第10話 彫刻刀で目抉られちゃったんだよねー
問題が起きたのは……あっ。問題って私のモノマネが滑りまくった事じゃないからね!?
「クオリティは認めんねんけど…うん!分かりにくいねん!!部屋の涼しさとビールの冷たさに喜ぶカイジのモノマネかけてって…関連性見出せんねんけど!?無理矢理すぎや!!」
「……カイジじゃなくてカイジ演じてる藤原竜也さんのモノマネなんです」
一端の芸人気取りの桜太夫にはまだプライドが残ってるみたいだね…
じゃなくて。
問題が起こったのは私の自己紹介の後…最後に回ってきた琴音ちゃんの番の事。
いよいよ自分の番が来たと、鏑木琴音がおずおずと椅子から立ち上がる。隣に座る陽さんが「がんばれ!」って小声でエールを送ってて、それに答えるように勇ましいタイガーマスクが小さく頷いた。
……姉妹関係みたいなのが構築されてる。女の子達の純白の友情。まさに百合…いい。
この部屋に漂う濃密な百合に天鬼りあは口の端からヨダレを垂れ流すのであった。
「でゅふふふっ」
「がははっ!!なんでいきなり顔面崩壊してんのー!?」
私の痴態に紗良さんが爆笑。その笑いが収まるのを見計らって琴音ちゃんが口を開く。
「……カ、カブラギコトネ…ヨロシク…」
以上だった。
体に不釣り合いな巨大タイガーマスクが重さに負けて前に傾くみたいなお辞儀をしてから、彼女の体は力が抜けたみたいにストンと椅子に収まった。
すかさず陽さんの拍手。私も拍手。桜太夫も拍手。
「よろしくねーっ」
陽さんからの手厚いフォロー…いや、愛が止まらない。琴音さんも完全に陽さんには心を許してる様子で、マスクで表情分からないのにその仕草でデレデレしてんの丸分かり。まるで親に甘える仔虎だった。
…いや、いいよ。うん。
残念なのは今だに琴音ちゃんの顔が確認できてないことだけど…なんかもうこれはこれでこういうキャラだと思えば可愛く思えてきたよ。
「……もう少し何かない?てか…いつまでマスク被ってるつもりなの?」
……そんな琴音ちゃんに刺々しい万理華さんの声が突き刺さった。
ほんわかした場が凍りつく気配…
「声小さくて何言ってるのか聞こえないし…それに、これから一緒にやっていこうって場で顔も見せないでよろしくって言われてもね…」
「……」
「黙ってないでさ、説明してよ。まずそのマスクはなんなの?」
「琴音ちゃんは人見知りだから、勘弁してあげてください。ほら、まだ初日だしこれから仲良くなれば…」
すかさず琴音ちゃんを守る陽さんのフォロー。しかし攻撃は止まらない。
「……いや、人見知りだからマスク被ってますって……なに?」
「……それはぁ…………」
これには陽さんも返す言葉がなかった。はっきり言って、琴音ちゃんの今の格好は異様…というかふざけてるようにしか見えない、それも事実。
「そういうキャラなんやろ。そない現実的なツッコミしたら可哀想やんけ!!」
桜太夫も琴音ちゃんの擁護に回る。けれど多勢に無勢でも万理華さんの鋭い視線は和らがない。
「……というか、桜太夫ってのもなんですか?芸名…ですよね?これからもそれでいくんですか?」
なんなら桜太夫に矛先が…
「ウチは桜太夫やから…!!な!?天逆毎太夫!!」
「いや違います私天鬼りあですぅ」
「……てか、前の事務所の芸名使っちゃって大丈夫なんですか?」
万理華の鋭い指摘が突き刺さり、カメラの画角の外に立っている星熊マネージャーが手でバッテンを作った。
無情。
芸名を気に入ってたらしい桜太夫はショックを受けた顔で固まってる。
「芸名とかって、事務所が権利持ってたりするから…移籍した後勝手に使ってたら訴えられますよ?」
「桜…………朋花です…(涙)」
泣いちゃってるっ!!泣いちゃってるよ!!そんなに愛着あったんだ!?
