第49話 望まぬ可能性
一分以内に救う事が出来ればノートを助ける事が出来る。
ゼオスは確かにそう言って約束してくれた、そして美癒は無事ノートを救ったはずだった。
だが、一分を迎える前にノートはゼオスという脅威から救われる事は無く、細剣によって体を貫かれてしまう。
世界は目まぐるしく変化していく。
燃え盛る炎が広がる市街地、皆が皆各々の目的の為に力を揮い戦う中、美癒は一人争いとは無関係の世界を築いてみせた。
誰も悲しまない平和で優しい世界。だが、そんな世界もゼオスにより崩壊を迎えてしまう。
その時、ノートが殺された瞬間を見ていたベリーチェが全身から魔力を爆発させると、夥しい覇気を身に纏い声を荒げた。
「ゼオスゥゥゥァァァ゛ッ!!」
ノートを殺したのはゼオス、いかなる理由であろうとベリーチェはゼオスを許す事は無いだろう。
鋏を振り上げノートの亡骸の横に立つゼオスに向かって飛び掛ると、その首を撥ねる為に躊躇い無く鋏を振り下ろした。
だが、ゼオスはベリーチェの動きを冷静に見切り鋏を寸前の所で回避すると、擦れ違い様に細剣を高速で振り下ろして見せる。
「うるさいね……大事な時なんだ、今君に構ってる暇は無いよ」
冷静さの欠けた人間の動きなど造作も無い、胸元を切り裂かれたベリーチェは地面に着地すると同時にその場に倒れ地べたを這い蹲ると、再び起き上がろうと全身に力を篭めていく。
「ぐっ……! うゥッ……!」
しかしゼオスの攻撃はベリーチェの肉体とレジスタルの両方にダメージを与えており、震える手足では起き上がることすらままならない。
その時、ベリーチェは自分の横に倒れたまま動かないノートと目が合ってしまう。
「ノート……ごめんなっ、あたしが……あたしがッ……守って、やれなくて……っ……」
虚ろな瞳で口から血を垂らすノートの姿を見て、ベリーチェは涙を流しながら悔しさで震える手を伸ばしノートの頬に触れるが、もう以前のような温もりを感じる事は無い。
準備は整った、ゼオスは目の前で横たわる二人を見下ろした後、正面に立つ美癒へと向けて問いかけた。
「さて、美癒。ノートは死に、ベリーチェも重傷。君はどうしたい?」
美癒は俯いたまま黙っており、何も答えようとしない。
するとゼオスは一歩ずつ美癒に近づきながら更に言葉を続けた。
「何度でも強く望めばいい、君は理想の世界を作りたいのだろう? 君には不可能を可能にする力が有る。さぁ望むんだ、色々あるだろう? ほら、例えば……『死んだ人間を蘇らせたい』……とかね」
まるで悪魔の囁きのようにゼオスは美癒に向けて次々に言葉を掛け続けていると、ゼオスはふと立ち止まってしまう。
風の刃。僅かに髪が切れ目の前で散っていくのを見たゼオスは軽く溜め息を吐くと、その斬撃が空の放った攻撃だと気付き斬撃が飛んできた方へと顔を向ける。
「やれやれ、私は今───」
しかし、そこに空の姿はない。
その時、先程まで全く感じていなかった気配を背後から感じたゼオスは戸惑いながら後ろに振り向いてみせる。
同時にぶつかり合う刃、間一髪の所で空が振り下ろしてきた双剣をゼオスは細剣で受け止める事が出来たが、先程までの空とは違う雰囲気を感じた。
これ以上、ゼオスの思い通りに事を進ませてはいけない。
空はノートを守れなかった自分の非力さとゼオスへの怒りで双剣を握り締める拳が震えており、目の前でほくそ笑むゼオスを睨みつけた。
「美癒さんの世界を、汚すなッ……!」
空は即座に足を振り上げゼオスの腹部目掛けて蹴りを入れるが、ゼオスは細剣で受け止めその力を利用して後方に大きく下がってみせる。
「邪魔をしないでほしいなぁ、私はただ彼女の持つ『無限の可能性』の力を覚醒させたいだけさ」
「無限、覚醒……そう言って世界を破壊し人々を傷付け、その先に何が有ると言うのですか!?」
その空の投げかけられた言葉にゼオスは反応すると、上を見上げまるでこの世界全体を見渡しながら呟いた。
「『全て』が有る。……尤も、言葉では理解できないだろうけどね」
自分の言葉の意味を理解出来ないであろう空にゼオスは視線を戻すと、右手に三枚のカードを召喚しはじめる。
「見てみたいかい? それならこれから始める事を邪魔しないでほしい。彼女の力を覚醒させる最も効率の良い方法も見つけたからね」
