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リーンカーネーション・サーガ:極点物理の支配者 〜亡国の王子はルールスペースで世界の理を再構築する〜  作者: 八咫烏


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静寂の臨界点

新月の夜、カストラート王国の静寂は、冷徹な「演算」によって破られた。

王城の回廊を、足音を消した一団が駆ける。先頭に立つのは王太子エドワード。そして背後には、地味な工兵の軍服に身を包んだ僕――リンネの姿があった。

 緑に染めた髪は夜の闇に溶け込み、かつて「無色の忌み子」と呼ばれた白髪の王子の面影はどこにもない。政務から遠ざけられ、公の場に一度も姿を見せなかった「第四王子」の正体を知る者は、この国でも数えるほどしかいなかった。


玉座の間。エドワードが突きつけた退位勧告状に対し、老王は抵抗しなかった。

 かつての栄光に縋り、迫りくるウルク帝国の影から目を逸らし続けた男。彼は、背後に控える僕たち工兵が手にする「量産型フォトン・バレル」の、魔力とは異質の冷たい圧迫感に気圧されたようだった。

 流血のない政変。だが、これはこれから始まる「戦争」の序曲に過ぎない。


「……リンネ、城の制圧は完了した。これより、第二フェーズへ移行する」

「了解しました、殿下。……『掃除』の時間です」


僕は工兵部隊を率い、王都の喉元である港湾都市ポート・サウスへと向かった。

 そこには、帝国が駐屯させている巨大な鋼鉄の軍艦が三隻、黒い獣のように居座っている。かつてエルウィンを襲った爆撃機を思わせる、異様なほど機能的なシルエット。あの開発主任だった男――ヴィクター・メンゲレという技師が関わっているに違いない。


(あの時、見えたあの冷たい計算高い目……。あれと同じ種類の『合理性』が、あの船には詰まっている)


僕が知っているのはあの技師の顔だけだ。帝国軍を実質的に操っているという「異世界人の隊長」の名も、その正体も、まだ僕は知らない。


「『支配空間(ルールスペース)』――展開。範囲、半径二十メートル」


港へ潜入した僕は、空間を発動させた。

 モノクロームに染まった空間内では、空気の振動――すなわち「音」を物理的に消去する。僕たちの足音も、ダイナマイトが詰まった背嚢が擦れる音も、帝国兵の耳に届くことはない。


巡回中の帝国兵が僕のすぐ横を通り過ぎる。だが、光学迷彩を纏った僕たちを認識することは出来なかった。気配を消した僕達を、帝国の魔力探知機(レーダー)も捉えられない。


「……設置完了。ここがボイラー室の真横、構造的な脆弱点です」


工兵たちがダイナマイトを戦艦の舷側へ取り付けていく。魔力に依存しないこの爆薬は、属性防御結界をスルーし、純粋な物理衝撃を船体に叩きつける。

 僕達は速やかに離脱し、駐屯地を一望できる高台へと移動した。


「化学反応によるエネルギー解放まで、あと五秒。……三、二、一。――定義、臨界」


僕はスイッチを押した。


――ズ、ズゥン!!


腹に響くような重低音が響き、夜の海が真っ赤に染まった。

 魔法の火球(ファイアボール)のような「膨張」ではない。超音速の衝撃波が鋼鉄をひしゃげさせ、水中で弾薬庫を連鎖爆発させる、純粋な破壊の物理学。

 帝国の誇る「不沈艦」が、わずか数秒で横倒しになり、海の中へと引きずり込まれていく。


「な、なんだ!? 何が起きた! 魔法反応はないぞ!」

「敵襲だ! 迎撃しろ!」


混乱する駐屯地。帝国兵たちがパニックに陥る中、僕は高台からフォトン・バレル隊に合図を送る。

 闇夜に走る、無数の光子束の糸。魔力障壁を貫通する「光の狙撃」が、指揮官クラスを次々と沈めていく。


◇◇◇◇◇


ポート・サウスの夜を切り裂いた爆炎は、帝国軍にとって悪夢の始まりに過ぎなかった。

燃え上がる戦艦から立ち上る黒煙が空を覆い、駐屯地は混乱の極みに達している。


「総員、配置に付け! 魔法障壁を展開しろ! 敵の属性を特定し――」


指揮官たちの怒号が飛び交う中、僕は一人、燃える港の埠頭を静かに歩いていた。

周囲には、武器を手に右往左往する帝国兵たちが数え切れないほどいる。

だが、彼らの視線が僕を捉えることはない。


「『支配空間(ルールスペース)』――光学迷彩(オプティカル・カモフラージュ)」


空間内の屈折率 を周囲の背景と完全に同期させ、光を僕の体へ回り込ませる。

物理法則に基づいた完璧な不可視。

魔力探知には一切反応せず、視覚的にも僕は「存在しない」ものとして定義されている。

すれ違う兵士の鼻先を掠めても、彼らはただ奇妙な風を感じるだけだ。

(光学迷彩の維持に演算リソースの30%を割いているが……この混乱ぶりなら十分だ)


