第126話 マグロは持って帰れねぇからだ
誰がハゲや。
錦野星羅マグロ漁日誌二日目。
「貴様らぁ!!陸に帰りたいならさっさと釣れぇ!!」
甲板長の怒号と共に一日が始まる。
かつてはエリート音楽家一家の一員として華麗な生活をしてた私が今、汗と潮にまみれながら竿を握ってる…
……竿を握ってるとはーちゃんを思い出すな。
「…シコシコシコ」
「ジョリー」
裏切者のミッシェルじゃん。
「釣れてる?」
「いや…君はどうして竿をシコシコしてるんだい?」
「センズリこいてる。陸に戻ったらやってあげるんだ」
「…?ジョリー。君に謝らないといけない」
それにしても…
「みんなやる気ないなぁ…」
甲板に並んだ男達には海の男としての覇気は微塵もない。まるで借金漬けで明日の展望もない、呼吸してるだけの生きる屍……だった。こいつら別に海の男じゃないわ。
「昨日は……ハゲてる君に幻滅してしまった。君を…その、傷つけた。でも、安心してくれ。君は……美しい」
「にしてもやる気ないなぁ…こんなんでマグロ釣れんの?」
「イッヒッヒ」
誰?
「そいつぁ愚問だぜお嬢ちゃん」
「錦野星羅です」
「だから私との結婚の道が閉ざされたわけじゃ……え?アンジェリーナ・ジョリーじゃないのかい!?」
私の膝くらいしかないおじいちゃんがすきっ歯で笑いながらなんかひとりごちる。
私はシコシコに集中だ。
「ここに居るのは蛆虫以下の屑。マグロの釣り方なんて知りゃせんのじゃから…それに、この海にマグロはおらん」
折角マグロ漁船に乗ったんだし『現役アイドルだけどマグロ釣ってみた』って動画撮ろうと思ってんのによー…
「マグロがいない!?どういう事だ!?じいさんっ!!」
「兄ちゃん…ここはベーリング海…マグロなんておらんよ。乗組員が素人なら船長も航海士も素人…海の事もマグロの事も、なーんも知りゃせん。マグロが捕れん以上、わしらは一生、この船の上じゃ」
「なんてこった…ジョリー聞いた…あれ?ジョリー?」
釣ってくれないと動画にならない。釣れないにしてももう少しプロジェクトX感出してもらわないと撮れ高ない。
発破掛けに行こう。
「釣れますか?」
「撮ってんじゃねー」「んだてめぇは」
「釣れますか?」
「釣れるわけねーだろ」「この船にマグロが揚がったのなんて見たことねー」
「釣ってください」
「だから釣れねーっつってんだろ」「てかお前も撮ってないで釣れよ」
「釣れないと帰れないですよ?」
「うるせーんだよ。この船に乗った以上もう帰れねーんだよ」「まぁ心配すんな。盆とゴールデンウイークと年末年始は帰れる」
「渇っ!!!!」
「(ビクッ)」「(ビクッ)」
なんて情けない奴ら…こいつらには生きる気力とエンタメ魂が欠如してる。
「イッヒッヒ…お嬢ちゃん。無駄じゃ…おらんもんは釣れん。この海でマグロを釣りたいんならレディー〇ガでも連れてきて歌でも歌わせるんじゃな。歌声に釣られて泳いでくるかもしれん」
「そいつぁいいや!!」「がははははっ!!」
……
「ジョリー、諦めて私と船上結婚しよう」
黙れミッシェル。
男達の嘲りを受けながら私は船の落下防止の為の壁の上に登る。問題です。今「の」って何回言ったでしょう。
上から屑達を見下ろす。
「ジョリー危ない!!落ちるぞ!!私と結婚するくらいなら海の神にその身を捧げるっていうのかっ!?」
「おいおい。なにしようってんだ?」「がはは!!おいみんな!歌姫様がコンサートやるってよ!!」「ヒューヒュー」
……潮風が頬を撫でる。
あぁ、気持ちいい。海も悪くないね。
私の口から歌われる詩が海の風に乗って遠くまで流れていく。この眼下の潮の流れみたいに…
んで、みんな黙った。
大きな海。
無限の奥行きの空。
そこに立つ、ちっぽけな私達だ。
なるほど…この大海原を感じながら昔の船乗り達は歌ったんだ。確かに歌いたくもなるかな。ヨーホーホーって。
自然が、かつてそこに生きた男達の生き様を伝えてくれてるみたいだ。
届け…大昔の海から……現代まで。
「……おい、なんだいありゃ…」
誰かが遠洋を指さした。
その先、何もなかった水平線の向こうが白く…
「魚影だ…しかも大量の……向かってくるっ!!」「まさか…ありゃ…」
バシャバシャッ
「マッ……マグロだぁぁぁぁぁっ!!」
「そんなバカなっ!!」「あんなに大量のマグロが…」「もしかして…あの歌声に…?」
感動、尊敬、畏怖…全てが籠った眼差し。気ん持ちいぃぃ…
そんでもって、この釣果でもって、完全にこの船は掌握したな。
「野郎共ぉぉ!!玉網を持てぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
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「んなバカな…」
大量だった。
船長と甲板長が、甲板に横たわる特大クロマグロの山を前に戦慄。
「どやねん」
タバコ寄越せ。
「なんでこの海でマグロが…?氷点下の海だぞ?どーなってんだ甲板長」
「いや…ちょっと…」
「こんだけ捕ったら借金チャラじゃん?」
私の言葉に甲板が色めき立つ。
生を諦めた男達の目に希望の光が宿る。
「俺達…陸に帰れるのか!?」「歌姫のおかげだ!!」「歌姫万歳!!」
…しかしこれ…ホントにいくらの稼ぎ?船傾くくらい捕ったけど?
