第26話 掟の放棄
美癒と桜と鈴の三人はお風呂に入り終えた後、パジャマに着替え一階にある和室に来ていた。
後は何処で眠るのか、桜と鈴は互いに自分の部屋で寝ようと提案し対立したが、ここは間を取って一階にある和室で川の字になり皆で寝る事が決定したのだ。
三人は仲良く布団を敷いた後、布団の上に座り趣味や料理の話題で盛り上がり、あっという間に楽しい時間が過ぎていくと、気づけば時計の針は二十二時を指していた。
何時もなら美癒は遅くても二十時には就寝している為、久しぶりの夜更かしに少しテンションが上がっていたが、何時もと違う環境と時間に美癒は眠気に襲われうとうとしはじめてしまう。
本当はもっと色々な話をしたい美癒だったが、睡魔には勝てず一心不乱で二人の会話を聞こうとするものの、その眠たそうな美癒を見た桜と鈴は時計を見ると会話を中断した。
「美癒っち眠たそうやし、今日はもう寝よか!」
「だな、夜更かしは美容にも良くないし寝るとしよう」
「ご、ごめんね二人とも。私のせいで……」
気を利かしてくれた二人に美癒は申し訳ない気持ちで頭を下げると、鈴は大きな欠伸をして背伸びをし始める。
「いや~実はうちもごっつ眠たかったんよ、気にせんでええからね。桜ー電気消してー!」
鈴に頼まれた桜はその場に立ち上がり和室の部屋の灯りを消すと、三人は敷かれた布団の中に入っていく。
すると早速桜が美癒の寝ている布団に近づいていくと、それに気づいた美癒が桜の方に顔を向けた。
「桜さん……?」
「私の事は気にするな、存分に寝ていてくれ。そして早く私に天使の寝顔を見せるんだ、っと。ちなみに寝ているからと言ってよからぬ事など決してしないから安心していいぞ」
その言葉とは裏腹に桜は興奮して目が活き活きしており、美癒は少し困惑していると隣で寝ている鈴が声をかけてくる。
「さーくーら、それ以上美癒っちに近づいたり手ぇ出したら桜だけ自室で寝てもらうことになるけど、それでもいいん?」
「冗談さ、私は寝込みを襲う程姑息ではない。襲うなら堂々と正面からだ」
「もうええから寝よ……おやすみ」
桜に呆れながら鈴はそう言って目を瞑ると、桜も自分の布団に戻り目を瞑る。
美癒もまた二人に続き目を瞑ると、楽しかった今日を振り返り始めた。
特に今日一番楽しかったのは鈴の家に来た時だった、友達と一緒に料理を作り、一緒にお風呂に入り、今は同じ部屋で一緒に寝ている。
それは美癒にとって充実した一日であり、それと同時に美癒は自分が普通の高校生であるという事を思い出す。
例え魔法が無い世界でも、こうやって楽しい日々は続いていく。
だが……むしろ、魔法の無い世界だからこそ、このような平穏な日々が過ごせるのではないだろうか。
魔法が絡めば必ず戦いが起きる。皆と楽しく、平穏に過ごしたいと思うのであれば魔法の世界は望むべき世界ではないのかもしれない。
(あれ、私何考えてるんだろう……)
魔法が好きな美癒にとって魔法のある世界を望んでいる、魔法があっても平穏な日々を過ごせると信じて──。
どれぐらい寝ていたのだろう、気が付くと美癒はまだ深夜だというのに目を覚ましてしまう。
初めて友達の家で寝る為に緊張して眠りが浅いのだろう、ふと壁に掛けてある時計に目を向けると時計の針は一時を過ぎていた。
美癒は再び寝ようと目蓋を閉じようとすると、隣で寝ていたはずの鈴の姿が無い事に気づく。
その時、部屋の前の廊下を誰かが歩いている足音が聞こえてくると、美癒は気になってしまいその場に立ち上がると恐る恐る扉を開け廊下に出てみると、そこにはパジャマ姿に上着を羽織った鈴の姿があった。
「鈴ちゃん?」
「わわわっ!? 美癒っち!?」
急に後ろから声を掛けられた鈴は驚きながら振り向くと、胸に手を当て溜め息を吐いてしまう。
「はぁ~びっくりしたぁ、どないしたん? 眠れんの?」
「う、うん。ちょっと起きちゃって……それより鈴ちゃんこそどうしたの? こんな時間なのに何処かに行くの……?」
「こんな時間だからこそなんよ、実は今日、少女ステップの発売日やけんね。日付も変わったしコンビニならもう置いとるから買いに行こうと思ってな!」
