第109話 ……日本一ならドームでしょ
「万理華さん私、もう狼狽えないよ。はーちゃんは仲間だ」
「よく言った!」
天鬼りあ、現実を受け止めて前へ……三本目の缶チューハイに手を伸ばすせいちゃんがパンッと膝を打った。
一通り話し終えて、ホッとした表情を見せる万理華さん。
「事務所としてはこの事実は公表しない。性別については公式に一切触れない。これは万が一…万が一事実が露見した時に女性アイドルとして売り出していたらファンを騙していた事になるからよ」
「改めてとんでもねー爆弾だよね」
まぁたしかにせいちゃんの言う通りだ…はーちゃんは見た目だけなら完全に美少女。『FOOLS』は女性アイドルユニットにしか見えないけど、実は男女混合ユニットなんだね。
「勝手に暴いた星羅はともかく…こんな形でりあに報告する事になったのは申し訳ないわ。本来なら陽本人の口から伝えるべき事よね」
「ううん。万理華さんの事だからはーちゃんの事を考えての事なんでしょ?」
「……それでも、陽のプライバシーの問題をこうして独断で晒してる事実には違いない」
万理華さん真面目すぎだなぁ。
「琴音と紗良には近いうちに話すわ。その時には陽も同席させて……どうしてその前にりあに話したかと言うと…まぁ……まず、あんたが一番ショックを受ける可能性があったからね」
私、百合でてぇてぇしに来てるからね。
「どゆことー?」
「星羅は知らなくていいの。酒飲んでなさい」
「ばなな」
「陽の居ない場であんたに打ち明けたのは、あんたが一番陽の性別を受け入れられない可能性があったから…その時に陽とその……」
「ケンカなんかしないよぉ」
「……そうね、杞憂ね。こうして受け入れてくれたんだもの」
まだ若干複雑だけどね…
「……で、琴音と紗良も受け入れてくれると信じたいけど…どういう反応するか分からない。だからりあ、あんたには二人と陽との間の緩衝材になって欲しい」
「なるへそ……」
「ばなな!!」
万理華さん大変だな、色々考えてて…
「ひとつ訊いていい?」
「え?アルコールで脳が溶けたせいちゃんがどんな疑問を……?」
「粉バナナ」
「なによ、星羅」
「どーしてデビューするまで黙ってたの?デビュー前にメンバー達が周知してた方が、色々安全だと私は思うけど」
「……それはね…」
「当ててあげようか?」
「脳髄が酒気帯びてるあんたに当てられるならね」
「カカオビター」
「どうしてだと思う?」
「逃げられないようにする為だ…はーちゃんの性別に拒否反応を起こすメンバーが居て、グループを抜けるリスクを恐れてここまで隠してきた…うちの子達はデビューしちゃえばアイドルをやめられないって、万理華ちゃんは判断したんだ」
せいちゃんがちょっと意地悪な顔で問いかける。
万理華さんは何も答えないままそっぽ向いた。
「『FOOLS』には色んな子が居る…アイドルが目的じゃなくて手段の奴が…」
せいちゃんが私を見た。まさか…バレてる!?私が百合で尊死する為にここに居る事が!?
いや落ち着け。考えすぎだ…っ!!
「でも…みんなアイドル業が楽しくて仕方ない子達だ。だからデビューまで漕ぎつければ、もう逃げられない」
「……さぁね」
万理華さんは曖昧な返事をした。その視線は明後日の方向を向いたままだけど…その背後から唇を尖らせたせいちゃんが迫って来てるのには…気づいてない。
「そういうあんたはどうなの?星羅。あんたはどうして陽の性別についてずっと秘密に…」
「むちゅっ」
「んぐぅ!?」
振り返った万理華さんの唇が奪われた。
キス魔、錦野星羅…彼女の舌はひとたび口の中に侵入するとまるで生き物のように蠢いて、口の中を蹂躙するんだな、これが。
「んんんん〜〜〜!!」
……てぇてぇ。えろ…
「ぷはぁっ!……私はね…『FOOLS』もはーちゃんも割と好きなんだよぉ」
「あんた……っ!分かってると思うけど陽にセクハラは今後!一切!禁止だからね!?」
……万理華さんにはいいんだ?
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つくづく思う。万理華さんは立派なリーダーだ。『FOOLS』は万理華さんが居ないと成立しないと思う。
「話は終わったから帰ってちょうだい」
他人の部屋で缶チューハイを6缶も空けて出来上がってるせいちゃんを見て、つくづく思う。
「ういっひっくっ…」
「星羅、帰って」
「父親が死んで…カカオビターで済ませるのかぁ?」
「帰りなさい」
「万理華さん、せいちゃんは私が送っていくよ」
「悪いわね、りあ」
ドンガラガッシャン!!ザーザー!!ビュゴォォォォ!!
