第58話 誰が誰の為に
突如美癒達の前に現れたメイド『リーナ』、前の世界で唯に仕えていた訳だが心配になって探し回り何とか辿り着いたもよう。
昼食を食べ終えた桜と鈴は家へと戻り、リビングでは美癒とリーナが二人きりで会話をしていた。
「リーナさんはお母さんの家で一緒に暮らしていたみたいですけど、どの位一緒に住んでいたんですか?」
会話の内容の殆どは唯の話し。唯が自分について語ることなどまず無い為、昔の唯がどのような人だったのか美癒は気になっていたのだ。
「もー呼び捨てでいいのに。ん~と、唯が六歳の時だったかな」
「そんなに小さい頃からお世話をしていたんですね、是非お母さんの事を教えてください」
「いいよいいよ~っ、唯の事いーっぱい教えてあげる!」
そう言ってリーナはメイド服のポケットからスマートフォンを取り出し唯の小さい頃が映っている写真の画像を探し始める。
美癒は静かにリーナが見せてくれる画像を待っていたが、ふと先程のリーナの発言に疑問を抱く。
(……あれ? 六歳? リーナさん二十歳ぐらいに見えるけど……)
無理もない、目の前にいるのはどう見ても若い女性であり唯が六歳の頃に出会っていたとすれば一体リーナが何歳なのか見当もつかなかった。
「ほら、これが小学生の時の唯だよ」
そんな事を考えている内にリーナは一枚の画像を美癒に見せると、そこにはピアノの前で花束とトロフィーを持ちにっこり微笑む幼い唯の姿があった。
「これお母さん!? 可愛い!」
「でしょでしょ! これは唯が小学三年生の時にピアノのコンクールで入賞した時の写真なの」
それからリーナは画像をスライドさせ色々な唯の姿を見せていく。
山にキャンプに行った時の画像や運動会で競技に参加している画像、はたまた家族の集合している所など様々な画像を持っており、小学生の時の画像の次は中学生の制服を身に着ける唯の姿が映し出された直後、不意にスマートフォンを取り上げられリーナと美癒は咄嗟に振り返った。
「リーナっ! 恥ずかしいから昔の写真を美癒に見せないで」
そこには顔を赤らめ少ししかめっ面をした唯が立っており、リーナが手を伸ばしてスマートフォンを取り返そうとするも唯は大きく右手を上げて抵抗しはじめる。
「えーいいじゃーん! 美癒が見たいって言うから見せてたのにぃ~……あ、そうだ! 美癒のアルバム見せてもらっていいかな? 小さい頃の美癒も見てみたいな」
「それなら別に構わないけど……ちゃんと美癒の許可をもらってね」
釘を刺すように唯はそう言うと、リーナはくるりと後ろに振り向く美癒に聞いてみる。
「美癒、見てもいい?」
「うん、いいよ」
殆どの人はアルバムを見られるのは恥ずかしい為中々人に見せる事は無いが、美癒は笑顔で許可してくれると、リーナは両手を大きく広げて美癒に抱きついた。
「やったーっ! ありがとー!」
スキンシップの多いリーナに若干戸惑いつつも美癒の表情も自然に笑みへと変わる。
すると家へと帰宅した空がリビングに入ってくると、美癒達が集り何を話しているのか気になり声をかけてきた。
「とても賑やかですね、何かありました?」
「これから美癒のアルバムを見るの! 空も一緒に見よ!」
「え、いいんですか……?」
リーナに言われ空は少し動揺しながらも自分も見てもいいのか美癒に尋ねてみると、美癒は少し照れた表情をしたままぎこちない笑みを浮かべて頷いてしまう。
「う、うん! ちょっと恥ずかしいけどっ……」
同姓ならまだしも異性に見られるのは抵抗があった美癒、つい勢いで言ってしまったが特に後悔する事もなく、自室に置いてあるアルバムを取りに向かう。
すると唯は壁に掛けてあった時計を見てやる事を思い出し、右手に握っていたリーナのスマートフォンを返してあげた。
「はい、リーナ。返してあげるけど空君にも見せちゃダメだからね?」
「は~いっ」
リーナは少し不満そうに間の抜けた返事をするが、そんな返事にも慣れているのか唯はそのまま何も言わずにリビングから出て行ってしまう。
