第56話 歯車の欠片
無事に元いた世界に帰ってきた美癒達、甲斐斗は早速詳しい話を聞こうとしたが美癒達は既に疲労の限界が来ていた為、美癒と鈴、桜の三人には先に休息を取る事にした。
そういう訳で美癒、鈴、桜の三人は仲良く入浴中、リビングにあるキッチンでは唯が昼食を作っており、甲斐斗と空は情報交換の為リビングにあるテーブル席に座りはじめる。
するとキッチンにいた唯が両手に二つのコップを持って現れると、ゆっくりと空と甲斐斗の前に置いていく。
「ありがとうございます」
空はお茶を淹れてくれた唯にお礼を述べるが、甲斐斗は無言でコップを手にして一口お茶を飲んだ後に話し始めた。
「とりあえずお前等が無事で良かったんだが、よくこんな短時間で元の世界に帰ってこれたな」
内心甲斐斗は空達が自力で元の世界に帰ってこれるとは思っていなかった為驚いていると、空は一つずつ他世界へと飛ばされた時の事を説明し始めた───。
「……なるほど、その女只者じゃないな」
魔物の住む他世界でレインという女性に出会い、彼女の魔法で元の世界へと帰ってこれた事を空から聞いた甲斐斗は腕を組みながらそう答えると、今度は空から甲斐斗に向けてある質問を投げかけた。
「甲斐斗さん、あのジンという男はどうなりましたか……?」
無論、甲斐斗が今この場にいるという事は負けた訳ではないはず、空は甲斐斗の言葉を神妙に待つと、甲斐斗は余裕の笑みを浮かべて答え始めた。
「安心しろ、多少てこずったが奴は俺がバラバラにしてぶっ殺してやったよ。ま、その反動で世界が豪い事になっちまったけどな」
「あのジンを甲斐斗さんが倒したんですね!? という事はもう美癒さんが狙われる心配もない───っ」
甲斐斗の朗報に空は一瞬笑みを浮かべて喜びを露にしたが、ある事を思い出すと直ぐにまた表情が曇ってしまう。
「ん、どうした?」
そんな空を見て甲斐斗が不思議に思い声を掛けると、空は少し戸惑った様子で語り始める。
「いえ、確かに美癒さんを狙う一つの脅威は消えました。ですが……美癒さんを狙う凶悪な存在がまた一つ増えたと思うと素直に喜べなくて……」
「脅威? 俺がいない間にまた誰か現れたのか?」
「甲斐斗さんは気付きませんでしたか? あの世界に人ではない凶悪な存在が現れたんです、そもそも僕達が他世界へと飛ばされたのはゼオスがその『相反する存在』から僕達を守る為だったんですよ」
「相反する存在……? なんだそいつ。ってかお前等敵に助けられてたのかよ。他世界に飛んだ形跡があったからてっきり美癒の力が暴走でもしたのかと思ってたんだがな……」
「美癒さんはあの世界で『無限の可能性』と言われる力を発揮していました。刺客だったタクマやベインを軽々と退け、ゼオスですら相手になりませんでしたからね。そして僕は垣間見たんです、美癒さんの本当の力を」
それから空は美癒があらゆる世界に干渉する事も出来る『干渉者』である事を告げると、ゼオスから聞いた情報の全てを甲斐斗に説明していく。
その全ての話を聞き終える頃には二人の前に置かれていたお茶を淹れてあったコップもカラとなり、甲斐斗は何もはいってないコップを片手に再びお茶を飲み始めようとする。
するとお茶が入っていない事に気付き自然にコップを机の上に戻すと、眉を顰めて悩み始めた。
「俄かに信じがたい話しだが、実際お前はその目で見てた訳だしなぁ……ま、とりあえずお前等が無事で本当に良かったよ。ノートとベリーチェについては何も言えないが……もう二度美癒を悲しませない為にも俺達が美癒を守ってやらないとな。それにジンは死んだしゼオス達もどうなったか分からねえんだろ? 少しはこの世界で平和に過ごせそうだな」
