第118話 …マリサ、私頑張るよ……
「タロタロさんには被害届を出さない代わりに厳重注意のうえ、今後イベントは全て出禁、次ミライさんに半径一メートル以内に接近したら警告無しで即射殺になりました」
「え……怖い」
明石ミライストーカー被害事件、解決。
自分のトラブルも一人で解決出来ちゃう私、すごい。
「なに一人で解決した気になってんだよ」
「ミライは僕らに焼肉を奢るべきだね」
仲間と掴んだ勝利だね。
不安事が無くなってレッスンにも身が入る。今日は声も出ていい感じだった。
また3月にライブもあるし…調子戻していかないと。
「ミライさん、タロタロさんですが…あなたの住所はやはりSNSの投稿写真から特定したそうです」
巌鉄砕さんの報告にやっぱりって思った。
「裏垢ありますよね?」
「う……はい。まさか明石ミライの裏垢だとバレてるとは…」
「みんな知ってるぞ」
「え?そうなのはぁとちゃん」
「ファンクラブでID拡散されてるからな?まぁファンなら裏垢を特定するくらいの愛は持ってて当然だよね」
愕然。
じゃあ私が毎日投稿してる「今日のハエトリソウの晩御飯」シリーズで、家にどんな虫が生息してるかバレてるって事…?やだ恥ずかしい。
「SNSの運用にはくれぐれも気をつけてください……あと、裏垢は消した方がいいでしょう」
「…………はい」
巌鉄砕さんからの無情なる提案にも、今回みんなを巻き込んだ私には反論の余地はない。甘んじて受け入れるしかないんだ。
「……私、これから日常をどこに拡散していけばいいんだろ」
「しなくていいだろ」
「ミライはSNS中毒なのかい?」
SNS上のフォロワーさんは貴重な話し相手だったんだけどな…明石ミライのアカウントじゃ自由におしゃべりできないし…
そう考えたら…ああっ!!
「……なんか体震えてきた」
「重症だね」「病院行け」
「まぁみなさんくれぐれもSNSの運用には気をつけるようにしてくださいね」
具体的にどう気をつければいいのかは何も言わないで、巌鉄砕さんからのふわっとした注意喚起だけでこの場は解散になった。
*********************
誰の足音も聞こえない帰り道…久しぶりに気が楽だった。
私の住所は流出しちゃってる。今のところ被害はないし、どこかの掲示板とかSNSに拡散されてるって事はないけど…当面は用心した方がいいって事務所から念を押された。
「引越しの相談、家族にした?」
今日はレオちゃんが一緒に帰ってくれてた。暗い道でもレオちゃんが隣に居てくれると寂しくない。
家の明かりが遠くに見えてくる頃にそんな質問を投げられて、私の気分は少し沈む。
「まだ…ストーカー被害の事も話してないし」
「そう…まぁでも、早い方がいいよ。この家に住み続けるのも危ないとは思うしさ。ご家族も居るからすぐにって訳にはいかないだろうけど…」
「私だけでも越した方がいいのかな?」
「うーん…ご家族に今後なんらかの被害が出ないとも限らないし…ご家族も一緒に引越した方がいいかも……」
意見を言いつつ、レオちゃんは言葉尻を濁した。
私と家族が、アイドル活動の件で仲が良くないのをレオちゃんは知ってる。私が家族を避けてる事も…
「…じゃ、送ってくれてありがとう」
玄関前、明るく振舞って重くなった空気を払拭しようとしたけど、家の明かりを見上げるレオちゃんの表情は少し重たい。
「ミライ」
「ん?」
「この仕事は周りの理解とサポートは必要だよ。今回みたいなトラブルも二度とないとは限らない。ご家族との折り合い、ちゃんと付けた方がいい」
…デビューして何年も経って、まだ取れない確執。
今更会話で理解が得られるならとっくに…
「…そだね。ありがとう」
そんな思いはおくびにも出さないで笑顔を向けたら、レオちゃんの表情も綻んだ。
「何かあったら連絡して。行けたら行く」
「来ないやつだねそれ」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
「…ただいま」
玄関の扉に隔てられた空気は中と外で違って感じる。暗い外と明るい家の中。家の中の空気の方がなんだかじっとり重たいのには辟易した。
のろのろした動作で靴を脱いでたらリビングに続く扉が開いて、スリッパで床を擦る音がした。
「遅かったな」
「うん…打ち合わせが長引いちゃって…ごめんなさいお父さん」
足下にだけ視点を置いて振り返らないようにする。顔を見なくてもお父さんが後ろでどんな顔をしてるのかは分かった。
きっと能面みたいな顔をしてるんだ。
「…カップ麺を出すそうだな」
さっさと部屋に上がっちゃおう。そう思ってた私の背中に投げかけられた一言に私は思わず顔を上げて振り向いた。
やっぱり予想通りの、無表情が張り付いたお父さんの顔がそこにある。
三十年間、仕事にだけ打ち込んできた顔だ。
家庭というものを省みた事のないはずのお父さんの口から、私の仕事の話が出てくるのが意外だった。
私の仕事を認めてないお父さんの口から…
「…うん。よく知ってるね。まだ告知もしてないのに」
「何屋なんだお前達は」
吐き捨てるような一言に、胸から重たい空気がため息になって出てきた。
言う必要があったの?その一言…
興味が無いなら黙っておけばいい。理解が得られない事はもうとっくに分かってるんだから。
会話する気力も削がれて、父の嫌味を抱えたまま二階に繋がる階段を登っていく。
一切返事のない私にお父さんもまた無言のままだった。
二階の自室に入って扉を閉めて、大きく息を吸い込む。
私だけの空間。この部屋の中だけは家中の重たい空気が充満してない。扉を閉めちゃえば、息苦しい空間からは隔離されて、息ができるようになる。
この家中に蔓延してる重たい空気はお父さんが発してるに違いないよ…
表情というものを一切持ち合わせない仮面みたいな顔面を思い返して、憎々しい気持ちになりながら、それら一切を振り払うようにベッドに飛び込んだ。
いつもここで横になったら、壁に貼られたポスターが視界に入ってくる。
昔のアイドルのポスター。
私が産まれる前に解散しちゃったグループだけど、私にとってはこの世界に入るきっかけになったグループだ。
若干色褪せたポスターを愛おしむように視線で撫でる。
ポスターの中で輝く笑顔を向ける美少女。時代を超えて私を見つめる瞳にはいつも勇気を貰える。
「…マリサ、私頑張るよ……」
アイドルグループ『TRY』の不動のセンター、マリサ…
私がアイドルになって、『TRY AGAIN』を創るキッカケをくれた人…
マリサからの視線を受けながら天井に視線を移動して、それから部屋を見回す。
生まれてからずっと過ごしてきた部屋。
憧れのアイドルの写真。
初収入で買ったパソコン。
数少ない私服を収めたクローゼット。
窓際の愛おしい多肉植物達。
「…………引越しかぁ…」
無理無理…あのお父さんにそんな話、とても切り出せないって。
せっかく家中の重たい空気を締め出した空間に居るのに、あの人の顔を思い出しただけでまた気分が沈んでくる。
気分に引っ張られてか瞼まで沈んできた時、スマホが鳴った。
はぁとちゃんからだ。
「こんな時間になんだろ…珍しい。はぁとちゃんクソガキだからいつも21時には寝てるはずなのにな…」
はぁとちゃんからのメッセージ。
そこに書かれてた文言は落ち込みがちな最近の気持ちを吹き飛ばす、ワクワクを届けてくれるものだった。
FOOLSのライブの日程発表されたぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!
マネに連絡して休み確保しろ!!!!




