第110話 だってりあちゃんの事好きでしょ?
「星羅、もう雨止んだっぽいから帰りなさい」
夏祭万理華、メンバー兼ライバルを帰宅させたい女。
「そんな殺生な!?」
「なら、私とりあはベッドで寝るからあんたは隣の部屋で寝袋で寝て」
「客だぞ!?」
「……浴槽で寝るか寝袋で寝るかよ?選びなさい。嫌なら帰ってもいいわ」
「……万理華さん。なんかせいちゃんに敵対心を燃やしてる……?」
りあが武道館で歌いたいって言ってくれた。
アイドルなんて興味なかった、下心100%でこの世界にやって来たあの子が。
私を日本一のアイドルグループのリーダーにしてくれるって言ってくれた。
私が日本一になるとか、そんな事はどうでもいいと思ったわ。あの言葉を聞いた時、武道館っていう名前が出てきた時…
『FOOLS』のメンバーと一緒に日本一のアイドルに……
荒唐無稽な夢を語るりあの言葉が嬉しかった。
『THREEPIECE』、私の最初のユニット。
みんな現実を見てアイドルという世界を捨てていった。
あの子達の事を思い出した。
りあの言葉にあの子達の姿を思い出して、嬉しいと同時に不安にもなった。
『THREEPIECE』の仲間も最初同じ夢を語ってくれたから。
『FOOLS』のみんなはそういう夢を語らない。
みんなアイドルじゃなくて、アイドルになって叶えたい何かがある。そういう子達だと思ってた。
だから不安でもありつつ、『THREEPIECE』のみんなのようにはならないんじゃないかって安心もあった。
りあはいつまでアイドルという夢を見てくれるんだろう…
考えかけて、やめた。
現実という壁が見えてくる前に、日本一になればいい。
私が、日本一にする。りあを日本一のアイドルにする。
りあとの問答で引きずり出された私の不安は、りあの柔らかい声が消してくれた。
そして、勇気をくれた。
私も『FOOLS』でそういう夢を語っていいんだって思わせてくれた。
私も……りあが武道館で…ううん、東京ドームで歌うところを見たい。
そう思った。
電気を消してベッドに入る頃にはもう雨音は聞こえなくなってたわ。季節外れのゲリラ豪雨とやらは完全に立ち去ったらしい。
残されたのは窓にしがみつく雨粒の残滓と、夜の静寂だけ。
地面を激しく打ち付けてた雨の音は嘘みたいな静寂だけを残して去っていった。
日本中を湧かせて突然消えたお母さんみたいに…
暗闇の中、扉を閉めた向こうから星羅の気配を感じる。
そして今、私の体に触れるのはりあの体温だった。
暖かい……
「……りあ、もう寝た?」
「起きてるよぉ」
すぐ近くからりあのいつもの、間延びした声が聞こえてくる。
「……今日ASMRしてくれるって言ったわよね?」
「え?今?せいちゃん居るよ?」
「耳元で囁くんだから聞こえないでしょ」
抑圧してたものが今日、解き放たれた。
陽の事をりあに話せたからかもしれない。
胸の中にあるものをりあが拾ってくれたからかもしれない。
今晩はりあの声に甘えたくなってたわ。
「いいけどぉ……万理華さんイっちゃダメだよぉ?」
「イった事ないから(怒)」
「…いつもパンツびしょびしょのくせに」
「しばくわよ?」
もぞもぞと、背中越しに気配がした。
りあの体温と体重と、吐息の感触が上から迫ってくる。
目を閉じた。
……今日だけ。今日だけ。
何をやってるんだかって自嘲しながら目を閉じた。
「ご注文は?」
りあ、ノリノリね……
やっぱりこいつ私の事好きでしょ…
「……そうね…設定としては学校の先輩後輩ね。あんたが後輩」
「ふんふん」
「放課後の教室で……夕方…二人きり」
「えっちだ……」
「えっちじゃない……りあは私の事が好きなの。それで……こう。二人きりの教室でりあが強引に迫って来て……耳元で囁くの」
「ふんふん……」
「好きですって……」
……何を言ってんだか…
呆れながら、瞼の向こうに情景を思い浮かべる。
夕焼けに沈んだ教室には橙色の光が差し込んでる。
窓の外からは運動部の掛け声、吹奏楽部の演奏する楽器の音…それだけ。
風邪で揺れるカーテンは朱を帯びて、一日の終わりを惜しむみたいに私達を見守ってる。
そこで……向かい合う私とりあ。
「先輩…………」
耳元で声がした。
互いの心臓の鼓動が聞こえるくらい近くで向かい合ってる。
目の前のりあの白い髪も肌も、夕焼けで赤くなってる。その朱が夕焼けの色なのか、別のものなのか……私にはどうでもよかった。
「好きです…………」
りあの声が鼓膜を溶かす。抗いがたい甘美な痺れが全身を襲ってた。