そして丁度唯と入れ替わりに美癒がリビングへ戻ってくると、その手には一冊の白いアルバムが握られており、両手でリーナに差し出した。
リーナも大事そうにアルバムを両手で受け取った後再び椅子に座りアルバムをテーブルに置くと、リーナの両脇にあった椅子には空と美癒が座りリーナが捲るアルバムの写真を一枚ずつ一緒に見始める。
幼く愛くるしい美癒の写真に目を通しながらリーナがゆっくりとページを捲っていくと、ふと手を止めてアルバムの写真を見渡しながら聞いてみた。
「ねえ、どうして美癒のお父さんが写った写真が一枚もないの?」
それは余りにも不自然なアルバムだった、映っているのはどれも美癒の姿や美癒と唯の二人が映っている写真しかなく、父親らしき人物が写っている写真が何処を探しても見当たらない。
空もリーナの言葉に気付き一枚一枚注意深く見ていくが、どの写真を見ても写ってはいなかった。
すると美癒は少し困ったような表情を浮かべ説明しはじめる。
「お母さんから聞いたんだけど、別れる時に自分の映っている写真は全部持っていったらしいの。理由は分からないけど……」
「ふーん、美癒はお父さんがいなくて寂しくないの?」
「ちょっとだけ……。でも、お母さんと二人きりの生活はとっても楽しい」
父親はいないが母親である唯からは溢れんばかりの愛情を受けて美癒は成長した為、特別父親がいないからといって寂しくなる事もなくなっていた。
「私が小さい時からお母さんは一緒に遊んでくれたり、勉強を教えてくれたの。それは私が高校生になっても変わらない。だから私は寂しくないよ」
そう言って笑顔を見せる美癒を見て、思わずリーナはそっと手を伸ばし美癒の頭を優しく撫でていく。
「美癒……良い子に育ったね」
照れくさそうに頭を撫でられる美癒、その時リビングの扉が開き唯が戻ってくると、その手には財布が握られていた。
「美癒ー今から晩御飯の材料を買いに行くんだけど、一緒に……」
「リーナも行く!」
元気良く手を上げてリーナは椅子から立ち上がると、美癒はリーナと唯を交互に見た後口を開いた。
「私は空君とお留守番してるね。リーナさん、久しぶりにお母さんに会えて積もる話しもあると思うし、二人きりで行ってきてください」
美癒はリーナに気を遣ってそう言葉を掛けると、リーナは目を輝かせながら美癒に詰め寄っていく。
「いいの!? ありがとう! 美癒大好きっ!」
嬉しそうにリーナは美癒に抱きつき頬を摺り寄せはじめる、その唐突なスキンシップを受けながら美癒はどうしていいか分からず慌てふためくのであった。
こうして唯とリーナは二人でスーパーマーケットへと向かうのであったが、リーナはメイド服を着たまま唯と共に歩いている為、当然その姿を見た通行人は釘付けになってしまう。
集る視線にリーナは疑問を抱いていると、どうやらこの世界ではメイドが珍しい存在だと気付き始めた。
リーナ自身、周りの視線に対して何とも感じていなかったが、ふと自分の隣を歩いている唯にも視線が集っている事に気付くと急に立ち止まってしまう。
「リーナ?」
突然足を止めたリーナに唯は首を傾げると、リーナは少し上目遣いで喋り始める。
「ゆ、唯は……リーナがこの格好のまま一緒に歩くの嫌、かな……?」
周りからジロジロと見られる事は少なからず不快感が有るはず、そんな心配をしたリーナだったが、唯は笑顔で即答してみせた。
「ぜーんぜんっ! どうしてそんな事言うの? とっても似合ってるじゃない」
その言葉だけでリーナの顔は見る見る笑顔になり、嬉しさの余りつい唯に抱きついてしまう。
「唯だ~い好き!」
正直唯はどうしてリーナがそのような事を言ってきたのか全く気付いていなかったのだ、ふと周りにいた人達の視線が自分達に向けられていたのに気付いた。
いつも自分の事を第一に思ってくれるリーナに、唯は昔リーナと過ごした日々が脳裏を過ぎっていく。