鈴が言うのは今絶賛大人気の『週間少女ステップ』という漫画雑誌であり、その余りの人気に発売日はいつも完売して売り切れてしまう事が多々起きる程だ。
「今から行けば絶対有るもんな、ほな行ってくるね」
「あっ、待って!」
鈴が手を振って玄関の方に向かうと、美癒はそれを止めるように手を伸ばし鈴の肩に手を置いた。
「……美癒っち?」
「私も行っていいかな? こんな夜中に鈴ちゃん一人じゃ危ないよ」
「え、うちの事心配してくれてるん!? ありがとな!」
まさか美癒が一緒に来てくれるとは思っていなかった鈴は笑顔ではしゃぐと、美癒はパジャマの上からカーディガンを羽織り鈴と共にコンビニへと向かうのだった。
美癒は鈴の事が心配で付いて来た事は間違いないが、理由はそれだけではなかった。
何故なら美癒にとって真夜中の町を歩く事は生まれて初めてであり、興味があったのだから。
月夜の深夜、周りは静かで物音一つなく、ひんやりとした心地よい風を感じながら美癒は鈴と共に歩いていく。
「鈴ちゃんは本当に漫画が好きなんだね」
「当然! 読むのも描くのも大好き! 何時も何処かに新しいアイディアとかないかな~って思ってるんよ」
「そうなんだ……あ、それならこういうのどうかな……?」
ふと美癒は自分が入学式から今まで体験してきた日々を語り始める。
勿論この話しは美癒が今作った作り話に過ぎない、と思わせるように美癒は今までの体験を話していく。
すると、その話しを最後まで聞き終えた鈴は目を輝かせると美癒の両手を力強く掴んだ。
「それ良い! めっちゃ面白そうやん! うち魔法とかファンタジー系の話し大好きやけん、参考にさせてもらうな!」
まさかここまでベタ褒めされるとは思っていなかった美癒は少し戸惑ってしまい、鈴にはこれが現実で起きている話しだとは到底言えなかった。
鈴と美癒が話している内にお目当てのコンビニが見えてくると、漸く暗い道中から明るい場所へと出れると思い美癒が安心した───その直後だった。
突如、上空から一人の若い男が降りてくると、美癒と鈴の前に着地し悠々と立ち上がってみせる。
男は二人を見た後、美癒の方を見ながら匂いを嗅ぐように鼻を動かすと、目を光らせ笑みを浮かべた。
「見つけた、お前が天百合美癒だな」
男の笑みを見た美癒は、この男が自分を狙ってきた刺客だと直ぐに気づいた。
「鈴ちゃん! こっち!」
美癒は鈴の手を掴むと男から逃げるようにわき道にあった公園の入り口へと入っていくと、何が起きたのか分からない鈴はあたふたしながら美癒と共に公園に入っていく。
「ど、どないしたん!? てか、さっきの男の人誰なん? 知り合い?」
状況がイマイチ掴めない鈴に本当の事を告げる事は出来ず、美癒はごまかしながらも説明しはじめる。
「あの人は、その、私を狙ってるストーカーなの! とても危険だから早く逃げないと……!」
木々に囲まれた公園の中に入り、美癒は自宅へと戻りながらもポケットからスマホを取り出し母親に連絡を取ろうとした時、手を繋いでいた鈴が美癒の手を振り解いてしまう。
「美癒っちのストーカー……うちの大事な友達を付け狙うなんて……絶対許さへん!!」
「り、鈴ちゃん!?」
鈴は美癒の話しを聞くと居ても立ってもいられず、後ろから迫ってくる男に向かってある物を突きつけた。
「やいやいストーカー! これが目にはいらんのか!?」
そう言って鈴がポケットから取り出したのは、子供が持ち歩く防犯用のブザーだった。
「この糸を抜いたら最後、けたたましい轟音が鳴り響くんや! 直ぐに人も駆けつけてくるし、大人しく帰らんと酷い目にあうで!」
ストーカー相手に強気に出る鈴はそう言って一歩前に出ると、男は頷いてみせた。
「そうか、それは厄介だな」
そう男が呟いた直後、一瞬で鈴の目の前にまで接近すると瞬く間に防犯ブザーを蹴り飛ばし、更にその蹴りの反動を利用し回転蹴りを鈴の腹部へ放つ。
「ッ───!?」
まるで同時に蹴られたかのように鈴の手から防犯ブザーを蹴り飛ばされると共に鈴もまた口から血を吐き出し蹴り飛ばされ、そのまま公園にあった木に全身を叩きつけられてしまう。