……私、どうしようもないわ。
顔を上げればすぐ目の前に居るはずのりあの顔を見れずに、目を閉じたままの私は、今日だけの贅沢を噛み締める。
……私も好き。
零れかけた今日だけの秘め事は寸でのところで呑み込まれたけど…
「ふーーーっ……レロレロレロレロ」
「あひぃぃぃんっ///」
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「ねぇねえ万理華ちゃん。昨日の夜、すごい声したけど…」
「何でもないわ星羅」
「りあちゃんと何してたの?」
「なんでもないわ」
「ねぇねぇりあちゃん、何してたの?」
「何にもしてないよぉ?」
「……そうやって私だけ仲間外れにすんだ」
スタジオの端でわざとらしくしょぼくれる星羅がマジでめんどくさいわ。
これから陽の件を琴音と紗良に言わないといけないってのに…
「……ちら」
「……」「……」
「……ちら」
「……」「だから昨日はやめとこって言ったんだよ万理華さん」
だって…あんたが甘やかすから……
「万理華さんが喘ぐから…どうするの。せいちゃん気になってるよ?」
「健全なシチュエーションだったのにあんたが勝手にエロくするからでしょ!?」
「放課後、好きな先輩と二人きりになってエロい展開にならないわけなくなーい?」
「……じゃあ何?私が声出したのが悪いって言うんだ?」
「どう考えても…」
「……」
「あっ。はーちゃん来た。ちょっと行ってくるねぇ」
「待ちなさい、りあ」
…逃げた。
りあの声でASMRされて声出ない方がおかしいでしょ?ていうか、なんでもエロ方面にするりあが悪いでしょ。
あんなえっちな…
「……ちら」
「なによ。あんた3月のライブの曲のアイディアできてんの?」
至近距離から煽ってくる星羅に火力高めに応戦するわ。
でも返ってきたのは「うん」って酒臭い息。丸坊主に酒の臭い。これがホントの生臭坊主…
「今回は随分順調じゃない」
「万理華ちゃんの事考えながら創ってる」
「私の?」
「テーマは「恋」」
瞬間全身の産毛が逆立つ。残念だけど逆立つ毛が産毛くらいしか残ってなかったわ。
「……どうして私の事考えてそのテーマなの?」
冷静に…感情を表に出さないように……
「だってりあちゃんの事好きでしょ?」
「別に好きじゃないわよ!!!!」
……レッスン室中に響いた。
顔が熱い。
動揺が隠せない私に星羅…こんちくしょうは馴れ馴れしく寄ってきて喧嘩売ってるとしか思えない笑顔貼り付けてたわ。
「別に隠す事なくない?」
「事実じゃないから言ってんの!!」
「顔赤いよ?」
「喧嘩売ってんの!?」
思わず手が出かけたけど…星羅の顔が真剣で勢いを削がれたわ。
「万理華ちゃん」
「……なっ…」
え?なにその顔?
「誰かを好きって気持ちは大事にしないとだめだぞ?」
「……っ」
「秘めてるからこそ、自分が一番蔑ろにしちゃいけないんだぞ?」
は?え?なにこの子…こんな事言うキャラだっけ?
「いいんだよ。誰かを好きになるって、簡単じゃなくて、特別で、綺麗で、大切な事だから」
「……」
「恥ずかしくもないし、間違ってもない。私は応援してる」
星羅……
「いや…私はリーダーだし…それにりあは女だし…」
引きずり出された言葉は否定のニュアンスを含まず、このアル中女への事実上の敗北宣言だった事に言ってから気づいたわ。
星羅が満足気に頷く。腹立つ。
「それ、一個も人を好きになっちゃいけない理由になってなくない?」
……くそ。よりにもよって星羅に勇気貰うなんて。
「……随分ありがたいアドバイスくれるけど、あんたにも好きな人居るの?」
せめてもの反撃にと尋ねてみたけど、返ってきたのは…少し寂しそう顔。
まさか一日に二回も星羅に動揺させられるなんて…
「好きになりたい人は居るけど、難しんだよね。万理華ちゃんの好きとは違うけど」
「……どういう事?」
「私、そいつ嫌いだから」
……訳が分からないわ。
ただ、安易に踏み込んじゃダメな領域なのは分かった。
「…ごめん、忘れて」
「……いいよ。いいけど…代わりに万理華ちゃんの恋バナ聞かせてぇ」
「はぁ!?」
「りあちゃんへの愛のキ・モ・チ」
「意味分かんない!!」
「作詞に必要なんだよぅ。3月のライブに間に合わなくてもいいの?」
「……くっ!!///」
こいつ…私をおもちゃにするつもりだ!!
「……一つだけ教えて」
「ん?」
「いつ気づいたの?昨日?」
「いやだいぶ前。万理華ちゃん分かりやすいんだもん」