「それじゃ、気を取り直して行こっか!」
元気になったリーナはそう言って歩き始める、そのリーナの後姿を見て唯はつい微笑んだ。
久しぶりに会えて嬉しいのはリーナだけではない、唯もまたリーナに出会えて嬉しいのだ。
唯はリーナにこの世界で過ごした日々を聞いてもらいたいと思い、歩きながら話そうとした───その時だった。
今までの視線とは全く違う、殺気の篭った鋭い視線を背中に感じた唯。
咄嗟に後ろに振り向けば、目の前には既に魔法で作られた黒い刃が迫ってきていた。
「唯ッ!!」
聞こえてくるリーナの声、そして力強く腕を引かれて唯は体勢を崩しそうになったが、リーナは唯を庇うように抱きしめると魔法に背を向けた。
それはほんの一秒にも満たない出来事であり、避ける暇もなく魔法はリーナに直撃するのであった。
その頃、サクラの木の下で昼寝を堪能している甲斐斗にも同様の魔法が放たれていた。
「ん?」
殺気と魔力に気付いた甲斐斗は直ぐに目を開け手元に黒剣を召喚してみせると、黒剣を振るい向かって来た魔法を弾き返す。
「ククク、流石に今のじゃ殺せないか……」
甲斐斗の前に現れた一人の男、全身は黒い衣服を身につけ手足や顔は黒い包帯が巻かれており不気味な姿をしていた。
「何だお前、重傷じゃねえか」
包帯を巻いててっきり怪我でもしているのかと思った甲斐斗はそう言って驚いていたが、男は構わず話しを続けていく。
「……オレは知っている、オマエあの『指輪』を持っていった人間だろう?」
「指輪……ああ、お前ハレスオブモズの残党か」
ここで漸く甲斐斗はこの男が何の目的でこの世界に来て自分を攻撃したのかが分かると、男は両手を構え戦闘態勢に入る。
「ククク、指輪を返してもらおうか。さもなくばオマエの命はここで……」
「おう、いいぜ」
「え?」
甲斐斗はポケットに手を入れて指輪を取り出すと、それを下から軽く投げはじめる。
男は思わず両手を広げると、指輪は綺麗な放物線を描きながら掌へと落ちた。
そして両手に乗った指輪を見て、確かに本物だと理解したが、どうも状況が飲み込めず固まってしまう。
「え?」
これから指輪を巡る戦いが始まると思っていた男にとっての二度目の戸惑いに、甲斐斗は頭を掻きながら説明しはじめた。
「いやー正直売ろうかと思ってたんだけど中々機会が無くてな。面倒だからもうやるよ、それ」
「……」
「じゃ、俺は寝るわ」
甲斐斗は手元から黒剣を消して大きなあくびをした後、再びその場に座ろうとしたが、男は指輪を握り締めたまま声を荒げた。
「オ、オマエぇッ! 返しただけで事が済むとでも思ってるのか!? オレ達の組織を潰した事、後悔させてやる!」
「いや、それ俺じゃないんだけど」
「え?」
本日三度目の疑問、素の言葉を出した男は甲斐斗の言葉を聞いて再び固まってしまう。
「俺がその世界に行った時、既にその世界にいた組織の連中は全滅してたぞ。誰がやったかは知らんけどな」
「……」
「じゃ、俺は寝るわ」
甲斐斗はその場に腰を下ろし再びサクラの木に凭れかかりながら目を瞑ると、それを見ていた男が我に返り再び喋り始めた。
「ククク! オレの前で堂々と嘘を吐くとは良い度胸だッ! ……だが、これを聞いても平静を保てるかな?」
「寝させろよ……」
一方的に会話を進める男に嫌気がさしてきた甲斐斗はそう呟くと、男は町の方を指差しながら話しを続けていく。
「オレは囮だったのさ! 既に別の者がオマエの大切な人間を捕らえている頃だ。言っておくが町に向かったのはハレスオブモズの次期幹部候補だった奴等だ。今頃半殺しにされているのだろうなぁ、ククク!」
本来指輪と引き換えの為に人質を確保しておく作戦だったが、指輪が思ったよりも簡単に手元に戻ってきてしまい男は苦し紛れにそう伝えると、今まで気だるそうな態度をしていた甲斐斗の表情が一変して険しくなった。
「は?」
これが男の望んでいた表情、そして展開。甲斐斗は直ぐにその場に立ち上がると、男は嬉しそうに話しを続けていく。
