第120話 私はアイドルになる為に生まれてきた存在だって……
NNK赤白歌合戦の出場者選出に関する基準は長年テレビ業界で物議を醸す話題のひとつ。
デビュー間もない新人歌手やら歌が本職ではないタレントの出場、日本の伝統歌番組なのに海外アーティストの参入などなど…
実態としてNNKと大手事務所との力関係とか、色んな数字の絡む大人な事情があるんだろうなってのは、私みたいな子供でも察しがつくこと。
ただNNKが選考基準を公表してて、基本的にそれに則って選出してるよって言っている以上、そして私達一介のアーティスト、タレント達は、上の方で話し合われる事に疑問を抱く事があっても、そこは深く突っ込まないのが賢い生き方だとは思う。
…ただしそれは、その様々な事情によって美味しい思いをしてる側の主張である事も理解しなきゃいけない。
業界最大手ヤッテ・ランネー・プロダクションの寵愛を受けて、デビュー時点から力を入れてもらったからこそ、『TRY AGAIN』は今の地位に居られる事も、それをよく思わない先輩方が居る事も承知してるつもり。
そして新年早々…
初詣も忘れて今宵、怒りの炎を燃やす先輩アイドルグループ『変態闘魂☆倶楽部』の皆様が私達『TRY AGAIN』に積年の不満をぶつけてきた。
「『恋愛倶楽部』ね?(怒)」
1月1日…元旦。
私達『TRY AGAIN』と『恋愛倶楽部』は都内某所に居た。
……寒い。
新年早々都内では記録的な積雪を記録してるらしい。凍えるような寒さの中、それでも私達は某神社の前の広場に集まってる。
初詣じゃない。
「じゃ……引退賭けてやろうか」
『恋愛倶楽部』のリーダーがうちのリーダー、白石レオと向かい合う。
「ルールは今から一時間の路上ライブでどっちが多く客を集められるか…客から貰えるおひねりの総額で勝負。勝負が終わったらおひねりはそのままお互いの財布に入る。もちろん事務所には内緒。異存はないわね?」
「構わないよ」
レオちゃんの顔には自信しかない。負けるはずがないという圧倒的な実力への自信が、先輩方に不遜な眼差しとなって降り注いでた。
私…明石ミライとクソガキこと荻窪はぁとちゃんの頭にはしんしんと雪が降り積ってた。
「こごえる……じぬ……」
「はぁとちゃんは体が小さいから脂肪が少なくて寒がりなんだね…可哀想に。せっかくリバウンドしても矮小な体のせいでカスみたいな脂肪しか付かなくて数字が増えたって事実だけが残るなんて……」
「喧嘩売ってる?喧嘩売ってるよな?」
「事前にSNSとかで告知してないでしょーね?」
「そんなケチな真似はしませんよ、先輩。告知なんてして事務所に勝手に路上ライブやってるなんてバレたら大目玉喰らいますよ?」
「なら…今日集まる客は純粋に、私達の力で集めるファンって事になるわ…どっちが本当に力があるのか……そして!弱者には芸能界から消えてもらうわ」
どうしてそんな話になるんだろう……悲しい気持ちになりながら私は震えてた。
「来年の赤白歌合戦はこの『恋愛倶楽部』がいただく!覚悟しなぺんぺんひよこ共!!」
「(ぺんぺん?)」
「(別に赤白くらいあげるんだけどなぁ…)」
「(やばい腹痛くなってきた…)」
……別に負けても引退する気はサラサラない、引退とプライドを賭けたトップアイドル達の路上喧嘩、開幕。
かーんっ!
「先輩としてのプライドを賭けて!!意地でも負けねぇぞ!!いくぞぉっ!!」
「「おぉ!!」」
『恋愛倶楽部』の三人の気合いの入った円陣を遠巻きに眺めながら、私達は雪に降られつつ、とりあえず……
「甘酒買ってきたよー」
「やったぁ」「ないすぅ」
甘酒を飲むことにした。
すぐ目の前の神社で買ってきた甘酒を三人で丸くなりながら飲む。温かい甘酒が芯まで冷えた体を暖めてくれた。
「……こんな寒い日に外で歌うとか正気じゃないんですけど…もう帰ろうぜ?初詣だけして帰ろう」
「はぁとちゃん。向こうは一応先輩だよ?あんまり失礼な事しちゃダメ。芸能界は年功序列の世界なんだから」
「失礼な事言って路上バトルになったの、ミライのせいだよね?」
「向こうは始めたみたいだよ」
レオちゃんの見る先、人集りがもう出来てた。
人で賑わう神社前の広場…初詣にやって来た人達は唐突に目の前で始まる人気アイドルの路上ライブに足を止めてる。
『恋愛倶楽部』のデビュー曲がこっちまで聴こえてくる。
「……ずびっ。こんなに寒いのに…よく声出るよなぁ」
鼻をすすりながらはぁとちゃん、素直に感心した様子で呟く。
ルックスもパフォーマンスも流石。長い間ヤッテ・ランネー・プロダクションの上位グループとして事務所を引っ張ってきた実力は伊達じゃない。
設備も何も無い広場の一角が、彼女達の歌声で別種の空気を纏ってた。
「……」
「……」
……しばらく私とはぁとちゃんがそれを眺めてたら、立ち上がったレオちゃんが「そろそろ始めるか」って…
「えぇーほんとにやんの?」
「負けたら引退なんだぞ?はぁと」
「引退しねーし」
グダグダ言いながら私達は顔を隠してたキャップと色付きメガネを取って、並んで立った。
足元に缶詰の缶を置く。「お気持ちで結構です」って張り紙をして。
そこまでやったところで野次馬の一人がこっちに気づいた。
その人の驚きの声を呼び水に更に人が集まってくる。
『恋愛倶楽部』が集めた人集りが徐々に私達の方へ横滑りしていく。
先輩方の顔に焦りと怒りが見えた。
それを横目で捉えながら、気付かないふりをして群がってくる人集りに笑顔を向ける。
「『TRY AGAIN』じゃん!?」「これなんかのイベントですか!?」「ミライちゃぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」「なんでこんなとこに!?」
私達は何も答えないで、ただ笑って、そしてスマホから私達の曲を流す。
群衆が沸いた。
開けた広場に雪も溶かすような熱気が籠っていく。
息を吸って…冷たい空気を体の奥まで入れてから、歌い出す。
悲鳴にも似たざわめきも、私達が歌い出したら止まった。
両グループの歌声と曲が広場に広がって、それに集まる人集りが更に人を呼び寄せる。
歌い出して一分、もう広場は人で埋め尽くされてた。
寒くて全然声出ないけど、なにかに取り憑かれたみたいな眼差しが隙間なく私達を見つめてた。
まるでその瞬間にしか見れない、一瞬の絶景、それを見逃すまいと集中しているような眼差し達。
怖くなっちゃうくらい真剣で、熱を帯びた視線の波。
…申し訳なくなるほどの差だった。
一曲目が終わる頃には、『恋愛倶楽部』の集めたお客さんはほぼ、こっちに流れてた。
……だから事務所は私達に仕事をくれるんだな。
先輩方に圧倒的大差をつける光景を目にしながら、二曲目に入りつつ、そんな事を思う。
私達が今の地位に居られるのは大手事務所が力を入れてくれたおかげ。
でも、大手事務所に選ばれたのは実力。
私達には頂点に立つ力がある。
甘酒よりも熱い観客の視線が、全身をビリビリって痺れさせながら思う。
私はアイドルになる為に生まれてきた存在だって……