「……あの…元気だしてくださいね?」
見ていられなかった陽さんからの暖かいエール。この人の優しさは全方位型だ。
そんな陽さんなしではもうこの場に居ることもできない様子の琴音ちゃん。桜太ゆ…朋花さんに一旦矛先が移って気が緩んでたみたいだけど、万理華さんからの追撃は止まらない。
「琴音、ずっとのままでアイドル活動するつもり?」
「……ビクッ」
「…………というか、あなた…どうしてアイドルやろうと思ったの?」
流石に攻撃的過ぎるな……って、そろそろ不快感も限界に近づいてきた時…
「いや〜、私は面白いと思うけどな〜。覆面アイドル。いっそみんなでなんか被んね?」
紗良さんが場の空気を打ち砕くような陽気な声で琴音さんの味方に回ってくれた。
「え?それは嫌やけど…!!」
「空気読んで下さいよ、桜太夫…じゃなかった。朋花さん」
「天鬼……ウチとあんたの仲やないかっ!また昔みたいに芸名で呼んでぇや!?」
「いやぁ……撮られてるからですね……」
私の言葉を拾って「そーそー」とピアスのはまった赤い舌を、何かの生き物のような怪しい動きでチラつかせ紗良さんが万理華さんを見る。
「撮られてんだからさ、あんまり険悪なムードにするのよくないよ?」
「…………それは…そうですね…琴音。ごめんなさい、言いすぎました」
自分の非を指摘された万理華さんは意外なほどあっさりと、そして潔く頭を下げて謝罪した。
それを無言で受け入れる琴音ちゃんに……
「でもでも、チョー人見知りの琴音ちゃんがどうしてアイドル目指してんのかは気になるなぁ」
紗良さんが追撃した。
万理華さんからの攻撃でライフポイントがゼロに近い彼女に今日、これ以上喋るのは難しいらしい。質問自体もまずかったのか、陽さんにくっ付いて…というか背後に隠れる勢いで下がってしまう。
……可愛いけど、確かになんでこんな子が…
「人見知りもキャラ付けだったりして〜」
「皆さん……琴音ちゃんをこれ以上弄るのはちょっと……」
興味の尽きない様子の紗良さんから琴音さんを守るべく陽さんは立ち向かう。私も援護する事にしよう。この尊い百合を守る為に。
「キャラ付けと言えば…紗良さんのその眼帯もそういうキャラ設定ですか?」
「ああ?気になる?りあちゃん、見たい?」
見たい?
丸メガネを外して右目を覆う眼帯に指をかける。尖った爪先が眼帯の下に滑り込んで、下から黒いベールを捲り上げた。
絶句した。
ファッションでもキャラ付けでもなんでもなかった。
眼帯の下には抉れたような古傷が目を潰してる。薄ら開かれた瞼の中は空洞だったんだ。
これにはその場の空気が完全に凍りついた。
「……あ、それ…」
「かっこいいっしょ?」
リアクションに困る……
「私昔いじめられててさー」
なんでもない笑い話みたいなノリで話し始めた。がらんどうの目の中に指を突っ込みながら。
多分その場の全員がこの人の事を理解した。
「彫刻刀で目抉られちゃったんだよねー」
この人ちょっとヤバい人なんじゃないかって。
でも彼女の口から語られる話が事実ならそんなリアクションをするわけにはいかず……
「結構です」
紗良さんの昔話が始まるより先に星熊マネージャーがカメラのスイッチを切って食堂に声を響かせる。カメラ外からの一声に場の空気は一気に解け、全身の緊張から解放された。
流石にネットに流せない。そう判断したんだと思う。
「皆さんお疲れ様でした。先程も説明したようにレッスンは明日からになりますので…今日はゆっくり休んでください。夕食は19時になりますので、それまでご自由にお過ごし下さい」




