第137話 天鬼りあと明石ミライが人知れず同居をしていいわけねェだろォォォッッッ
バーから一人帰路に着く。身を切る夜風の冷たさが、待ち構える春までの距離を教えてくれるんだな、これが。
まだまだコートが手放せないんだけど、唯一のコートはこの前タバコの火で焼けちゃって大穴空いてんだ。胸のところに。これじゃまるで虚じゃないか。
「……ふっ」
寒風吹き抜ける胸元を手で押えながら、錦野星羅は回顧する。
バーでの首脳会談。マネージャーとリーダーと財務大臣と皇帝(私)が一堂に会した『FOOLS』財政難対策会議は、とりあえず私がマグロ獲りに行くって事で結論が出た。
つまり、なんの解決もしなかった。
「……後で船長に連絡して、クロマグロ回してもらお」
いい感じの電柱の影があったから身を寄せて、タバコに火をつける。風が吹き消していく灯火を手で庇いながら、一服。
足下にヤニの残骸が大量に落ちてんだから、多分ここは吸っていい物陰なんだな、これが。
「……夜の街で一人、タバコを吹きながら風に吹かれる私……ハードボイルドだぜ…」
「路上喫煙は罰金だよ……?」
誰だい?野暮な事言うやつは?
流し目で風情のないあんぽんたんを睨みつけてから逃げようと身構えた私の視界に……
…………ちっ。
「写真でも撮られたら大変だよ?アイドルなんでしょ?」
「……」
嫌な奴が映った。
「お姉ちゃん」
膝まで覆うロングコートとマフラーに身を包んだ、藍色のショートボブを風に揺らす女が、見下したようなまなざしで物陰に隠れる私を見つめてやがる。
一気に気分が急転直下。
「……こんな所で何してる?」
話しかけたくもないけど、わざわざ顔を見せに来たって事は用事があるんだろう。もしかしたらお母さんの遣いで来たのかもしれないと考えると、胸糞悪いけど無視して放置しておくのも気が引けた。
「尾けてきたのか?」
「だってお姉ちゃん……電話しても出ないし」
「……」
「別に用があるわけじゃないんだ。ただ…」
「立て替えてもらった借金なら、金入ったら返すから」
用があるんじゃないならこちらとしても用はないので、吸殻の火をつま先で揉み消して物陰から出る。
「待ってよお姉ちゃんっ」
「……」
「お金の事はいいんだよ。ただ今日は……この前の事あって心配だったから様子を……」
背中に纒わりついてくる鬱陶しい声に足を止めて振り返った。目が合った瞬間、癇に障る弱々しい表情が硬直する。
私の顔色を伺うようなその態度が、余計癪に触った。
別に私を怖がってるわけじゃない。
癇癪持ちの子供と接するような、見下した感情だ。
舌打ち一つ鳴らしてから、吐き捨てる。
「余計な事するなよ」
「……っ」
「あと、この前の事って秋葉原のライブの事件でしょ?来てたよね?」
妹の固まった表情に驚きの色が差して少し解ける。口元に薄ら浮かぶ微笑みが神経を逆撫でした。
「気づいてたんだ…終わったら…声かけようと思ってたんだけど……あんな事件起きてそれどころじゃなかったもんね…あの、殴られた人ってお姉ちゃんのお友だ…」
「来んな」
妹の声を両断するように下ろした一言と拒絶の姿勢は、妹からまた表情を奪った。
コートの裾を握りしめて俯く、うじうじした態度に嫌悪感を感じながら、これ以上話す事もないので視線を切った。
歩き出す私に妹からの続きはない。
口直しの一本を口に咥えてさっさとこの場から立ち去ろうと歩調を早めたタイミングで「お姉ちゃんっ!!」って、大声で縋り付く声がした。
けど、もう無視しよう。
「お母さん元気だよ!たまには…たまには帰ってきてね!!」
……うるさい。
心の中で吐き捨てて、ただ足下を睨みつけながら歩く。アスファルトに苛立ちをぶつけるようにして、大きく響かせる靴音を聞きながら…
大股で歩いてたら突然、下に向けた視界に誰かの靴のつま先が映り込む。
視線を上げると……
「……(ニマニマ)」
「……」
眼帯と頭半分ピンクの変態がニヤニヤしながら目の前に立ってるじゃない。
「路上喫煙は罰金だよっっ」
「……」
「写真でも撮られたら大変だよっっ?アイドルなんでしょっっ?」
紗良……こいつ……殺したろか?