そう言って甲斐斗は腕を組みながら天井を軽く見上げると、空もまたそれに賛同するように話し始める。
「そうですね、何れは争いの無い平和な日々を美癒さんに過ごして欲しい。その為にも僕は……いえ、僕達全員で乗り越えて行く必要があると思うんです」
その空の言葉を聞いた甲斐斗は少し驚いた表情を浮かべながら視線を天井から空に向ける。
「少しは成長したみたいだがあえて一つだけ言っておく。今はそれでもいい。けどな、いつかはお前が先頭に立って皆を引っ張っていけるようになれよ。……なーんて、他人の事偉そうに言える立場でもねーんだけどなぁ~」
最初の方だけ真面目に話していた甲斐斗が急に気だるそうに背伸びをしながら大きく椅子に凭れかかるが、空は甲斐斗の言葉を聞いて力強く返事をしてみせた。
「甲斐斗さん……はいっ! 頑張ります!」
「俺の戯言を真に受けるなよ……まぁ、程々にしとけよ」
頑張りすぎるのも良くないといわんばかりに甲斐斗は相変わらず気だるそうにそう言うと、丁度美癒達三人が入浴を終えパジャマに着替えた後にリビングへと入ってきていた。
「あーサッパリしたーっ!」
首にタオルを巻いた鈴が一番乗りでリビングに入ってくると、そんな鈴の後ろでは美癒と桜が楽しそうに喋っていたが、空達に気付いた美癒がふと声を掛けてきた。
「空君、お風呂空いたから入ってくるといいよ」
「はい、そうさせて頂きますね」
言われるままに空もまた一風呂浴びてこようとリビングから出て行くと、美癒達三人はリビングに置いてあるテレビの前にあるソファに座り寛ぎ始めていた。
すると桜は自分の着ているパジャマを見た後、鈴の着ているパジャマを見つめながら喋り始める。
「美癒は色々と可愛いパジャマを持っているのだな、くんくん」
今桜と鈴が着ているのは美癒のパジャマであり、桜は美癒の隣にいながらも堂々とそのパジャマの匂いを嗅ぎ始める。
「うちのは小さいけど、美癒っちが中学生の時に来てたやつなんかな?」
鈴は今自分が着ている可愛らしい動物の絵が描かれたパジャマを見ながらそう言うと、美癒はにこりと笑みを浮かべて答えてみせる。
「小学生の時に来てた奴だよ」
「えっ……」
まさかそれ程まで幼い頃のパジャマとは思っていなかった鈴が思わず動揺して固まってしまう。
「うちと美癒っちって同級生なのに、なんでこんなに差がうまれるんやろ……」
同い年のはずなのに鈴と美癒は明らかに体格の差が有り、鈴は自分の平らな胸を両手で抑えながら美癒の胸元を凝視しはじめる。
「あ、で、でも! 小学六年生の時に来てたパジャマだからねっ!?」
そんな鈴の視線に気づく事もなく美癒は必死にフォローをしようとするが、その言葉が全くフォローになっていない事に桜が思わず吹き出してしまう。
「ぷっ、良いじゃないか鈴。小さい方が可愛いぞ~ほーれよしよし~」
「うちを子供扱いせんといてって前にも言うたやろーっ!」
まるで幼い子供をあやすように桜が鈴の頭を撫で始めると、鈴の顔は見る見る赤くなり両手を上げて怒りを露にし始める。
リビングから聞こえてくる三人の賑やかな話し声に唯も思わず笑みを浮かべると、丁度全ての料理を作り終えようとした所で甲斐斗が声をかけてきた。
「唯、空が風呂から上がるまで少しでも寝てきたらどうだ。昨日から美癒が心配で全然寝てないだろ」
誰にも疲れた素振りを見せていなかった唯はその甲斐斗の言葉に思わず手が止まってしまう。
