傲慢なる玉座と、鋼鉄の理論
ウルク帝国の帝都、その中心にそびえ立つ「黒鋼の宮殿」。
かつての壮麗な石造りの建築は、今や異世界の技術による鉄骨と、不気味に明滅する魔導回路によって無機質な要塞へと変貌を遂げていた。
玉座に深く背を預け、頬杖をついているのは、帝国最高権力者アドリアン・アレキサンドルⅥ世。
彼が退屈そうに瞬きをするたび、金と青――左右で色の異なる「オッドアイ」が妖しく光る。それは、この世界において複数の属性魔法を完全に制御できる、選ばれた超越者の証でもあった。
「……ほう。ポート・サウスの駐屯部隊が、一晩で瓦解したか」
アドリアンの声は、まるで今日の献立を聞くかのように気だるげだった。
御前で膝を突く伝令兵は、その静かな声に含まれた圧倒的な重圧に、猫耳をぴたりと伏せて震えている。
「は、はい……。停泊していた戦艦三隻もすべて大破沈没。魔力探知には一切反応がなかったとの報告であります……」
「魔法を使わずに戦艦を沈める、か。……ノートン将軍。君が提供したあの『鋼鉄の牙』とやらは、案外脆いものだな」
アドリアンの視線が、玉座の脇に直立する一人の男へと向けられた。
黒い軍服を隙なく着こなし、その胸に黒竜の勲章を光らせる男――「黒竜将軍」ダニエル・ノートン。この世界にB-29と近代兵器の知識を持ち込んだ、異世界人である。
ダニエルは表情を一つ変えず、冷徹な口調で応じた。
「陛下。兵器とはシステムの構成要素に過ぎません。どれほど優れた牙を与えても、運用者が凡庸であれば、それはただの鉄屑です。……今回の失態は、魔力探知のみに依存し、目視による哨戒を怠った現場の怠慢。それ以外に理由はありません」
「……何だと? 貴様、今の言葉は聞き捨てならんな!」
作戦会議室のテーブルを叩き、一人の獣人将軍が立ち上がった。虎の耳を持つその男、ボルドス将軍は顔を真っ赤にしてダニエルを睨みつける。
「我が精鋭たちが怠慢だと!? 貴様こそ、魔法も使えぬ『耳無し』の風情で、我ら高貴なる魔導戦士を教え導こうなどと……! あの戦艦とやらも、結局は我らの魔力を吸い取るだけの役立たずではないか!」
「虎族の耳が短いのは、脳に情報が届く経路が短いからだと思っていましたが……どうやら情報が届いても中身が空っぽでは、処理もできませんね。ボルドス将軍」
ダニエルの辛辣な返しに、会議室に緊張が走る。
「貴様……ッ!」
「事実を言ったまでだ。魔力レーダーに映らない爆発だと? それはつまり、化学反応による『爆薬』の知識を敵が持っているか、あるいはそれを上回る物理的な干渉を受けたということだ。魔法に頼り切り、現象の根源を理解しようとしない貴公らには、一生かかっても理解できまい」
「ええい、黙れ! 陛下、このような得体の知れぬ異世界人の妄言、これ以上聞き入れる必要はございません!」
ボルドスはアドリアンに向き直り、力強く進言した。
「ポート・サウスの件は、おそらくカストラートの残党が捨て身の自爆攻撃を仕掛けたに過ぎませぬ。海からの攻めが難しければ、地上から踏み潰すまで! 我が地上軍、十万の鉄騎兵を動かしましょう。物理だの化学だのという小細工ごと、魔法の炎で焼き尽くしてご覧に入れます!」
他の将軍たちからも「そうだ!」「地上から一気に王都を落とすべきだ!」と賛同の声が上がる。
アドリアンは、騒ぎ立てる将軍たちと、冷めた目でそれを見つめるダニエルを交互に見た。
そして、気だるげに細長い指を弾く。
「……よかろう。ボルドス、地上軍の進撃を許可する。カストラートの『新王』が、どれほどの理を積み上げているのか……この目で確かめるとしよう」
「ははっ! ありがたき幸せ!」
歓喜に沸く将軍たち。だが、ダニエルだけは窓の外――カストラート王国の方向を見つめ、独り言ちた。
「……地上戦か。地獄へようこそ、閣下。君たちが戦おうとしているのは、ただの軍隊ではなく、『新時代の論理』そのものだということに、まだ気づいていないのか」
帝国の傲慢が、巨大な軍勢となって動き出す。
その影で、ダニエルは自らの手で調整を続けている「真の切り札」――銀色の死神たちのエンジン音を、脳内で反芻していた。
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