「妹居たんだぁ〜星羅ぁ〜ん」
「…………いつからや」
「面白い事を訊くね。君は知ってるだろう。私は人の話を盗み聞くのが何よりも好きだという事を」
「せやから一体いつから話聞いとったかって訊いてんねん!!!!」
「ならばこちらも訊こう。一体いつから一人で帰宅してると錯覚していた?」
帰ろ。
「おいおい、なんか仲悪い感じ?詳しく聞かせてよーん」
「帰れ」
「帰るよ?星羅の家、私の家。ルームシェア。お忘れ?」
「……バイトは?」
「今日バイトないもーん」
「バイトないのにバイトしてる店に呼びつけたんかい」
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!?!?!?
「昨日からうちに泊まってるんだ。ミライちゃん」
りあが退院するって言うから病院まで様子見に来たんだけど…まだ頭に包帯巻いたりあが笑顔でよく分かんない事言ってたんで、目ん玉飛び出でるかと思ったわ。
夏祭万理華、今年始まって以来最大の衝撃。
「なんで??」
「家出したんだって。それで、住む所ないから」
りあの荷物を持ってるお母様が「大人気のアイドルなんでしょ?なんだか緊張しちゃって」なんて言って、うふふって笑ってらっしゃるけど……
「だからってなんであんたの家に????」
イミガワカラナイ。
「私ガ招待シマシタ」
「っ!?ドド……ドン・カルチオーネ!?」
現れたのはりあのお父様。ニューヨークのドン、ドン・カルチオーネ。
「お父様いつ日本に……ああ。りあに怪我させた男を手ずから始末しに…?」
「違イマス」
カルチオーネ…じゃなかった。ドン・カルチオーネに甘えるように「パパァ」って擦り寄っていくりあを抱き寄せながらドン・カルチオーネは説明した。
「リアノ友達ダト言ウノデ、家ヲ貸シマシタ」
微笑みながら。
あと、りあってファザコンよね……
「友達というか……」
どうしてこんな事に……
ニコニコしながら「?」って顔をして私を見てるりあに、強烈な危機感を抱かずにはいられない…
推しと同居……か……
他所の事務所のタレントを居候させるってだけで結構……問題が起きそうな気がする。ましてこの前のライブの事件でりあも明石ミライも世間の注目を集めてる。明石ミライを庇ったりあの姿に、二人はどういう関係なんだって騒ぎ立て始めた週刊誌まで出てきてる……
『FOOLS』が週刊誌に取り上げられるなんて……
いや違う。そんな呑気な事言ってる場合じゃないわ。
「複雑な事情があるんだよぉ」
何より……
そもそもなんでりあはそこまで明石ミライを…
やっぱりおかしい。
まさか……いや、もはや確信に近かった。
それを認めるのは胸が張り裂ける思いだけど、客観的に見て二人の距離感は……普通じゃない。
出会って日が浅いとは思えない心の許し方じゃない?
危険だ……
「りあ……」
「ん?」
「私も……泊まる」
非常識は百も承知だった。
けど、りあと明石ミライを二人きりにする事はできないっ!!
「私もりあん家、泊まる。しばらく泊めて」
「……」
りあ、少しのあいだ固まった後……
「……なんで?」
「いや、私も最近……家に……帰れない事情が……」
「なに?」
「いや……それは……私も家出してて……」
「なんで?」
「うっさいわね!!明石ミライが泊まっていいんなら私だって泊まっていいでしょ!?」
「……」
「大体……っ!あんた…明石ミライは『 TRY AGAIN』なのよ!?日本一なるって言ったくせに…なにライバルと馴れ合ってんのよ!!」
「……」
「やだやだやだ!!泊まる!!私も友達だから居候する!!」
「……」
「天鬼りあと明石ミライが人知れず同居をしていいわけねェだろォォォッッッ」
「……」
その時、ドン・カルチオーネの手がそっとわたしの肩に……
「……ドンっ」
「……万理華サン…スミマセン。二人ハチョット…」




