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第47話 元凶の群れ

 『獣人』対『鬼人』、その戦いが始まる最中、タクマと戦いを繰り広げる空もまたヴォルフに存在に気付いた。

(あれはヴォルフさん!? どうしてこの世界に……いや、今はそれを考えている暇はなさそうだ───っ!)

 降り注ぐ無数の剣、その数は軽く百を超えており、空が避けた地面には次々に多種多様な剣が突き刺さっていく。

「あ~また避けた! ほんとちょこまかと素早いなぁ、僕の攻撃を避けないでよっ!」

 宙に浮き、空を見下ろしながらタクマはそう言うと、再び両手を広げ自分の周辺に剣を召喚していく。

 最初は短剣を握り締めていた為、空はタクマが近距離戦を得意とした戦い方をすると思っていたが、それは全く違っていた。

 タクマが手元に召喚した短剣すら所詮無数に召喚された一本の剣に等しく、タクマは空に近づく所か一定の距離を保ちながら延々と剣を召喚し飛ばし続ける。

(これ程の召喚魔法を扱えるなんてただの子供じゃない、見た所疲労の色も見せないし魔力も相当にあるみたいだ……)

 空は降り注ぐ剣の雨の中を瞬速で駆け回り次々に回避しながら冷静にタクマの力量を見極めていくと、全ての攻撃を避けきった後に空はタクマに向けて話しかけ始めた。

「貴方はどうして僕を襲うのですか? ゼオスやジンという方の命令? それとも私利私欲の為ですか……?」

 タクマからは強い殺気を感じない、空もまた出来れば戦いを避けたい為に少しでもタクマの事を知ろうとすると、タクマは剣の召喚を止めて空に答え始める。

「分かんない」

「は……?」

「別にいいじゃんそういうの、えいっ!」

 空が動揺し一瞬足を止めたの見計らいタクマが剣を飛ばすと、反応が遅れた空は慌てて剣を回避していくが、全ての剣を避けきった後に立ち止まり、再びタクマを見つめながら訴えかけた。

「別にいい訳がないッ! 貴方はこの戦場を見て何とも思わないのですか!?」

 荒れ果て、燃え盛る市街地、辺りは無数の人々の死体が転がっており、地獄絵図とも言えるこの光景を作り出しておいて、戦う理由が無いなどと戯言をほざくタクマに空は強い怒りを抱いた。

 しかしタクマは何故空が怒りを露にしているのかが分からなく首を傾げてしまうと、不思議そうにタクマが話しかける。

「え? んー、別に……?」

 自分がこの世界で起こした事の重大さをまるで理解していない。

 それこそタクマが少年でありまだ子供だからなのかもしれない、タクマには全くといって罪の意識は存在しなかった。

(これだけの事をしておいて罪悪感の欠片も無いのか!? このタクマという少年、何かがおかしい……っ!)

 再び飛ばされる無数の剣を回避していく空は、タクマという少年についてある憶測を思いついた。

(まさか彼は、見た目よりも遥かに幼い存在なのか……?)

 何が悪で、何が罪かを理解していない。

 ただただ言われるが儘に、それで良ければそれでいい、今が良ければそれでいい。

 タクマには欲望、野望、野心と言った穢れた心が無い、ただただ言われるまが儘に行動するだけの少年。

 それに気付いた空は降り注ぐ剣を回避しながら徐々にタクマとの距離を詰めていくと、タクマの目を真っ直ぐと見つめながら空は口を開いた。

「貴方の行為は悪です! 争う事が全てではありません、一刻も早く攻撃を止めてください!」

 そう言って空は双剣をタクマに振り下ろしたが、タクマは両手に短剣を召喚すると空の攻撃を受け止めてしまう。

「やだ。僕が戦わなかったらベインに怒られるもん」

 タクマの反撃、短剣を自在に振り回し、目の前にいる空へと襲い掛かる。

 すると空はその攻撃を双剣で次々に薙ぎ払い攻撃を回避していくと、攻撃速度ではタクマを上回る空は相手の懐に飛び込み双剣を振るった。

 その一撃に殺意も敵意も無い、空はただただ純粋なタクマを知ってしまい敵意を出す事が出来なかったのだ。

 もしかすれば、この少年は洗脳されているだけかもしれない、戦いたくても戦うようにされているのかもしれない、多くの憶測が頭の中を飛び交い、如何にして、如何した理由で『殺さずに済む』かを考えていた。

 出来るだけ殺したくない、なるべく殺したくない。

 それは自分の理想であり、美癒の理想でもある。

 血を血で洗う争いなどしたくはない、空は人一人を殺す事すら躊躇っていた。

 だが、ここは戦場。殺さなければ殺されてしまう、そんな状況の中で『殺さずに済みに済む』という結果など限りなく存在しない。

 もし存在するとすれば、それは絶対的な力を誇示する他は無く、そんな力など自分には無い事を空は分かりきっている───。

(いや、違う!)