その言葉の直後、ゼオスの手元に有った三枚のカードが光りを発し消えてしまうと、遠くから桜と鈴の悲鳴が聞こえてきた。
「なっ、なんなんこれッ……! うぅっ!」
鈴の背後には巨大なカードが現れており、そのカードに貼り付けられるように鈴の体は固定され身動きが取れない。
「これもッ、奴の魔法なのか!? ぐゥッ……!」
桜も同様に身動きを封じられてしまうと、二人の背後に現れたカードは桜と鈴の魔力を徐々に吸収し始めていた。
三枚目のカードは倒れていたベリーチェの背後に現れており、強制的にベリーチェは立たされ魔力を吸収され始めるが、既に声を上げる気力も残っておらず項垂れたまま動きを見せない。
これから何が始まるのか───それはノートの死を見ていた者達なら誰だって理解出来る事。
「今直ぐその魔法を止めてくださいッ!」
空はゼオスの思惑に気付き双剣を振り上げゼオスに飛び掛るが、ゼオスはそれを見て手元から一枚のカードを召喚してみせる。
「ああ、それと君に一つ言っておくよ」
ゼオスはそう言ってカードを向かってくる空に向けて放つが、カードはその場から瞬時に消えると同時に空の背後に現れる。
「なっ!?」
桜や鈴を拘束したのと同じ魔法、空は背後に振り返り迫り来るカードを瞬時に双剣で切り裂いて見せる。
しかし、その行為は完全にゼオスに背中を見せる形となり、既に空の背後に立っていたゼオスは空の耳元で優しく囁いてみせた。
「君は私より遥かに弱い」
その言葉を思い知らされるかのように空は背中を細剣で切り裂かれると、全身から力が抜けてしまいその場に倒れこんでしまう。
「っ……あ……」
ゼオスは直接空のレジスタルにダメージを与え、空が握り締めていた双剣は光となって消えてしまうと、ゼオスはそんな空を見下すように見つめながら言葉を続けた。
「私は利用価値のある人間は基本生かしてるけど、私にとって価値の無い存在となれば直ぐにでも消えてもらうよ」
最早言葉すら出す事もままならない空はその言葉を聞いて目を見開いていると、ゼオスは空の頭に踏み躙りながら楽しそうに喋り始める。
「あ、もしかして今更気付いたのかい? 君は『生かされていた』だけって事」
この時、空は初めて自分とゼオスとの実力には歴然の差がある事を痛感した。
ゼオスは最初から全力を出してもいなければ、本気で戦ってすらいなかった。
今まで出会ってきた刺客の中でも別格の存在『ゼオス』の前に、空は何一つ抗う事が出来ない。
攻撃が掠り、互いに戦いあっていた中、空はこの『ゼオス』という男と対等かそれ以上に戦えていると思っていた。
しかし結果的に空は実力をほんの少し露にしたゼオスの前に簡単に敗北してしまう。
「さて、それじゃあそろそろ美癒に選択してもらおうかな」
そう言ってゼオスは瀕死の空など目もくれずその場から去ってしまう。
自分は、こんなにも弱かったのだろうか……?
薄れ行く意識の中、空はふと自分の力の無さに絶望していた。
このままでは桜も鈴もベリーチェも、そして美癒すら……誰一人守れはしない。
いや、事実空はノートを守る事が出来なかった、即ち美癒の望む世界を守る事も出来ず、美癒の心を守る事が出来なかった。
大切な人を守る事も出来ずに死なせてしまう───何故なのか、それは自分が甘く弱く非力だから。
もう一度自分に問う、本当に、自分はこれ程まで弱かったのか───。
───いいや違う。
戦える。
抗える。
殺せる。
本当なら、この場にいる者達を圧倒的力で皆殺しにして血祭りに出来る。
(っ……? 僕、は……何……を……?)
どうしてそのような感情が芽生えてくるのか空には分からない。
けれども確かに言える事がある、確かに理解している事がある。
再び思い出す昔の記憶、それが自分の過去の記憶だという事すら空には分からない。
それは夢なのかもしれない、血塗れの部屋の中で双剣を握り締める自分は、自分ではないのかもしれない。
(ああ、そう、だっ……)
ふと空は思い出した、その血塗れの部屋で血塗れになっている人間が紛れも無い自分だと。
浴びている血は全て返り血であり、自分には傷一つ無く、無表情で惨劇が広がる室内を見つめている。
(僕なら……ボク、なら……)
それは一度ではない、何度も何度も何度も何度も……自分がたった一人になるまで続けていた事。
(皆を、殺せる───!!!)