僕は腰のナイフを抜くこともなく、駐屯地の中心部に位置する弾薬庫へと向かった。

そこには、帝国が持ち込んだ「異世界の技術」の一部である、規格化された砲弾が山積みになっている。


「……さて、化学反応の連鎖をもう一度」僕は弾薬庫の壁に手を触れ、空間のルールを書き換えた。


発火点の強制引き下げ。

火薬の分子構造を不安定化させ、外部衝撃なしに自己分解を開始させる。――ドォォォォン!!背後で二度目の大爆発が起き、駐屯地の弾薬補給路が完全に断たれた。

これで、彼らが誇る重火器はただの鉄の棒だ。


「貴様ぁ! 何をしているッ!!」


爆風の中、炎を割って一人の男が飛び出してきた。

帝国の守備隊長、ドラグ・ド・スレイヴだ。

彼は怒りに血走り、手にした巨大な剣を振り回している。

その瞳は、光学迷彩を解いて姿を現した僕を射抜いた。

工兵の安物軍服を着て、顔に煤をつけた緑髪の僕。

その姿は、帝国から見れば路傍の石に等しい。


「……ただの工兵だと? 貴様のようなゴミ一匹が、我が駐屯地をここまで……!」


ドラグは僕を、混乱に乗じて爆破工作を成功させた「運の良い一般兵(ゴミ)」と判断したようだ。

彼は剣を上段に構え、その身に強大な魔力を纏わせる。

火属性の魔力が渦巻き、周囲の温度が急上昇した。


「失せろ、雑魚が! その薄汚い首を焼き切ってくれる!」


ドラグが踏み込み、紅蓮の炎を纏った一撃が僕の脳天へ振り下ろされる。

だが、僕は一歩も動かなかった。


「……残念ですが、君のその攻撃は、僕の空間では『許可』されていません」


――瞬間、世界から色が剥ぎ取られた。


「『支配空間』――燃焼条件の削除」


ドラグの剣が僕の鼻先数センチで止まった。

いや、止まったのではない。

剣を包んでいた爆発的な炎が、一瞬にして「消えた」のだ。

酸素と可燃性ガスの結合を物理的に遮断した空間内では、どんな強力な火魔法も、マッチの火を吹き消すよりも容易く無力化される。


「な……魔法が、消えた……!? 貴様、何をした……!」

「魔法ではありません。ただの消火活動ですよ」


驚愕に目を見開くドラグの懐へ、僕は静かに潜り込む。

反射的に彼が拳を突き出そうとするが、それよりも早く、僕は次のルールを定義した。


「第二定義――大気圧、局所排除」

「が……はっ、あ…………!!」


ドラグの周囲数センチの空間から、瞬時に空気が抜き取られる。

完全なる真空。肺の中の空気が強制的に引きずり出され、鼓膜が内側から弾けそうになる。

叫ぶことすら許されない処刑場。

ドラグは白目を剥き、剣を落としてその場に崩れ落ちた。

彼は最後まで、自分を倒した「一般兵のゴミ」が、かつて自分たちが嘲笑ったエルウィンの王子であることなど、夢にも思わなかっただろう。


「駐屯地、制圧完了です」


僕は無線機のスイッチを入れ、待機していたエドワード殿下へ告げた。

燃え盛るポート・サウスの港に、朝日が昇り始める。

だが、僕の心は晴れなかった。

駐屯地の司令部で僕が見つけた資料には、開発技師ヴィクター以外の名が刻まれていたからだ。

『アメリカ空軍少佐:ダニエル・ノートン』あのB-29を率い、この世界に「空からの死」を持ち込んだ男。


そいつが、この世界の理不尽な魔力と、僕の知る物理学を最悪の形で融合させている。


「……次は、空で会いましょう。少佐」


僕は緑の髪を揺らしながら、灰の降る街へと歩き出した。


本日もお読みいただきありがとうございます!

14年前に書いた思い入れのある作品を、今の全力で毎日リメイク投稿しております。

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