灰色の雪、紅の挽歌
帝国の補給路を見下ろす、峻険な断崖。
僕はマリアンヌを連れ、最適な狙撃地点に潜伏していた。
視界には、のろのろと進む帝国軍の輸送馬車。だが、レールガンを放とうとした瞬間、背筋に凍り付くような悪寒が走った。
「――伏せろ、マリアンヌ!」
直後、空気を切り裂く鋭い音が響く。
敵の狙撃。それも魔法ではない。火薬による加速、超音速の鉛弾。
僕は反射的に『支配空間』を展開し、弾丸の運動ベクトルを強制反転させた。
キン、という硬質な音と共に弾丸が弾け飛ぶ。
強制反転した弾丸は狙撃者に当たった事を感覚で把握した。
「……あいつら、僕を『観測』していたのか」
そして、岩陰から飛び出したのは、黒い軍服に身を包んだ一団。
その先頭には、冷淡な眼差しでこちらを凝視する男――ジョーンズ・カフマン軍曹がいた。
「雷撃の暗殺者……いや、ただのガキか。ヴィクターの言った通りだ」
ジョーンズが合図を送ると、周囲の異世界人兵士たちが一斉に小銃を構える。
僕は指先に、生成したばかりの劣化ウラン弾を装填した。
指を弾く――物理法則によって電磁加速された「指弾」が、異世界人たちの眉間を次々と貫き、肉片へと変えていく。
だが、ジョーンズだけは違った。
彼は弾丸を紙一重で回避し、異常な踏み込みで間合いを詰めてきた。
「死ね、イレギュラー!」
軍曹の振るうコンバットナイフが、僕の喉元をかすめる。
僕はすぐさまルールスペースで、彼の周囲の酸素をゼロに書き換えようとした。窒息――どんな強者も抗えない物理の審判。
……しかし。
(……効かない!? なぜだ、大気組成は書き換わっているはずなのに!)
ジョーンズは平然と息をつき、ナイフを突き出してくる。
よく見ると、彼の皮膚の表面に、極めて薄い、だが強固な「膜」が展開されていた。ルールスペースの干渉を、わずか数ミリの境界線で遮断している。
「……魔法じゃねえ。俺たち『異世界人』がこの世界に適応するために纏っている、存在の防壁だ」
焦りが脳を焼く。物理が通じない相手など、僕の計算にはなかった。
その隙を、戦場のプロは見逃さない。
「終わりだ」
振り下ろされたナイフ。死の予感に体が凍り付いたその時、温かな体温が僕を突き飛ばした。
「――リンネ様!!」
鈍い音が響く。
マリアンヌの細い体が、ジョーンズのナイフを深々と受け止めていた。
「マリアンヌ……ッ! なぜ!」
「……足手まといには……なりたく……なかったから……」
彼女の口から鮮血が溢れる。
僕はマリアンヌを抱きしめたまま、ジョーンズと共に崖際へと縺れ込んだ。ルールが効かないのなら、物理的な位置エネルギーを利用するしかない。
僕はマリアンヌを抱え、わざと足を踏み外して崖下へ転落した。
「墜ちたか……」とジョーンズが崖から覗き込んだその瞬間。
僕は空中の一点で『慣性』をゼロに固定し、重力を無視して滞空した。
フィールドの効果範囲は、彼の体表数ミリ。ならば、その外側から叩き込むだけだ。
「……計算、終了。消えろ」
至近距離、無防備に晒されたジョーンズの頭部へ、最大出力の指弾を叩き込んだ。
音速を超えた劣化ウラン弾が彼の頭部を粉砕し、死体は崖下へと消えていく。
静寂が戻った崖の上。僕は血に染まったマリアンヌを地面に横たえた。
「マリアンヌ、今すぐ治癒魔法を……学園の連中を呼ぶから……!」
「……いいえ、もう……分かります……。ごめんなさい……リンネ様。私……ずっと、不甲斐なくて……あなたの隣にいる資格なんて……本当は……」
彼女の手が、震えながら僕の頬に触れる。
「でも、これだけは……伝えたくて……。私は、あなたを……心から……敬愛して……いました……」
光を失っていく瞳。繋いでいた手の力が、ふっと抜けた。
「……マリアンヌ? 嘘だろ、おい。目を開けろよ……マリアンヌ!!」
叫びは虚しく夜の森に消えていく。
かつて、守れなかった母の記憶が、今の彼女の死と重なり、僕の精神を切り刻む。
物理法則をどれだけ書き換えても、失われた命の時計を逆回転させることはできない。
「あああああぁぁぁ!!」
失意と慟哭。
僕は冷たくなったマリアンヌの亡骸を抱きかかえ、闇の中から現れた愛竜・ノワールの背に乗り込んだ。
空へ。
復讐の炎が、僕のルールスペースをより黒く、より冷酷に塗り替えていくのを、僕はただ静かに受け入れていた。
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14年前に書いた思い入れのある作品を、今の全力で毎日リメイク投稿しております。
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