第132話 恭一郎です
「……っ…ハ、ハゲてる…っ!!」
目を覚ましたら病院だった。
私は秋葉原のライブハウスでライブをしてたはずなのに…記憶が飛んでる間に病院のベッドに寝かされてた。
そして鏡を見て絶句。
「……あ、元からハゲてた」
ハゲてるのは元々だったって気づいてホッとしたんだけど、私の頭には痛々しい包帯が巻かれてる。
一体なにが……
「……うぅ」
思い出そうとすると頭を鈍痛が襲う。顔をしかめて頭を押さえてると病室の扉が開いた。
「りあちゃん……っ」
「ママ…」
「りあちゃあんっ!!」
涙目のルカ……間違えたママが駆け寄ってきてラリアット紛いの抱擁。激しく揺らされた頭部の中で頭蓋に打ち付けられた脳がバースト。
その衝撃で私の記憶が戻ってきた。
「……そうか、ライブハウスで私……知らないおっさんに殴られたんだ…」
「一体何があったの?ママ心配したんだから」
……ママの鼻水が入院着にくっ付いて糸引いてた。
「……あの時…」
あの時、ライブ中私は明石ミライちゃんを見つけた。250人のお客さんの中でもすぐに分かった。
ミライちゃんが来てくれたのが嬉しくて、無意識のうちに彼女の姿を目で追ってたんだ。
だから誰より早く気づいた。
手にバールのようなものを握ったおじさんがミライちゃんの名前を呼んで、近づいていくのを…
考えるより先に身体が動いてた。
ステージから飛び出した私はミライちゃんの前に飛び込んでたんだ。
そして……
「あなた二日も目を覚まさなくて…でも良かったわ。お医者さん言ってたわ。あなたの頭があと少し柔らかかったら命に関わってたって」
「どゆこと?」
「カチコチ頭で良かったわね」
「バカにしてる?」
違う。そんな事より。
「ママ、私の英雄的行動で命を救われたはずの一緒に居たごく一般的な美少女は…?」
「……?ああ、あの子なら……」
ママの声を遮るように扉が開いた。ノックもなしに侵入してくる不届き者に視線をやると、白衣を着たお医者さんと、黒いスーツ姿の、顔の彫りが深い高身長の、阿部寛っぽいおじさんが入ってきた。
「はじめまして、天鬼りあさんですね?」
阿部寛もどきが問う。
「恐らく……手術で脳が入れ替えられてなかったら」
「はじめまして、私、日本橋署の蛾牙と申します」
阿部寛もどきが警察手帳を出してきた。初めて見るホンモノの警察手帳だ。違法賭博の前科がある私は内心震え上がる。
「下のお名前は……」
「恭一郎です」
タバコは吸わないんだろう…彫りの深い顔に浮かんだ笑みから覗く歯は真っ白だった。
「ライブハウス『アキバStation』での傷害事件について捜査してます」
「何かあったんですか?」
「何かって、あなたの頭が殴られた事件です」
ああ、そっか……
「お話を伺いたいんですが…よろしいですか?」
「その前に……ミライちゃんは……」
蛾牙刑事が「ミライちゃん?」と怪訝そうな顔をした後、合点がいったらしくああ、って頷いた。
その後で浮かべられるこの、謎の安心感のある微笑みに私はミライちゃんの無事を確信して胸の中に溜まってた息を吐き出した。
「明石杏音さんなら無事です」
……っ!?ミライって…芸名なんだ……
……そうなれば新たな疑念が。
「どうして秋葉原の事件を日本橋署が調べるんですか?」
「深く考えないようにしてください」
蛾牙刑事はまた笑った。
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「あなたを襲ったのは明石杏音さんのファンの方でした」
先生が精密検査しますって言って私の頭を振ったりコンコン叩いたりしてるのと同時進行で蛾牙刑事は私に概要を説明してくれた。
「後遺症の心配はなさそうですね…ベッドの回転率もあるのでさっさと退院してほしいです」
私の頭は無事みたいだ。今ので何がわかったんだろう…
「ちゃんと文明開化の音もします」
コンコン
「痛いです先生」
「凶器がバールで良かったですな。これがバールのようなものだったらあなた、こんなものでは済みませんでしたよ?」
「どう違うんですか?」
蛾牙刑事曰く……
「犯人は以前から明石さんへストーカー行為を行っていたようです。事務所から厳重注意されて、以降はストーカー行為はなくなっていたようですが……」
「でも……どうして私達のライブに……」
「期を伺っていたのかもしれません」
彫りの深い顔が頭を振る。いや違う…先生が私の頭を振ってるんだ。視界が横に激しく揺れてる。
キモチワルイ……
「『TRY AGAIN』のイベントは出禁になっていたようです。事務所の方もストーカー対策でしばらく明石さんにスタッフを常時付けていたようなので近寄れなかったようですね…明石さんは以前からあなた方のファンだったようですので…休日にライブに行くであろうと、狙いを定めていた可能性があります」
「そんな……」カラカラ
「先生っ。りあちゃんの…娘の頭からなんかカラカラ音が鳴ってるんですけど」
「大丈夫ですお母さん。脳が小さいから頭の中で転がってるだけです」
私の頭は本当に無事なのか……そんな疑問を転がる脳みそでしてる私に蛾牙刑事は身を乗り出して「お訊きしたいのですが」と言う。
私に訊かなきゃいけない事ってなんだろうって思いながら居住まいを正すよ。
「なぜあなたは明石さんを庇ったんですか?」
それは事件に関係ある質問なんだろうか…?
「それは……襲われそうなのが見えたから…」
蛾牙刑事の視線が鋭い。聞きたいのはそういう事じゃないって言ってる目だ。
なんで私こんなに圧かけられてんだろ。
「えっと……私も……明石ミライちゃんのファンなので……」
釈然としないながらも答える。
恐らく小石くらいしかないんだろう(怒)脳みそが記憶を辿りながら、答えを口にするのと同時に思考する。
あの時私はステージから飛び出してミライちゃんを庇った。
あの時は考える間もなく身体が動いてた。
でも……
どうしてそこまでして……
ファンだから。それは事実。
武道館のライブで私はミライちゃんに心を掴まされたんだ。
でも、いくらファンだからって……
自分が質問する側でも多分「いくらファンだからって」って思うと思う。
「……そうですか」
でも、刑事さんはその答えを聞いてまた爽やかな微笑みを浮かべただけだった。
言葉以上の、あるいは……私の気づいてる以上の事をその一言で読み取ったと、そう感じるような……
私はミライちゃんの事をどう思ってるんだろう?




