第25話 純粋な心情
美癒は甲斐斗と空からお泊りセットを受け取り鈴と桜のいる家で泊まることになった。
夕食を食べ終え、食器を洗い終えた後、美癒は鈴の部屋へと来ていた。
「ここがうちの部屋やで~」
鈴の部屋にはアニメのポスターやフィギュアが並べられており、大きな本棚にはびっしりと無数の本が並べられていた。
「わ~、いろんな人形と本が置いてあるんだね」
沢山のフィギアや漫画本に美癒は鈴の部屋を見渡し、ふと目に止まった本棚の横に飾られているフィギュアを見つめている。
すると鈴は机の引き出しから一冊の本を取り出すと、その本を美癒に差し出した。
「これがうちの書いてる漫画、読んでみる?」
「うん!」
美癒は迷わず鈴が手渡してくれた漫画本のページを捲っていく。
そこには華麗な女剣士とその仲間達が悪の魔王を倒すという分かりやすい内容の漫画書かれていた。
その絵と内容のクオリティの高さを見て美癒は漫画に夢中になり興味津々で次々にページを捲っていく。
「これな、実はうちと桜の二人で書いてるんよ」
「桜さんも書いてるの!? 二人でこんなに上手な漫画が書けるなんてすごいね」
書かれていた漫画のクオリティの高さに美癒は目を輝かせながら鈴と桜が書いた漫画を読んでいると、鈴の部屋の扉がノックされ桜が入ってきた。
「美癒、風呂が沸いたんだが入らないか?」
そう声を掛けられた美癒は読んでいた本を読み終え閉じた後、笑みを浮かべながら桜に話しかけた。
「ありがとう、でもその前に桜さんの部屋も見ていいかな?」
「私の部屋? 勿論だとも!」
桜は快く返事をすると美癒を自分の部屋へと案内しはじめる。
桜の部屋は鈴の部屋の隣に有り、美癒は鈴と共に桜の部屋に入っていく。
その部屋には様々な音楽機器が設置されており、鈴と同様に本棚には沢山の本が並べられていた。
「鈴から聞いたかもしれないが私も漫画を書かせてもらっている、今日も原稿を書く為に先に帰宅したんだ」
「そうなんだ、あ、これがその原稿?」
桜の言葉、そして机の上に置かれている原稿を見て美癒はそう言って原稿に手を伸ばす。
すると桜は慌てて原稿を手に取り裏返してしまった。
「っとぉ! み、美癒、これを読むにはまだ二年早い……いや、これは原稿だからさすがに美癒にも見せられないんだ、すまない。そうだ、もし興味があれば鈴の部屋に私達の書いた漫画が置いてあるからそれを読むといい」
桜の部屋にも二人の書いた漫画はあるのだが、内容が過激なものばかりなので桜はそれを隠してしまう。
「おっと、そういえば美癒に渡しておきたいものがあったんだ」
桜は何かを思い出したのか机の引き出しから数枚のCDケースを取り出すと、それを美癒に差し出す。
「是非美癒にも聴いてもらいたいんだ、これには私の今まで歌ってきた曲が全て入っている。明日家に帰った時にでも聴いてもらえないか?」
「貰っていいの!? ありがとう桜さん、帰ったら絶対聴くからね!」
桜は美癒にCDを手渡し満足そうに笑みを浮かべると、そのまま部屋の外へと美癒を案内する。
「さて、そろそろ浴室に案内しよう……ついてきてくれ」
そのまま桜は美癒を浴室まで案内すると、バスタオルとハンドタオルを重ねて手渡した。
「先に入るといい」
「うん!」
早速美癒はお風呂に入ろうと思ったが、まだ着替えを鞄から出していないので取りに向かう。
リビングに置いていた鞄から着替えを取り出し再び脱衣所に戻ると、腕を組んだままの桜がじっと美癒を見つめていた。
(……あれ?)
