光と水、そして物理の萌芽
カストラート国立魔法学校の門を潜った瞬間、僕とユーリに向けられる視線は、期待に満ちた新入生のものというより、絶世の美女を拝む信者のそれだった。
160センチという、十歳の少女としてはかなり発育の良い、すらりとした背丈。そして、染めてなお隠しきれない母譲りの美貌。僕とユーリが並んで歩くと、そこには「完璧な双子の美少女(片方は男だが)」という幻想が出来上がる。この世界の平均的な十歳の女子の身長だが、男としてはまだ低い部類だ。
僕の髪は薄い緑色に染められ、表向きは風属性を装っている。対してユーリは、その魔力特性を象徴するような鮮やかな水色の髪をなびかせていた。彼女の水属性は液体を自在に操り、怪我の止血から氷による攻撃までこなす万能型だ。
「リンネ! こっちよ!」
喧騒の中から僕を呼ぶ声がした。数日前に港で助けたティファ・エヴァンスが、興奮した様子で手を振っていた。その隣には、勝気そうな瞳をしたショートカットの少女が立っている。
「また会えて嬉しいわ、リンネ様……あ、リンネ。今日からはクラスメイトね」
「ああ、よろしく、ティファ」
僕が答えると、ティファの隣の少女が興味深げに僕の顔を覗き込んできた。
「あなたがティファの言ってた『美しき救世主』? 私はエリザ・エマール。属性は風。よろしく」
エリザは気さくに右手を差し出してきた。同じ風属性(を装っている僕)として、彼女は親近感を抱いているようだ。
「リンネ・アルベールだ。よろしく、エリザ」
「ちょっと、私を無視しないでよ! 私はユーリ。出血したら私が止めてあげるから安心して!」
水属性らしいユーリの物騒な挨拶にエリザが苦笑する中、僕は校庭の隅で一人、魔石を弄んでいる少年に目が留まった。その少年は170センチほどの背丈があり、十歳にしてはかなり大人びて見える。
「……結晶内のマナ密度が一定じゃねえな。これじゃあ発光が安定しねえ」
ぶつぶつと独り言を呟く少年に、僕は無意識に歩み寄っていた。
「結晶の格子欠陥が原因じゃないかな。マナを流す前に、熱で一度構造を均一化すれば安定するはずだ」
「……あ?」
少年が顔を上げた。鮮やかな金髪に、好奇心の塊のような瞳。彼は僕の顔を見て一瞬呆然としたが、すぐにニカッと豪快に笑った。
「すごいな、あんた! その通りだよ、試してみる価値はありそうだ。俺はキース・エンタープライス。光属性だ。あんた、魔法の理論に詳しいのか?」
「物理現象に興味があるだけだよ。僕はリンネ」
キースは光魔法を付与した結晶を専門に研究しているのだという。この世界において光魔法は、攻撃手段としては燃費が悪く、治癒魔法ほど重宝されない。だが、キースの目は違った。
「俺はさ、この魔法を『灯かり』として確立したいんだ。夜の街を、魔法の結晶で昼間みたいに明るくする。そうすれば夜の犯罪も減るし、みんなの生活が劇的に変わるはずだ。いつかこの技術で、国に貢献してやるのが俺の夢なんだよ!」
少年の純粋な夢。軍事利用や自己顕示のために魔法を競い合うこの学校で、彼は「社会への貢献」という実用的な視点を持っていた。
(……光の粒子性、あるいは波動性。キースの魔法を僕の『ルールスペース』でコヒーレントな光へと収束させることができれば、それはただの灯かり以上の価値……レーザーとしての軍事的・通信的価値を持つことになる)
「面白いね、キース。君のその考え、嫌いじゃないよ」
「本当か!? 学校の連中はみんな派手な魔法ばかり追いかけて、俺の『灯かり屋』なんて馬鹿にするんだ。リンネにそう言ってもらえるとやる気が出るぜ!」
キースは晴れやかな笑顔で僕の手を握った。
風を操るエリザ、液体の支配者ユーリ、そして光の実用化を目指すキース。
魔法という曖昧な力を学ぶこの場所で、僕の物理学による解体と再構築が、着実に協力者を集め始めていた。
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