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第11話 混沌の前兆

 甲斐斗と空がこの世界に来て一週間。その間に現れた刺客はドルズィとノートの二人のみ、あれから全く刺客が現れる気配もなく、美癒達は平穏に過ごしていた。

 何時ものように美癒と空が学校に行っている間、甲斐斗はリビングのソファでぐうたらと寛いでいたが、急にその場に立ち上がるとある方角に目を向けた。

 (……強い。新たな刺客か? 強力な魔力を感じる。まぁ、俺にかかれば瞬殺できる相手だが……)

 直ぐにでも刺客の正体を確かめに行こうと思いリビングから出て行こうとした甲斐斗だったが、ふと足を止めると四日前の事を思い出しはじめた。


 それは美癒が学校の休みの日に、美癒と空の二人で家の庭に立っているのに気付いた甲斐斗はリビングの扉を開け庭に立っている二人に何をしているのか聞いてみた。すると美癒は満面の笑みで答え始める。

「今から空君が魔法を教えてくれるの!」

 そう言って嬉しそうな表情を見せる美癒に対して、甲斐斗は空の方を向くと眉を顰め睨み始める。

「お前、本気で言ってるのか?」

「ええ、美癒さんと約束しましたから……」

 甲斐斗から威圧感を感じながらも空はそう答えると、甲斐斗は腕を組み淡々と語り始める。

「一つだけ言っておく。魔法とは力だ、力は争いしか生まない。お前は今、美癒に銃を握らせようとしている事に気付いてないな?」

 長年魔法を使って世界各地で戦ってきた甲斐斗だからこそ、空の言動がいかに責任の無い軽はずみな事なのかを分からせようとしたが、空は甲斐斗を見つめながら落ち着いた様子でその言葉を否定した。

「確かに魔法は力にもなります、しかし銃ではありません。全ては使う人の意思によって変化しますからね、美癒さんのような心優しい人が魔法を覚える事はきっと美癒さん自身の為にも人の為にも役立てる力になります」

 空は美癒の意思を否定もしなければ止めもしない。

 美癒の選んだ人生、美癒の選んだ道を空は見守り、助けていこうと思っている。

 だからこそ、魔法を覚えたいという美癒の意思に空は快く答えたのだ。

 そんな空の言葉を聞いて甲斐斗は腹を立てるが、嘲笑うかのように軽く鼻で笑った。

「舐めた事言いやがって……っまぁ、尤も、美癒にはレジスタルが無いから魔法は使えないけどな~」

 そう言って振り返り歩き始めると、空達の前から甲斐斗は消えてしまう。

「えっ?」

 その甲斐斗の言葉を聞いた空は戸惑っていたが、直ぐに美癒の元に歩み寄ると、美癒の両手を握り始める。

「すいません美癒さん、少しじっとしててください」

「う、うん」

 急に両手を握り締められ少し驚いた美癒だが、空は真剣な面持ちで両手を握り締めながら美癒を見つめ始めると、ある呪文を唱える。

「レジスタル・リリース」

 空がそう呟いた瞬間、空は光に包まれ一瞬で変身し魔装着に身を包むが、空は何かに気付くと美癒の両手を握り締めたまま残念そうに俯いてしまう。

「まるで反応が無い……本当にレジスタルが無いなんて……」

 その言葉と共に空は再び私服に戻ると、握り締めていた美癒の両手を優しく離す。

「空君? 今のって……?」

 状況が分からない美癒は何が起きたのかも分からず空に尋ねると、空は静かに語り始めた。

「先程、僕が自分の魔力を解放し少しだけ美癒さんに流しました。本来レジスタルを持っている人間であれば微かでも反応するはずですが、美癒さんには全く魔力の反応が……いえ、そもそもレジスタルの存在すら感じられませんでした」

「それじゃあ、私……」

「……残念ですが、レジスタルが無い以上。美癒さんは魔法が使えません」

 その言葉が余程ショックだったのだろう、空の言葉を聞いた美癒は残念そうに俯いてしまうと、肩を落として家へと戻ってしまう。

 それから数日、美癒はずっと落ち込んだ様子で元気が無く、その姿を空と唯は心配そうに見つめていた、勿論甲斐斗も元気の無い美癒を見るのは辛かったが、そもそも軽はずみに魔法を教えると言い出した空に原因があると思い始めており、考えてみれば結局は空がこの世界に来なければこうなることもなかった……と、甲斐斗の中では原因と元凶と責任の全ては空にあるという事で考えが纏まっていた。



 そんな事があった為、甲斐斗は未だに空がこの世界に居る事に納得しておらず、どうやって元の世界に返してやろうかと考えている所だった。

(あんな奴さっさとやられまちまえばいい、美癒を守る事が出来なければ正々堂々とあいつをこの世界から追い出す事も出来るしな)

 リビングの出口でニヤリと笑み浮かべる甲斐斗だったが、先程感じた魔力の力をもう一度思い出すと、その顔から笑みが消え美癒達のいる学校がある方に視線を向けた。

(にしても、さっきの魔力……空、あいつ負けるな)

