第十話 潜入 その①
一〇月一八日。真ん丸のお月さまからまばゆい光が降り注いでいる夜。ミッドイーナの上空には陸上自衛隊所属のUH-60JA“ブラックホーク”とUH-1J“イロコイ”計八機からなる編隊だ。それらのヘリは配備が進められているが予算や自衛隊の急速な規模拡大などの関連で遅々として進んでいないUH-Xの代役として陸上自衛隊の顔となっている。
激しく動いている回転翼から音が出ておらず姿も見えなかった。ウォルク地方を含めた大陸に根付いていたこの世界独自の技術、魔法によるものだ。そのなかの防音魔法のお蔭でヘリは姿を消しほぼ無音で接近していた。
「立派な城だな。ウェルナにある城に匹敵するな」
UH-60JA一機の機長である九條三等陸佐は暗視装置越しから見えるミッドイーナ城の立派な全体像を見てそんな感想を述べる。それに対し彼の隣にいる副機長は皮肉げに答える。
「噂によると、それを建てるために領民から搾るだけ搾り取ったようですよ。こんなもんを建ててどうするつもりだったのですかね?」
九條三佐は城に向かって鼻で笑うような表情を浮かべながら答える。
「大方田舎者がもつ都会に対するコンプレックスみたいなもので、都督府に対する見栄で理由なんじゃないか?」
「たまったもんじゃないですよ。領民にとって鎮圧する羽目になった自衛隊も」
全くの同感であった。このバカ騒ぎのお蔭でせっかくの休暇が潰されてしまった。考えていた休暇の計画は粉々に砕け散り家族を悲しませることになった。そのせいもあって九條三佐は騒ぎを引き起こした一揆勢と元凶となった領主勢に対してよい感情を抱いていなかった。まあ、他の自衛官もそうなのかもしれない。決して表には出さないが。
「ああ……全くだ。だからこそ領主側にもけじめをつけさせるために俺たちが動いている」
「ちゃんと特別手当が出るんでするかねぇ?」
「さあな。無駄話はここまでだ。もう少し作戦が始まるぞ」
「了解」
機内は静まり返った。
九條が率いるヘリ部隊の任務は城に立て籠もる領主勢の目を引きつけることだ。この作戦の主役である特殊作戦突撃団がある行動を開始すると同時にこの行動を行う予定だ。
開始時刻は――日が変わる〇時ちょうどだ。九條は右腕に付けている腕時計を見つめる。あと一分だ。
静かにその時を待つ。
腕時計に設定していた時を告げる電子音が鳴り響く。
「作戦開始、防音魔法解除!!」
編隊各機に向けて九條はレシーバーに怒鳴りつける。
すると、今まで月以外には何もなかったミッドイーナ城上空にはいきなり八機のヘリの姿が現れることになった。回転翼から発せられる力強い爆音、搭載しているエンジンの咆哮、エンジン排気口から聞こえてくるヘリの呼吸音など様々な音が響き渡る。
「眠っている連中の目を覚まさせるぞ。発射!!」
UH-60JA全機に搭載しているロケット弾ポッドからロケット弾が発射される。次々と空に飛び出したハイドラ 70ロケット弾は回転しながら飛翔する。誘導タイプではないため自由気まま動き回り城の至るところに命中して爆音を轟かせる。また同じく搭載されていたウェポ製の大型空対地ロケット弾は城壁を粉砕するなど威力の高さを示した。
視線を下に向ける。城を守る兵士たちが外に出るのを確認できた。
敵兵はヘリに向けて銃撃を加えてきた。ヘリは銃弾が命中する位置まで降下していたので命中する音が一つだけではなく複数、しかも数え切れない程に聞こえてくる。一瞬、撃墜と言う言葉が脳裏に過るが、小銃弾と機関銃弾程度では表面を傷つけることはできても致命傷は与えることはできない。
落とすんなら、対空機関砲か地対空誘導弾か最低でもRPGを持ってこいと九條三佐は敵兵たちを嘲笑う。だが撃墜される心配がないとはいえ反撃せずに撃たれたままだというのは精神衛生上よろしくない。フラストレーションが溜まるばかりだ。
「ただちに反撃を行うぞ。各機、フォーメーションBだ」
各機から大量の閃光弾と照明弾がばら撒かれる。それによって敵兵たちの目を一時期使えなくなったことでできた隙を突いて――。
「撃て!!」
ドアが開かれ、ドアガンとして機内に収納されていた12.7mm重機関銃M2と5.56mm機関銃MINIMIが露わとなり、射手が引き金を引いたことで火を噴く。独特な発砲音が響き命中すればただでは済まない銃弾の雨が降り注ぐ。
レンガを砕き、ガラスを割り、地上にいる敵兵たちをひき肉に変える。
敵兵たちが建築物のなかに隠れて姿を見せなくなると即座にロケット弾を撃ち込み生き埋めにする。