 殺す必要など無い、殺さずに済む方法は確かに有る。

 相手のレジスタルにダメージを与える事で相手を無力化できるのだ、この世界に来る前に美癒達に教えたはず。

 何故その事を今の自分が忘れてしまったのか、空は雑念を振り払うように首を横に振ると、向かってくるタクマを見て双剣を構えて見せた。

(僕は殺しはしないッ!)

 空はその一心でタクマに向けて双剣を振り下ろし、その刃がタクマに触れた。

「うあぅっ!?」

 胸元を斬られたタクマは空の攻撃に怯みそのまま後ろに倒れてしまう。

 その胸元に傷は無く、空はタクマの体内にあるレジスタルだけを攻撃する事によって相手の力を抑えたのだ。

 最早立ち上がる力すら残っていないタクマを見た空は、止めや追い討ちを掛ける事などなく、直ぐに後ろに振り返り美癒の元へと向かおうとした。

「どうして、殺さないの……?」

 だが、後ろからタクマの声が聞こえてくると、空は足を止め再び振り返った。

 そこには未だに倒れたままのタクマが寝ており、不思議そうに空を見つめ続けている。

「その答えは、自分自身で考えてみてください」

 それだけ言い残し空は颯爽とその場から離れるが、タクマはただただ口を開けたまま呆然と空を見つめていた。


 一刻も早く美癒の元に向かう。空はただその一心で美癒の元へ向かっていた時、一発の斬撃が自分に向けて放たれた事に気付くと、その場に踏み止まり双剣で受け流して見せた。

(この斬撃ッ!? まさか───っ!)

 悪い予想が当たってしまう、空の前に現れたのは巨大な鋏を片手に持ったベリーチェだったが、空は何故ベリーチェがこの場に『来れた』のかなど、今は考えない。

 考える事はただ一つ、いかにしてこの状況を切り抜けベリーチェとの戦闘を回避できるのかだった。

「ベリーチェさん……!」

 空は理解している、ベリーチェという女性は多少不器用だが悪い人間ではない。

 だとすれば空はなるべくベリーチェと戦いたくもなければ傷付けたくもなかった。

 ベリーチェは空の前に立ち握り締めた鋏の先を空に向けると、鋭い目付きで睨みつけながら口を開く。

「これから始まること、邪魔すんなよ」

「これから、始まる……?」


 その言葉を聞いた途端、空は咄嗟に視線を美癒に向けた。

 空の悪い予感は更に的中する、美癒を大きく囲うように魔法で作られた半透明な壁が召喚されていくと、一人の青年『ゼオス』の声が聞こえてくる。

「さて、君の『可能性』の力を存分に発揮してもらおうか」

 遂にゼオスまでもがこの場に来てしまった、空は目を見開き現れたゼオスを信じられない様子で見つめてしまう。

 そんな視線を感じたゼオスは空の方を見て微笑むと、既に美癒とゼオスは魔法で作られた結界の中に立っていた。

 半ドーム状に作られた魔法による結界、その中にいたのは美癒とゼオスだけではない、両手に黒い手袋を嵌めた一人の少女もいた。

 美癒は自分の前に立ちはだかる少女を見て口元を手で押さえると、震えながらその少女の名を呟いた。

「ノートちゃんっ……!」

 そこに立つノートは、以前のように怯えた面影は既に消えていた。

 憎しみに満ちた目で美癒を睨み、全身から殺気を漂わせるその姿を見て空は息を呑む。

(刺客として現れた時の彼女と同じ殺気っ!? このままだと美癒さんが───くっ!)