何かおかしい、そう思いながら美癒は脱衣所で制服を脱ぎ始めようとしたが、その動きを一旦止めて桜の方を向いてみる。
「さ、桜さん……?」
「おっと、すまない。つい夢中になって我を忘れていたみたいだ、それじゃ」
桜はそう言って軽く手を振りながら脱衣所を後にする、これで安心して服を脱げると思い制服に手を掛けた瞬間、脱衣所の扉の外から何かが叩かれるような音が響き渡ってきた。
何事かと思い急いで脱衣所を出ようとした美癒だったが、扉の外から鈴の声が聞こえてくる。
「美癒っちー、気にせんでええよー、でっかい虫がおったからうちが叩いといたからねーゆっくりしててな~」
「え? あ、ありがとう鈴ちゃん」
どうやら虫が出ただけらしい、美癒は気にせず制服と下着を脱ぐと浴室へと入っていく。
ちなみに脱衣所の外ではハリセンを持った鈴が軽く溜め息を吐いていた。
「なあ桜、カメラは洒落にならへんよ?」
鈴は足元を見下ろしながらそう言うと、脱衣所の扉の前には右手にビデオカメラを握り締めた桜がうつ伏せになって倒れていた。
そんな桜の行為など露知らず、浴室では美癒がお湯に浸かり軽く背伸びをしていた。
「う~ん!」
綺麗な浴室、それにお湯には良い香りのする白い入浴剤が入っており、美癒は心も体もリラックスして風呂を楽しんでいる。
まさか今日、料理を作るだけでなく友達の家に泊まるなど思っても見なかった美癒にとって、この体験はとても充実したものだった。
(あ、でも私は今、刺客に狙われてるんだっけ……)
楽しい一時にすっかり忘れていたが、美癒は今自分が何者かに狙われている事を思い出す。
その事を思い出し、真っ先に気になった事。それは自分の事ではなくノートの事についてだった。
「ノートちゃん、今頃元気にしてるかな……」
刺客として送り込まれ、記憶を捏造されていた少女。
今は平和な別世界で安全に暮らしているが、美癒は久しぶりにノートに会いたくなっていた。
この世界とは別の世界。美癒からすれば異世界になるが、美癒は魔法と同様に別の世界にも興味があった。
何時か空が前にいた世界にも行ってみたい、そう思いながら美癒が魔法について考えようとした時、突如浴室の扉が開くとタオル一枚を手にした桜が動揺しながら入ってくる。
「ノート!? 誰だその子はっ!?」
美癒の口から出てきた『ノート』という子との関係が激しく気になる桜はそう言ってお湯に浸かっている美癒に詰め寄っていくと、突然の桜の進入に美癒は驚いてしまい咄嗟にノートの事について話しそうになる。
「えっ! ええっ!? えっと、ノートちゃんは、その、刺客……じゃなくて、親戚の女の子で……って、どうして桜さん入ってきてるの!?」
美癒の最大の疑問と動揺はそこにあった。桜に話しをはぐらかされない様に美癒はそう言って桜を見つめると、桜は平然とした表情で首を傾げてしまう。、
「どうしてって、それは私と美癒が友達だからだろう? 普通の事じゃないか、何をそんなに驚いているんだ」
「え、ええ……? これって普通なの……?」
堂々とした桜の態度を見て逆に美癒が動揺し不安になってくると、桜が分かりやすく説明をしはじめる。
「当然だ、修学旅行での風呂でも公衆浴場でも皆一緒に入るだろう? それと同じで友達同士で仲良くお風呂に入るなど常識、美癒は知らなかったのか?」
「う、うん。私友達の家に泊まった事もなくて……」
桜の言葉と態度に美癒は自分の方が間違っているのかと思い始めてしまう。
実際桜の言っている事はただ単に美癒と風呂に入りたい為だけの屁理屈のようなものであり、桜は美癒が自分の言葉を信じた事に内心ほくそ笑む。
「ふふっ、よいよい気にするな。これも親睦を深める為の事だからな。所で、美癒はもう体は洗ったのか?」
「ううん、これからだよ」
「そうか、それなら是非私が美癒の背中を流そうじゃないか」
そう言って桜はバスチェアに座り、もう一つを自分の前に置き美癒を手招きする。
「えっ? だ、大丈夫だよ! 体ぐらい一人で洗えるから……!」
桜に誘われた所でのこのこ美癒が出て行く訳もなく、人に裸体を見られるのも恥ずかしいのに更に洗われる等ともっての他だった。
