第114話 明石ミライがかき混ぜて咀嚼した納豆のネバネバ感を再現するオフ会
大丈夫じゃなかった。
街灯のない夜道は真っ暗で、日が落ちるのが早い冬の夜はあっという間に一寸先は闇という状態になっちゃった。
まるで夜闇を待ち焦がれていたかのように…
私の後にピッタリと着いてくる足音は背中に張り付いて離れない。
一定の距離を保ったまま、駅から着いてくる。
バッグの肩紐を手で強く握りしめながら自然と早くなる歩調。
私の歩調が早くなったらそれに合わせるみたいに足音も加速してくる。
…やっぱりストーカーなのかな?
夜道で家まで着けられるようになったのは二週間ほど前から。
ライブなんかのイベント事があった時とかはマネージャーの車で送ってもらえるけど、今日みたいな打ち合わせだったりレッスンだったりする日は電車で帰る。
レオちゃんもはぁとちゃんとも家が離れてるから一人っきりの帰路。
そんな私を待ち構えてるみたいに、私が一人でここを歩く時、必ず足音がついてくるんだ。
気のせいかもしれない…
そう思って何度も不吉な考えを忘れようとしても、心当たりが多すぎる。
私の元には毎日たくさんのファンからのメッセージが届く。
それは手紙だったり、SNSのDMだったり。
形は様々だけど、それら全ては事務所の、さながら検閲のように厳しいチェックにかけられて“よくないもの”は弾かれた状態で私の元に届くんだけど…
一度その検閲前のものを見てしまった事がある。
事務所に届いたファンレター。
ざっと見六割が変態によってしたためられた変態性が凝縮した変態的文章だった。
目眩がしたよ。
ファンの事そういう目でしか見れなくなっちゃった時期もあったけど、事務所の先輩アイドルから「受け入れる必要はなくても、どんな形の愛でも受け取るのがアイドル」って言われて、気持ちを立て直した。
…ただその先輩からは「ミライのファンの変態率高めだね」って言われた…
私に変態的文章を送ってくるファンの中の誰かが、私のSNSの更新から最寄り駅を突き止めて…
手に汗が滲む。
明石ミライ公式アカウントはありえない。
あれは事務所が事細かくチェックしてるもん。前に朝食の納豆ご飯をアップしようとしたら、小鉢に入った納豆を見て「明石ミライはタカ〇フーズよりあ〇ま食品のイメージがあるから納豆変えなさい」って言われたくらい、チェックが厳しいんだ。
…私の納豆イメージってなに?
…そういえば一部のファンクラブ会員で前に「明石ミライがかき混ぜて咀嚼した納豆のネバネバ感を再現するオフ会」なるイベントが開催されたらしいんだけど…
あと、握手会とかでよく「ミライちゃんの納豆が食べたい」って言われるけど…ミライちゃんの納豆ってなんだろ?
「ミライちゃんのおま〇この中で発酵させた納豆を食べたい」とも言われたけど、おま〇こってなんだろう?
その話を先輩にしたらこの世のものとは思えない顔をされた。よく分からなかったからそのファンには「ありがとう、今度作るね!」って答えたんだけど…
そう答えたって言ったら先輩の顎が外れた。
……いやそんな話じゃなくて。
もしかして裏垢…?
私には裏垢がある。ファンには知られてないはず。
もしかしたらそこに投稿した写真の中に、自宅付近を特定出来るようなものがあったのかもしれない。
私のファンは変態率高め……
こんな事ならやっぱり…送ってもらえばよかったかな?