相変わらず敵はヘリに向けて撃ってくるが、攻撃する前のときと比べて弱弱しくなったように見えた。
今だと九條三佐は判断した。
「よし。お客さんを投下させろ!!」
ヘリが順番に城の中央にある大きな庭の地面に最接近していき、スライドドアが開かれてなかで待機していた普通科隊員が懸垂下降によって地面に降下した。
妨害の動きはあったもののヘリによってすぐに沈黙させられる。最終的に一個普通科小隊が降下し銃撃戦によって敵兵たちを釘付けにした。
「――――よし、上手く目を引いているな」
地面から聞こえてくる銃声が断続的に聞こえ途切れることはない。これ以上侵攻を防ぐために敵兵たちは全力で抵抗している。あきらかに敵は中央庭からの侵攻を敵の城攻略の本命だと思い込んでいるように見えた。これによって実際の本命である特殊作戦突撃団に対する対処が困難になっているであろう。
ニヤリ――九條三佐は上手くいったと言わんばかりの満面の笑みを浮かべた。
◇
ウォルク地方にある城や砦などの防御施設には基本、隠し通路が大あれ小であれ必ず存在している。その目的は領主とその一族、皇族などの勢力の中枢と防衛を任された将が再起を図るために落ち伸びる……悪くいえば逃走するためであった。
統一される前の戦乱の世であったウォルク地方では生き残るためになりふり構わずに様々なことが行われていたが、隠し通路もその一つであった。
極秘にする必要があるためか、暗黙の了解ではあるが逃げるという貴族階級や戦士階級では後ろ指を指される行為なためか、おおっぴらに話せるものでない故に、対象のものの一部か建設に関わったものたちなど広くは知られてはいない。
知っているものたちもいざというとき以外は固く秘密を守っているため、城のどこに通路の入り口が存在するのか出口はどこにあるのか通路はどれ位の長さなのか外に漏れることはなかなかない。
しかし城を攻撃する側にとっては、隠し通路のことを知ってこの出口を封鎖しておけば敵の主要人物を容易く捕らえるか殺すことができるので戦を早期に終わらせるために重要なことと捉えられ、情報を得るために躍起となっていた。
その一方で、ミッドイーナ城にある隠し通路の存在は本国政府や都督府や自衛隊の一部しか正体を知られていない内通者によって日本に露呈されていた。
今現在、隠し通路には特殊作戦突撃団がいた。“チームα”というコードネームで呼ばれる第1潜入小隊が固く閉ざされた扉の前に立っていた。
「ここが入り口です」
「ただちに侵入するぞ」
一部の隊員が扉にプラスチック爆薬の一種であるC-4を張りつけ始める。それに雷管を設置させすぐに起爆装置に接続させて爆破の準備を完成させた。
「三、二、一……爆破!!」
爆音が響きオレンジ色の閃光が発生した。それらが収まると扉がゆっくりと徐々に早くなって倒れていった。
すぐさま、隊員たちが扉の向こうに突入していく。銃を構えて敵がいないか確認する。次々と隊員が入ってきた。先には敵影がなかった。
安全が確認されると隠し通路に残っていたものも入ってくる。チームαリーダーの日進二尉もその一人だ。まだスタートラインに立っただけなのだが今回の任務が初実戦なためか一つ一つのことが上手く行く度に安堵してしまう。
「何とか侵入したな」
「はい。しかし……警備が全くなかったのは驚きましたね」
副リーダーの千歳三等陸尉が答える。
「下水道から侵入したチームβも同様だったようだ」
「誘導に引っかかっているのでしょうか?」
「だと思いたいな。目標にたどり着くまでは敵と遭遇しないことを祈るしかないな……」
小声で話し合った後、日進二尉は部下に指示を下す。
「全員、隠れるぞ。目標まではハンドサイン以外の手段での連絡は禁止する」
“いいな”とハンドサインを送ると、部下からは“了解”と返ってきた。
魔術師資格を持つ隊員が透明魔法を全隊員にかける。あっという間に姿が見えなくなった。姿が見えないと互いに位置が分からなくなって連携が取れなくなるのではという疑問が出るがちゃんと対策はしてある。それは暗視装置だ。姿は見えなくなるが人の体から発せられる赤外線も消すことができないようだ。鉄帽に装備されているJGVS-V8によって互いの位置を把握するのだ。
JGVS-V8越しから人の姿がくっきりと見えている右目、右目と同じ位置を見ているのに何も見えない左目。異なる情報に日進二尉は眩暈を軽く覚え。魔術の摩訶不思議さを強く実感した。
(本当に不思議だな。魔法と言う技術は……)
