帝国の産業革命。量産される銃火器と、リンネの次なる一手
ウルク帝国の首都・帝都アルカディア。
かつて魔導師の詠唱と獣人の咆哮が支配していたその街は、今、異様な「音」と「煙」に包まれていた。
ダニエル・ノートン少佐と技師ヴィクター・メンゲレの指導の下、帝国の鉄工所は瞬く間に「兵器工場」へと作り替えられた。魔動機を動力源とした旋盤が唸りを上げ、高炉からは火花が散る。
帝国の獣人兵たちは、慣れない手つきで油にまみれ、鋼鉄の部品を組み立てていた。
「……野蛮な光景だな」
工場の高台から、ダニエルは冷ややかにその光景を見下ろしていた。
そこにあるのは、彼が故郷から持ち込んだ「工業」の劣悪な模倣品だ。
皇帝の命により、秘匿していたM1ガーランドの設計図と、それを形にするための工作機械の知識を、彼は「土人」と見下す獣人たちに供与せざるを得なかった。
「少佐、第一陣の一千丁が完成しました。……例の『細工』、全数に施してあります」
ヴィクターが耳打ちする。ダニエルは口角をわずかに上げた。
量産されたガーランドの撃針には、特定の回数以上の連射、あるいは特定の魔力波長に反応して破断する「脆化処理」が施されている。
帝国軍がこの銃でカストラートを蹂躙した後、もし牙をダニエルたちに向けようものなら、その手にあるのはただの鉄屑に変わるという寸法だ。
「いいだろう。……地上軍にはそのガラクタを持たせておけ。我々の本命は、あくまで『空』だ」
工場の奥、巨大な幕で隠された一角では、超大型爆撃機『B-29』の修復と換装が急ピッチで進んでいた。
◇◇◇◇◇
帝国の「産業革命」という名の軍備増強は、カストラート王国にとって死のカウントダウンに等しかった。
偵察竜からの報告によれば、帝都では不気味なほどの黒煙が上がり、秘匿されていた技術が次々と「形」を成しているという。
「……ダニエルたちは、確実に『空』から来る」
地下工房の奥、僕は巨大な羊皮紙に、見たこともない兵器の設計図を描き進めていた。
隣で図面を覗き込んでいたユーリが、眉をひそめる。
「リンネ、これは何? ……ただの巨大な大砲には見えないけれど」
「**88mm高射砲――通称『アハト・アハト』だ。そして、それを運用するための、王都を囲む五基の巨大要塞――『高射砲塔』**の建設計画だよ」
―1. 「空の論理」への回答―
僕が懸念しているのは、帝国の地上軍ではない。 マリアンヌの遺した情報から推測される、超高空を音速に近い速度で飛行する爆撃機の存在だ。既存の防御魔法や弓矢では、雲の上を飛ぶ敵を捉えることすらできない。
「いいかい、ユーリ。敵は地上五千メートル、あるいは一万メートルという高高度から、一方的に死を降らせてくる。それに対抗するには、こちらの攻撃をその高度まで『届かせる』初速と、確実に仕留める『精密さ』が必要なんだ」
僕は、工兵たちが運び込んだ重厚な鋼材に手を触れた。
ルールスペース・フェーズ2――『等価量産』。
設計図にある「ライフリング(腔線)」の螺旋構造を空間に定義し、鋼材の内部を分子レベルで削り出していく。
魔導師には不可能な、ナノ単位の超精密加工。
やがて、美しくも禍々しい長大な砲身が、工房の中に姿を現した。
―2. 魔法を超越する「VT信管」―
「でも、あんなに高いところを飛ぶものに、大砲を当てるなんて無理じゃない? 風だってあるし……」
「ああ、直撃させるのは不可能に近い。だから、**『近接信管(VT信管)』**を導入する」
僕は作業台の上に、親指ほどの小さな部品を並べた。
「これは、弾丸の先端に組み込む超小型の無線装置だ。弾丸自身が周囲の『物体』を検知し、敵機の近くを通過した瞬間に、自動で爆発する。直撃せずとも、爆風と破片で敵を墜とすんだ」
本来なら真空管技術や複雑な回路が必要だが、僕はそれを「ルールスペース」による空間定義で代用する。
定義:弾体周囲30メートル以内に高密度の質量を検知した場合、内部炸薬を強制点火する。
この「物理の罠」が、魔導師たちの想像を絶する迎撃網を作り出す。
―3. 王都防衛網の構築―
数日後、王都の要所に巨大なコンクリートの巨塔が聳え立った。
•高射砲塔: 厚さ数メートルの鉄筋コンクリートで固められた、高さ30メートルを超える要塞。
•屋上: 四連装の高射砲を配備し、360度の全周射界を確保。
•内部: 数千人の市民を収容可能な防空壕と、数万発の予備弾薬庫を完備。
「これなら……。あの『銀色の鳥』が来ても、追い払えるわね」
ユーリはアイギスの腕輪を握りしめ、塔の上から空を仰いだ。
彼女には、この塔から放たれる弾丸の弾道を、風魔法で微調整し、さらに水魔法のレンズで敵機を視認する「観測手」の役割を担ってもらう。
「ユーリ。帝国は一カ月以内に一万の銃を持って戻ってくるだろう。だが、彼らが空を見上げた時、そこにあるのは自由な空じゃない。……僕たちが書き換えた、**『鉄の天蓋』**だ」
僕は、腰に携えたガバメントの感触を確かめた。
ダニエル・ノートン。あなたが空から絶望を運んでくるというなら、僕は地上から「理不尽な死」を叩き返してやろう。
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