第138話 私の背中に泡を塗りたくって撫で回すミライちゃんの手の感触を五感を総動員して堪能しながら持ち込んだ白飯かきこんでる私
「おかえりなさい、りあちゃん」
夢ですか?
天鬼りあ。退院。帰ってきたのはパパの顔より見た我が家のはずなんだけど…玄関先に推しが立ってたんだぁ。
「ただいまです、ミライちゃん」
絶賛家出中トップアイドル、明石ミライちゃん。
なんだかお父さんと私の病室で喧嘩し始めて、アイドル辞めろって言われてた。
反発した彼女が家出を決意したタイミングで、パパがうちにご招待。
「もうすぐ出来ますからね」
そして今、うちのキッチンでパンケーキ焼いてる。
これは現実?
「りあちゃん。どうしたのニヤニヤしてぇ」
「ママ……いや、新妻ってこんな感じなのかなって……」
エプロン姿で台所に立つミライちゃんの背中を眺めながら……
ミライちゃんはこんなに可愛くて歌も上手くてダンスもできるのに料理も完璧にこなしちゃうんだ。
ふわふわパンケーキを前に目を輝かせる私を、まるで慈母のような微笑みで見つめてくる姿は、もしかしたらあーんのオプションまで付けてくれるんじゃないかなって……
「まぁ美味しそう。ありがとうね?ミライちゃん」
「いえお母様。泊めていただいてるのでこれくらいは……りあちゃん、おかわりありますから」
「あの……ミライちゃん」
「?」
「……実はまだ頭がちょっと痛くて……」
「えっ……大変。大丈夫ですか?」
「大丈夫なんですけどちょっと……一人で食べるの難しいかもしれません。頭が痛いので」
「もしや……手足に痺れが!?」
「まぁそんな感じです」
「大変です。お母様、病院に……っ」
「いやあの、せっかくのパンケーキ冷めたらもったいないから……食べさせてくれるとありがたいんですけど」
「いやそんな事言ってる場合じゃ……」
「パンケーキの糖分を補給したら治る気がします」
「……どんな因果関係が?」
親鳥からの給餌を待つ小鳥の如く…
口を開けてあーん待ちしてる私に、戸惑いながらもミライちゃんがパンケーキを……
「ミライちゃん。それで…うちはいつまで居てくれても構わないんだけど、これからどうするつもりなの?」
あーん直前でママが水を差したもんだから、固まったミライちゃんからのパンケーキ給餌を開口状態で待つ羽目に……
「……それは…」
「お父さんとお仕事の事で喧嘩しちゃったのよね?」
ママのおっとりした優しい口調に、ミライちゃんは怒られてる子供みたいに俯いて(パンケーキ持ったまま)小さく頷いてた。
で、私はずっとあーんを待ってる。
「……ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「ご迷惑だなんて…うちは大歓迎よぉ?…でも、ずっとこのままって訳にも、いかないでしょ?」
私もずっとこのまま(あーん待ち)ってわけにはいかないよぉ?ママ。
「……」
「お父さんとはその後話せた?」
ママは責めてるわけでも、迷惑だと思ってるわけでもない。いつも通りののほほんとした口調と表情は、ミライちゃんの緊張を少しは解きほぐしたみたいだ。
比例するように私の顎はどんどん硬直していくけど。
「いえ……まだ……」
「そう……時間がかかるのねぇ」
「……いつまでもご迷惑はおかけしません。すぐに出ていきますから……」
いつまで私にあーん待機させとくつもりなのぉ?
「でも、行く宛あるのぉ?」
「……まぁ…グループのメンバーに頼めば泊めてくれるとは思うので……」
ヨダレ垂れてきちゃった。
「ミライちゃんのいいようにしたらいいわよ。うちはいつまででも大丈夫だからねぇ?この子も喜んでるし。見て?りあちゃんったらミライちゃん見てヨダレ垂らしてる」
「あがががが(早く食べたい)」
「うふふ」
ミライちゃんはくすりと笑って、小さく「ありがとうございます」って呟いた。
……んで、手に持ったパンケーキの欠片を自分の小さなお口に押し込んだ。
……私のあーんは?
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「りあちゃん。お風呂湧いたから入っちゃってぇ」
「はぁい」
「今日はパパも居るからぁ…ミライちゃんも一緒に入っちゃってぇ」
「あ、お先にいただき……え?」
緊急クエスト!!