 それが分かるとなると、甲斐斗は台所で昼食の準備をしていた唯に向かって嬉しそうに声をかけた。

「おーい唯ー! 今日はめでたい事が起きるぞ! 今度こそ赤飯の準備しておけよーっ!」

 確実に空は負ける。負ければ美癒を守る資格が無いという事で追い出せる、そうと分かれば自然と甲斐斗の顔から笑みが零れるのは当然の事だった。

 甲斐斗の言葉を聞いた唯は昼食の準備をしながら振り返る事はないものの、その言葉を聞いて赤飯を炊く為の材料が足りない事を思い出し返事をしてみせる。

「それじゃあ御使い行ってきてねー」

「断る! めんどい!」

 元気良く御使いを断った甲斐斗に、唯はそれ以上何も言葉を掛ける事はなかった。



 丁度その頃、美癒達は四時間目の授業を受けている最中であり、後十分もすれば授業も終わり昼休みになろうとしていた。

 皆が黒板を見ながら教師の話を聞いている中、美癒は一人だけ窓の外から見える綺麗な青空を見つめていた。

 外の景色を見つめる美癒の眼差しはどこか寂しく、それは自分が魔法を使えないというショックが未だに心に残っており、最近の授業も上の空でいつも外の景色ばかり見つめていた。

(はぁ……私も魔法が使えたらなぁ……)

 幼い頃の夢、魔法使い。その夢が現実なるかと思えばそんな事もなく、美癒は一人青空を見つめていたが、ふと視線を下げると校庭の中央に人影が見える。

(あれ? あんな所に一人で……誰だろう?)

 美癒が不思議に思いながら目を凝らし、人影が誰であるかを確認しようとした時。校庭に立っていた一人の若い男は呟いた。

「CLT発動」

 一人の若い男が呟いた瞬間、膨大な魔力が男から溢れ出すと、その魔力を感じた空が息を呑んだ。

「こ、この魔法は───っ!?」

 気付いた時には既に遅く、空が徐に席から立ち上がった時には、教室にいた美癒と空を除く全ての人間の姿が消えていた。

 先程まで聞こえていた教師の声や鳥の囀りが消えた事に気付いた美癒は教室の方に振り向くと、空以外の全ての人間が消えている光景に固まってしまう。

「あれっ? 皆は……?」

 急に皆がいなくなってしまい困惑しまま空を見つめる美癒だが、空もまた困惑した表情を浮かべ状況を整理していた。

(間違いない、『CLT』が発動されたんだ。だとすればこの世界にあの人達の誰かが……でも、それならどうしてこの世界に美癒さんが……?)

 不可解な事の連続に少し戸惑ってしまう空だが、不安な表情を浮かべる美癒に顔を向けると不安を拭うように笑みを見せ肩に手を置いた。

「大丈夫、皆は無事です。この世界は魔法により創造された限定領域。擬似世界と言った所です、詳しい説明は後でしますので、今はここから動かないで下さい」

 それだけ言い残し空が教室から出て行こうとすると、美癒は立ち上がり空の服を掴みその足を止めてしまう。

「空君は、何処に行くの……?」

「校庭です、魔力はそこから伝わってきていますからね。直接会ってみようと思います。大丈夫、今回は戦わずに話し合いで済むかもしれません」

「それなら私も一緒に……!」

「駄目です、万が一戦いになる可能性もあります。美癒さんを危険な場所には連れていけません」

 その空の言葉に美癒は落ち込むように俯いてしまうと、空は美癒の肩に手を置いたまま優しく椅子に座らせると、一人教室を後にしてしまう。

 美癒は少しだけ空の言葉に寂しさを感じてしまった。空の言う事も分かる、自分を危険な目に合わせない為の判断なんだと。それでも美癒は、例え危険だと分かっていても自ら進み、見ていきたかった。

 まだ自分の知らない、魔法の世界を──。



 高校の制服姿で校舎から出てきた空、校庭の中央には一人の青年が立っており、空の姿を見て笑みを浮かべていた。

「おやおや、まさか魔装着無しで私の前に現れるとは……その制服、とても似合っていますよ」

 笑みを浮かべながら青年はそう言って空を見つめていると、その青年に見覚えがあった空は拳を握り締めた。

(やはりS級の魔法使いッ……それも本部直属の一騎当千を誇る部隊の一人、名は──)

「失礼、自己紹介が遅れました。初めまして、空君。私の名は薙(なぎ)龍馬(りょうま)。アルトニアエデン対国家大戦用独立殲滅部隊『アディン』の一人です」

 空の前に現れた一人の青年、薙龍馬。

 茶髪のマッシュベースヘアに、白いワイシャツを着たラフな格好が印象的であり、その右手の中指に指輪を嵌めている。

 自分を『アディン』の一人と名乗った青年、龍馬は軽く自己紹介を終えると、空の額からはじわりと汗が滲み出していた。

 何故なら目の前に立つこの青年の強さが、自分の比ではない事が明白だと分かっているからだ。

 緊張した面持ちの空に対し、龍馬は落ち着いた様子で気さくに話しを続けていく。

「私は悲しい、貴方のようなアルトニアエデンの優秀な魔法使いが軍を抜け出し私利私欲の為に法を破ってしまうなんて……非常に残念です」

 そう言って見つめてくる龍馬から空は目が放せない。

 空が緊張し、この龍馬と名乗る青年に少なからず『恐れ』を抱いている理由。それは、この青年が空のいた世界『アルトニアエデン』における軍の本部直属の組織『アディン』の部隊メンバーだからだった。

