第57話 忽然の彼方
『空からメイドが降ってくるなんて有り得ない』
その常識を打ち破るかのように一人のメイドが屋根を突き抜け空から落ちてきた。
全身は紫と白のメイド服を身に纏い、頭には綺麗なカチューシャを着けその髪は短く束ねられていた。
髪と瞳は透き通るような美しい紫陽花色をしており、美癒達三人は目の前で起きた現実を把握できずにただただ固まっていた。
誰も話しかける事も出来ず沈黙が続く中、その女性は美癒を見つめると次第に表情が緩み始めていく。
「ぁぁぁぁああああああ~~~!!」
満面の笑みを浮かべながら女性は大きく両手を広げると、目の前にいた美癒目掛けて飛びついてしまう。
「ユッイィイイイイ~~~~~!! 会いたかったよ~~~~~~~!!」
「きゃっ!?」
メイド服を着た女性は力一杯美癒に抱きつくと、そのまま嬉しさの余り美癒の体を抱かかえながら左右に体を揺さ振り始める。
「リーナずっとユイを探してたんだよっ! ああぁ~! やっと会えたぁああああ~~!!」
女性の興奮は収まらず、まるでダンスを踊っているかのようにくるくると回転し始めると、漸く桜と鈴が女性を止めようと近づこうとした時、丁度風呂から上がってきた空が即行で魔装着に着替え終え臨戦態勢でリビングへと入ってきた。
「何事ですか───っ!?」
まさか刺客が直接この場に現れたのか、そう思った空は美癒を抱きしめながらぐるぐる回っている女性を見つめると、女性はピタリと動きを止め美癒を抱きしめたまま空を見つめた。
「おっや~? ユイ、この人だれだれ~?」
「んんん~……」
女性は空が気になって美癒に尋ねてみるが、美癒は頭をふらふらと揺らしながら目を回しており上手く話せない。
「今直ぐ美癒さんを放して下さいッ!」
直ぐに美癒を解放するように空は女性に声を掛けるが、女性は空の言葉など全く聞いておらず美癒に話しかけ続ける。
「あっ! もしかしてユイの彼氏~??」
「ふにゃああ~……」
以前目を回している美癒に聞いても何も答えてはもらえない、女性は美癒の返事を待つように見つめているが、空は女性が先程から言っている『ユイ』という名前に疑問を持った。
「ユ、ユイ? 貴方が今抱きしめているのは美癒さんです、ユイさんではありませんっ!」
「え? ユイじゃない……?」
その言葉に女性は初めて他人の声に耳を傾けると、再び抱きしめる美癒を見つめながら首を傾げてしまう。
すると、騒ぎに駆けつけてきた唯が扉を開けてリビングへと入ってくると、美癒を抱きしめるメイド姿の女性を見て思わず叫んだ。
「リーナ!!?」
その声、そして名前を呼ばれた女性は直ぐに唯の方を見つめると、一瞬の間の後満面の笑みを浮かべ始める
「ユイ……? ユイッ!!」
咄嗟に美癒を放しすぐに唯の元に駆け寄ると、両手を大きく広げ再び飛び込むように抱きついた。
唯も両手を広げ抱きついてくる女性『リーナ』を受け止めると、どうしてリーナがこの場にいるのかが分からず戸惑ってしまい、一方放された美癒の元には直ぐに空が駆けつけ足元が覚束ない美癒を支えはじめた。
「美癒さん、怪我はありませんか?」
「う、うん。大丈夫~……」
未だに目が回っている美癒だが特に外傷も無い為空は一安心すると、どういう状況なのか未だに分からず唖然としながらも唯に尋ねてみた。
「唯さん、その方はお知り合いですか?」
今まさに桜と鈴もメイド服の女性について尋ねようとした為、二人は無言のまま視線を唯へと向ける。
「ええ、名前は『リーナ』。私が前の世界で暮らしていた時に仕えていた人なの」
その唯の言葉に思わず四人は驚いてみせると、桜は美癒と唯を交互に見た後口を開いた。
「なにっ、まさか美癒の母上はお嬢様なのか……?」
すると鈴もまた何故かガッツポーズをしながら嬉しそうに喋りはじめる。
「いや、もしかしてお姫様とか!?」
「いいえ、違うのよ。訳あってリーナは私の家でメイドとして仕えてくれてただけなの。ね、リーナ」