すると桜は美癒の言葉を聞いた途端、あからさまに落ち込んでしまう。
「ダメ……なのか……?」
まるで叱られた子犬のようにシュンと落ち込む桜に、美癒はなんと声を掛けていいのか分からず困惑してしまう。
「私は、こうやって背中を洗い合う事で美癒との親睦をより深めたいと思っているのだが……残念だ……」
そう言って桜はチラチラと何度も横目で美癒に視線を送ると、美癒は桜の言葉を聞き意を決した。
「その、恥ずかしいから少しだけ目を瞑ってもらってもいいかな……?」
「ああ、いいとも!」
桜はニコニコと笑みを浮かべ機嫌を取り戻すと目を瞑り、更に両手で自分の目元を隠した。
それを見た美癒は脇に置いてあったハンドタオルを手に取ると、ゆっくりと湯船から立ち上がる。
そして桜の目の前に置かれてあるバスチェアに座ると、高鳴る鼓動を抑えるように胸元に手を当て俯いた。
「開けて……い、いいよっ……」
声を殺すように美癒は口を開くと、桜は目を開き歓喜した。
愛しの美癒が今、裸体で自分の前に座っているのだから無理もない、理性が吹き飛び本能のままに行動を開始しようとしたその時、桜が美癒のある事に気づく。
美癒の肩、そして背中が微かに震えていたのだ。
相変わらず美癒は俯いたまま、まるで耐え凌ぐように目を瞑ったまま喋ろうとしない。
そんな美癒の態度を見ていた桜の表情から自然と笑みが消えると、優しい口調で話しかけた。
「美癒、無理をしているのか……?」
「し、してないよ! だって私も、桜さんともっと仲良くなりたいもん……!」
美癒が無理をしているのは明白な事だが、それでも美癒は隠そうとしていた。
何故なら美癒にとって桜や鈴は高校生になって初めて出来た友達、もっともっと仲良くなりたいと思っている。
何より、桜は自分と仲良くなりたい為に一緒にお風呂に入ってきてくれた事を聞き、美癒はその思いに自分も応えたいと思った。
だから、例えそれが恥ずかしい事でも、苦手な事でも、体験していく事が必要だと感じたのだ。
そんな健気な美癒を見て桜は自然と肩の力を抜けると、目蓋を閉じてゆっくりと美癒に語りかける。
「すまない、美癒の気も知らずに……少し調子に乗りすぎたみたいだな」
「桜さん……?」
「気にしないでくれ、美癒は悪くない。私が少々強引過ぎた、悪い癖だ……そうだ、もし良かったら私の背中を流してもらえないか?」
「う、うん! いいよ!」
二人は後ろに振り返り、美癒は桜から体を洗う為のタオルを手渡されると石鹸を使って泡立てたタオルを桜の背中に優しく押し当てた。
桜は美癒に背中を洗ってもらっていると、美癒は桜を背中を洗いながら桜に話しかける。
「ねえ桜さん、桜さんと鈴ちゃんの出会いって何時だったのかな? とても仲が良いから是非聞かせて欲しいの」
「私と鈴の出会い? そうだな……少しばかり長くなるが、美癒の為だ、話すとしよう」
そう言って桜は鈴と出会った時の事を思いだし、美癒に語り始めた。
「私が初めて鈴と出会ったの中学二年生の時、鈴が私の居る中学校に転校してきたんだ。ちなみに、昔の鈴は今よりも消極的だったんだぞ」
「鈴ちゃんが? 意外だね」
「だろう? まぁそれは理由が有ったからなんだが……」
「理由って……?」
「……食事の時にも話したが、鈴の両親は今海外にいると言ったよな。実は鈴は幼い頃から両親の都合で全国を転々と渡っていたんだ。友達が出来ても転校を繰り返し離れ離れになってしまう。そんな生活が中学生になっても続いていた……だから鈴はもう友達を作る事を諦めていたんだよ」
仲良くなってもどうせ離れ離れになる、鈴にはそれがとても辛かった。
本当は友達を作りたい、もっと仲良くしたい。だが、それをすれば別れがきた時更に辛くなる。
だったら最初から友達を作らなければいいだけの事、気づけば鈴は誰一人友達のいない孤独の身になっていた。
でもそれは自分が傷つかない為の方法であり、自分を守るにはこれしか思いつかなかったのだ。
「鈴は最初、クラスメイトの誰にも心を開こうとしなかった。私も話しかけた事はあったがいつも余所余所しかったのだが、ある事がきっかけで私と鈴は友達になり、心を開いてくれたんだ」
「どんなきっかけだったの?」
