第111話 なんかアイドルものみたいになってきたな
レッスン室に到着したはーちゃんは隅っこの壁の方に収まってた。
「はーちゃん」
「りあちゃん」
振り返るはーちゃんからお日様のようないい匂いがした。
艶やかな黒髪、唇。白い肌。黒真珠のような瞳。
どこをどう見ても女の子だ。
はーちゃんはなかなか目を合わせてくれなくて、その顔にもいつもの朗らかな微笑みがない。
「りあちゃん…昨日万理華ちゃんから連絡あってね」
「うん」
「聞いたんだよね?」
バツが悪そうに確認する。
「どう思った?」
「驚いた」
「…裏切られたと思った?」
「うん」
はーちゃんの顔が悲しみに沈む。
「私は大切なものを一つ失ったよ」
「……」
「夢を…」
私の求めるてぇてぇ。それは百合。私ははることという夢を失ったんだ。
「琴音ちゃんとの姉妹のような絡み、せいちゃんとの濃厚な接触、紗良ちゃんとの年の差姉妹みたいな掛け合い、万理華さんとの対等な友人のような信頼関係…そこに匂い立つ百合の気配」
「……?(汗)」
「私は失った」
「…なんか分んないけど…ごめん」
「それでもはーちゃんは仲間だ」
私の言葉にはーちゃんが顔を上げる。驚いたような、不安を孕んだような表情。
はーちゃんを抱きしめてみる。細い体には男の子の感触は感じない。
「りあちゃんっ!?」
赤くなって慌てる顔も女の子だ。
「やっぱりはーちゃんは特別だよ」
「えっ!?どどどっどういう意味!?」
はーちゃんは可愛い。
「はーちゃん、私は美少女にしかはぁはぁできないんだよ」
「どういいう意味!?」
「でも…はーちゃんは特別だよ」
「ほんとにどういう意味!?」
「はーちゃんは可愛い」
よく分かってなくて目を白黒させたはーちゃんに伝える。
「だから居なくならないでね?」
「…迷惑じゃない?」
「じゃない」
「怒ってない?」
「怒ってはない。例えはーちゃんが百合の間に挟まる男だとしても」
「百合……?え?」
まるでお母さんに怒られるのを恐れてる子供みたいだ。
一度離れて、その顔を見つめて、笑いかけて、もう一度抱きしめる。柔らかい。主にケツ。
「お尻揉まないで」
「万理華さんとね、約束したんだ。みんなでドームで歌おうって」
「……ドーム」
「日本一のアイドルになればきっとお姉さんも見つかるよ」
「……」
「だから一緒にアイドルやろうねぇ」
はーちゃんの顔が肩に埋もれた。
「……うん」
ほとんど吐息みたいな小さい返事だったけど、その声は確かに届いた。
「約束ねぇ?」
「……うん」
「あー!!琴音!!りあちゃんとはーちゃんがイチャイチャしてんぞ!!」
扉の開く音と一緒に紗良ちゃんの大声。
来たか…
「ほんとだ。二人とも何してんの?」
「やーらし!!やーらし!!おい琴音!!私達も……!!…やっぱいいわ。私、ガキには興奮しねーの。ごめん」
「おいお前ほんとに黙れや!!私だってハゲには興奮しねーよ!!」
「ブーメラン」
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「…と、いうわけで、僕、実は男なの」
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?!?」
はーちゃんの衝撃カミングアウトに琴音ちゃん、ありえないくらいびっくりしてる。
まぁ…そうだよね。女子アイドルグループに男の子が居ましたって…私もびっくりしたもん。
紗良ちゃんはというと……
「がはははは」
……この人、合宿以降のメンタルの安定感やばいな。もう何にも動じなさそうだ。
そしてカミングアウトを見守るケツアナ&ハナアナコーチ。こっちも無反応。
「驚かないんですか?」
「あたし達は知ってたもの」「初めて会った時から分かってたわ」
え……すごい。
「ううううう…嘘だ」
一方琴音ちゃんだ。
尻もちついて動揺してる。
無理もないか…琴音ちゃんにとってはーちゃんはお姉さんみたいな存在だもんね。
そしてそれははーちゃんにも言える事。琴音ちゃんの反応には流石にショックが隠せない様子。
二人は『FOOLS』内で一番最初に絆を育んだ二人だもんね。
「琴音ちゃん…ごめん」