「もしもし?紗良ちゃん?」
『んぁ?りあちゃんどうしたん?』
「大変な事になっちゃった……」
『んぁ?』
「私……明石ミライとお風呂に入るよ…今から……」
『どうしてそうなったのか…詳細はいい。今から私の指示に従うんだ。まず、隠しカメラを用意しろ。難しければスマホでもいい。何とか風呂場まで持ち込むんだ。いいか?明石ミライの全裸写真が手に入ったら『FOOLS』の資金問題は全て解決……』
カッポーーーーン……
「……頭、大丈夫ですか?」
うちのバスルームは広い。私はそれを神に感謝しなくてはならない。
湯けむりの中で輪郭がぼやけてるミライちゃんの肌色が大変けしからんくて私はとってもハァハァ。
「頭は正常ですよ?ハァハァ…でゅふっ!!」
「そういう意味じゃなくて……怪我の方は?もう入浴しても大丈夫なんですか?」
「お医者さんはいいって言ってましたでゅふふ」
「……(汗)」
「でも頭あんまりゴシゴシしちゃハァハァだからとりあえず落ち着いてくださいね?」
「りあちゃんが落ち着いてくださいね?」
トップアイドル『TRY AGAIN』のセンター、明石ミライちゃんが背中を流してくれるなんてこれ一体いくらハァハァ…
「ハァハァハァ」
「ほんとうに大丈夫ですか?彼岸島みたいになってますよ?」
「大丈夫です……いやなんか恥ずかしいですねでゅふっ!!」
「……女の子同士ですしそんな恥ずかしがる事ないですよ」
なんて言っちゃうミライちゃんは血行が良くなってるからなのか、はたまた恥ずかしいのか顔を赤くして正面から目を逸らしながら背中を擦ってくれてるよぉぉぉぉぉっ!!
「ミライちゃん……ちゃんと前見てくれないと……ほら……身体が綺麗にならないですよぉねぇ??でゅふっ?シャイガールなのかな?」
「……どうしたんですか?(汗)」
「でゅうふふふふふっ!!」
白くて……細くて……慎ましい……これが明石ミライ、本来の姿……
「りあちゃんは肌が真っ白で綺麗ですね…」
「ねこまんま三太夫」
「……????(やっぱり後遺症が…?)」
私の背中に泡を塗りたくって撫で回すミライちゃんの手の感触を五感を総動員して堪能しながら持ち込んだ白飯かきこんでる私…
の視界に映る曇った鏡。鏡越しに目が合ったミライちゃんは恥ずかしそうにプイってしながらチュポンッてしてる唇を開いてでゅふふっ。
「……りあちゃん、病室での話の続きなんですけど…(どうしてお風呂場でご飯食べてるの?)」
おぉぉぉっ!!全裸同士で視線が鏡越しにドッキングしてるぅっ!!
「……返事を聞く前にお父さんが乱入してきて聞けませんでしたね。結局……どうして私の事を助けてくれたんですか?」
「えっちだから」
「そんな……目で……私の事をっ!?」
「違うよぉ!?」
ああ……そんな話したねぇ。
明石ミライのファンだから。
ファンだったら身を挺して暴漢から守るのか?ステージを放り出して、人垣を掻き分けて、考えるより先に動いた体。
私の中にある明石ミライへの感情。
取捨選択して……最もしっくりくる言葉を探して、口に出す。
「私多分……」
「……」
鏡越しにミライちゃんの目が私を見つめる。期待と、不安と、色々混じった眼差しが。
アイドルとしてファンの前に立ってる明石ミライは決してしないであろう眼差しが。
「……私多分、ミライちゃんとお友達になりたいんだと思います」
その言葉はスルリと口から出てきたから、きっと本心に違いなかった。
多分…
とりあえず今はそういう事にしておこうよ。
ミライちゃんは数瞬ぽかんとした顔で振り向いた私を見つめて…少ししてその表情が緩んだ。
お湯に溶けていくみたいに、固かった表情が弛緩した。
「……あの、りあちゃん」
ミライちゃんの手はボディソープの泡越しに私の背中に触れていた。服を着てたら布地を握りしめられてたと思う。
細い指先にそれくらいの力が篭ってた。決して強くはないけれど、存在を確かに感じる強さで…
「私も…………」
「……」
「私は……りあちゃんのファンだって言いましたけど…きっとそれは正確ではなくて……もちろんファンではあるんですけど……」
「……」
「……私も、りあちゃんとお友達になりたい…です」
かわいい笑顔だった。
私達は武道館で出会って……
まだ共有した時間は余りにも短くて……
お互いなんにも知らなくて……
それなのにお互いを強く求めてるのは、不思議だった。
友情とはこうやって産まれるものだっただろうかって、幾人かの友人達の顔を思い浮かべながら考えた。
「じゃあ……友達」
「……あ…の……っ……はいっ」
泡だらけの二人の小指が絡まって、私の思考は一旦溶ける。
人の心はきっと、理屈じゃない。
釈然としない部分に関しては深く考えないようにした。
「友達だから、敬語禁止で。よろしくねミライちゃん」
「は…………うんっ。よろしくね…りあちゃん」




