第142話 なに!?こちとら年間読書本数50冊以上だぞこら!?
…一体何をしてるんだ?
少なくとも白石レオの常識の中にマグロを売るアイドルは存在しない。
SNSに拡散されていた豊洲市場で満面の笑みを浮かべファンサしてる『FOOLS』の写真を発見してしまった僕は、何かと気になっているメンバーの一陽ちゃんに思わずDMを送り付けてしまった…
あの…なんかこれ、大丈夫ですか?
返信が来た。
なんかお腹痛いです
「くっそぉぉぉぉぉぉおっっ!!こんな早朝に…っっ!!ぐっっはぁぁぁぁぁっ!!!!」
『TRY AGAIN』メンバー荻窪はぁと。『FOOLS』のイベントは皆勤賞だった彼女は今、神出鬼没な『FOOLS』の奇行を見逃した事実に打ち震えて、フリ〇ザに殺害される直前のク〇リンみたいになってた。
「ぁぁぁああああああああっ!!」
「……」
オシャレなブロガーが記事書いてそうで定番の某コーヒー屋さんで出しちゃいけない奇声を上げるはぁとを横目に、気づいたら『FOOLS』の情報を追いかけてる自分に気づいた。
関わるべきではない。
一度はそう考えたはずなんだけど……
「……フォロワーも凄く増えてる」
まだ駆け出しもいいところのペーペーユニットのはずなのに、信じられない程の注目を浴びている。
この勢い、地下アイドルに過ぎない彼女達に潜むとんでもないポテンシャルの表れなのか…?
「……いや、ただの炎上商法?」
『豊洲市場、マグロ購入者が次々に体調不良訴え』という見出しの記事を見つけて考え直す。記事はそっと閉じた。
まぁ炎上かどうかはいいとして……
「……この話題性が注目を集める要因か…」
鏑木琴音の過去の炎上に、それに伴う丸刈り配信。
初ライブでハゲ開帳。
二度目のライブで事件発生。
僕ら『TRY AGAIN』との関係性も注目を集めている。初期に至ってははぁとが積極的に宣伝してたし、今は天鬼りあちゃんとうちのミライの匂わせ投稿が……
……ん?これうち、売名に使われてる?
……しかもメンバーのうち一名が実は男。この上まだ爆弾を隠し持っているという。
話題に事欠かない破天荒さと、芸人的面白さ。今までで定着したファンのイメージからしてもう何が起こっても受け入れられそうだ。
……そう。もうファンと呼べる人間が影響力を持つレベルで存在している。
「……怖いな」
「なにが?カフェモカ?」
「違う」
無視するという方が無理なのか……?
なんて考えながら僕は頭を切り替える為にカフェモカを飲む。今は『FOOLS』より自分達『TRY AGAIN』だ。
「ごめんごめん、お待たせ」
ちょうど今日の話題の中心がやって来た。クソガキが大きく手を振って声を出すもんだから何人かに気づかれて騒がれつつ、メンバー三人が揃ったところで本題だ。
今日この場を設けたのは僕。
理由は…この明石ミライにある。
「いやぁ…学校の委員会長引いちゃった。まだまだ寒いねー。どうしたの?レオちゃん、急に三人で話したいなんて…」
「そうだぞレオ。今日はどうした?人をいきなり呼びつけて何様だ?忙しいんだから早く済ませろや」
ミライの口数が多い気がする。矢継ぎ早に言葉を連ねるその様子は、なにか抱え込んでる時の空元気のそれだ。
やっぱり……
「ミライに訊きたい事があるんだ」
「私?」
「私は?」
「はぁとは要らない」
「なんで呼んだんだよ」
誤魔化していても仕方ないので……
「ミライ、辞めんの?『TRY AGAIN』」
単刀直入に切り込んだ僕の質問はミライの表情を一瞬虚にした。何を言われたのか分からないミライと、何を言ってるのか分からないクソガキが沈黙の時間を作り出す。
焦らず、ミライの言葉を待つ。
一向に返事はなかった。
「キャンドルベリーからこの前の事件のケジメで引退しろって言われたんだって?」
追撃した。
固まってたミライの表情は観念したかのように解けていく。
「は?なにそれ?どゆこと?」
またしても何も知らない荻窪はぁとに説明してると流れが切れるから、一旦無視。
「……社長に聞いたの?」
絞り出したミライの声は小さいけど、動揺は感じられなかった。ただ穏やかな表情を浮かべてる。その起伏のない感情に、覚悟みたいなのを感じる。
「……『TRY AGAIN』の活動休止が無理ならミライが辞めろって言われたんでしょ?そう社長に聞いた。で?辞めるの?」
「ちょっちょっちょっ……待てレオ!!」
「なに?はぁと。後であちょんであげまちゅからいい子いい子しててくだちゃい」
「いやこんな場面でまでガキ扱い!?」
半分立ち上がる勢いのはぁとは敵意満々の目で僕を睨みつけていた。
「その話も初耳だけどお前……辞めんのかって…それ!ユニット守る為にミライに辞めろって言ってる!?」
クソガキには理解力が足りない。
