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第48話 御伽噺の世界

 ゼオスと空が戦うよりも前、美癒の前にノートとゼオスが現れた時、ゼオスは二人を囲うかのように結界を作り閉じ込めると、ゼオスはノートの肩に手を置き美癒に話しかけた。

「ノートは今、君が憎くて堪らないんだ。だから君の言葉は決して届かない、そしてこれから彼女と戦ってもらう事になるけど、その戦いの中で君の可能性の力を存分に発揮してほしいんだ」

 『可能性の力』、それこそがゼオスの追い求めるモノであり全てである。

 だからこそゼオスは美癒に対して特別な感情を抱いており、自分の期待を裏切らない存在になってほしいと思っていた。

「方法も手段も問わない。もし君が今から一分以内に彼女を救う事が出来たら私は二度と彼女に近づかないし手も出さない」

「一分以内……それで本当に……絶対にノートちゃんに手を出さないって、約束してくれますか……?」

「私は嘘が大嫌いなんだ、約束するよ」

 美癒の切実な思いに対しゼオスもまた真剣な眼差しで答えると、美癒は両手を握り締めながら自分の前に立ちはだかるノートを見つめた。

 ゼオスの言葉が本気かどうかなど誰にも分かりはしない、けれども今はその言葉を信じて行動するしか美癒には選択肢がなかった。

「分かりました」

 しかし、その選択はゼオスの言葉を聞くよりも前に美癒は選んでいた。

 回りに甘え守られ続ける非力な自分を美癒は快く思わず、自分自身の力で大切な人達を守りたいと思っている。

 何の為の魔法なのか、誰の為に魔法を使うのか───美癒は今一度魔法について深く考えると、力強い視線でノートを見つめ両手を前に出した。

「レジスタル・リリース」

 美癒の全身は光りに包まれ白い魔装着に身を包むと、その手には折られたはずの白いステッキが握られており、その姿を見たゼオスは期待に胸を膨らませその場から姿を消してしまう。

 結界の中に残された美癒とノート。

 只ならぬ殺気を放つノートは両手を微かに動かし糸を用いた攻撃を仕掛けようとした瞬間、美癒は両手で握り締めたステッキを大きく振り上げると、ステッキの先端から眩い閃光が放たれた。

