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第103話 これは確かに『馬鹿野郎共』だね

 ヅラがやばいっ!!


『今の曲はうちのセンター、星羅が作詞作曲した『神曲《しんきょく》』って曲です!』

『私が創りました』

『改めまして私達、POPプロダクションから本日デビューしました…』

『『『『『『FOOLSでぇす!!』』』』』』


 ヅラの位置が気になりすぎるJKアイドル、天鬼りあ。

 一曲目を歌い終えた時点でもう…フラフラです。


 レッスンとか路上ライブの時とは疲労度が違う。

 まずライトが凄く熱い。

 それに緊張がヤバい。

 これがプロとしてステージに立つって事なのかぁ…

 あと、ヅラが落ちないか気が気じゃない…


 一曲目、グダグダになっちゃったな。

 全然練習通りに歌えなかった。みんなも…万理華さんすらレッスンの時よりキレがなかった。変わらなかったのはせいちゃんと紗良ちゃんくらいだ。この二人の本番での強さは凄い。

 途中歌詞飛んじゃったし…紗良ちゃんのフォローなかったらヤバかった。


『おーい?りあちゃーん』


 紗良ちゃんの声に意識が現実に戻ってきた。

 ハッとして前を向いたら250人の視線が押し寄せてくる。


 本番前、緊張は吹っ切れたと思ったけど…

 いや、緊張っていうか疲労で集中力が途切れてるんだ。


 無理矢思考を切り替える。大丈夫…ここから立て直す。


『ごめんごめんなんだっけ?』


 私の声が会場に通った瞬間、観客の視線を一気に感じた。私の声に吸い寄せられるみたいに…


『自己紹介よ』


 あぁそっか。万理華さんありがとう。


『あっ、はい!『FOOLS』の美声担当、天鬼りあですっ!!』


 観客からざわめきが上がる。私の声に反応してくれてる。

 もう…なにがなんだか分んない。


『よろしゅくお願いっします!!』


 あぁ噛んだ!


『あはは。緊張してるね。皆さん、うちの美声担当のASMRご期待ください。そしてはじめまして、『FOOLS』お姉さん担当の一陽ですっ』


 はーちゃんのフォローで事なきを得た。

 なんか恥ずかしい…


 アイドル初めて人前で歌うの楽しいかもって思い始めてた。でも現実は大変だ。

 それでも逃げ出したいとは思わない。




「りーーーあーーーっ!!」


 観客の中から声がした。

 声を追っていくと人垣の中にAさんとHさんの姿があった。二人が笑顔で手を振ってくれてる。

 見慣れた二人の姿を見つけた瞬間、視界が広がった気がした。

 ステージの上から見下ろすライブハウスの中は満員だ。でも、何千人にも感じた人の視線はそんなに多くない。もちろん今まで経験した事ない数の人からの注目だ。多いんだけど、250人。それ以上でも以下でもない。