でも巌鉄砕さん毎日残業続きで忙しそうだし、毎回毎回私を送って行ってたら時間がいくらあっても足りないよね。
それに…今のところこの足音以外で私の身の回りに不審な点はないし…
巌鉄砕さんに言った通り、ただの勘違いかも…
試しに立ち止まってみる。
明かりのない暗くて細い一本道、立ち止まった私の歩みと同時に足音がピタリと止んだ。
背中にじんわり汗が滲む。
無言の暗闇の奥から、背中にベッタリ張り付く気配を感じる。見えない指先が背中に触れるか触れないかくらいの距離感で蠢いてるみたいだ。
今まで怖くて振り向いた事はなかったけど…
いつまでも怖いままじゃストレスだ。
直接振り返る勇気のない私はスマホをハンドバッグから取り出して、それをいじるフリをしながら顔の高さまで持ち上げる。
…ついでに口笛でも吹いておこうかな。
「フシューフシュー♪」
音のならない口笛は誰に対してかも分かんない「私余裕ですけど!?怖いくないもん!!」アピール。
カメラをインカメにして背後を……
「……っっ」
誰か…居る。
暗くてはっきりとは分からない。けど、最新のスマホのカメラはその中で荒い画質ながらも、全身真っ黒な服装の人影を映し出してた。
何も無い一本道。10メートルくらい先に佇んで微動だにしない影。
全身の毛が総毛立った。
恐怖感が足下からすごい勢いで這い上がってきて全身を舐め回す。冬なのに、汗が噴き出した。
その人影が今にもこっちに向かって走ってくるんじゃないかって……
そう思ったらもう、足を止めてられなくて……
スマホを握りしめたまま私の足は無言で地面を蹴ってた。
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明石ミライのオフの日の過ごし方。
家に居るのもあんまり好きじゃないからいつもは映画とか美術館とかに行くんだ。
ちなみにそんな休日の過ごし方をレオちゃんに話したら「ありきたり過ぎてよくない。トークのネタとしてもっと癖のある過ごし方をするべき」ってダメ出しされた。
休日の過ごし方に文句言われるのなんなんだろって思ったけどリーダーからのありがたい忠告だから最近は多肉植物と散歩するようにしてる。
今日は3ヶ月ぶり(はぁとちゃんが労基行くってよくわかんないゴネ方したから)に丸一日オフの日。
だけど昨夜の一件もあったから出かける気にはなれなかった。
「みなさーん、久しぶりでーす。明石ミライです。音聞こえてます?配信久しぶりだから……よかった。今日は上から落ちてくるブロックを隙間なく積み上げて消していくあのレトロゲーやりながら雑談します」
久しぶりに配信でもしよ。
SNSで積極的にファンと絡むはぁとちゃんと違って私はあんまりネットでの活動はしない。なんか怖いから。
今日の配信もそれこそ3ヶ月ぶりのゲリラ配信。でも同接2500人。どんどん増えてく。
生身のファンじゃなくてこうして数字になってるのを見ると自分の影響力みたいのをより実感する。告知も何もなしに唐突に始めた配信に2500人が反応した。今はもう5000を超えた。
私は常に数千人にその動向を監視されてる。
……だったら、私に住所知ってるファンが居ても不思議じゃないね。
「そうなの~…私はマヨネーズにも納豆かけるよー」
草
臭
ミライちゃんに臭いとか言うな
ミライちゃんの納豆食べたい
全国ツアー予約しました
¥1,200
今日もかわいい
東京都足立区御手洗町3-1 -9
自分は納豆食べれません
なんか住所暴露してるやついて草
チョコにもかける?
え!?
流れの早いコメントを必死に追ってたらそのコメントが目に入った。
昨夜と同じ感覚…全身から汗が噴き出した。
今…うちの住所……
ミライちゃん?
どした?
回線か?
おーい
いつも見てる。君の事
「ごめんごめん、今でっかい虫がいて~」
昨日の夜
俺がやっつける!!
虫みせて
目が合ったね
¥10,000
その服かわいい
顔には出さないように…それでも声は震えた。
これって昨日の……
暗闇に佇む黒い人影が脳裏に浮かび上がる。マウスを持つ手が震えてとてもゲームどころじゃない。
急に下手やんw
どうした!?
wwww
頑張れ!!
ずっと見てる。今も
もう無理だった。
締め切ったカーテンの向こうから視線を感じた気がした。
半ばパニックになりながら私はパソコンの電源を落としてた。




