第136話 ……私は私のブランドで勝負したい
話がある…と言われて連れてこられたのはオシャレなバー。
開店前で誰も居ない店内のバーカウンターでシェーカーをシャカシャカ振ってるのは…
「お待たせしました。牛乳とコーヒーを混ぜたやつです」
白いYシャツに高そうな黒いベスト姿の紗良が、ただのコーヒー牛乳の入ったグラスをカウンターに滑らせてきた。
ちなみにコーヒー牛乳は市販のやつで、シェイクする必要は全くなかったわ。
「こんな所でバイトしてたのね…てか、私まだお酒飲めないんだけど、いいの?こんな店来て」
「万理華ちゃん真面目か」
「だからコーヒー牛乳です。私とりあえず生で」
私の隣に座る星羅と星熊が揶揄うように言う。よく分かんないけどこういう店でとりあえず生って言わないだろうから、星熊は多分こういう店に入った事がないのね…
「紗良、ここ時給いくら?」
「おにぎりせんべい2.8袋分」
「…そう。よく分かんないけど…大変ね。紗良は他にもバイトを掛け持ちしてるって聞いてるけど…」
「あとは銀座のクラブ」
そんな所で…って驚いた。紗良はこんなだけどメンバーの中では一番金回りがいい。そういうバイトしてるならそれも納得だわ。
「水商売は感心しませんね…アイドルとしてのイメージが…」
「星熊ちゃん?紗良ちゃんがこうしてバイトもしてアイドル活動もしてくれてるお陰で、私の生活が成り立ってんだからさ。堅い事言わない」
「錦野さんは自活できる努力してください。このニート」
「私アイドルだもん。ニートじゃないもん」
悲しかな私達はまだアイドルだけで食べていけるだけの収入はない。りあ達高校生組はいいとして、紗良と星羅の成人組…と学生じゃない私も、生活の事を考えたらバイトはしなきゃならない。
「……それにしても大変じゃない?レッスンしてライブして、夜はバイトで…まぁ稼げるんだろうけど…」
「万理華ちゃん、仕事ってのはなんでも大変なものさ」
「あんたから言われるとなんか腹立つわ」
「私がこうして一生懸命働いて稼いだお金が『FOOLS』の活動資金にもなってんだよ。これもアイドル業」
「……」
ホント言葉がないわ。
『FOOLS』は星羅の個人レーベルから楽曲を出す。その資金は星羅じゃなくて紗良から出てる。
これに関しても何とかしないといけないとは思ってる。資金面に関して紗良に負担がかかるのはおかしい。
一時は辞めようとしたこの子が今はこのグループの為に骨身を削って頑張ってくれてる。
不甲斐なくもあり、感慨深いわ。
…にしてもホントどうなってんのうちの事務所は。
「……で?星熊、話って?」
「……その活動資金の件です」
星熊は車だから生は出なかったわ。
「金がありません」
「銀行の残高消し飛んだ☆」
腰をクネってさせておどける紗良。洒落じゃ済まないわ。
「え?家賃は…?」
あんたは自分で払いなさいよ星羅。
星熊がキリって顔して言った。
「個人レーベルの活動資金、あと事務所の活動資金ももう底を尽きかけてます。今準備してる『神曲』と『私をアイドルにしてください』の宣伝費用が足りません…あと、今後の活動資金が……」
星熊が紗良を恨めしそうに睨んでるけど、お門違いだから。
「紗良、今までありがとう。あんたは自分の生活の事を考えて」
「養って♡」
「無理よ」
金……当初から付きまとってる問題。まだ地下アイドルな私達しか在籍してないPOPプロダクションの資金難は、何も解決してなかった。
今まで寄生虫のように紗良の預金を吸い尽くしていたけど、とうとうここに来て……
「……銀行から借りれば?」
「実は錦野さんの個人レーベルを法人化しようと画策してまして……なんだかんだあって一度、銀行に融資の相談をしに行きました。ほら…会社なら事務所構えたいじゃないですか?」
「アルファードが事務所の現状で何が事務所構えたいよ」
「そしたら……錦野さんが自己破産してたので断られました」
「あんた自己破産してたの!?」
笑ってタバコ吹かしてる場合じゃないわよ。