『季節外れのゲリラ豪雨により首都圏全域に警戒レベル5が発令されました。皆さん、身の安全を最優先に……』
「…嘘でしょ?」
「さっきまで晴れてたのに…」
「粉バナナ」
チラリと万理華さんを見たら盛大なため息と共に視線が交差した。
そして私達の視線は同時に酔っぱらいに注視する。
「インスピレーションがきたぁぁぁ」
……
「……泊まっていきなさい」
本当に万理華さんは苦労人だぁ。
万理華さんのお家にお泊り。嬉しい。わくわく。
「今ママに連絡したら明日の朝一で迎えに来るって」
「そう」
「せいちゃんは?」
「お風呂」
「ぴっちぴっちちゃぷちゃぷランランラン♪」
バスルームの方から楽しそうな歌と水音が…
万理華さんと二人でその歌声をしばらく聴いてた。
「…これでも上手いとか腹立たしいわね」
体育座りで歌声に耳を傾ける万理華さんがポツリと呟くのに同意する。酔っぱらいの歌とは思えない美声だ。
「…明日のダンスレッスンの時みんなに陽の事説明するわ」
横から聞こえてくる万理華さんの声に視線を向けると、万理華さんはなんだか少し…
なんだろ。疲れてるのかな?
体というより、心?そんな気がする。
複雑な表情のまませいちゃんの歌声に耳を傾けてる万理華さんの横顔にそんな気配を感じ取った。
万理華さんは弱音を吐かない。愚痴を言わない。
それでも万理華さんの微かな表情の変化で何となく今の心情が分かる気がする。
「陽も不安だろうからさ…その前にちょっと話でもしてあげて」
「うん」
「りあの声は聞いてると安心するから」
ニコッて笑う万理華さんの顔はやっぱり少し疲れてるみたいだ。
「…万理華さん疲れてる?」
「あんた達の世話してたら疲れもするわよ」
「そうじゃなくてさ…」
少しの沈黙。せいちゃんの悩みのなさそうな歌声と雨音だけが室内に響いてる。
万理華さんの唇が小さく動いた。
「星羅の事、どう思う?」
「かわいいと思う。個人的には紗良ちゃんとのお姉ちゃんカップリングを推したいけど、さらことも捨てがたいと思ってる」
「あんたに訊いたのが間違ってた」
「…密かにせいまりもいいと思ってる」
「星羅は凄い」
無視?
「ライブの時改めて思ったわ。あの子と私じゃ実力が違いすぎる」
「せいちゃんと比べられたら私なんてミジンコだよぉ」
「あんた達はいいの。これからいくらでも伸びる」
「……万理華さん?」
「でも…アイドル何年もやってる私が、星羅の足を引っ張っちゃいけないのよ」
天井を仰ぎ見る万理華さんの深いため息が白い照明に吸い込まれていく。
「……分かってるのよね」
世間話でもするみたいに万理華さんは言った。
「『FOOLS』で一番才能ないのは私」
「…万理華さん」
「急にごめんなさいね。なんか…りあと話してると弱いとこ出ちゃう」
「……」
「みんなすごいわ。こんな短時間ですごく上達して…私が数年かけて積み上げたものを、あっという間に超えていく」
そっか…万理華さんは…
初ライブはみんな満足のいく、大成功で終わったと思ってた。けど、万理華さんは違う。
そう。この人は凄いアイドルだったお母さんを追いかけてる。
この人とアイドルをやるって事は、みんなで仲良く楽しくなんて考え方じゃ足りない。
万理華さんが以前、私達にアイドルやる覚悟を問いかけたのを思い出す。
万理華さんを日本一のアイドルグループのメンバーに…
「私達がここまで来れたのは万理華さんのおかげだよ」
「ありがと」
何て言えばいいか考えた。
でも、何もなかった。
仮に私の言葉でそんな事ないよなんて言ったとして、万理華さんがそれを受け入れたとして、それでいいとは思えないから。
万理華さんの向上心はきっと、万理華さんに必要なものだし、万理華さんが感じてる不安みたいなものは、多分正しい。
せいちゃんはすごいし、紗良ちゃんの実力も素人目に見てもデビューしたてには見えないし…みんな何か持ってる。
芽が出なくて前のユニットが解散した万理華さんが焦るのは当然だ。
だから私が万理華さんにかける言葉は…
「『TRY AGAIN』の武道館ライブ観た時、私感動したんだ」
「……?」
「だってせいちゃんよりすごかった」
『TRY AGAIN』の持ってる華はせいちゃんでも敵わない。今は…
「今の日本のトップアイドルだもの。当然よ」
万理華さんは笑った。
「万理華さん。せいちゃんも…みんなも…まだ駆け出しアイドルだ。全然頂点には届かない。みんなも、万理華さんも。だから……」
「……」
「これから駆け上がろうね。私、武道館で歌ってみたい」
万理華さんの目が大きく見開いた。驚いた顔をした。私も驚いた。だって…万理華さんの為に探した言葉を口にした時、それがその場限りの言葉に思えなかったから。
ぽかんとしたままの万理華さんに私は告げる。
「リーダーが身内と比べて凹んでてもらっちゃ私達、武道館いけないよ、万理華さん。万理華さんの憧れのお母さんの居た場所に、一緒に行こうね」
「……」
「万理華さんだって今は『FOOLS』の駆け出しアイドルだよ。今はまだまだだけどさ…まぁ……万理華さんがせいちゃんに勝てないままでも、足引っ張っても、私が万理華さんを日本一のアイドルグループのリーダーにしてあげるからね」
万理華さんが笑った。
「……日本一ならドームでしょ」
私も笑った。
気づいたらせいちゃんの歌声は止んでて、雨音も聞こえなくなってた。
「……りあ、今日は一緒に寝ようか」