 その強烈な光りにノートは目が霞み思わず攻撃を止めてしまうと、美癒は今、自分が望む『魔法』を強く念じて見せた。

 不可能を可能にする力、無限の可能性を秘めた力、それが魔法だというのなら───。

 結界内は光りに包まれ美癒自身、そしてノートもまた光に飲み込まれていくと、ノートは次第に自分の意識が朦朧としていくのを感じた。

 まるで深い眠りに落ちるかのように……しかし、その眠りを妨げるかのように突如激しい頭痛に襲われると、ノートは頭を抱えその場に跪いてしまう。

「う゛っ!? くぅっ……ッ……!」

 痛い、苦しい、辛い……その原因を作り出している存在は何なのか、誰なのか。

 半開きの目でノートは目の前に立つ美癒を見つめると、ノートは自分の中にある押し潰されそうな程の殺意が溢れ出るのを感じた。

 まるで自分が一つの殺気になるかのように、ノートの感情が塗り潰されていく───。


「大丈夫だよ」

 だが、その感情は美癒の一言でいとも簡単に砕け散ってしまう。

 真っ白な光りの世界、そこには美癒とノートの二人しか立っておらず、ふとノートは自分の頭に響いていた痛みが消えているのに気付く。

 何が起きたのか理解出来ないノートは、何故自分が今ここに立ち、この目の前にいる女性『美癒』と戦おうとしているのか、それすらも分からなかった。

 自分はいったい何者なのか……ふとノートは自分の小さな手を見つめると、その様子を見た美癒は再びステッキを力強く握り締めた。

 そのステッキの光に包まれたノートの意識は深く深く落ちていく。

 何時からだろう、自分がこうして刺客として戦い始めたのは───。



 幼い頃の記憶は全く無い、思い出せる事と言えば自分がその力でゼオスの言われる通りに行動していた事だけだ。

 指示された通りに行動しある時は人間を捕らえ、ある時は人間を殺す。

 何故自分が刺客として戦っているのか、どうしてゼオスの指示の通りに行動しているのか、その行動に疑問を抱いた事は無い。

 ノートにとって刺客として行動する事が唯一の『生』であり、それ以外は何も感じられなかった。

 そんな刺客として行動していたある日の事、今日もまた刺客として別の世界へと飛び対象を殺すだけだったが……その日は違った。

 死体が転がりつい先程まで戦場だった場所、そこでは死体の山の上に座り血塗れの戦場を見つめる赤髪の少女がいた。

 片手に巨大な鋏を握り虚ろな瞳の少女の姿を見て、ノートは何処と無く自分と同じ匂いがした気がした。

 それは血の匂い、常に自分の周りに漂い忘れられる事の無い独特の匂いだ。

 ノートの今日の殺しの対象は赤い髪の少女、ノートは直ぐに魔法を使い少女の首を撥ねるべく高速で糸を用いた魔法を発動した。

 その魔法に気付いた赤髪の少女は手に持っていた鋏をたった一振りしただけで四方から飛び掛る糸を切断すると、自分を襲ってきた少女を睨みつけた。

 だがその少女の顔はノートを見た瞬間、目を見開き信じられないような表情を浮かべる。


 それから二人の戦いは始まったが、勝敗は直ぐに尽いてしまう。

 結果はノートの完敗、手も足も出せなかったノートは喉元に鋏の先端を向けられ今まさに命を終えようとしていた。

「これで三人目……」

 その時、鋏を手にした少女は虚ろでありながらも真っ直ぐな瞳をしたノートを見つめて口を開いた。

「なんでてめえ等皆、同じ目をしてんだよ……」

 今から殺されようとしているにも関わらず、平然とした表情を浮かべるノートを見て少女はそう呟くと、鋏を手元から消しその場に座り込んでしまう。

「名前はなんて言うんだ」

「……ノート」

「ノート、誰の指示であたしを襲ったのか教えろ。それに目的は何だ?」

「……分からないです、分からない。私はそう指示された、それだけです。それだけ」

「んだよ、それ……」

 それだけ言い残しベリーチェは少し苛立った様子でその場から去っていってしまう。

 一人取り残されたノートは倒れたまま体力と魔力の回復を待ち続けていると、近くの空間が歪み一枚の巨大なカードが召喚されまるでそれが次元を繋ぐゲートのように空間に穴を空けると、その中からゼオスが現れた。


 それから先の事はよく憶えていない、気が付けばノートは元の世界へと戻ってきており、とある一室のベッドの上で横になっていた。

「……なに、これ」

 初めて見て触るベッドの温かく柔らかい感触にノートは不思議そうに首を傾げながら触っていると、一人の少女の声が聞こえてくる。

「よう、起きたか」

 その声でノートは顔を上げて声のする方を見てみると、そこには腕を組み椅子に座っている赤髪の少女がいた。

 暗殺対象である少女が何故自分の目の前にいるか分からない、ノートは特に動揺した素振りも見せずベッドを見た時と同じく不思議そうに見つめていたが、少女はノートの頭を撫で始めると自己紹介を始めた。

「あたしの名前はベリーチェ、今日から仲間だ。よろしくな」

「よろしく、です……よろしく?」

 状況が掴めないノートは首をふらふらと左右に振りながら傾げていると、ベリーチェは安心させるように微笑んでみせる。

「もうあたしは敵じゃない、仲間なんだよ。ゼオスもあたしが組織に入る事を許可してくれたしな、今日からはあたしが直々に戦い方を教えてやるよ」

 そのベリーチェの温かさに触れても、その時のノートには特に嬉しさや心地良さは感じなかった。

 嬉しい、楽しい、そういった感情が欠落している彼女にとってその行為をされても意味を理解する事が出来なかったからだ。

 それでもベリーチェはノートと共に時間を過ごしていくと、次第にノートは自分の心の中にある何か特別な感情が生まれ始めている事に気付き始める。

 ノートにはそれが何なのかハッキリとは分からないが、ベリーチェと過ごす日々の楽しさを心の奥底で感じつつ、ノートは殺し屋として戦い続けた。



 そして戦い続けた結果、出会ったのが天百合美癒だった。

 思い出した、憶えている、全てを憶えている。

 命を狙う刺客として現れた自分に対し真摯に接してくれた少女、美癒。

 美癒だけじゃない、空も唯も甲斐斗も、皆が優しく自分に接してくれた。

 ベリーチェと同じ、自分を大切に、大事に思ってくれる人達。

 その後、美癒達と分かれた後もノートにとって楽しくて嬉しい幸せな日々が続いていた。

 施設で暮らす事になったノートは、同じ境遇の子供達が何人もいる施設で生活を始める事になったが、ノートは直ぐにその施設に打ち解け友達が出来た。

 毎日が楽しい日々、一緒に外で遊ぶ時もあればお絵かきをしたり歌を歌ったり、それは子供として本来普通で当たり前の出来事の連続の日々だが、ノートにとっては掛け替えの無い大切な日々だった。



