第133話 『TRY AGAIN』の活動休止よん
……りあちゃん。
巌鉄砕マネージャーからりあちゃんが目を覚ましたという報せを受けた時は、ほっとして膝から崩れ落ちた。
今すぐにでも病院に向かいたい……
けど、そういうわけにもいかなかった。
「……どーいうことなんでしょうか?(怒)」
私は今、マネージャーと一緒にヤッテ・ランネー・プロダクション本社の応接室に居る。
向かいに座ってるお客さんは怒髪天だった。
巌鉄砕さんは同席する必要はないって言ってたけど、今回の件は私に原因がある以上、この場に顔を出さない訳にはいかないと思った。
「いや、私どもに言われましても……」
巌鉄砕さんがその迫力ある顔を困り顔に歪めてる。こんなに弱った巌鉄砕さんを見るのは初めてかもしれない。
テーブルの上に差し出されたままの名刺に目を落とす。
(株)キャンドルベリー代表取締役社長 瓶張丹
キャンドルベリーは中堅の芸能プロダクション。
日本のアイドル業界全盛の時はKKプロダクショングループとかとも肩を並べる巨大事務所だった……って聞いた事ある。
でも一時期かなり勢いを落として、最近また息を吹き返しつつある芸能事務所。そんな認識。
そこの社長がおかんむり。
モヒカン頭の強面社長さんが怒ってるのはもちろん、例のタロタロ事件についてだった。
「あなた方のトラブルに巻き込まれて、うちのグループのライブ、中止になっちゃったじゃないのよん(怒)」
内なる乙女を解放して唾を飛ばしながら激怒する瓶社長。どう対応したものかって弱りきってる巌鉄砕さん。
私はその中で同席した事をちょっと後悔した。
「うちの『初恋日和』は事務所の命運を賭けて売り出し中のユニットなのよん!!」
額に血管浮き出させて、興奮の冷めやらぬ様子の瓶社長はこっちの言い訳なんて聞きたくないという様子で捲し立てる。
「今が一番大事な時期なの!!それなのに…あの日『アキバStation』で予定してたライブ!あなた方のトラブルのせいでライブ自体が中止って…どう落とし前つけてくれるのよ!!えぇ!?お客様にもチケットの払い戻し…大損じゃないのよ!!」
「いやですから……あれは…うちの所属タレントのプライベート時に巻き込まれた問題でして……」
「プライベートだったら責任とらないって言いたいわけ!?舐めてんじゃないわよん!!そもそも!!おたくの事務所がしっっかりタレント管理してないからこんな…ストーカー被害になんか遭うんでしょ!?んもぉうっ!!!!」
とりあえず怒鳴り終えた瓶社長、出されたお茶をビールかってくらいの勢いで一気飲み。喉を潤した後その落窪んだ眼光が私に向いた。
「あんたもなんか言いなさいよ(怒)」
「うちのタレントに当たらないでください」
「やかましいっ!!あんたら調子に乗ってんじゃないわよんっ!?アチシを誰だと思ってるの!?キャンドルベリーの社長よ!?」
この人にはかつてアイドル全盛の時代、芸能界を盛り上げた事務所のトップだっていう圧倒的な自負があるみたい。
私は頭を下げる。
「申し訳ございませんでした」
「申し訳ないならどーすんのよ(怒)」
「いや…それは……」
軽はずみな謝罪は相手を付け上がらせる。
今回の件、誰が一番悪いのかと言えばタロタロさんだ。けど、この場で責任を問われれば頭を下げるのは私しかいない。私に全く非がないというわけでもないんだから…
「うちのタレントは被害者です」
そんな私の考えを否定するように巌鉄砕さんが私を庇った。彼女もちょっとムキになってる。
でも伊達に元大手を担ってきた事務所のトップじゃない。オカマさんは一切怯んだ様子を見せず逆に粘着質な笑みを浮かべた。
「…あんた、分かってんの?他所の事務所のアイドル怪我させてんのよ?」
その一言に心臓に矢が刺さったみたいな痛みが走った。
「…それについてもこちらに責任は……」
「言葉は慎重に選びなさい?当事者のあんた達が「うちのせいじゃないので知りません」なんて無責任な事言ってご覧なさい?どうなるのか分かるわよねん?業界トップだからって調子に乗ってんじゃないわよ?」
この人…自分のところのアイドルの仕事がダメになったから怒ってるわけじゃない。
直感だけどこの人…この件にかこつけてうちに難癖つけてやろうって、そんな気配を感じる。
「失礼致します」
どんどん強くなる圧の中、落ち着いた声が応接室に入ってきた。振り向いた先にはヤッテ・ランネー・プロダクションの社長、早川さん。
「失礼すんなら帰ってや」
「申し訳ありませんがそういう訳には参りません。私、ヤッテ・ランネー・プロダクション代表取締役社長、早川銀次です」
紳士的に腰を折って名乗りってから椅子に座る社長を見て、瓶社長の顔に若干の緊張が浮かんでる。
国内最大手の芸能プロダクションの社長だもんね…
……そして国内最大手の芸能プロダクションに所属する私…
私ってすごい。
いや、今はナルシズムに浸ってる場合じゃない。
「早川さん、あんたどう責任取ってくれんの?」
「お話は伺ってます。こちらの巌鉄砕も申し上げました通り…」
「え?何よん…その名前。ゴツ…(汗)」
「今回の事件に関してはこちらは完全な被害者です。負傷されたPOPプロダクションのタレントさんの方に関しましても…」
「だからぁん!!あんた達がきっちりリスクマネジメントしないのが原因でしょん!?」
最初は怯んだ様子だったオカマさんが怒号に乗って調子を取り戻し始めたみたい。粘つく視線で私達を睨みつけながら、関東平野なみに起伏のない顔にマリアナ海溝なみの深いシワを寄せて身を乗り出してくる。
危険な距離感…社長二人の唇が触れそうだっ!!
「……」
うちの社長が黙っちゃった…
事務所のリスクマネジメント不足。その一言が効いたのかもしれない。
でも私は休日だったし…仕事中に起きた事件じゃない。事務所は関係ない。
その事を主張しようと口を開けた時……
「では、責任を取れと仰りますが、具体的にどう
責任を取れと?」
早川社長の問いかけにオカマの分厚い唇がニンマリって歪んだ。
悪意に満ちた顔。確信する。
目的は分からないけどこの人は私達を攻撃する為にここに居る…
悪辣な笑みを湛えたまま、瓶社長のガラス玉みたいな目が眼窩の中で転がって、私を見る。
「……何も金を寄越せなんて言うつもりはないわ。ただ、誠意を見せて欲しいのよん」
「……誠意?」
早川社長が言葉を拾う。
「『TRY AGAIN』の活動休止よん」




