第10話 染める外面、染まる内面
美癒を守るという名目で、空は今日から美癒と同じ高校に通うことになった。
自己紹介も終え、美癒の隣の席で授業を受ける空だったが、先程から美癒の前の席に座っている桜から鋭い視線を何度も受け、困惑していた。
(うーん、先程から僕を睨み付けているような……気のせいならいいんだけど……)
そう思いふと桜の方を見てみると、先程まで横目で見ていた桜が今度は体を空の方に向けたまま見つめていた。
(思いっきりがん見されてる!? ま、まさか僕の正体に気付いているのかな? そんなはずないか……)
出来れば自分が魔法使いだという事は秘密にしておきたい、正体を知られては色々と面倒な事になるのは間違いないからだ。
一方、空を見つめ続ける桜は空の全身を見つめながら分析し始めていた。
(ふむ、中々の美少年だ。相手にとって不足無し)
そう思いながら腕を組んだままニヤリと笑みを浮かべる桜に、空は自分の正体を見抜かれ始めていると確信する。
(今、僕を見て笑った?……この人は要注意人物ですね、気をつけないと……)
色々な意味で要注意人物なので空の判断は正しい。空は桜の視線に気付かない振りをしたまま一時間目のHRの授業に集中しはじめた。
一時間目の授業が終わり休み時間に入った途端、複数の女子生徒が一斉に空の席の回りを囲み始める。
それからはもう女子生徒達の質問攻めにされ続けるが、桜は聞き耳を立てながら少しでも有利に立つ為に情報収集を始めていく。
「風霧君はどこから引っ越してきたの?」
「家はどこら辺にあるの? 今度行ってみていい!?」
「兄弟とかいるんですか!?」
だが、その余りの熱気ぶりに中々正確な情報が伝わってこない。
空の声は簡単に掻き消されてしまい、桜は後ろに振り向きその様子を見つめる美癒を見ていた。
「転校生、すごい人気だな。美癒も気になるか?」
「うん! とっても気になるよ!」
それもそのはず、空は魔法使いであり今度魔法を教えてもらう約束をしているのだ、気にならない訳がない。
しかし今の桜からして見れば、美癒が空に純粋に恋しているように聞こえてしまい焦り始める。
「な、なんだとっ? そう、なのか……ふむ……」
(まさかこんな短時間に私のみゆみゆまで虜にするとは。やるな、風霧空)
これは早急に対策を考えなければ美癒を取られてしまうと思い桜が作戦を考えようとした時、一人の女子生徒の大声が聞こえてきた。
「ええっ!? 風霧君って天百合さんの親戚なんですか!?」
「はい、それで今は美癒さんの家に住まわせて貰っているんですよ」
どうやら空は美癒の親戚という設定になっているらしく、当然その設定は朝に美癒にも伝えられていた。
ちなみに、空の説明を聞く限りでは現在空を含めて二人の親戚が美癒と共に暮らしており、もう一人の親戚も男性らしい。
(何ッ!? 美癒の親戚だと? 既に奴は一つ屋根の下で暮らしているというのか───っ!)
焦りが募る桜、しかも親戚は空だけでなくもう一人いるらしい。
これは桜の勝手な妄想だが、爽やかキャラの空に対し、恐らくもう一人の親戚はそれとは逆のタイプだと直感的に考えてしまう。
(このままで美癒が危ない。私の……私のみゆみゆがっ!)