「まぁ……法人化はまだ早いんじゃない?まだなんの利益も出てないし」
「いや、カッコつかないじゃないですか。私達一応、日本一狙ってるんですよ?それが会社でもない個人から曲出してるってのは…」
「口だけは達者ね星熊」
「あなた方が言い出したんです」
「……POPプロは?もう借りれないの?」
「借りたもん返してないのに借りれるわけないじゃないですか」
……金を捻出する目処が立たない、と。
「……今度リリースする曲での収益、どれくらいになりそう?」
「分かりません。ただ…3月のイベントに出演してメジャーデビューが果たせれば、それなりに売れると期待してるんですが……てかそもそもその曲の宣伝費用ないって言ってるじゃないですかお寿司。宣伝しないで売れると思ってんですか?」
「(お寿司?)この前のライブの物販の売上は?」
「社長がパチンコで消費しました」
「は?死ねよ」
目眩がする状況で星熊は「そもそも」って星羅を見ながらこんな事を言う。
「個人レーベルではなく大手レーベルと契約すれば、大々的な宣伝が可能になり、より収益が期待できるんですが……」
「でも、それってレーベルから色々注文つけられるんでしょ?」
アイドルは基本的に、事務所とは別にレーベルと契約する。レーベルとはレコード会社のブランド名の事で、CDの制作、プロモーションなんかを担当してくれる。大手レーベルになれば潤沢な資金で沢山CDも作れるし、宣伝もバンバンしてくれるから楽曲が売れる。
……普通はどっかのレーベルと契約してってのが普通なんだけど…
「星羅の言う通り、レーベルの方から色んな制限を受けるのは必然ね。楽曲の内容にも注文をつけてくるだろうし……」
「そもそもうちみたいな弱小、相手にしてくれんの?」
紗良の一言が私と星熊の心を抉った。
「いや錦野さん……大手でなくても、契約してくれる所はいくらでも……(汗)」
「あるわけ?倒産寸前のうちの事務所を相手にしてくれるトコが……金もない、知名度も信頼もない。ないないない状態だからスタートからこんな事になってんでしょ?」
私達はスタートラインから躓いてる。
『FOOLS』自体の勢いは今加速してるわ。このままの調子でいけば、音楽業界の大手達からも相手にしてもらえる可能性は高い。
けどその為にはグループの知名度だけじゃなくて、事務所の立て直しが急務。
「私達が結果を出せば事務所にお金が入る…3月の『新春!アイドル春祭』はムジテレビ主催の大型イベント…ここで成功できれば……」
「それまで事務所があれば」
なに他人事みたいに言ってんのこのマネージャー。
「……私は私のブランドで勝負したい」
その時星羅が重々しく口を開いた。
作詞作曲、リリースから宣伝まで……うちの楽曲製作の全てを担ってる星羅の音楽に対する情熱がその一言に……
「他所のレーベルと契約したら収益が横取りされる」
「錦野さん。それはロイヤリティの分配と言います。横取り違います」
「私の稼ぎは……一銭も渡さないっっ!!」
……守銭奴。
「……でも、売れなかったらそもそも収益もクソもないわよ?」
やっぱりもっと上に行く為には大手の力は必要。このままじゃダメだわ。
だからと言って、現状音楽業界から相手にされないうちの事務所に今出来る事は…目の前の仕事を確実にこなしていくしかない。
「……まぁとにかく、何をするにも先立つものが必要です」
星熊が私に向き直って居住まいを正した。何を言い出すつもりなのか分かったから私は視線を逸らしたわ。
「今、金が必要です」
「貸さないわよ。というか、金ないわ」
「じゃあどうするんですか?(怒)」
「……そもそもそれ考えるの!あんたらの仕事!!」
「このままじゃ終わりますよ?…文化祭レベルのお遊び集団のまま」
「あんたらのせいでね!!(怒)」
なんでタレントに頼むの!?バカじゃないの!?
「……結果を出すしかないですね。もしくは…」
星熊が呑気にタバコを吸ってる星羅をジロリと見て……
「…………もっかいマグロ獲りに行ってもらうか……」
「えっ!?」