確かに唯は昨日から満足に寝ておらず、美癒が無事だった事も分かり気も緩んだ所で次第に疲労を感じるようになっていた。
「ありがとう、それじゃあお言葉に甘えて少しだけ寝てくるね」
唯はそう言って仮眠を取る為に寝室へと向かうと、甲斐斗はテレビの前のソファに座っている美癒達の元へ近づき楽しそうに雑談している美癒に声を掛けた。
「美癒、ちょっと手を出してくれ」
美癒は不思議に思ったが言われるままに右手を出すと、甲斐斗もまた右手を伸ばし美癒の手と重ね合わせる。
「……やっぱり、お前のレジスタルに宿る魔力が以前より強くなっている。お前なら心配無いと思うが、力の使い方を誤るなよ」
咄嗟に美癒の魔力の強さを確認しそう言うと、美癒は思わず視線を逸らしそうになる。
甲斐斗は空から美癒が暴走を起こしたとは聞いていたが、その力で敵であるゼオスを殺そうとした所を見ていない。
故に甲斐斗は美癒がまだ誰かを傷つけ、命を奪う事などしていないと思っている。
だが美癒は確かにあの時『殺意』という感情に目覚めてしまった、美癒は少し弱々しい笑顔を浮かべると、ふと話しの話題を逸らしてしまう。
「うん、心配してくれてありがとう。あ、所でお母さんは……?」
「唯なら寝室で仮眠してる、あいつも色々と疲れてたからな。ま、それでも料理は全て手作りな所は脅かされる」
「お母さん、今日ぐらい休めばよかったのに……」
唯が心配になる美癒はそう言って不安そうな表情を浮かべると、隣に座っていた桜が二人の会話に入ってくる。
「確かに、母親とは常日頃家事に追われ休みが無いからな。時には誰かが代わってあげればよいのだが……」
そう言いながら桜の視線が甲斐斗に向けられると、甲斐斗は腕を組んだまましかめっ面で喋り始めた。
「何故俺を見る、俺は家事なんて出来ないぞ。代わるなら家政婦とか雇えばいいだろ」
『家政婦』。その単語を聞いた途端、今度は鈴が目を輝かせながら会話に入ってくる。
「メイドさんやなっ!? ええな~憧れるわぁ~!」
鈴の脳内では可愛らしいメイド服を着た可憐な女性がテキパキと家事をこなす姿を想像しはじめており、桜もまたメイドの姿を想像しはじめると何故か美癒がメイド服を着ており、桜の妄想が加速していく。
「ふむ、悪くない。メイドを雇えば美癒にそのメイド服を着せられるし一石二鳥ではないか」
「何が一石二鳥だッ、お前はメイドじゃなくて美癒のメイド姿が目当てなだけじゃねえか」
訳のわからない事を言い出した桜に甲斐斗は呆れながらそう言うと、桜は甲斐斗を睨みつけながら声を荒げた。
「何が悪いッ!!」
「逆切れかよっ!?」
異常なまでの美癒思いに若干引いてしまう甲斐斗、そんな二人を余所に鈴は未だにメイドを想像し続けていた。
「美癒っちメイドさん雇うなんてええな~うちもメイドさん雇ってみたいわぁ~」
メイドを雇うなど一言も美癒は言ってないのだが、鈴の脳内では既にメイドが家事する光景が浮かんでいた。
「あぁ~、美人で可憐で優しくて家事も何でもこなせるメイドさんでも降ってこんかなぁ~」
「寝言は寝て言え、メイドが空から降って来る訳ねえだろ」
それは叶わない夢だからこその表現であったが、甲斐斗はそんな発言をした鈴を馬鹿にするように喋り始める。
確かにその通りだろうと美癒、鈴、桜の三人もそう思っていた。
その言葉の直後、轟音と共に天井に穴が空き瓦礫の下敷きとなった甲斐斗、そしてその瓦礫の上に立つ紫色のメイド服を着た一人の女性を見るまでは───。




