明石さんそんなに食べて大丈夫ですか?この後ダンスレッスンですよ?レッスンで吐きますよ?」

「あと炭酸抜きコーラ」

「……ほぅ炭酸抜きコーラですか。大したものですね…」

「で?(怒)」


 おちょくるのもこの辺にして本題に入ろう。私もこの人といつまでも顔を突き合わせてたくないし…


「どうなの?決めたのん?」

「引退しません」


 瓶社長のパフェからバナナを奪い取ってもぐもぐ。


「何勝手に食ってんのよ(怒)」

「引退しません(もぐもぐ)」


 毅然とした小娘をまじまじと見つめる瓶社長の片頬が憎たらしく持ち上がる。分厚い唇の隙間から覗く金歯がいやらしく光ってた。


「じゃあ…『TRY AGAIN』は活動休止するのね?」

「しません(もぐもぐ)」

「……あんたそのパフェ代払ってくれるんでしょーね?(怒)」

「そんな怖い顔しても…引退も休止もパフェ代のは支払いも……しないですっ!!」


 負けないっ!!


「……いや、引退うんぬの話は一旦置いといてパフェ代は払ってもらうわよ?あんたさっきからチマチマチマチマ、アチシのパフェのバナナ食ってんじゃないっ!!なんなのこの子手癖悪いわねん!!どーいう教育をしてんのよ!!え?早川社長!!」

「……トップアイドル足るもの常に堂々としているように…卑屈になる事のないように。そう常々教育してます」

「卑屈になるのと礼儀知らずは話が違うじゃないのよ(怒)」


 イライラを収める為にタバコを咥えるたらこ唇。横から伸びてきたウェイトレスさんの手がそのタバコを奪い取って一言、「禁煙です」


「あっ…すみませんどうも…申し訳ないです…」


 このおっかない顔した、人を人とも思ってないような倫理観の欠片も無さそうなアナゴさんもどきでも人に素直に頭を下げる事があるんだなぁ…


「偉い」

「過ちを認められる事は素敵な事だと思います」

「あんた達さっきから喧嘩売ってんのね?(怒)」

「お言葉ですが…喧嘩を売ってきたのはそちらです」


 早川社長の言葉には巨岩のような重みがあった。その重圧感は普段、私達タレントにも優しく接してくれる紳士な彼の普段の姿からは想像も出来ない。

 それでも……


「……いい度胸じゃない」


 それでもこの男の態度は変わらない。

 中堅所のキャンドルベリーと芸能界に大きな影響力を持つヤッテ・ランネー・プロダクション。

 萎縮してもいいはずなのに。

 キャンドルベリーのバックに付いてる大物とやらを随分信頼してるみたい。


「何も解散しろって言ってんじゃないのよん?謹慎。そうこれは謹慎よ?あんた達アチシのトコのタレントに迷惑かけたじゃない?」

「かけてません」

「その償いとしてちょっとの間『TRY AGAIN』が謹慎すればいいだけじゃないのよ。アチシ達も鬼じゃないわよん。何もずっと休止してろなんて言うつもりはないわよん?冷静に考えなさい?」


 声が気持ち悪いくらいやわやわになってる。飴と鞭を使い分けてるつもりなのかもしれないけど、ただ気持ち悪いだけだった。


「活動休止してる間にある事ない事言いふらして、解散に追い込む気でしょう?」


 対する早川社長は淡々としてる。


「……そんな事しないわよん…例えば『TRY AGAIN』のリーダーがファンと肉体関係にあるとかメンバーの一人がファンに対して脅迫紛いの絡み方してるとか……その程度よん」

「……」

「……」


 ……ない事…ではない…ね?


「……とにかく、全国ツアーも控えてますので休止はしません」

「だったらそこの小娘辞めさせないさよっっ!!」


 突然発火した瓶社長がクリームの混じった唾を飛ばしながらテーブルを叩いて激昂した。

 店内のお客さんの視線が一気に集まる。こんな所をファンに見られたらまずいから、被ったキャップを深く被り直して顔を隠す。


 大の男がこんな勢いで怒声をあげてきたら流石に怖い……

 でも……逃げるわけにはいかない。弱いところも見せない。


『TRY AGAIN』の看板は私なんだっていう自負を支えに瓶社長を正面から睨みつける。


 テーブル越しに身を乗り出して下から睨め付けてくる瓶社長が、蛇の威嚇音みたいな荒い呼吸を繰り返しながら圧をかけてくる。


「……あんた、メンバーの事考えなさいよ。迷惑かけてる自覚あんの?元々全部あんたが原因でしょ?」

「……仰る通りです」

「なら……」

「でもそちらの事務所に迷惑はかけてません」


 その言葉をはっきり自信を持って言えてるのかと言えば……嘘になる。

 ストーカーをライブハウスに連れて来たのは私。ライブに出るはずだったキャンドルベリーの子達の仕事を台無しにしてしまったのは事実。


 それについては悩んだ……


 でもここに来る前、社長は言ってくれた。


「うちの明石にこれ以上脅迫紛いの事をするのはやめてください」

「……あん?」

「タレントに責任はありません。全ては事務所の責任です。そして事務所のトップである私がこの決断をしました。今回の事件に関してこちらには非はありません」

「言い切ったわね……あんたいい根性してんじゃないのよ…」

「うちの『TRY AGAIN』を解散に追い込む事でそちらの事務所の業績が上がると思っているのならば、それは見当違いです」

「……」

「『TRY AGAIN』が日本のアイドル業界から消えようが消えまいが、そちらの事務所のタレントさんに実力がなければ結局同じ事だと思いませんか?不毛なのです、こんなやり方は」

