白亜の拒絶と、捨てられた王冠
カストラート王国。母メアリの故郷であり、白亜の塔が立ち並ぶ美しい国。
だが、竜騎士マリアンヌの背に乗って辿り着いたその地は、僕が夢想していた温かな「実家」などではなかった。
「……何の用だ。エルウィンの王子を連れて、この時期に」
深夜、秘密裏に設けられた謁見の間。
玉座に座る老婆――僕の祖母であるエヴァ・カストラート王妃の瞳には、孫を迎える慈しみなどひとかけらもなかった。
マリアンヌが膝をつき、エルウィン王都がウルク帝国の「空飛ぶ鉄の怪物」による襲撃を受けたこと、王城が陥落したことを報告する。エヴァ王妃の眉間に深い皺が寄った。
「帝国が開発したという新型兵器の噂は聞いていたが……。マリアンヌ、貴殿はなぜこの子を連れてきた。エルウィンが滅んだ今、その王子を匿うことが何を意味するか分かっているのか」
「……っ。ですが、彼はメアリ殿下の忘れ形見です!」
「この国は今、帝国の半属国として辛うじて命脈を保っている。帝国の『獲物』を拾い上げれば、明日は我が身だ。……その子は、死んだことにしなさい」
祖母の言葉は、氷のように冷たかった。マリアンヌはリーンの「戦果」については、彼の身を守るためにあえて伏せていたが、それでも存在そのものが政治的リスクだった。
沈黙が広がる中、祖母の傍らに控えていた男が、興味深げに僕の顔を覗き込んだ。カストラート王国宰相、エイナス・アルベール。
「……王妃様。少しよろしいでしょうか」
エイナスは僕の顔をじっと見つめ、驚いたように目を見開いた。
「この殿下……亡きメアリ殿下の幼少期に生き写しなだけでなく、我が娘ユーリにも瓜二つだ。王妃様、この子を私の屋敷で預かりましょう。私の妻が産み、病弱で屋敷内で育てていた『双子の兄』……として」
「宰相、何を言っている」
「帝国も、まさか私の屋敷にエルウィンの生き残りがいるとは思いも寄りますまい。戸籍は私が操作します。……さて、殿下。これより君はエルウィンの名を捨てねばならない。新しい名は何が良いかな?」
エイナスの問いに、僕は少しだけ考えた。
エルウィン、そして椿真次としての自分。二つの生を経て、今ここにいる自分。
(リーンに近い響き……そして、巡り続ける運命)
「……『リンネ』。リンネ・アルベールと名乗ります」
心の中で「輪廻」という言葉を反芻しながら、僕はそう告げた。
こうして、エルウィン王国の第四王子リーンは消え、アルベール宰相の「息子」リンネが誕生した。
***
数日後。僕は髪を鮮やかな緑色に染め、アルベール館の門を潜った。
そこに、弾丸のような勢いで飛び出してきた「影」があった。
「お父様! お帰りなさい! ……えっ?」
足を止めたのは、僕と全く同じ背丈、同じ顔立ちをした少女だった。彼女こそ、従妹のユーリ・アルベール。
彼女は僕をじっと見つめ、数秒後、その瞳をキラキラと輝かせた。
「まあ! お父様、この可愛い子だれ!? もしかして、私の妹!?」
「あ、いや……ユーリ。彼は今日からお前の兄のリンネ……」
「そんなのどうでもいいわ! 見て、私とそっくり! まるでお人形さんみたい!」
ユーリは僕の腕を強引に掴むと、そのまま屋敷の中へと引きずり込んだ。
リオンに鍛えられた身体能力も、この少女の予測不能な勢いの前では形無しだ。
「さあ! 旅の汚れを落とさなきゃ! 一緒にお風呂に入りましょう、リンネちゃん!」
「……は!? ちょっと待て、ユーリ! 僕は男だ、あとちゃん付けはやめろ!」
「何言ってるの、こんなに美少女なのに! 恥ずかしがらなくていいのよ、脱いじゃえば一緒なんだから!」
「待て、離せ! 重力操作を使うぞ! 本気で使うぞ!」
「きゃはは、何それ! 面白い遊び!」
バタン、と景気良く閉まった脱衣所の扉。
直後、アルベール館に、リーンの悲鳴にも似た「物理的な抗議」と、ユーリの楽しげな笑い声が響き渡った。
母を失い、国を追われ、たどり着いた新天地。
僕の「第二の人生」は、どうやら前世の格言通り「事実は小説よりも奇なり」といった風情で幕を開けたようだった。
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