「……えっ……?」
そのあっという間の出来事に美癒は目を見開き、蹴り飛ばされぐったりとしたまま動かない鈴を見つめていた。
腹部を蹴られた鈴は微動だにする事なく木に凭れ掛かるように俯いており、美癒は直ぐに鈴の元に駆けつけようとしたが、鈴を蹴った男が美癒の前に立ちはだかる。
「安心しろ、俺は雑魚相手に本気なんて出さねえ。まぁせいぜい骨の二三本と内臓が潰れたぐらいだろう。放っておいたら直に死ぬけど。助けて欲しいか?」
男の手には何時のまにか美癒が持っていたはずのスマホが握られており、美癒はその速さに目がついていかず困惑していると、鈴を助けたい為に力強く頷いた。
「だったら俺と共に来い。そしたらこれを使ってあの女を助ける為に連絡する事を許してやるよ」
「わ、分かりました……でも、貴方は何者なんですか……? どうして私を、鈴ちゃんをっ……!」
「俺の名はヴォルフ、お前を依頼人の下に連れて帰るのが俺の仕事なんだが……おかしいな、情報だとお前の身を守る魔法使いがいると聞いていたんだが、誰もいない」
ヴォルフはそう言って再び辺りの匂いを嗅ぐが、やはり人間の匂いが全く無く、気配すら感じない。
「お前見捨てられたのか? 可愛そうにな、同情するよ」
手に持っていたスマホをヴォルフは美癒に軽く投げ渡すと、腕を組み美癒が助けを呼ぶのを待ち始めた。
「それであの女を助けてやれよ。但し連絡したら必ず俺に従え、いいな?」
力ずくでも美癒を従えさせ、逆らわないようにヴォルフには出来たが、無抵抗の女を甚振る趣味など無く、それに余りの依頼の簡単さに拍子抜けしていたのだ。
こんな依頼はさっさと終わらして金を受け取ろう、そう思いながらヴォルフはポケットから煙草を取り出し銜えると、煙草の先で指を鳴らし火花を散らせると簡単に火を点けてしまう。
美癒はヴォルフが一服している間、鈴の為に直ぐに助けを呼ぼうとしたその時だった。
先程まで目の前にいたヴォルフが一瞬で視界から消えると、遠くの方で木々がなぎ倒される音が聞こえてくる。
美癒には何が起きたのか理解できず呆然と立ち尽くしていると、目の前にはハリセンを握り締め口から血を垂らす鈴が立っていた。
「美癒っちに手ぇ出したら……シバくで」
鋭い眼差しで砂塵の舞う方を見つめる鈴、その初めて見る鈴の表情に美癒は息を飲むと、吹き飛ばされ砂塵に飲まれていたヴォルフが周りの邪魔な砂塵を腕を一振りしただけで吹き飛ばし姿を見せる。
「なんだ、お前だったのか。その女を守ってる奴ってのは」
ヴォルフもまた口から血を垂らし、その場に血の滲んだ煙草を吐き捨てると拳を構えてみせた。
「だったらもう……手加減は必要無さそうだな」
この時、初めてヴォルフは鈴を自分と対等の『敵』と見なし、その鋭い瞳を光らせる。
美癒には今、目の前で何が起きているのかを理解するのに必死だった。
ヴォルフに蹴られた鈴は間違いなく重傷であり動けるはずがない、なのに今、こうして平然と立っており、何よりもあの男を吹き飛ばしてしまう力に困惑していた。
もしかして、まさか──。美癒がほんの僅かな可能性を考えると、鈴は美癒に視線を向けるとにっこりと微笑んだ。
「美癒っち……安心してな、うちが必ず……守ってみせるからッ!!」
そう言った直後、鈴は決心して手に持っていたハリセンを構え目を見開き呪文を唱えた。
「レジスタル・リリース!」
鈴の口から出てきたその聞き慣れた言葉に、美癒は漸く理解できた。
鈴が呪文を唱えた直後、鈴の全身が光に包まれていくと、着ていた洋服が次々に変わり変身を始める。
その変身ぶりは美癒が幼い頃に見た魔法少女のアニメそのものであり、気づけば鈴はオレンジ色が特徴的で大きなリボンを付けた可愛らしい魔装着に身を包んでいた。
そしてその手に握られていたハリセンもまた姿形を変え、より大きく、より強力な物へと変化を遂げていた。
美癒の前に現れた刺客『ヴォルフ』。その男の前に立ちはだかるのは『鈴音鈴』。
だが、彼女はただの少女ではない。美癒を守る為に自ら掟を破り姿を現した魔法少女。
それは、『衝撃の魔法使い』の誕生の瞬間であった。




