第117話 私の瞳があなたを見つめる あなたの瞳が私を見つける 月の瞳が私達を見下ろす
私の瞳があなたを見つめる
あなたの瞳が私を見つける
月の瞳が私達を見下ろす
B〇EACHの巻頭ポエムみたいなセリフと共に一枚の写真がDMで送られてきたのは、ストーカー君との直接対決を控えた直前だった。
その写真には暗い一本道を一人で歩く私の後ろ姿が写ってる。
「キモぉおおおおおおおおおっ!!」
それを見た荻窪はぁとちゃんの反応がこちらでした。
「君が言うな」
夜闇に完全に溶け込んだ真っ黒な服に身を包んだレオちゃんが冷静にツッコんだ。
はぁとが叫び
レオが呟く
ミライは思う
これいつ撮られた写真だろう
第一回、ストーカーさんもうやめてね大作戦、スタートです。
街灯の明かりも届かない真っ暗な一本道。浮かび上がる長髪のシルエットの背中は頼りなく見えてる。
不安をそのままに歩を進める足音に続く気配がそこにはあった。
確かに着いてきてる…
後ろから俯瞰して眺める事でその人が確実に前方の人を尾けてるってのが分かる。
同じ方向に歩いてるわけじゃない。
その人自身には明確な目的地はなくて、その足取りは前の背中と一定の距離を保つように慎重に進められていた。
まるで獲物を狙う獣だ。
空腹と興奮に湿った、獣臭を撒き散らす吐息が聞こえてくるみたいだった。
はっきり言って気持ち悪かった。
前方…私の服を着たはぁとちゃんが立ち止まる。
その人も足を止めた。
身を隠すでもなく、慌てて立ち去るでもない。
隠れる所なんてない一本道で堂々と足を止めて背中を見つめる姿に戦慄する。
この人は何がしたいんだろ。
……そんな事を思いながら、漆黒の服装に身を包んだ私とレオちゃんはその人の真後ろにピッタリと張り付く。
「こんばんは」
レオちゃんの呼び掛けに、無機質なその人は始めて人間らしいリアクションを見せた。
ビクンって肩が跳ねて勢いよく振り向いた。
…あっ。知ってる人だ。
「まさか自分が後ろを尾行されてるなんて思わなかったかな?」
黒いキャップとマスクに切り取られたレオちゃんの双眸が細まる。
対峙するニキビ顔のおじさんは何が何だか分からない様子で目を白黒させてた。
「バカがよぉ!!」
叫びながら猛ダッシュでこっちに走ってくるはぁとちゃん…怖かったんだね……
ポケットの中でスマホが何回も震えてる。
きっと巌鉄砕さんだ。送ってもらうって話になってたのにこっそり帰っちゃったから心配してるんだ。
申し訳ない気持ちになりながらも、私はキャップとマスクを外した。
「ミ……ミライ!?」
「なに馴れ馴れしく呼び捨てにしてんの!?キモぉぉぉぉぉおおおっ!!」
驚くストーカー君のメンタルに早速ダメージを与えようとはぁとちゃんの猛攻が始まった!
「肌汚!?髪ギトギト!?髭剃れ!?顔も表情も行動も全てがキモおおおおおっい!」
「……誰ですか?あなた。いきなり侮辱してきて。警察呼びますよ?」
「……おい誰って事ないだろ?ミライのファンなのに私に対して誰はないだろ?」
この滑舌の悪い、ボソボソとした早口。間違いない。
「タロタロさんですよね?…いつもライブに来てくれる……」
タロタロさんは『TRY AGAIN』結成当時からの古参ファンの人。ファンクラブの会員ナンバーも一桁台だったはず。
ライブにはいつも来てくれて、握手会の度に何十枚もCDを買ってくれて、デビュー初期から私の事を応援してくれてる人だ。
「タロタロなんて呼ぶなよミライ。二人きりの時はサトシでいいよ」
「……あ、サトシ…さんって…言うんですね?本名?」
「朱雀院聡だろ?忘れたの?」
……本名なんて聞いた事あったっけ?