描かれる血のように赤いビジョンは空の意識であり記憶であり現実である。
ドルズィを殺った時のように、空は自分の奥底に眠っていた力が再び込み上げてきている事を感じた。
この『力』で、成せるのなら───空は自分の全身に流れる血が熱せられる感覚に全身が震えだした───その時だった。
───『おはよう! 空君!』
そこにはもう、赤い血で汚れたビジョンは映っていない。
朝起きてリビングに来ると、何時も美癒がそう言って自分に微笑んでくれる。
『空君おはよ~!』
朝食の最後の準備を終えた唯もまた空に挨拶してくれると、椅子に座りはじめる。
『ん、おっはー……ムシャムシャ』
眠そうな甲斐斗は相変わらず空を待たずに朝食を食べており、四人で何時もの朝食の時間が始まった。
───『おい空! 今日はみゆみゆの手作り弁当の日だろ!? よこせ!』
そう言って桜は強引に空の弁当箱に箸を伸ばしおかずを取ろうとする。
取ってくるおかずは一つや二つではない、守らなければおかずは全て桜に取られてしまう為に空も必死に抵抗する。
すると、その様子を見兼ねた鈴はハリセンで桜の頭を叩くと、自分が作ってきたたこ焼きを爪楊枝に突き刺し桜に差し出した。
『空っちが可哀想やろー! たまにはうちの特性たこやきでも食べて我慢しいや!』
抵抗する桜の口に半ば無理やりたこ焼きを突っ込む鈴に空も美癒も苦笑いしており、桜は問答無用でたこ焼きを食べさせられ噛み締めていく。
『むぐっ!?……もぐもぐ……ふむ……相変わらず美味だが。やはり飽きた』
『贅沢言わんのー!』
何時ものように桜と鈴がじゃれ合い、四人で楽しい学校での一時を過ごしていく。
───美癒が話しかけてくれる。
その内容はどれも魔法の事ばかり、空は美癒が本当に魔法を愛するほど大好きなのだと心から思っている。
だからこそ、今まで自分を襲ってきた刺客に対しても温かい手を指し伸ばしていた。
争いを好まず、平和主義であり、誰よりも優しく、誰よりも温かい。
側にいるだけで心は癒され、会話をしていくともっともっと美癒の事を知りたくなってしまう。
『魔法は皆を笑顔にしてくれる』
そう言って美癒は微笑んだ。
『世界が平和ならいいのにね』
そう言って美癒は僅かな希望でも切実に願った。
『魔法は傷付け合う力じゃない』
『魔法は皆を幸せにしてくれる』
『魔法は───』
争い、傷付け、殺し合う為の力ではない。
だからこそ、今……自分が揮おうとしていた力は、美癒の望むものでなければ美癒の大好きなものでもない。
(そうだ……このままじゃ駄目だッ! 僕は、そうであってはならないんだッ……!)
美癒の世界を守りたいのなら、自分はその世界のルールを守るべきである。
邪念を振り払うように空は首を大きく横に振ると、先程まで倒れていたにも関わらずその場に立っている事に気付いてしまう。
レジスタルにダメージを負い心身ともに傷付いていたはず、それでも空が立ち上がれたのは先程まで自分が抱いていた『殺意』によるものだと感じた。
(魔法が力なのは間違いない、そして時にはその力を揮わなければならない時もある。守る為に、救う為に、争い、戦わなければならない理由は沢山ある。結果的にはその行為だけ見れば僕のしている事は同じなのかもしれない……けど、だからといって、憎しみの感情に身を任せて力を揮うのは駄目なんだ……!)
空は美癒といた世界が好きだ。
平和で優しく温かい世界、そんな世界が大好きだからこそ、空はその世界を守りたいと思っている。
即ちそれは美癒を守る事と同等の意味を成し、己の殺意と欲望だけに魔法を揮う事はその世界の意に反することなる。
空は今一度深呼吸をして自分を落ち着かせる。
(よし、大丈夫……僕はまだ、戦え───ぐっ……!)
体の傷もレジスタルに受けたダメージを未だに回復はしておらず、全身に痛みが残る中、それでも空は守る為に戦おうとした。
全ては美癒の為に───。
「許さないっ……」
……信じられない言葉が耳に聞こえてきた。気のせいか? 空は自分の耳を疑った。
「貴方だけは、絶対に……許さない゛ぃ゛っ!!」
それは今まで聞いた事の無い、憎しみと怒りの感情が篭った言葉。
涙を流す美癒の瞳は濁るように虚ろに変わっていく。
人を愛し、世界を愛する、心優しい少女は───もう、そこにはいない。
「あ゛あああああああああああああああああああッ!!」
力の解放が始まる。
それは『無限の可能性』と呼ばれ不可能を可能にする強大な力。
美癒は両手で頭を抱え絶叫すると、美癒を中心に大地と天空に純白に輝く魔法陣が降臨すると、美癒の額に魔法陣が浮かび上がり全身が光りに包まれていく。
「だ、駄目だっ……! 美癒さんッ!!」
力に支配され、力に飲み込まれていく───空は美癒の力を止めようと声を荒げて名を叫ぶものの、最早空の言葉さえも届きはしなかった。