 そんな毎日も、ある日唐突に一瞬にして終わりを迎えてしまう。

「おやおや、懐かしい魔力を感じると思って来てみれば……どうして君は生きているのかな?」

 ゼオス。

 ノートが友達と仲良くお絵描きをしていた最中に、あろう事か平然と施設の中に入りノートの目の前に立っていた。

 ノートには目の前に立つ青年が何者かなど分からない、それでも体は震え目を見開き戦慄すると、対象的にゼオスはにっこりと微笑んでみせる。

「面白いっ……! 君の身に何が起きたのか、その全てを見せてもらうよ!」

 それがノートにとって『今』の世界の終わりであり、再び元の世界へと戻る瞬間だった。

 友達はゼオスによって意のままに操られ、外の景色は炎に包まれる。

 施設で暮らす子供達の悲鳴、亀裂が走り崩壊していく施設、逃げ惑う人々───。



「あれ……?」

 此処は何処、私は誰……? ノートは光りに包まれた世界で首をかしげてしまうと、光りの先にいる美癒が優しく微笑んでくれた。

「久しぶりだね、ノートちゃん」

 美癒は笑顔でそう言うと、ノートは見覚えのある美癒を見つめはじめた。

 確かに憶えている。記憶を失った時、温かく接してくれた大切な人。

「ノートちゃんはベリーチェさんと仲が良いんだね」

 美癒はノートの今までの記憶と思い出を知りそう呟くと、ノートは自然と言葉が漏れた。

「美癒……さん……?」

「うん、そうだよ。ノートちゃんを束縛していた魔法は全て私が解いたから、もう大丈夫」

 その美癒の言葉を聞いてノートは自分を襲っていた頭痛が消えている事に気付くと、消されていたはずの記憶が次々に蘇りはじめる。

 そして楽しい日々、嬉しい日々を過ごしていた記憶を全て消し去ったのはゼオスという男だという事に気付いた。

「ノートちゃん、私は魔法が大好きなの。魔法は傷付け合う力じゃない、皆を幸せにしてくれる特別なもの」

 光の中に立っている美癒はそう言ってステッキを振りかざすと、白い光りに包まれた空間には無数のお菓子が現れ始める。

「わぁ~!」

 チョコレート、クッキー、マシュマロ。どれも甘くて美味しいノートの大好きなお菓子。

 ケーキにパフェ、今までノートが見た事もない美味しそうな食べ物が次々に現れると、ノートは目を輝かせながらその光景を見つめていると、美癒の握るステッキが更に光り輝きその光りがノートを照らした。

「これが本来の魔法の力。温かくて優しくて、皆を笑顔にしてくれる」

 それは美癒が幼い頃から抱いていた魔法のイメージであり、美癒が望む魔法の形だった。

 ノートは宙に浮いているケーキを一つ手にとって一口食べてみると、今まで食べた事の無い美味しさに思わず笑顔になってしまう。

「ノートちゃん、私もベリーチェさんも皆ノートちゃんが大好きだよ」

 温かい光りの中で両手を広げ指し伸ばしてくれる美癒を見て、今までの記憶を思い出したノートは笑顔で微笑んだ。

「私も! 美癒さんもベリーチェさん、皆大好きです!」

 その時既にゼオスが支配していたノートの心は美癒の力によって浄化され、解放されていた。



 美癒とノートを囲っていた結界に亀裂が走り、その亀裂から眩い光りが溢れ出すのを見た者達が次々に足を止め美癒のいる方へと視線を向けはじめる。

 ベインとヴォルフは互いに振り下ろした一撃がぶつかり合い弾き飛ぶと、着地した瞬間強力な魔力を感じ美癒の方へと視線を向け、瓦礫に埋もれていた桜と鈴も自力で瓦礫を押しのけ煤で汚れた状態で外に出てくると、眩い光りを放つ結界を見つめはじめる。

 ベリーチェもまた倒れていた体を起こし美癒の方へと視線を向け、タクマも瓦礫に座りながら見つめていると、激戦を繰り広げていた空とゼオスの足も止まり美癒の方へと顔を向けた。