 『アディン』とは対国家、対世界大戦用に存在する組織であり、その戦力は単体で軍隊とみなされ、魔法使いの率いる国家を上回ると言われており、『アディン』が動く時は必ず戦争が起きると言われている。

 その単体で幾千もの敵と対等に戦える程の強さを誇る青年が今、たった一人の人間を狙う為に現れているのだ。この状況を見れば事の重大さが嫌でも分かってしまう。

「残念? 僕も同感です。まさか国がらみで美癒さんを狙ってくるなんて……目的は何ですか? どうして美癒さんを狙う!?」

 アルトニアエデンの軍は美癒が狙われていると気付いていたにも関わらず事実を隠蔽し、理由は不明だが守ろうとしなかった。

 そして今日、アルトニアエデンから直接刺客が送られ美癒を狙う者が現れた。

 この状況を見て空は確信する。美癒を刺客から守らなかっただけでなく、直接刺客を送り込んできたという事は、アルトニアエデンが美癒を狙っている事に他ならないという事を。

 空の中で考えが固まっていく中、龍馬は空の言葉を聞き少し不思議がっていると、敵意を見せる空に話しかける。

「……貴方は何か誤解をしていますね。私はその美癒という方を存じ上げません、私がこの世界に来た目的はただ一つ、空君。軍を裏切った貴方を抹殺する事ですよ」

「なっ……貴方は、僕を殺しにこの世界に……?」

 固まろうとしていた空の考えが砕かれる。

 美癒を狙いに来た訳ではない? 自分を狙いに来た? 確かに、空は無断で転移魔法を発動し他世界に干渉してしまい重罪を犯してしまった。

 美癒を狙う刺客、そして美癒を守らなかった軍と。今、目の前に立っている龍馬は関係が無い事に空は気付き始める。

 龍馬がこの世界に来た理由は軍の命令に背き無断で転移魔法を発動し他世界に干渉した事への制裁を与える為であり、軍の不正や美癒が刺客に狙われている事を知らない。だとすれば空には一つの考えが浮かんだ。

「ええ、軍から貴方を抹殺するように命令がありました。理由は当然分かっていますよね?」

「分かっています、ですが僕がこの世界に来た理由を貴方は知っていますか?」

「理由? いいえ、存じませんが」

 やはり龍馬は空がこの世界に来た理由を知らない。それならその理由を話せばいいだけの事だった。

(美癒さんが狙われているにも関わらず組織の上官達はそれを隠そうとした、僕では幾ら訴えても本部に聞き入れてもらえなかったけど、この本部直属の『アディン』の人から直接本部に訴えてもらえば、組織の不正を暴く事が出来るかもしれない……!)

 それ程までに『アディン』の権力は強力であり、空は事の事情を説明しはじめた……だが、そんな空の意思は容易く振り払われてしまう。

「僕の話を聞いてください。実はこの世界に来た理由は──」

「勝手に語らなくていいですよ、興味がありません」

「えっ……?」

「と言うより、知りたくありません。……私初めてなんですよ。自分の力をたった一人の相手にぶつけるなんて」

 龍馬は自分の右手を開き、その掌を見つめながら語り始める。

「私が戦う相手は国家や軍隊等の巨大な組織です。しかし……今回の相手は国家でも軍隊でもない、半端な力しか持たない一人の人間だけ。この意味が分かりますか? まるでたった一人の人間相手に核兵器を撃つかのような異常事態が今、起きているんですよ」

 そう言って右手を見つめながら握り締めると、首を横に振りその右手を下ろしてしまう。

「怖いですねぇ、貴方は軍の何を知ってしまったのでしょうか……それを知ってしまえば私までも消されてしまうかもしれません。私は自分から厄介事に首を突っ込む主義ではないので」

 そう言って笑みを浮かべる青年は突き出すように右手を空に向けると、空はその挙動を見た直後に叫んだ。

「レジスタル・リリースッ!」

 魔装着に身を包み両手に双剣を握り締める空、その姿を見て龍馬は再び微笑んでみせる。

「『アディン』の一員である私の力、冥土の土産にとくと御見せしましょう」

 交渉は不可能。もはや戦う道しか空には残されていない。

 相手は対国家大戦用独立殲滅部隊、薙龍馬。自分より遥かに強力な魔力の持ち主。

 力量の差は歴然。それでも空は強大な敵を前にしても諦める事は無く、龍馬との戦いを開始した。

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