これもまた勝手な桜の妄想だが、穢れを知らない美癒が野蛮な男共に狙われているのではないかと不安になってしまう。
「もう一人の親戚の人はこの高校に来ないの?」
「ええ、別の高校に行ってしまいまして」
「え~そうなんだ~……」
それを聞き残念そうに俯いてしまう女子生徒、すると隣に立っている女子生徒が腕を組み空と美癒を交互に見ていく。
「天百合さんはおしとやかで可愛いし、風霧君は爽やかでカッコイイなんて……そうそう! 私入学式で天百合さんのお母さんを見た事あるんだけど、皆びっくりするよ! お姉さんにしか見えないぐらいと~っても綺麗なんだから!」
「あ! それ私も知ってる! すごい美人だよね!」
美癒の知らない所では唯の話題まで上がっていたらしく、可愛い美癒に美人の親、そしてカッコイイ親戚と、美癒の身内は皆容姿が綺麗な人ばかりだと話題になっていたらしい。
「きっともう一人の親戚の人もす~っごいカッコイイんだろうな~! 私会ってみたい!」
「あ! 私も会ってみた~い! 絶対かっこいいよ~! ねえねえ、今度写真見せてもらってもいいかな?」
もう一人の親戚に期待が募るのも無理はない。
女子生徒達は空や美癒とそういった話題で盛り上がっている頃、そのもう一人の親戚とやらは既に唯の家に戻ってきていた──。
──「っくちゅん! ……恥っ」
無事にノートを他世界の施設に届けた後、家に戻ってきた甲斐斗はソファの上で横になり漫画を読んでいたが、ふと女子のような可愛らしいクシャミをしてしまい恥ずかしがっていると、その様子はテーブルで茶菓子を食べている唯にしっかり見られていた。
「え? 今の甲斐斗のクシャミ? あはは! な~に、今の~? ねえねえ、もう一回クシャミしてみて、くちゅんって!」
そう言って笑みを浮かべながら面白半分にスマホのアプリにある録音機能を起動し甲斐斗にスマホを向ける唯だが、甲斐斗は恥ずかしくなり漫画で顔を隠しながら叫んだ。
「うるせーっ! 俺はそんなクシャミしてない! クソッ! 誰だよ俺の噂をしている奴はぁぁあッ!」
唯にからかわれた甲斐斗はそう言って不貞腐れてしまい、そのままソファの上で不貞寝を開始する。
そこには女子生徒達が期待するような爽やかでもなければイケメンでもなく、カッコ良さの欠片も無い男の姿しかなかった。
空への質問は二時間目、三時間目が終わった後の休み時間も延々と続く、気付けば一日の授業は終わりを迎えていた。
「つ、疲れたっ……」
授業の内容ではなく一日中質問攻めに遭いくたくたの空はそう言って机に突っ伏してしまうと、隣に座っていた美癒が心配そうに空の肩にそっと手を置いた。
「空君大丈夫?」
すると空は体を起こし少し疲れた様子を見せながらも軽く笑ってみせる。
「はい、大丈夫ですよ。さて、授業も終わりましたし帰りましょうか」
「あ、空君。実は今日喫茶店に行く約束をしてるの」
「えっ、そうなんですか……?」
その空のリアクションを見て桜はほくそ笑み、帰宅する為に机の中にある教科書を鞄の中に入れ始めていた。
(ふふっ、その通り。今から私と美癒だけの秘密のデート……いや、お詫びのお茶を振舞うのだ、お前の出る幕はない)
「だから一緒に行こ! いいかな? 桜さん、鈴ちゃん」
その美癒の言葉に、鞄に教科書を入れていた桜の手が止まってしまう。
(何……だと……?)
空だけでなく鈴も追加されている事にショックを受けながら、桜の放課後美癒と二人で喫茶店に行くという夢が打ち砕かれてしまう。
どうやら今朝言った約束は美癒からして見れば桜と二人きり、という意味ではなく鈴を含め三人で行く事だと思っていたらしく、そこに空が加わるのは当然の結果とも言える。
「うちは全然ええよ! もちろん桜もええよな~?」
本来これはお詫びの為に桜が喫茶店に誘った事。当然美癒の意向に逆らえるはずもなく、桜は動揺を見せる事なく鞄を手に取り立ち上がった。
「ああ、勿論だ」
こうして四人で桜のお気に入りの喫茶店に向かう事になったが、道中は桜と鈴が横に並び、その後ろから美癒と空の二人がついてくる形となり、桜は少し肩を落としてしまう。
(本来なら私が美癒と肩を並べて歩くはずだったのに……)
少し残念そうに後ろに振り返ると、そこには空と楽しそうに会話する美癒が見え、桜は前を向くと小さな溜め息を吐いた。
(しかし、美癒が楽しんでいるのならそれでいい。そもそも今回は私が詫びる為に招待したのだからな……)
気持ちを切り替えた桜はそう思い歩いていくと、学校から出て十分もしない内に桜お気に入りの喫茶店に辿り着いた。
そこは街中でもなければ人通りも少ない所に有り、派手な飾りもつけもしてなければ少し地味に見えるぐらいのシンプルな喫茶店だった。
「ここは私の一番のお気に入りの喫茶店だ。皆は少し意外のようだな」
空と鈴は桜の事なのでてっきり可愛くてお洒落な所に連れて行かれると思っていた為、意外にも普通の喫茶店に辿り着き少し驚いてしまう。
だが、美癒からしてみれば友達と初めての喫茶店が嬉しく、喫茶店の見た目も大人びたカッコイイ所に見え特に違和感を感じることはなかった。
