銀翼の独白と、網条の罠
ウルク帝国の軍事司令部、その最深部にある執務室。
ここは魔法の残り香が漂う宮殿の中で唯一、重油と機械油、そして安煙草の匂いが染み付いた「異界」だった。
「……ったく、どいつもこいつも『騎士道』だの『魔導の誇り』だの。中世の絵本から飛び出してきたような連中ばかりだ。戦場の主役が馬から内燃機関に変わったことすら、あの連中の厚い毛皮には浸透しないらしい」
アメリカ空軍少佐ダニエル・ノートンは、安物の回転椅子に深く腰掛け、天井に煙を吐き出した。
デスクの上に置かれた灰皿には、すでに数本の吸い殻が積み上がっている。
「少佐、お疲れ様です。……また猫耳の閣下たちに『耳無し』呼ばわりされましたか?」
扉の脇で直立していた部下、ジョーンズ・カフマン軍曹が、皮肉めいた笑みを浮かべてコーヒーを差し出した。
「ああ。挙句の果てには、戦艦を沈められたのは俺たちが持ち込んだ兵器の不備だとのたまわった。運用もまともにできん無能どもを、ボイラー室に放り込んでやりたくなったよ」
ダニエルはコーヒーを啜り、苦々しく顔を歪める。
「まあ、お手並み拝見といこうじゃないか。ボルドス将軍自慢の地上部隊が、あの『新兵器』を持った敵を相手にどこまで戦えるか。……だが、ジョーンズ。気になることがある」
ダニエルが傍らに控えていた開発技師、ヴィクター・メンゲレに視線を送った。
ヴィクターは眼鏡のブリッジを押し上げ、数枚の報告書を広げる。
「少佐。ポート・サウスで確認された現象……音なき爆発と、魔力の揺らぎを伴わない光子攻撃。これに見覚えがあります。……孤島での実験中、迷い込んできたあの『小僧』です」
「報告にあった、あのガキか? まさか。あれはただの迷子だろう」
「いいえ。あの時、私の設計した機力回路(魔法回路)を、彼は『理解』して見ていました。今のカストラート王国で起きていることは、魔法の延長線上にはない。……あれは、我々と同じ『論理』による破壊です」
ダニエルの目が鋭く細まった。
窓の外、帝国の補給路の地図が広げられた壁を見つめる。
「最近、補給部隊を神出鬼没に襲撃している『雷撃の暗殺者』か……。魔法の気配を一切させず、不可視の距離から一撃で指揮官の眉間を撃ち抜く。現場の連中は雷属性の魔法使いだと思い込んでいるが、ジョーンズ、お前はどう見る?」
ジョーンズは地図の一点を指差した。
「雷なんて生易しいもんじゃありません。あれは初速マッハを超える、超高速の弾丸……あるいは収束された光子束です。狙撃ポイントを分析しましたが、どれも物理的に最適な位置を選んでいる。……ただの魔法使いにできる芸当じゃありませんね」
「……決まりだな。その『小僧』か、あるいは同郷の知識を持つ何者かが向こう側にいる。放置しておけば、ボルドスの十万の軍勢も、ただの肉塊に変わるぞ」
ダニエルは椅子から立ち上がり、ジョーンズと地図を囲んだ。
「ジョーンズ。ボルドスの地上軍が進軍を開始すれば、必ず『雷撃の暗殺者』は補給部隊を狙撃しに来る。奴の狙撃ポイントを絞り込め。射線、遮蔽、風向、逃走経路……あいつが『合理的』であればあるほど、その行動は読み切れる」
「了解です、ボス。輸送馬車に見せかけたトラップを用意しましょう。……狙撃ポイントはこの三箇所の丘。そのすべてに、魔法障壁を重ねた新型の感圧式対人地雷と、狙撃兵を配置します」
ダニエルの口元に、残忍な笑みが浮かんだ。
「ああ。逆罠だ。不可視の死神が、自分こそが『観測』されていると気づいた時の顔が見てみたい。……いいか、ジョーンズ。これは戦争じゃない。物理を理解した者同士の、演算の奪い合いだ」
帝国の傲慢な将軍たちが知らないところで、現代戦の知識を持つ二人の異世界人による、リンネ包囲網が音もなく張り巡らされていく。
「さあ、踊ってもらおうか。小さな『雷撃の暗殺者』君」
ダニエルは未練なく煙草を揉み消すと、次の作戦指示書へとペンを走らせた。
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