馴れ馴れしい口調と知るはずもない情報を二人の間で当然のように共有されてると思い込んでるその言動に……薄ら寒いものを感じる。
「ストーカーのくせに苗字かっけぇのキモぉぉぉぉ!?タロタロなのに聡なのキモぉぉっ!?太郎じゃないのキモぉぉぉぉっ!?」
はぁとちゃんはさっきからガン無視されてた。そして二人きりだと言われて心外だとばかりにレオちゃんがキャップとマスクを取って美顔を主張。
「僕らも居るんですけど?」
「……レオちゃん…どうしてここに……?」
「おい!私は!?荻窪はぁと様は!?ノーリアクション!?見えてないんかワレ!!」
チビすぎて見えてないのかな?よかった…あれ以上近づかれてたら尾行されてる時に替え玉作戦に気づかれるとこだったよ…
替え玉を尾けさせてその後ろを二人で挟んで逃げられなくする…これがわたしがかんがえたさいきょうのさくせん。
後ろから挟み撃ちにするのは一人でも良かったと思うし、尾けさせるのも替え玉にする必要なかったんだけど、なんか…はぁとちゃんの存在意義がなかったから仕事をあげた。
まぁそんな事はいいとして……
「私の住所、配信のコメントで流したのあなたですよね?」
「どうしてそんなによそよそしいんだよ…」
「いつも私の後を尾けてるのも、あなたですよね?」
「尾けるなんて言い方ないだろ…女が一人でこんな夜道…危ない……から……」
「どうやって家、知ったんですか?」
「…ミライの事…ならなんでも分かるし……」
厳しい口調で質問していくと、虚勢は剥がれ落ちて口調はどんどん尻すぼみ。去勢された牛さんみたいになった。
「さっきイタいポエム送り付けてきたのもお前だろ」
「イタいポエム言うなぁぁ!!!!」
……はぁとちゃんが嫌いなのかポエムが自信作だったのか、この時だけ凄い勢いを感じた。
突然の大声にびっくりしちゃったけど…レオちゃんが背中にそっと手を添えてくれる。
大丈夫……一人じゃない……元ムエタイ中学生チャンピオンのレオちゃんが居る。この前DIYと称して実家の柱蹴り折ったレオちゃんが居る。
「やめてください」
私は毅然と言い放つ。
「やめてって……」
「家まで着いてくるのも住所を拡散するのもイタいポエム送り付けてくるのも…迷惑だし怖いからやめてください」
「イタいポエムって言うなぁぁぁ!!」
激昂したタロタロ、拳を振り上げる。
「!?きゃっ……」
私が悲鳴を上げるのと同時に、レオちゃんがもうタロタロさんの関節を極めてた。痛そうだ。
「痛い痛い痛い「ポエム…」痛……イタいって言うなぁ!!」
「おめーが言ったんだろ」
……身動きが出来ないのをいい事にはぁとちゃんが横から悪辣な顔で煽ってくる。その姿はお手本のようなクソガキだった。味方のはずなのにこっちが腹立たしい気持ちになるくらいの…
「どうしてだよぉ…ミライ……なんでこんな酷いこと……」
「あなたこそどうして……いいえ。そんな事を聞くつもりもありません」
「愛してる男にこんな事すんのかよ!!ミライ!!」
「……私、あなたの事愛してないので」
なるべく冷たく言い放つ。
その瞬間のタロタロさんの顔が、あんまりにも悲痛で…
何を言われたのか分からないって虚無の表情を浮かべたかと思ったら、徐々に紙をくしゃくしゃにしてくみたいにシワが寄って、小刻みに震える体と絶望の表情は……
……どうしてこんな顔ができるんだろ。
もちろん分かってる。この人は多分…勘違いしたんだと思う。
アイドルやってきてここまでの人は初めてだけど、こういう人が居るのはこの業界の常。
分かってても、理解不能で気持ち悪かった。
アイドルとファン。
ファンに向ける「愛してる」はサービス。
その関係性をどうして履き違えられるんだろうか……
呆然とタロタロさんを見下ろしてたら背後から強いヘッドライトの光が私達を照らした。
振り向いた先に見慣れたワンボックスカーが停まってて、そこから巌鉄砕さんが慌てた様子で飛び出してきた。一緒に降りてきたのは事務所のスタッフさんだろう……
「あれ?なんで……?」
「さっきこっそり連絡しといた」
タロタロさんを拘束したままレオちゃんが言った。
「何かあった時の為にね」
……流石リーダーだ。これで叱責確定だけど。
「うわっ!?うっっわ!?ミライ!こいついい子ちゃんぶってチクってやんの!!私達だけの秘密の作戦だったのにさぁーーっ!!だからこいつ仲間に入れんのやめよって言ったじゃん!シラケんだよなぁー!!こういう奴居ると!!このチクリ!!チチクリチクリ!!」
……はぁとちゃん。クソガキなのか、私のストーカー被害面白がってるのか、どっち?