二人に反応に唯はそう答えると、リーナは相変わらず嬉しそうにユイの頬に自分の頬を重ね合わせていた。
「うん! でもリーナにとってユイはお嬢様であってお姫様でもあるよ! 一番愛してる大切な人だもんっ!」
「リ、リーナっ……!」
好きを通り越して愛していると言うリーナの発言に唯が若干戸惑ってしまう。
「こ、これが本物の……ゴクリッ」
その二人の様子を見て思わず生唾を飲み込む桜は二人の様子をまじまじと見つめていると、鈴は腕を組みながらふと視線を美癒に向けた。
(天百合家は女性に好かれるもんなんかもなぁ……)
美癒には桜、唯にはリーナ。なんとなく鈴はそんな事を思ってしまう。
唯はあらぬ誤解を解こうと無理やりリーナを放すと、嬉しそうに見つめているリーナに疑問を投げかけた。
「それにしても、どうして貴方がこの世界にいるの? 貴方は───」
「だってユイが心配だったんだもんっ!!」
唯の言葉を遮りリーナがそう言って唯の両手を握り締めながらぴょんぴょんと飛び跳ねていると、その場に立ち止まって首を傾げながら喋り始める。
「ユイは知らないの? 今世界各地で魔法使いが襲われてるって話し! 今あっちの世界でも話題になってるんだよっ! だからリーナは唯が心配になって世界各地を飛び回りながら探してたの! 無事で本当に良かったぁぁぁ~~~!」
「リーナ……心配してくれてありがとう」
今度は嬉し涙を目に浮かべて喜びに浸りはじめると、唯はリーナが自分の事を本気で心配してくれていたのを感じ優しく頭を撫で始めた。
「ユイ……あ、それでどうなの!? ユイの所に変な魔法使いとか来てない!?」
そのリーナの言葉の瞬間、瓦礫の山を退かしながら甲斐斗が声を荒げた。
「来てるよッ!? 今ッ、まさにッ! お前という変な魔法使いがッ!!」
「あっ、カイト! 久しぶり~!」
甲斐斗の言葉と姿を見て相変わらず能天気なリーナは軽く手を挙げ挨拶するが、甲斐斗は衣服についた埃を叩き落としながら面倒くさそうに話し始める。
「……とりあえず、お前がこの世界に来た理由は分かった。だが『唯』は誰にも襲われていない、それに誰か来たとしても俺が対処する。だからお前は元の世界に───」
「リーナ、帰るつもりなんてないよ」
「なにっ……?」
思いがけないリーナの言葉に甲斐斗が眉を顰めると、リーナは甲斐斗の目を真っ直ぐ見ながら語り始める。
「この世界は今、正常じゃないんでしょう? 色々な世界から魔法使いが来てるってリーナ知ってるし。リーナに隠し事するなんて、カイトは酷いなぁ~……」
「お前……」
リーナの言葉に甲斐斗の視線が鋭くなるが、そんな視線など気にも留めずにリーナは笑顔で周りの人達を見渡していく。
「そーゆー訳で! 今日からお世話になりますメイド『リーナ』と言います! 皆よろしくね~!」
笑顔を振りまき半ば強引に話しを進めていくリーナにそれ以上甲斐斗は何も言えず、こうして今日からメイド『リーナ』がこの家に住む事になった。
崩れた天井は唯の魔法により元通りに修復され、リーナを含めた七人でテーブルを囲い昼食をとりはじめていた。
その食事の前にリーナは甲斐斗から二人きりでこれまで起きた事、この世界で起きている事を説明してもらったらしく、大体の美癒の境遇は分かってもらえた。
「美味しい~! これ唯が一人で作ったんだよね!? 昔と比べてこんなにも料理が上手くなったんだね!」
「もう、リーナったら子供みたいにはしゃいじゃって」
唯の手作り料理を口いっぱいに頬張るリーナを見て思わず笑みを見せる唯に、リーナもまた口の中の食べ物を飲み込んだ後に可愛らしい笑みを見せた。
「えへへ~、十数年ぶりに唯に会えたんだもん、嬉しくて堪らないの! それにしてもビックリしちゃった、結婚してた人とも別れてるし、唯にはもう高校生になる子がいたんだね」
そう言ってリーナが見惚れるように美癒を見つめると、美癒はじっと見つめられる視線につい背筋を伸ばし固まってしまう。
「美癒は唯に似てとっても可愛い! 将来が楽しみ~、それにお友達もいるし恋人もいるなんて美癒はモテモテだね!」