「……あわ…あわわわわっわわ」
「全員に認めてもらえない限り、このグループに居る資格はないって思ってる。だから琴音ちゃん、紗良ちゃん…本心を聞かせて?僕はここに居ていいかな?みんなと『FOOLS』でいていいかな?」
紗良ちゃんは…
「…いいんじゃなーい?」
なんも考えてなさそうな返事だけど、一瞬間があった。
この人は思慮深い人だって知ってる。マジでなんも考えてなさそうなせいちゃんと違って、ちゃんと色んなものを見てる。あの一瞬に色んな事を考えたと思う。
それだけに紗良ちゃんの肯定には重みがあった。私の隣で万理華さんがホッて安堵の息を吐くのが分かった。
問題は……
「あの……あの……」
「落ち着けって、琴音」
現実に追いついてない琴音ちゃんだ。
はーちゃんはただ琴音ちゃんの返事を待ってる。
「……だ、大丈夫…なの?その……」
「陽の性別については公表しない。男とも女とも言わないわ。ファンは女と信じてるでしょうけど、バレやしないわ」
万理華さんの答えに「それもだけど…そうじゃなくて…」って。
「……ふ、風紀的に…」
一瞬、みんな黙った。
琴音ちゃんの言葉の意味を考えてる。私も考えた。
恋愛、男女…私には無縁だけど、他の子達もそうとは限らない。琴音ちゃんの指摘は鋭かった。
せいちゃんはニタァって笑ってる。
万理華さんは気まずそうな顔。
紗良ちゃんはなんか…ホモォみたいな顔。なんだその顔…まさか紗良ちゃん、私とは別ベクトルの同士…?
そして琴音ちゃんの顔は真っ赤だ。上目遣いにチラチラはーちゃんを見てる。
……え?
「ぼ……僕としては、今まで通りに接してくれるとありがたい…です」
「え?ちゅーしていいって事?」
「星羅黙りなさい。琴音」
万理華さんが琴音ちゃんに問いかける。
「不安もあるとは思うけど…私がしっかりフォローするわ。そのうえであんたの気持ちを聞かせて?」
聞いてるんだか聞いてないんだか…琴音ちゃんは目が挙動不審になってる。
「……え?いいんですか?」
これが答えだって。
「いやこっちが訊いてんだけど?」
「……よろしくお願いします」
……大丈夫か?琴音ちゃん。
「シクヨロ~はーちゃん♡今までどーり仲良くしよーね」
紗良ちゃんがはーちゃんに抱きつこうとして…無言の琴音ちゃんに蹴られた。
割と本気のハイキックだった。
「琴音ちゃん、ありがとう。これからも仲良くしてくれる?」
「……///う…うん」
はーちゃんが嬉しそうに笑った。琴音ちゃんの顔はトマトみたいになってる。
…………
「…さて、終わったねん。性別なんて些細な問題よん。はーちゃんは男でも女でも仲間よん。で、早速ライブに向けたレッスンを…」
「みんな聞いて」
ハナアナコーチの言葉をぶった切って万理華さんが口を開く。
「今日、本当の意味で『FOOLS』は一つになれたと思う。そこで…」
万理華さんがなんか出した。
それは長い書道半紙だ。
書かれてる文字は…
目指せ!東京ドーム!!
みんな声を失った。書かれてる文字の意味を考えてる。
……私と昨日の夜話した…
「私の夢」
万理華さんが言った。
それは多分、アイドルにとってよく見る、ありきたりな夢のはず。
でも『FOOLS』にとってそれは不思議な夢のように思えるもの。
私達はアイドルになってから、アイドルになってよかったって思えた人達だから。
「みんなで叶えたい」
万理華さんが言った。
「みんなの夢にしたい」
万理華さんが言う。
「付き合ってくれる?」
万理華さんの眼差しがみんなを見つめてた。期待と、不安をない交ぜにして…
「……いつ行く~?」
せいちゃんが何でもない事みたいに言った。
「うん」
はーちゃんが頷いた。
「私も…ドームで歌いたいっ!!」
琴音ちゃんが叫んだ。
「吉幾三」
紗良ちゃんが笑った。
私は万理華さんと見合って笑った。
「…よしっ!!じゃあみんな練習よ!!目指せ日本一!!みんなで東京ドームいくぞ!!」
「「「「「おぉぉーー!!」」」」」
リーダーの掛け声にみんなの声が続く。
拍子抜けするくらいあっさり、ドームが私達の夢になった。
「……なんかアイドルものみたいになってきたな、琴音」
「もともとアイドルものなんよ、紗良」