鈴との出会いを語る桜の話に美癒は興味津々に聞いていた。
「鈴は休み時間、何時も一人でノートに漫画を書いていたのさ。それを私が偶然見つけてな、一緒に漫画の話しをしていくと意気投合して結構盛り上がったんだ。私も鈴も漫画や音楽が大好きだからそれはもう周りの人間が若干引く程熱の篭った答弁したものだ。それから鈴は徐々に心を開いてくれてな、一緒に漫画を書いたり曲を作ったりもしたんだぞ、まぁそれは今も続いているのだけどな」
懐かしい鈴との思い出の日々を桜は思い出していく。
あの頃はまだ大人しかった鈴だったが、今では平気でハリセンを振るってくるなどあの時は夢にも思っていなかった。
「だが、鈴と仲良くなり一緒に遊んでいたある日。私は鈴に言われたんだ、両親が仕事の都合で海外に行く事になったと」
それは唐突な告白だった。
その日も普段と同じように振舞っていた鈴だったが、あの時の思いつめた表情と眼差しは今でも鮮明に覚えている。
「私は鈴と離れ離れになる、そう思っていたんだが。そうしたら鈴は更に言葉を続けてきてな、度肝を抜いたよ」
「鈴ちゃん、桜さんになんて言ったの……?」
「家には両親がいない、自分一人だけ、だから……一緒に住まないか? とな」
まるで愛の告白のようにも聞こえた鈴の言葉に、桜は快く同意した。
何時もの鈴なら両親に従い桜と別れていたはずだが、桜との出会いをきっかけに鈴は変わったのだ。
「それから私と鈴の共同生活が始まってな、今もこうして楽しく暮らしているよ」
「そんな事があったんだ……話してくれてありがとう、桜さん。二人は親友を越えた特別な関係なんだね」
「ああ、勿論それは美癒も同じだがな。さてと、長話になってすまない、体も冷えてしまっただろう? 湯に浸かろうか」
鈴との話しを一通り終えた桜はそう言って湯船に浸かると、両手両足を広げ美癒に声をかけた。
「さあ美癒、私に凭れ掛かるといい!」
二人で湯船に浸かるのは狭くなる為、桜は足を広げそこに美癒を座らせようと考えていた。
こうする事により美癒は桜に凭れ掛からなければ湯船に浸かる事が出来ず、更に桜と肌を密着する事になり桜は嬉しそうに美癒を誘い招く。
しかし、恥ずかしがりやの美癒が一緒の湯船に浸かってくれない事など桜は既に分かっていた。
桜はただ美癒の恥ずかしがる表情を見てニヤつこうと思っていたが、声を掛けられた美癒はすんなりと湯船に浸かり桜に凭れ掛かった。
その余りの意外な行動に桜は全身を震わせ慌てふためく。
「ふぁっ!? みみみみみゆぅっ!?」
何時もの美癒ならこんな事にはならない、桜は動揺しながらも自分の肌に伝わってくる美癒の心地良い素肌の触感に浸っていると、美癒は少し後ろに振り向き照れくさそうに笑みを浮かべていた。
「えへへ……桜さんの話しを聞いてたら、もっともっと仲良くなりたいなって思って」
美癒からの精一杯の心遣い、そしてその笑顔に桜は胸を打たれると、理性が吹き飛び本能のままに行動を開始しはじめる。
「も、もう我慢できんっ! みゆみゆぅ~~!!」
桜は再び両手を広げ後ろから美癒を抱きしめようとした瞬間、浴室の扉が勢い良く開く。
「うちを仲間はずれにして二人だけお風呂にはいるなんてズルいっ! うちも一緒にお風呂入るんよ!」
そこには頭にタオルを載せ、手に持った桶にアヒルの人形を乗せた鈴が立っており、二人がお風呂に入っているのを知って自分もまた入ってきたのだった。
こうして仲良くお風呂に入る事になった美癒達。
三人の間にあった僅かな心の壁すらも、今では綺麗さっぱり消えてなくなっていた。
時を同じくして、闇夜に紛れ一人の男が校舎の屋上から町の景色を見渡していた。
「匂う匂う……どうやらターゲットはこの町にいるみたいだな」
男は手元にある写真と一本の髪の毛を見つめながらそう言うと、写真と髪の毛を上着の内ポケットに仕舞い再び視線を町に向けた。
「天百合美癒……たった一人の女を連れて帰るだけで一生遊んで暮らせる程の莫大な富が手に入るとは……これだからこの仕事は止められんな」
男はそう言って笑みを浮かべると、月夜に照らされながら空高く跳躍し、天百合美癒の匂いがする方へと向かうのであった。