 その瞬間、結界は粉々に砕け散り光と化して消えていくと、そこには純白の魔装着を着た美癒と、笑みを浮かべたノートの二人が見詰め合うように立っていた。

 すると、ノートを見ていた美癒が周りを見渡しある人を探し始める。

 それは自分と同じくノートが大好きな少女……美癒はベリーチェを見つけると、にっこりと微笑んでみせた。

 その笑顔にベリーチェは安心して思わず肩の力が抜けてしまう、美癒は一切攻撃する事無くゼオスに支配されていたノートの束縛を解き救い出したのだ。

 ベリーチェはノートがゼオスの支配下から抜け出せない事を知っていた、自分の力ではどうする事も出来ないと分かっていた、だからこそ指示に従い戦う意外の答えを見つけ出す事が出来なかった。

「ベリーチェさん!」

 ノートが元気良くベリーチェの方を向いて手を振ってくれる、あんなに嬉しそうな笑顔を見た事が無かったベリーチェは自分もつい笑顔になると軽く手を振り返した。


 その一部始終を見ていた空は、少し呆気にとられたようなゼオスを見つめながら口を開いた。

「一分も必要有りませんでしたね、貴方の言う通り世界は変わりました。それは美癒さんが望む平和な世界です」

 空が思うに、ゼオスは美癒とノートを無理やり戦わせる事で強制的に魔法を発揮させ可能性の力を覚醒させようと目論んでいると思った。

 だとすればこの結果はゼオスにとって予想外であったはず、ゼオスは両手に細剣を握り締めながら美癒を見ていると、美癒はゼオスに向かって声を掛けた。

「ゼオスさん、約束ですよ。もう二度とノートちゃんに手を出さないでくださいね」

 力強い眼差しで見つめてくる美癒、そんな美癒の言葉を聞いたゼオスは残念そうに軽く溜め息を吐いてしまう。

「約束は絶対ですからね」

 元々ゼオスは約束を破るつもりなど毛頭無く、簡単にノートの事を諦めてしまう。

 これでノートは自由であり刺客として利用される事もなければ戦わなくて済む、再び平和な世界で過ごす事が出来るようになったのだ。

 その場にいた皆が美癒の意思と力に驚き、何時しか戦場に立ち込めていた殺気や戦意が薄れ始めようとしていた。



「……しかし、君は一つ重要な事を見落としている」

「え……?」

 ふとゼオスが呟いたその言葉が何を意味するのか───その答えは美癒の目の前で起きた。



 突き破られる皮膚。

 噴き出す血飛沫。

 貫かれる肉体。

 意味も訳も分からない現実が今、美癒に襲い掛かる。

「私は言いましたよね、『今から一分以内に救うことが出来れば手を出さない』……と」

 遠くに立っていたはずのゼオスが今、ノートの背後に立っている。

 左手には光り輝くカードを握り締め、右手には血が付着した細剣が握られている。

 その細剣の刃はノートの背中から胸まで貫通しており、剣先は胸から突き出ていた。

 ノートの口からは赤く泡立った血が溢れ出し、全身を痙攣させながらもその瞳だけは真っ直ぐと美癒を見つめている。

「たった今、丁度その一分を迎えた所です」

 そう言ったゼオスの顔は満面の笑みを浮かべており、対して美癒の顔はそれとは真逆の表情を浮かべていた。

 絶望による恐怖で目を見開き、何も理解する事が出来ず固まっていた。

 目からは無意識に涙が溢れはじめ、その涙の雫が地面に零れ落ちた瞬間、ノートの体もまた力無く地面に倒れてしまう。

 確かに美癒の力でノートの心は救われた。しかし、ノート自身はゼオスという脅威から救われてはいなかった。

 約束の時間まで残り三秒を切った時、最初からゼオスはこの計画を実行しようと考えていたのだ。

 ゼオスが次に顔を向けた相手、それは呆気に取られ誰も助ける事も出来ずその場に立ち尽くしていた空だった。

「言っただろう? 世界は変わるって」

 笑みを浮かべるそのゼオスの瞳の奥には邪悪な闇が蠢いており、その場にいた全員がゼオスの本性を垣間見た。

 しかし、ゼオスにとってこれはただきっかけを与えただけに過ぎないが、ゼオスを除く者達はまだ誰も理解していなかった

 世界を変えるのは自分ではない、本当に世界を変えるのは……怒りや悲しみが入り交ざり心が混沌と化していく天百合美癒だという事に。

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