 美癒を守りたい、だがそれには先ずベリーチェを倒さなければならなかった。

 それに加えて美癒とノートを囲うような魔法による結界を破壊しなくてはならない、空は焦りで思うように体が動かず一方的にベリーチェに攻め続けられてしまう。

「だから邪魔するなって言ってんだろッ! ノートが直々にあの女を殺そうとしてるんだ、てめえの出番は無えッ!」

「貴方は本当にこれで良いのですか!? 何を吹き込まれたかは知りませんが、全てはあのゼオスという男に利用されているだけなんですよ!?」

 そう言ってゼオスの方に視線を向ける空だが、ゼオスは特に気にするな事もなく美癒を見つめていると、鋏を振り上げたベリーチェが声を荒げて答え始めた。

「言っただろ……あたしはそれでもいいんだよ!! ノートと一緒にいられるなら、それでも……ッ!!」

 その時、目に涙を浮かべたベリーチェを見て空は悟った。

 この二人の間に何があったのかを空には分からない。だが、ベリーチェとノートの間には決して切れない絆が存在している。

 即ち説得は不可能、既にベリーチェは利用される覚悟でノートと共に居る選択を選んでいるのだ。

 本来戦いたくはない、だがベリーチェの覚悟を知ったからこそ空は全力で戦い始める。

「貴方は本当にノートちゃんの事が大切なんですね……でも、それは美癒さんも同じです」

 振り下ろされるベリーチェの鋏を受け流した空はそう言ってベリーチェの背後を取るが、ベリーチェは即座に振り向き空が振り下ろした双剣を受けて止める。

「それなのに今、美癒さんは無理やり戦わせられようとしている。それなら僕は一刻も早く皆を助けたいッ!」

 無駄な争い、無意味な戦いを空は望まない。

 そんな綺麗事を未だに吐き続ける空の言葉を聞いていたベリーチェは全身に虫唾が走り歯を食い縛ると、突如双剣の構えを解いた空がベリーチェの猛攻を交わし目の前にまで近づいた。

「勿論貴方もですよ、ベリーチェさん」

「っ───!?」

 その不意な行動に動揺したベリーチェは動きを止めてしまうと、空は更にベリーチェに接近し顔を近づけた。

「僕は皆を守りたい。ただそれだけなんです」

 構えを解いていた空の手には何時しか力強く剣が握り締められており、その剣がベリーチェの胸元を触れた。

 その刃はベリーチェに傷一つ付ける事もなければ、全く痛みを感じさせない一振りだった。

 傷も痛みもなければ当然ダメージも無い、本来その一撃は攻撃でもなんでもない為誰もが踏み止まれただろう。

 しかしベリーチェの体は剣に触れたままにその勢いに逆らう事も無く軽々と押し倒されていくと、起き上がることも出来ずその場に倒れこんでしまう。

「なん、でっ……」

 ベリーチェは必死に体を起き上がらせようとするが、空は優しくベリーチェの両肩に手を置き地面に優しく寝かせると、首を横に振り握っていた鋏をベリーチェの手から優しく離した。

「貴方は自分に嘘を吐いている。言葉では強がっていても心は戦いを拒んでいる、任せてください。必ず二人共僕が救ってみせます」

 空はベリーチェを安心させるかのようにそう告げた後、再び双剣を力強く握り締めると、ある男の方へと視線を向けた。

「ゼオス……ッ!」

 結界の中にいたはずのゼオス、しかし今はその結界の外へと出てきており、澄ました表情を浮かべながらゆっくりと空に近づいてきていた。

「一分です」

 空の剥きだしの闘志を感じても顔色一つ変えずそう告げると、右手の人差し指を伸ばしながら語り始める。

「あと一分後に世界は劇的に変化します。楽しみだね、可能性の力は何処まで私達に無限の一つである世界を見せてくれるのかな」

 そう言ってゼオスは再び美癒の方を見ると、空は湧き上がる怒りの衝動を抑えながらも淡々と喋り始めた。

「正直言って貴方の言っている事は何一つ理解出来ません。貴方はただ自分のエゴで人々を翻弄し苦しめているだけだ」

「エゴ? そうだね、人とは私利私欲で動く生き物さ。今の君もそうだろう?」

 人は皆自分の目的の為に行動している。

 空だってそう、美癒達を守りたいという思いの為に戦っている。

 ベリーチェも同じ、ノートの側にいたい。ただそれだけの思いで戦っている。

 それらは全て私利私欲である……ゼオスは人間という生き物を良く理解しているつもりだった。

「『人とは』……ですか」

 そんなゼオスの言葉に空は視線を下げ俯いてしまうと、再び顔を挙げゼオスを睨みつけた。

「人の傷付く姿を見て嬉しそうに微笑んでいる貴方は……最早人ではありませんよ」

「現実を受け入れられず理想を夢見てばかり……。君、本当は良く理解しているはずだよ。それが人だとね」

 両者一歩も引かない姿勢のまま向かい合い、互いの魔力が競り合う状況下でにらみ合う中、空は嘗て刺客として現れた男『グロス』の言葉を空は思い出した。

(この人だけは手加減しては駄目だ───)

『甘い思想では絶対に勝てない』……空はその言葉を重々承知した上で双剣を構えると、目を見開き全力で襲い掛かる。

(全力で殺す)

 疾風の如くその場から姿を消しゼオスへと飛び掛る空に、ゼオスは目を瞑り静かに時を呟いた。

「残り四十秒」

 ゼオスの後方にはドーム状の半球体で作られた結界が広がっており、その中にいたはずの美癒とノートの姿が光りに包まれ外からは何が起きているのかが分からない。

 一刻も早く二人を救出しゼオスの計画を阻止する───。

 その時まだ空は知らなかった。

 ゼオスが『世界が変わる』といった、その言葉の意味を。

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