「リ、リーナさん。僕と美癒さんはそのような関係ではっ……!」
照れながらも慌てて『恋人』を否定しようとする空だが、そんな彼の姿を見て桜は空に指を指し声を荒げた。
「自惚れるなよ空! 今のリーナさんの台詞は友達(空)と恋人(桜)という事だからな!」
「それはちゃうやろ……」
お前は自意識過剰だと言わんばかりに桜はそう言い切るが、桜の横で料理を食べていた鈴が呆れながらそう呟いてしまう。
「桜、私の事は呼び捨てでいいよ~、堅苦しいのは無し無し!」
そう言ってリーナは桜に声を掛けると、既にリーナと皆の間には壁などなく、親しく会話が進んでいく。
こうして明るく元気なリーナと共に和気藹々とした食事の時間は続いていくが、甲斐斗だけは表情が少し暗く、この食事の時間においても一言も喋る事はなかった。
その甲斐斗の不自然な様子に空が気付かない訳もなく、食事の際は何も話しかけなかった空だったが、食事を終え甲斐斗がリビングから出るのを見て後を追うように出ると、甲斐斗に声をかけてみた。
「あの、甲斐斗さん。浮かない顔をしていますが何かありましたか……?」
すると外へと出るべく靴を履き替えていた甲斐斗は声を掛けられ動きを止めると、ゆっくりと後ろに振り返り空を見つめた。
「いや、別に何もねえよ。ちょっと風にでも当たってくるわ」
甲斐斗はそう言って空を簡単にあしらうと、前に向きなおし外に出ようとした時、唐突に空もまた玄関へと近づいていくと靴を履き始めた。
「僕もご一緒していいですか?」
「はぁ?……好きにしろ」
甲斐斗は特に空を拒む事もなく玄関の扉を開けると、空も靴を履き終え甲斐斗の横に並び共に歩き始めるのであった。
食後の散歩を始める甲斐斗と空。
今日は風も静かに心地良く、微かに髪が靡く程度の為散歩には丁度良かった。
だが、散歩をする二人に会話は無く。甲斐斗は黙ったまま歩き続けている為、空が甲斐斗の様子が気になって一人喋り始めた。
「それにしても驚きましたね、ユイさんに仕えていたメイドさんが別世界にまで追って来るなんて。しかも今日から住むだなんてなんだか元気で強引な人ですね」
「リーナは唯の幸せの為なら何でもするからな、別に特別驚く事でもねーよ」
「でも、そんなリーナさんなら唯さんが結婚してこの世界に来た時に一緒についてきそうな気もしますけどね。さすがに新婚生活を邪魔してはいけないって思っていたのでしょうか」
「そうかもな……」
「どうしたんですか甲斐斗さん、リーナさんが来てから元気が無いように見えますけど」
何処か上の空の返事に疑問を持って話しかけてみると、甲斐斗は暫く沈黙した後小さな溜め息を吐いた。
「……俺も人間だからな、悩みの一つや二つ有るもんなんだよ。だから、そういう時はいつも此処に来る」
そう言って甲斐斗が足を止めた場所、それは美癒がお気に入りの場所と言っていたあのサクラの木がある所だった。
甲斐斗は大きなサクラの木に凭れかかりながら座ると、この場から見渡せる町の景色を眺め始めた。
「静かで、涼しくて、街全体を見渡せる。俺にとって一番のお気に入りの場所だ」
何時来てもこの場所は静かで心が落ち着く、空もまたサクラの木の横に立ち静かに町を見渡していく。
「心地良い場所ですね……甲斐斗さん?」
甲斐斗から返事が無い為、空はふと横に振り返ってみると、既に甲斐斗は壁に凭れかかりながら目を瞑っていた。
春のそよ風を浴びながら心地良く眠る甲斐斗を見て、これ以上何かを聞くのは愚問だと思い空はその場を後にする。
誰だって悩みの一つや二つは存在するのだ、空は深く詮索していいものではないと思いこれ以上何も聞こうとはしなかった。
空がその場から去り暫くした後、甲斐斗は思い詰めたように目を開け微かに呟いた。
「唯にとっての幸せ、か……」
何れ来るとは思っている、それも近い内に必ず。
もしその時が来た場合、自分は最善の選択ができるのか───甲斐斗自身、未だに分かりはしなかった。