マグロって金になんよな?
とりあえずタバコ寄越せ。
「港に戻れ!!」「俺ら億万長者や!!」「俺…戻ったら人生やり直すんや」
タバコは?
「……港には戻らねぇ。お前らの借金も無くならねぇ」
……ん?
船長の不穏な一言。歓声に包まれてた甲板が、静まり返る。
「マグロは持って帰れねぇからだ」
「ナンデ?」
オクマンチョウジャハ?
「この船には凍結室がないから、帰るまでに腐る」
じゃあ何の為に船出してんの!?
「なんだそりゃ!?」「ふざけんな!!」「俺らを陸に帰す気あんのか!?」
「黙れぇ!!」
怒声の高波に甲板長の鞭が唸る。刷り込まれた恐怖は怒りをあっさり凌駕して、男達を黙らせた。
俯く船長の隣に立つ甲板長の声が、マグロの腐乱死体(予定)に埋め尽くされた甲板に響き渡った。
「お前らを帰す気はねぇ!!お前ら…気づかねぇのか!?船長の気持ちに!!」
「……?」「……?」「……キモチ?」
「船長は…おめぇらが大好きなんだよ!!」
……!?
「お前らとお別れしたくないから、こうして終わる事のないマグロ漁に出てんだろーがっ!!」
……そ、そうだったのか…
「ふ…ふざけんなぁ!!」「俺らの今までは何だったんだっ!!」「気持ち悪い事言ってんじゃねぇぞ!!」
甲板上の大ブーイング。船長は…俯いたまま震えてた。
「俺らはお前なんて大嫌いだ!!」「ざっけんじゃねぇ!!」「帰せ!!俺らを陸に!!」「俺はちょっと船長いいなって思ってる!!」「ブーブー!!」
「貴様ら……」
完全に立場が逆転した。そんな中で、唯一船長の味方の甲板長が怒りで震えてる。船長は……泣いてた。
場に一触即発の緊張感が満ちていく…
そんな中で……
『君の瞳が 君の温度が 君の声が』
「なんだ!?」「歌姫…?」「この歌は……?」
『僕を~…狂わせるの』
ちょ~美麗びゅーちふるかっちょいい歌声が…
そう。私。錦野星羅ちゃんだよね。
『しゅきしゅきだいしゅき 離さないんだからぁ~~』
……歌い終わる頃には、甲板の殺気立った空気は霧散してた。そこに残るのは静かなる余韻…
「…今創ってる新曲『しゅきしゅきだいしゅきホールド』でした。ご清聴、誠にせんきゅー」
「歌姫あんた…ナニモンだい」「ジョリー、君は天才だ」「感動した」「えっちだった」
「みんな。この曲は絶賛恋してる私の友人というか舎弟的な子から恋バナ聞きながら創った、リアル恋愛ソングなんだ」
「……」「……」「……」「……」
「この歌で感動してくれたって事は、みんな分かるはずだ。誰かを好きになるって事…それがどれだけ尊い事か。なら、船長の気持ち、分かってあげられるよね?」
みんな俯いて黙った。
船長を見る。泣いてた。甲板長も泣いてた。
「船長、好きなのに何であんなにみんなにアタリ強かったん?」
「ツンデレってやつだ。バカヤロウ」
「船長…みんなはいなくならない。なぜなら今日、ホントの意味で分かりあえたから」
「……っ」
「海での絆は!!簡単に消えない!!今度こそ!ホントのマグロ漁に繰り出すぞ!!なぁみんな!!」
「(いやもういいや)」「(帰りたい)」「(船長の好きって恋愛的な感じ!?)」
「みんなぁ!?」
……返事がないな?
「みんなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「おー!(メンド)」「おぉ!!(合わせとくか)」「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!(歌姫彼氏とかいんのかな?)」
船長の頬を雫の道が走る…でもそれはさっきの涙とは違う涙だ。
今この船は一つになった。ここからが私達の冒険だっ!!
「錨をあげろぉ!!帆を張れぇ!!ヨーホーホー!!」
「「「「「おぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」」」
「錦野海賊団!!しゅっ「あのすみません」
……威勢よく振り上げた拳が止まった。
振り返ったらなんか見たことない奴が立ってる。
「なんだ航海士!!こんな時に!!」
甲板長曰く、航海士らしい。
そんで?
「今連絡あって…錦野星羅さんの借金なんですが…妹さんが立て替えて完済されたとかで…錦野さんは帰っていいそうです」