「……ふざけんなよ?リーダーだかなんだか知らねぇけど……お前ミライ切り捨ててっっ!!」
「はぁとちゃん落ち着いて」
「誰もそんな事言ってない」
雪見だいふくみたいなはぁとの頬を摘んで、捻りあげてやる。
「アッイタイイタイイタイイタイイタイ(涙)」
「理解力と国語力の足りないはぁとは話が終わるまで黙って聞いててって言ってるでしょ?」
「なに!?こちとら年間読書本数50冊以上だぞこら!?」
「コ〇コロコミックだろーが」
クソガキが黙ったところで改めてミライに確認する。
「お父さんとも揉めてるんだって?同じタイミングでアイドル辞めろって言われてるって…」
「……」
「ねぇなんでレオばっかりそんな詳しいん?」
「ミライ、僕が訊きたいのはミライがどう考えてるかだ」
「ねぇなんで私にはなんも教えてくれんの?」
「教えてくれ、ミライ」
「ねぇいっつも私、川の外じゃん」
「……それを言うなら蚊帳の外だろ?年間読書本数50冊さんよ。黙っててって言ってんじゃん?」
「あっ!あっ!ミライ!聞いたか!?こいつまーた私の事ガキ扱いしてる!!こいつ!!おいっ!!舐めてんのか!?おぉ?やんのかこら!!」
「……はぁとちゃん?お外で待っててくれるかな?」
「はぁーーーーー!?!?ミライもですかぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
……クソガキ。
ミライは気持ちを落ち着けるようにドリンクに口をつけた。でも、それは僕のだった。急に間接キッスキメてくるんだからもう。悪い子だ。
「ミライ僕のカフェモカ飲まないで」
「……レオちゃん…私……」
「無視?」
やはり……ミライの表情と声は平坦だ。覚悟は決まっている。そういう顔。だから飛び出してくる答えにも自ずと予想がついた。
こういうのは勢いが大切だ……
とりあえず辞めるって言い出すミライに張り手かます準備だけして……
「……どうしたらいいかな?」
……あれ?
ミライの奴は特大のため息を天井に向かって吐きながら、穏やかだった表情を崩す。顔に浮かぶのは週末の疲れたOLみたいな…あんまり深刻さを感じさせない顔だった。
……渾身の一撃の為にスタンバってた僕の右手には仕事が果たされないままのストレスだけが溜まって……
「……はぁと」
「なに?」
ベチィンッッ!!
「ぐはっ!?えっ!?えっっ!?」
「……悩んでるんだ?ミライ」
「はぁっっ!?おいっ!!レオてめぇっ!!なんだ今のビンタっっ!!」
……良かったね僕の右手。
ミライは続ける。
「『TRY AGAIN』の事を考えたら辞めた方がいいのかなとは…思ってるんだ。その…ね?社長から聞いた話なんだけど……私に引退しろって言ってきてるのはキャンドルベリーに出資してる……怖い人らしくて……」
「うん知ってる」
「なんでビンタした!?!?」
「そういうのよくわかんないけど…実際3月のライブの仕事は潰されたし……」
「うん」
「おいレオっっ!!」
「それにお父さんも辞めろって言ってる…なんか……潮時なのかなって……」
「……」
「私もビンタしていい?ねぇ?」
気持ちはどっちに傾いているのか…
覚悟はできてるって感じだ。辞めなければならなければ、辞める。
ただ……ミライの感情の天秤は……
「ミライ、僕が聞きたいのはミライの気持ち。状況がどうとか、こうした方がいいとかは置いておいて、君はどう思ってるんだい?」
「……レオちゃん、私はね…」
「いくぞレオ……歯ァ食いしばれやっっ!!」
ミライは僕を真っ直ぐ見つめた。その顔はどうしようもなくアイドルだ。
「辞めたくない」
……
その一言を聞いて心の荷が下りた。
「『TRY AGAIN』は私がアイドルになる為に作ったユニットだよ」
「……うん」
「それに…『TRY AGAIN』は私が…明石ミライが居ないと終わると思う。私の居ない『TRY AGAIN』はもう『TRY AGAIN』じゃない」
「それは調子に乗りすぎだな?」
……分かってるじゃん。
生意気さを指摘する口とは裏腹に僕の口元は綻んで……
「おらぁっ!!」
ベチィンッッ!!
「…………(怒)」
「え?……急に何?どうしたのはぁとちゃん!?」
「がはははは!!やーいやーい!ざまぁみろ!!痛い?ん?レオ?痛い?んん?」
「…………その答えが聞けて良かった。なんか僕……心配しすぎだったみたいだ」
「……レオ?無視?私のビンタの感想は?」
社長……明石ミライは強かったよ。僕らが思ってるよりずっと。
「……と、言うわけでレオちゃん、あとついでにはぁとちゃんも」
「ついでってなんだよ(怒)」
「お父さんとは家族の問題だから私が何とかするとして……キャンドルベリー…どうしてやろうかな?あの人達」
満面の笑みを浮かべながら首を傾げるミライが…ちょっと怖かった。