「今更焦った所でもう遅い、だがまだ殺してはいないだろう。どうだ? 仲間を助けてやりたいなら大人しくオマエの首を寄越すことだなぁ」
「ああッ、クソッ!! お、お前ェッ……!」
男の言葉に甲斐斗の顔は血の気が引き見る見る青ざめていくと共に焦りが見え、動揺が隠せなくなっていた。
「ククク!! 良い! 最高に良い表情だッ! さぁ!? どうす───」
その刹那、男の目の前から甲斐斗が消えたかと思えば、瞬きをした後目の前には青空だけが広がっていた。
「る?」
「レジェンド・ゼロ」
甲斐斗の声が確かに聞こえ後、男の意識は完全に無くなる。
男の話しなど後半何も聞いていなかった甲斐斗は足に魔力を籠めた後、地面を蹴り跳躍すると共に一瞬で男との距離を詰め、その右手で男の首を掴んでいた。
サクラの木がある場所は山頂に近く、甲斐斗はまるで空を飛ぶかのように高らかに跳びながらも空中で魔法を発動し軽々と男を抹消してしまったのだ。
だが甲斐斗は男の存在や命など全く眼中になく、今頭の中にあるのは別の刺客が自分以外の人間を襲っているという事に対しての不安だけだった。
「クソッ……マジでヤバイッ!!」
甲斐斗は額に汗を滲ませ屋根の上を跳びながら全速力で家まで戻ってくると、まず家が無事なのが分かったが直ぐに玄関の扉を開けリビングへと入った。
急にリビングの扉が開いた事で一緒にアルバムを見ていた美癒と空が驚いて甲斐斗に視線を向ける。
そして二人が声を掛けようとするよりも早く甲斐斗が口を開いた。
「唯とリーナは!? くっ、まぁいい。空ッ! 今直ぐ『限定領域』を発動させろッ!!」
その言葉を聞き空は甲斐斗が『CLT』の発動を促している事に気付くと、甲斐斗の尋常じゃない焦りを見て直ぐに『CLT』を発動させると、その訳を聞こうとした。
「か、甲斐斗さん? 一体何が───」
その直後だった。
空の声が簡単に掻き消される程の爆音に思わず空と美癒は両手で耳を抑えてしまう。
爆音と同時に大地が揺れ、微かに地鳴りまで聞こえてくる状況に二人は訳も分からず耳を抑えていると、甲斐斗は安堵し溜め息を漏らしながらその場に尻餅をついた。
「ま、間に合ったぁ~……」
所々地面に亀裂が走り、殆どの建物が崩壊した荒れ果てた町で、唯は一人立っていた。
「あ、ああ……」
衝撃的光景に言葉を失う唯、それはリーナの身に何かがあったからではない。
何故なら目の前で力尽きボロボロの姿で倒れているのはリーナではなく、唯を襲ってきた刺客達の姿だったからだ。
現れた三人の刺客の内一人は即死。その死んだ刺客は唯目掛けて真っ先に攻撃魔法を放った者だった。
「ぐっ……」
倒れていた二人の刺客は足に力を籠めなんとか立ち上がると、自分達の目の前に立ちはだかる一人のメイドを見つめた。
「お、お前……何なんだ……?」
目の前で見せられた魔法の威力に戸惑いながら刺客の一人はそう言うと、仁王立ちしていたリーナはふと短く束ねてあった髪を解いた。
肩まで掛かる美しい長髪を靡かせるその姿は、以前のリーナとは全く別の雰囲気を漂わしていた。
「私はご主人様に仕えるメイド。『第6MG』、名はリーナと言います」
一人称所か口調すら変わってしまったリーナは、自己紹介を終えた後背中から美しく輝く紫陽花色の翼を広げ、右手にビームサーベル、左手にハンドガンを召喚すると、リーナの周りに次々に掌サイズの魔法陣が現れたかと思えば、その魔法陣の一つ一つから小型の兵器がまるで妖精のように自在かつ華麗に飛びながらリーナの周りに集い始める。
「ご主人様にとって『害悪』となる不穏分子、直ちに排除させていただきます」
崩壊した町を背に静かな表情を浮かべるリーナ。
そこで刺客達は悟る。このリーナという女性の言う通り、目の前に対峙する相手がもし本物の『MG』だとすれば、これから自分達に待っているのは決して逃れる事の出来ない『死』という結果だけなのだと。