魔法、魔術と呼ばれる“それ”は、“科学”では原理を説明することか不可能なものかこの世の理を覆すもので定義されている。要するに訳の分からない存在だ。
かつては大陸で圧倒的な力を誇っていたが、時を経るごとに衰退していき今では効果が出なくなったものも多いそうだ。この結果、科学に取って代わられているが、日本はそれに注目しており研究が行われている。
自衛隊では、攻撃魔法が使える魔術師を主力にした魔術師部隊が編成されているという噂が立つ位にそれを積極的に利用している。そのなかで特殊作戦においてそれはなくてはならない存在となっていた。
目標に向かってチームαは前進する。
人がいないときは駆け足で、人がいると確認されればいなくなるまでやり過ごす――それらを行いながら着々と目標に接近していく。
ここまで来れば大丈夫か? と微かな油断を日進二尉が抱くまでに近づいた瞬間、目の前にあるドアから突然人一人が飛び出した。姿からして兵士ではなく文官のようだ。深酒をしていたのか足元がおぼつかない動きをしながら意味不明のことを叫んでいた。
いつもの通りやり過ごそうとした瞬間、一人の陸曹が腰に付けているトマホークの端が置いてあった小さなチェストの上にあった花瓶にぶつかり、それが床に落ちて砕け落ちる音が廊下に響く。
失態を見た日進二尉はバ、バカと思わず叫びそうになった。
「て、て、敵襲!!」
耳に届いたのか泥酔した文官は喚き散らす。緊張が奔る。皆、最悪の事態に備え始めた。日進二尉もダガーナイフの柄を握りいつでも抜ける態勢を取った。
が、特に何も起きなかった。敵兵が駆けつけることはなく。騒いだ文官は気のせいかと呟いた後元いた部屋に戻って日進二尉の視界から消え去った。
(何とか露呈せずに済んだ)
気づかれないように密かに安堵のため息を吐く。ミスを犯した陸曹の頭を小突いて前進再開の指示を下す。
約六分が経っただろうか、チームαは目標にたどり着いた。ドアの近くに掲げられた板には保管室と書かれてあった。この部屋に目標のブツが存在している筈だ。内通者から貰った情報の通りならば……隠し通路がある場所と目標がある部屋の位置は確かだったので断言はできないがあるように日進二尉は思えた。
ハンドサインで“突入準備”の指示を下す。
部下たちが準備を終えるのを自分の目で確認すると、“行け――!!”と指示を出す。
ドアの前に立っていた部下の一人が木星のドアを蹴破る。いとも容易く開く。
獲物に群がる猟犬のように、特殊作戦突撃団隊員たちは素早く室内に入っていった。
「だっ、誰だ!?」
なかにいた人が叫ぶ。それと同時に透明魔法が解除され姿が晒される。驚愕している隙を突いてそいつに格闘技を掛けて気絶させ無力化させる。
周囲を見渡すと、二人の敵がいた。兵士であった。
そいつらが味方を呼ぶか得物を構える前に無力化するしかない。目標のブツに脳漿や血漿が付くと困るため手段は限られる。
その限られた手段を取る。素早く接近し、一人は投げ飛ばされ口を塞がれナイフで喉が切られ絶命。もう一人は足払いによって強制的に転倒させられ、それによってできた隙を突かれ複数で取り押さえられ動けなくなったところでサプレッサーが装着されているトカレフ拳銃が頭を突きつけられて―――。
間の抜ける音が一つ響く。トカレフ拳銃から一つ空莢が床に転がる。石でできた床は血で濡れていた。
「……制圧完了」
日進二尉は静かに告げる。
「第一段階完了だな。目標の品があるか確認しろ」
「領内の地図、村や街ごとの税収、地域ごとに取れる産物、地域ごとの石高、領主が出した命令書、代官所からの報告書、下からの要望書……全てありました」
目標のブツは、ミッドイーナ辺境伯領が長年にわたり集めてきた領地経営する上で必要な情報が記録されている書類であった。これがあるがないかで戦後のこの地の統治の手間と難易度が変わる代物だ。これらがなければ一から始めなければならなくなる。ついでの目標である領主とは重要性が違い過ぎた。
「そうか……処分される前に確保できて良かったな」
日進二尉は取りあえず目標のブツを確保したことに破顔した。後は味方が駆けつけるまでここを守備するだけであった。気持ちに余裕ができたせいかこの騒ぎの元凶である領主を捉える任務に就いているチームβのことに思いを馳せる。
(連中、上手く行っているかな?)
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