 手が握られた。

 視線を向けたら万理華さんが隣に立ってる。


 ステージの上にはみんな居た。

 万理華さんが居て、はーちゃんが居て、琴音ちゃんが居て、紗良ちゃんが居て、せいちゃんが居る。

 いつものみんなが居る。

 ステージの上にも下にもいつもの友達が居てくれる。


 息苦しいくらい高鳴ってた心臓が落ち着いていく。体が少し軽くなった気がした。


 ……なんだ。疲れてたんじゃなくて、やっぱり緊張してたんじゃん、私。


 表情がほころんだのが自分でも分かった。

 何人かの視線が私に注目した。レーザーポインターみたいに注目のラインが私にターゲットする。


 …折角ステージに立ったんだ。せいちゃんばかりにいい思いさせないよ。


『二曲目!!私が前居たグループ『THREEPEACE』の曲です!!知ってる人居たらコールよろしく!!』


 いつもレッスンで聴いてたあのイントロが流れ出す。

 体が自然に反応する。さっきより体が軽い。表情も柔らかい。


 ステップを踏みながら万理華さんと手を繋いだままターンする。後ろに下がってはーちゃんと手を繋ぐ。観客に振り返りながら二人でウインク。また視線が集まった。


 せいちゃんが歌いだす。

 踊りながら考える。コーチの言ってた事思い出す。

 今私を見てる人が私に求めてるのはどんなパフォーマンスかなって。


 考えながら歌う。

 私の声を聴けって思いを籠めながら、一人ひとりの顔を見つめていく。

 あなたに語り掛けてるよって。


 ライブハウスにスコールみたいなコールが響く。

 私の声を聴いてるって分かる。私達の歌に反応してる。


 ……気持ちいい。




 二曲目が終わった瞬間、疲労が蓄積してるはずの体は高揚感に包まれてた。このまま次の曲に行けちゃうくらい。


『三曲目ぇ!!最後は『私をアイドルにしてください』です!!』


 行っちゃうんだけどね。

 万理華さんから進行奪って声を張る。万理華さんが苦笑した。


 曲が流れ出す。


『みんないくぞぉ!!』

『これも私が創りました』


 万理華さんと入れ替わってセンターに立つ紗良ちゃんとせいちゃんの声に観客が続く。

 明るいアップテンポな王道のアイドルソング。


 せいちゃんの曲は凄い…聴いてるだけでテンションが上がってくるよ。観客も私達も曲の世界に惹き込まれていく。

 この曲好きだなぁ…これ歌ってると、自分はアイドルなんだなって実感する。


『あなたの財布で負債完済』


 ……まぁ歌詞はふざけてるけど。

 それもおかしくて隣の万理華さんと顔を見合わせて笑っちゃう。集中しなさいって怒られた気がしたよ。



 気づけば観客はせいちゃんの曲の世界で『FOOLS』の歌声に、ダンスに五感をジャックされてる。

 みんなせいちゃんを、紗良ちゃんを、万理華さんを、琴音ちゃんを、はーちゃんを、私を見てる。


 ……まだ小さいステージだけど、それでもここに居る人達を楽しませられてる…と思う。

 アイドルってすごいな。



 ……そして、流石に疲労が高揚感に勝って、息が乱れて手足が重たくなってきた頃、ラスサビが終わる。

 あと数秒で私達の最初のライブが終わる。

 やっぱりこのステージの主役はずっとせいちゃんだったな。分かるよ。


 でも、最後に私も何か……


 お客さんの気持ちになって、何を望んでるか…


 ケツアナ&ハナアナコーチの言葉を繰り返す。

 なんだろ。私の声…他に何が見たい?何が嬉しい?どうすれば天鬼りあを記憶に刻み付けられる?


 思い出したのは『TRY AGAIN』のライブ。

 あのライブで一番興奮した瞬間…明石ミライちゃんと目が合った…ような気がした瞬間。


 会場250人…私は一体誰を見つめればいいんだろ。難しいな。


 でも…みんなの事ちゃんと見えてるよって、そんな気持ちを籠めて…


 会場中央、熱い視線を向けてくれてる誰かに、渾身のファンサ。

 笑顔でウインクしたの。


 ……そしたら。


 *********************


 楽しそうに歌う子達だな。


 この子達のステージは眩しい。そう思った。

 まだ新人。粗いところもある。でもこの子達には華がある。

 人の心を惹きつける華だ。


 私も…明石ミライもそんな華に惹きつけられた一人だから、分かる。


 憧れたかつてのトップアイドル。その背中を追って『TRY AGAIN』を作った。その背中を追ってたらここまで来た。

『FOOLS』を見てたらそんな事を思い出す。


「くきゅ…きゅ…琴音様……」


 はぁとちゃんが号泣してる。

 アイドルとは誰かを惹きつけて色んな好きを与える仕事。もうこのライブハウスのお客さんはみんな『FOOLS』が好きになったはず。

 この子達ももう、立派なアイドルだね。


 ステージで踊る6人のシルエットの中で私は天鬼りあちゃんばかり追ってる。


 いいステージだよ。ただ…一つだけ物足りないとしたら…りあちゃん、もっと目立ってほしいな。


 もう少し…あと一つ……


 もっと観たいって気持ちを抱えてステージを見つめる私の視線が、不意にステージの上と繋がった。

 りあちゃんがこっち見た……気がした。


 いや…気がしたじゃない。見た。目が合った。

 私の事気づいてる?


 りあちゃんの笑顔が弾ける。それは少女のように無邪気で、神秘的な妖精みたいな妖艶さもあった。


 ……あ、この子可愛い。


 散々見てたのに今更そんな感情が胸を占める。


 気のせいじゃないりあちゃんの眼差し。目が離せない私に彼女はウインクした。

 明らかなファンサ。演出じゃないやつだよね。


 初ライブで余裕あるなとか、私がデビューした時そんな事する度胸あったかなとか…


 そんな事色々考える間もなく……


 私の胸はときめいた。



 ……あれ?なんだろ…これ……




 ……ただ直後、そのりあちゃんの頭から白い髪の毛がまとめてツルンッて滑り落ちた瞬間、私も、会場全体も凍り付いたけど…

 瞬間輝く、りあちゃんの頭。その光景は丸刈りからの一気に髪の毛復活の奇跡の正体そのもの。


『あっ』


 シンプルな「あっ」がマイクに乗った。メンバー全員の動きが止まる。

 大成功目前でのハプニングが場を静止させる……


 ……ヅラ。


 私の胸の中にも、なんでとかどーしてとか浮かぶ前にその単語だけが浮かんでた。



『ぶっ!!がははははははっ!!』


 カチコチになったステージの上で曲を無視した大爆笑。

 眼帯の女の子…黒沢紗良ちゃんが何もかもを吹き飛ばして笑った。


 そのままりあちゃに駆け寄って肩を抱いて、あろうことか自分の髪の毛まで引っぺがしてお客さんの方にぶん投げた。


『あっははははは!!』

『落ちたぁ!!ははは!!』

『ぷっ…くくくっ!!ははっ!!』

『あははははっはは!!』

『あーーっ!はっはっはっ!!』


 釣られて全員がりあちゃんに駆け寄って抱きつく。そして、全員分のヅラが、まるで卒業式のハットトスみたいに宙を舞う。

『FOOLS』の醜態と笑い声。ハプニングに今日一の笑顔を見せるアイドルの姿はお客さんにも伝搬した。

 困惑は失笑、あるいは爆笑に変わった。会場が一つの感情を共有する。


 私も笑ってた。


 なんだ。この子達。


 もう曲もステージも無視だった。抱き合ったハゲ6人を置き去りに最後の曲が終わる。

 余韻も感動も何もかもを吹き飛ばして笑う彼女達の声が重なった。


『以上っ!!『FOOLS』でした!!ありがとうございましたぁぁ!!』



 ……ふふっ。

 ステージでハゲるアイドルのなんて見たことないよ。

 これは確かに『馬鹿野郎共《FOOLS》』だね。

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