葬列の丘、誓いの静寂
カストラート王国の王都を見下ろす、なだらかな丘。
かつてマリアンヌと共に、エルウィン王国からの亡命の旅路を終えて初めてこの街を目にした、思い出の場所だ。
僕は自分の手で土を掘り、彼女を埋葬した。
ルールスペースを使えば、一瞬で土を移動させることも、完璧な墓標を削り出すこともできた。けれど、僕はそうしなかった。手のひらに伝わる土の冷たさと、爪の間に食い込む痛みが、今の僕には必要だった。
「……マリアンヌ。今は、この場所で我慢してほしい」
僕は土を被せたばかりの小さな盛り土を見つめた。
彼女はエルウィン王国で生まれ、僕とエドワードを繋ぐ唯一の連絡役として、その命を燃やした。彼女が愛し、取り戻したいと願っていたのは、今は帝国の軍靴に踏みにじられている故郷――「エルウィン領」だった。
「誓うよ。必ず故郷を取り戻す。帝国を追い出し、理不尽をすべてねじ伏せて……その時、君を本当の故郷へ連れて行く。エルウィンの美しい丘に、君の墓を立て直すと」
言葉は虚空に吸い込まれ、返事はない。
最後に触れた彼女の頬の冷たさが、今も指先に張り付いて離れなかった。
王都へ戻ると、僕は愛竜ノワールを王城の竜舎へと預けた。
ノワールも主の異変を察しているのか、悲しげな鳴き声を一度上げ、僕の肩に鼻先を寄せた後、静かに檻の奥へと消えていった。
そのまま、僕は泥にまみれた工兵の服のまま、宰相邸の執務室へ向かった。
「……リンネか。ポート・サウスの件は見事だっ――」
出迎えた義父エイナスの言葉が止まる。僕の顔、そして返り血を浴びた服を見て、彼はすべてを悟ったようだった。
「報告します。帝国の補給部隊は、異世界人による偽装でした。敵は我々の論理を逆手に取った罠を仕掛けていた。……ジョーンズ・カフマン軍曹、およびその部隊は排除しましたが、協力者であったマリアンヌが……戦死しました」
「マリアンヌが……。エルウィンからお前を支え、エドワードとの橋渡しを完遂してくれた、あの娘が。……そうか。私の配慮が足りなかった」
「……緊急の要件でない限り、しばらく僕を呼ばないでください。次の演算には……少し、時間が必要です」
僕は義父の慰めを遮るように、冷たく言い放った。
エルウィンから僕を慕ってついてきてくれた唯一の理解者を失い、一人になった僕に残されたのは、より冷酷に研ぎ澄まされた破壊の計算式だけだ。
足早に自宅へと戻った僕は、自室の扉を閉め、鍵をかけた。
窓を閉ざし、闇の中に座り込む。翌朝になっても、僕は部屋から一歩も出なかった。食事にも手を付けず、ただ暗闇の中でマリアンヌの最期の言葉を反芻していた。
「……リンネ、入るわよ」
昼過ぎ、ノックの音と共に、鍵をかけたはずの扉が開いた。
魔法で無理やり開錠したのだろう。そこに立っていたのは、ユーリだった。
彼女の瞳は赤く腫れていた。父からマリアンヌの死を聞いたのだろう。だが、その瞳には悲しみ以上に、強い意志の光が宿っていた。
「……帰れよ、ユーリ。今は誰の顔も見たくないんだ」
「見たくなくても見せるわ。あなたがそんな風に閉じこもってたら、マリアンヌが浮かばれないじゃない」
ユーリは僕の隣に寄り添うように座り込んだ。
「……ごめんなさい。私がもっと強ければ、あなたと一緒に戦場へ行って、彼女の代わりに……」
「それは無理だ。敵は異世界人だ。物理も魔法も通じない領域を持っている。……君まで死なせるわけにはいかない」
「なら、私が死なないくらい強くなればいい。リンネ、私……決めたわ」
ユーリは僕の手を強く握りしめた。
「マリアンヌが担っていた役割、彼女が捧げた忠誠、そのすべて……私が引き継ぐ。あなたがエルウィンを取り戻すまで、私があなたの『盾』にも『矛』にもなってあげる。だから、一人で全部背負い込まないで」
「……ユーリ」
「あなたは世界の理を書き換えるんでしょう? だったら、私はその理を守る番人になる。誓うわ、リンネ。もう二度と、あなたにこんな顔はさせない」
彼女の力強い言葉が、泥沼に沈んでいた僕の意識を強引に引き上げた。
マリアンヌを失った穴は決して埋まらない。けれど、隣に立つ者の温かさが、再び僕の演算回路に熱を灯していく。
「……わかった。ユーリ、君にも手伝ってもらう。……今度は、誰も墜とさせないための『防壁』を構築する」
僕は立ち上がり、厚いカーテンを開けた。
差し込む陽光に目を細めながら、僕はデスクに向かう。
悲しみは、燃料に変えればいい。僕は再びペンを握り、ダニエル・ノートンを墜とし、故郷を奪還するための、最も残酷で完璧な方程式を書き始めた。
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