「うちのタレントを侮辱するって言うのん!?」


 また大声…店員さん達が遠巻きに様子を伺ってる。これ以上注目を集めたらまずいかもしれない。

 けど早川社長はいきり立つ瓶社長に対して凪の海のような静かさと冷静さを保ち続けてる。

 まるで周りなんか見えてないみたいだった。


「……あんたら、うちのバックに誰が付いてるのか分かってんのよね?」


 もう隠そうともしないその態度に「虎の威を借る狐」ってことわざが頭に浮かぶ。


 ああ、芸能界ってそういう関係がホントにあるんだ。ドラマみたいだなぁって……当事者になって見当違いな事を考えた。

 隣の早川社長があんまりにも冷静だから、私の気持ちも落ち着いてきたんだと思う…


 ……バナナ食べよ。


「……もぐもぐ」

「分かったわ。冷静に話し合いましょ?だからアチシのパフェからバナナ取るのやめなさい?」

「アイドルもバナナもやめません」

「あんた…アチシがどんな思いでそのバナナを最後まで取っておいたか分かってんの?(震)」

「知りません」

「……(震)」


 あ…泣きそう。


「『TRY AGAIN』は私がアイドルになる為に作りました」


 キッパリ言い切る。


「だから私が居ない『TRY AGAIN』に意味はないんです。『TRY AGAIN』のセンターは私だし、私はアイドルを辞めるつもりもありません」

「明石さん、今何を言っても耳に入ってませんよ」

「……(涙)」


 …あ、泣きそう……うそ。


「……あの人に逆らってこの業界でやって行けると思ってんのん?」


 目を真っ赤にした瓶社長が今まで一番すごい顔で睨んでくる。怒りと屈辱を噛み殺してる。


「……かつての栄華を取り戻したいのなら、実力で勝負しましょう」


 早川社長は子供を諭すように言う。


「今回の件…責任があるとすればそれは明石さんに付きまとっていたファンにあると考えています。ですが、こちらのトラブルに巻き込んでしまったのも事実です。無茶な要求でなければこちらも出来る限りの事をしましょう。もう一度話し合いませんか?瓶社長」

「……ふざけんじゃないわよ。アチシをここまでコケにして……」

「瓶社長……」

「よーく分かったわ……つまり、あんたら…いいのね?ここで事務所ごと潰されても……」


 虚勢じゃない。この人は本気でそれが出来ると思ってる。


「……タダじゃ済まなさいわよ?『TRY AGAIN』も…ヤッテ・ランネーも……っ」

「まぁまぁ……そんなに怒らんでもいいじゃないですか(もぐもぐ)過ぎた事でいがみ合っても何も前に進まない。ラブアンドピースですよ?」

「ちょっと今大事な話してるから黙っ……ってあんた誰!?」


 いつの間にか瓶社長の隣に座ってパフェを丸ごと捕食してる人が居た…


 真っ黒なサングラスに真っ黒なロングコート。その人は一見、冬の街中の喧騒にすぐに紛れてしまいそうな佇まいの男性だったけど、言葉にできないオーラみたいなものが全身から立ち上ってる。


 そう……本物のスターの持つ存在感……


「……まっ…まさか……っ!!」


 瓶社長が今までにないくらい動揺してる。

 私もその人を知っていた。


「おたくらこの子らの仕事もう一つ潰したんでしょ?ならもういいじゃないですか。お互い迷惑をかけたという事で……(もぐもぐ)」

「……アチシのパフェよっっ!!」

「まぁいいじゃないですそんな事は…(もぐもぐ)」

「……いきなり出てきて…あんた誰」


 半分確信しながらも瓶社長は冷や汗を流しながら問いかける。

 飄々とした態度を崩さないその人は口元のクリームをペロって舌で舐めながらおもむろに懐に手を入れた。

 その人は名刺をゆっくり差し出した。




 芸能界にはある噂がある。

 どんな面倒事もその人に投げてしまえば解決してしまう。お金の問題もスキャンダルも、その人にかかれば全て綺麗に解決する。

 そしてそれを可能にする幅広い人脈と影響力から、日本の芸能界で最も恐れられている人物が居る……


 誰が呼んだかその男は……


「わたくし、『世界ラブアンドピース(♡)協会』…通称WLP(♡)会長をしております。マーマミヤ・ハーコルと申します」


 芸能界の便利屋……て呼ばれてるらしい。

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