「『知る人ぞ知る』という名店だ、味は保証しよう。それに、街中だと人だかりが出来てしまうからな」
そう言って桜は喫茶店に入っていくと、いつも自分が座っている一番の奥の窓際のテーブルに向かうと、四人は二人ずつ向かい合うようにソファに座り始める。
すると、偶々桜と美癒が奥に座った為、桜は美癒と向かい合うような形で座る事になり、つい美癒と目が合ってしまうが、桜は平然とした態度でメニューを手に取り、それを机の上に広げた。
「ほら、美癒。今日は私の奢りだ、好きな物を頼むと良い」
そう言って広げたメニューに指を指しどのような物を頼むか決めてもらおうとしたが、美癒は桜を見つめまま目を放さない。
「美癒?」
「あっ、ご、ごめんなさい!」
真っ直ぐ向けられた視線に気付き桜は名前を呼ぶと、美癒は我に返ったかのように声を上げメニューを見始めた。
何をぼーっとしていたのか桜には分からないが、特に気にする事もなく窓から見える外の景色を眺めていた。
桜にはメニューを見る必要はない、何故ならここに来た時に頼むものは既に決まっているのだから。
注文を終え暫くした後、ウェイトレスから注文した品が運ばれてくる。
美癒は苺のショートケーキ、鈴はモンブラン。そして桜と空はコーヒーを注文しており、注文した品がテーブルの上に並ぶと、桜はコーヒーカップを手に取り香りを楽しんだ後、ゆっくりと口元に運んだ。
(うむ、美味だな)
何時もと変わらぬ味……やはりこの店のコーヒーは一味違う。桜はそう思い目を瞑りながらコーヒーの味を堪能していた。
他の三人はこの店を気に入ってくれたのかが気になりふと目蓋を開けると、そこにはフォークを手に持ちケーキに突き刺したまま桜を見つめ続ける美癒がいた。
(桜さん、やっぱりカッコイイなぁ……)
窓から外の景色を眺めている時も、コーヒーを飲んでいた時もそう。
凛とした美しさの中にある桜の大人びた雰囲気と表情がとてもカッコ良く見えた為、美癒はついつい桜に見惚れていたのだ。
すると桜は美癒の握っていたフォークを優しく取ると、苺のショートケーキの一切れを一口サイズに切り、それを美癒の口元に運んで見せた。
桜のちょっとした悪ふざけ、きっと美癒は恥ずかしがって自分を怒ってくると思っていたが、美癒は笑顔で桜の差し出したケーキをぱくりと食べると満面の笑みを浮かべた。
「とっても美味しいよ」
その美癒の可愛らしさに桜は目が放せなかった。
思わず美癒を見つめたまま固まってしまう桜、すると美癒は桜の握っていたフォークを手に取ると、今度は桜の為に自分が苺のショートケーキを切り、それを桜に差し出した。
「はい、桜さん」
差し出されたケーキを桜は食べる。それは美癒との間接キスをしたことになるが、桜は落ち着いた様子で美癒を見つめており、何時ものように気持ちが高ぶる事は一切なかった。
不思議だった。本来ならもっと興奮するか動揺するはずだというのに、桜は美癒のその行為に喜びを感じてはいたがそれ以上の感情が生まれなかった。
それは目の前で笑みを浮かべる美癒の純粋さに目も心も奪われ、その姿をただただ見つめ続けられるだけで既に満足していたからだった。
「ありがとう、美味しいよ」
そう言って桜は笑みを見せると、無意識に美癒の頭を優しく撫でていく。
そんな二人の様子を空と鈴はじっと見詰めており、二人だけ別の世界にいってしまったのではないかと思ってしまう程に桜と美癒は互いに見詰め合っていた。
それから暫く雑談した後、日も暮れてしまい美癒達は家に帰ることになったが、桜達と美癒達の家の方向が違う為、喫茶店の前で別れる事になった。
「桜さん、今日は喫茶店に誘ってくれてありがとうございます」
美癒は楽しい一時が過ごせてとても満足していた、それは美癒の笑顔を見れば簡単に分かる事。
「喜んでもらえて良かったよ、また皆で一緒に来よう」
「うん!」
手を振りながら四人は別れ、美癒と空は雑談しながら家へと帰り始める。
その二人の後ろ姿を眺める桜に、鈴は腕を組みながら桜を不思議そうに見つめていた。
「桜、今日はほんとよく落ち着いてたなぁ。美癒っちと間接キスした時なんか奇声でも上げるかと思ったんよ?」
「ん……んんっ? それもそうだな……ん~っ!」
そう言われると桜は急にそわそわし始める、今になって喫茶店で美癒と過ごした時間を思い出し、興奮して感情が高ぶりはじめていた。
「私とみゆみゆが間接キスを……ふふっ、結婚する日も近いな」
桜は腕を組み目を瞑ると、美癒との結婚生活を想像し不適な笑みを浮かべる。
「あ、いつもの桜に戻った」
「案ずるな、美癒は私の全てを受け入れてくれる──」
そう言った途端、桜の浮かべていた笑みは消え、透き通った綺麗な瞳で美癒の後姿を見つめた。
「──本当、綺麗だよ。美癒」
美癒の後姿を見つめながら桜はそう囁くと、髪を靡かせながら後ろに振り返り歩き始める。
鈴は最後に桜が何て言ったのか聞こえなかったが、特に気にすることなく桜と共に帰宅するのであった。




