反逆の嫌疑、鋼の強制受諾
ウルク帝国の軍事会議室は、かつてない怒号と疑念に包まれていた。
国境付近での惨敗――五千の軍勢が、魔法も使えぬはずの工兵隊に蹂躙されたという報告は、帝国の武官たちに底知れぬ恐怖と屈辱を与えていた。
「説明しろ、ノートン将軍ッ! なぜカストラートの連中が、貴様らしか持たぬはずの『鋼鉄の小銃』を千丁も抱えているのだ!」
虎の獣人将軍ボルドスが、血走った眼でダニエル・ノートンを指差す。
机の上には、戦場から回収された数発の 30-06 弾の空薬莢が転がっていた。
「一週間前、ポート・サウスで貴様の部隊が奪われた銃はわずか十丁のはず。それがなぜ、一週間足らずで千丁に増殖している!? これは裏切りだ! 異世界人の誰かが、カストラートに製造法を売り渡したに違いない!」
他の将軍たちからも「スパイを炙り出せ!」「耳無しどもを信用したのが間違いだった!」と罵声が飛ぶ。
その喧騒の渦中で、ダニエルはただ一人、凍り付いたような表情で報告書を見つめていた。
(……一週間で千丁だと? ありえん。旋盤も、焼き入れの設備も、火薬の精製プラントもこの世界には存在しない。報告にあった『雷撃の暗殺者』……ヴィクターが孤島で遭遇したというあの『小僧』か? 一体どんな手品を使いやがった……)
ダニエルは直接その少年を見たことはない。だが、ヴィクター・メンゲレが「私の設計を理解していた」と忌々しげに語っていた報告、そして今回の「理外の量産スピード」。それらが、一人の正体不明な存在へと収束していく不気味さを感じていた。
◇◇◇◇◇
「黙れ…」
低く、だがすべての騒音を塗りつぶす声が玉座から響いた。
アドリアン・アレキサンドルⅥ世。金と青のオッドアイが、退屈そうに眼下の群臣を見下ろしている。
「陛下! 異世界人の裏切りは明白です! 直ちにノートンを拘束し――」
「ボルドス、黙れ。……裏切りなど、どうでもいい」
皇帝は気だるげに頬杖をつき、ダニエルを見据えた。
「ダニエル。卿がこの世界をどう思おうと、私には関心がない。だが、敵が卿の秘匿していた玩具を『実用品』として戦場に並べて見せた。……これは、卿の見通しの甘さが招いた結果だ」
「……弁解の余地もございません、陛下」
ダニエルは深々と頭を下げた。屈辱で奥歯を噛み締める。
「卿はこの世界に不純物を持ち込んだ。ならば、その責任は果たさねばなるまい。……帝国軍全軍に、その『M1ガーランド』とやらを配備せよ。卿が秘匿していた設計図、工作機械、火薬のレシピ、そのすべてを開示し、一カ月以内に一万丁を量産するのだ」
ダニエルの顔が、苦渋に歪んだ。
彼にとって、近代兵器の知識はこの世界における唯一の「特権」であり、帝国の獣人たちを支配下に置くための切り札だった。それを、ただの「兵装」として野蛮な獣人たちにバラ撒くなど、軍人としても、技術的優位性を守る立場としても耐え難い。
「……承知いたしました。一カ月で、一万丁……用意させます」
「よろしい。ボルドス、地上部隊は一度後退させ、再編成しろ。鉄の雨には、より重い鉄の壁で応じる。……ダニエル、卿が『遊び』で用意した強化装甲の改良も急げ。次は、単なる鉄板ではないものを用意しろ」
「はっ……御意のままに」
◇◇◇◇◇
会議が終わり、執務室に戻ったダニエルは、デスクの上の灰皿を床に叩きつけた。
「クソが……ッ! どこの誰だか知らんが、あの小僧……とんでもないパンドラの箱をこじ開けやがったな」
背後で控えていた技師のヴィクターが、怯えたように声をかける。
「少佐……本当に、M1の技術をすべて渡すのですか? 奴らにオートマチックの火力を与えれば、我々の優位性が……」
「渡すしかないだろう! 皇帝は確信している。俺たちが『出し惜しみ』をしていたことを。……だが、タダでは渡さん」
ダニエルは窓の外、撤退を開始した帝国軍の長い列を冷ややかに見つめた。
「ヴィクター。量産型には『安全装置』という名の欠陥を組み込め。いざとなれば俺たちの合図一つで動作不良を起こすガラクタを混ぜる。……それと、B-29の整備を急げ。地上軍が鉄砲ごっこをしている間に、俺たちは『空の論理』で王都を焼き払う」
帝国軍は一時撤退。だが、それはさらなる地獄の始まりに過ぎなかった。
ダニエルから供出される近代兵器の知識。それは、魔法に頼り切っていた帝国の軍備を、一気に二十世紀の「総力戦」へと加速させていく。
「カストラートにいる『見えない天才』君。……君が始めたこのゲーム、最後の一撃を叩き込むのは俺たち空軍だ」
暗い執務室で、ダニエルは一丁のガバメントを手に取り、冷たく微笑んだ。
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