第139話 ……つまり食べるウ〇コってこと?
「うふふふふふっ。りあちゃん」
「でゅふふふふっ。ミライちゃん」
「何その笑い方。気持ち悪い。うふふふっ」
「ミライちゃんこそ、そのビジュアルで納豆が好きなの、ババくさい。でゅふふふっ」
煽り合いすら心地いい…これが友情。
推しから友達にランクアップしたりあちゃんの寝室で、二人並んで寝っ転がる。りあちゃんの家はパパがマフィアだからか大きくて、ベッドも二人で入っても余裕があったよ。
「写真撮ろうミライちゃん」
「いいよ」
パジャマパーティー…
胸の高鳴りが抑えられない。ずっとにやにやしちゃうな。
レオちゃんやはぁとちゃ…クソガキとじゃ味わえない新鮮なワクワク、みたいなものが今、胸の中を占めていた。
パシャッパシャッ
「うふふ」
「でゅふ」
楽しいっ!
「インスタあげちゃお」
「私もあげちゃお…「パジャマパーティーなう」っと……」
たのちいっっ!!
明石ミライ、天鬼りあの友達になりました♡
さて……楽しい時間もいつまでもは続かないものです。
お互い学校も明日の予定もあるわけだし、23時を少し回ったあたりで消灯になりました。
りあちゃんとひとつの布団にくるまって、体温を感じながら就寝…ヅラ取ってハゲてるりあちゃんもかわいい。
りあちゃんの匂いと体温を感じる…胸がずっとドキドキしてる。
味わった事ない感覚。非日常感が私の心臓を休ませてくれないよぉ。
「……ねぇ、ミライちゃん」
暗闇の中で向かい合うりあちゃんの瞳がサファイアみたいに輝いてた。
「ん?」
「訊いてもいいかなぁ?」
……声が近い。
鼓膜を震わせる声がまるで蜜みたい。頭が綿毛にでもなったみたいにふわふわしてくる。
りあちゃんの声は特別だ。同じアイドルとして羨ましい才能…
りあちゃんの声は万能の鍵みたいに心の鍵穴を満たしてくる。
「なぁに?」
「……お父さんと仲が悪いんだよね?」
私にとって今一番気分の沈む話題だった。
でもりあちゃんの声がそんな気分の下降も許さない心地いい癒しになる。
「そだよ」
「……お父さんはアイドル辞めろって言ってたけど…」
「……辞めないよ」
「……そっか」
吐息混じりの声が安心したみたいな響きで鼓膜を震わせる。
少しだけ手を伸ばしたらりあちゃんの細い指に指先が触れた。
子猫が戯れるみたいにりあちゃんの指先が私の指先をくすぐってくる。
そこに感じる確かな体温。りあちゃんの体温が私に伝わってくる。身体が熱くなる。
「……お父さんはね、ずっと家族を省みなかったんだ」
りあちゃんの声と、熱っぽい体温のせいかな?
聞かれてもない話が、蕩け出すようにとつとつと唇から溢れ出た。
「……お母さんが死んだ時も…葬式にすら顔を出さないような人だった」
「……お母さん、亡くなったの?」
「元々体が弱かった」
「……どうして…お父さんはお母さんのお葬式にも出なかったの?」
「……それは…」
それは…分からない。
あの人の事は分からない。
何も語らないし、向き合いもしない。そんな人の事を知る事は出来ない。私達は血の繋がっただけの、他人だ。
「……愛してなかったから…」
多分。分からないけど…
「……そうなの?」
りあちゃんは私の話を止めなかった。
私も、誰かに話したかった。
優しさに甘えて口を滑らせよう……
「政略結婚だったの」
「……」
「お母さんの…お父さん。私の母方の祖父はメガバンクの役員で…お父さんは小さな会社を経営してた」
外で雨が降り出したみたい。この寒さだからもしかしたら霙かもしれない。窓を打つ音が固かった。
でも、その音が程よい眠気を誘ってくる。静かな中で響く小さな音の合唱は、私の微睡んだ意識をより深い所へ連れていこうとしてるみたいだ。
「お母さんと結婚すればその偉い役員さんとの繋がりが出来て、沢山融資してもらえた。だからお父さんはお母さんと結婚した。お父さんの会社は当時、画期的な発明で特許を申請してたから…将来的には莫大な利益が望めるはずだった。銀行としても、お父さんと仲良くしておくのは都合が良かったんだと思う」
父方の祖母はいつも私にこう言ってた。
あんたのお父さんもお母さんも金に心を売ったんだって……
「でも……会社は倒産した」
「……」
「特許は下りなかった。拒絶理由は、お父さんより早く特許を申請した人がいたから。その人が特許を取った。その人はお父さんの元部下だったらしいよ。会社を辞めて、極秘だった発明のデータを手土産に大手企業に鞍替えしたんだ」
「……そうなんだ。ちなみに…なんの発明なの?」
「食べて消化されても体内で再構築されて栄養価そのままで排出される完全永久栄養食『poop』だよ。聞いた事ないかな?」
「……つまり食べるウ〇コってこと?」
その『poop』も結局「汚い」って理由で売れなかったらしいけど……
「……つまり、政略結婚は失敗。お父さんの会社は倒産して…父さんの会社が倒産……なんちゃって」
「……リアクションし辛いよぉ、ミライちゃん」
「そこからまぁ……元々冷え切ってた夫婦仲は凍りついたまま、固まっちゃったんだ……銀行からも見捨てられて、借金も抱えて、それでも離婚しなかったのは私が産まれたからだと思う。体の弱いお母さんも必死に働いて、何とか生活が元に戻った頃には……お母さんはもうボロボロだった。
お父さんは始めからお母さんを愛してなかった。お金の為の道具としか見てなかった。だから……」
「……」
「あの人は家族なんてどうでもいいんだよ……」
霙の音色に混じったりあちゃんの声が囁いた。
「……でも、お父さんはミライちゃんの事大切に思ってると思うなぁ」
「……どうして?」
「怒ってたじゃん?」
……それは私が迷惑かけて、家も引っ越さないといけなくなって……
「心配だと怒るんだよ。親は……」
りあちゃんは薄く笑った。私を安心させようとしてくれてるみたいに見えた。
その言葉を否定しようにも、どうにもこの声に囁かれたら、その言葉を否定する事が出来なくなる。
心の扉の隙間から確実に入ってくるから……
「お父さんも、ミライちゃんの為に頑張って働いて借金返して、生活を取り戻したんでしょ?」
「……それは…」
……どうしてお父さんは、全てが失敗した時、私とお母さんを捨てて逃げなかったんだろう。
「どうしてお母さんのお葬式に出なかったのかは分からないけど……でも……一度ちゃんと話し合った方がいい」
りあちゃんの手が頭を撫でる。たんぽぽの綿毛を包むみたいな優しさが、安心させてくれた。
そうすると一気にまぶたが重くなる……
「……そう…だね…ありがと……りあちゃん」
微睡みの中で伝えた感謝は届いたのか届かなかったのか……
闇に溶けていく私の意識を、りあちゃんはずっと微笑みながら見守ってくれていた……




