黄昏の王座と、鋼鉄の胎動
王都の喧騒とは対照的に、玉座の間に流れる空気は重く、淀んでいた。
王太子の切実な訴えは、この国の最高権力者の前で虚しく霧散していく。
「父上! ポート・サウスの惨状を、これ以上黙認なさるおつもりですか! ウルク帝国の軍靴が、我が国の誇りを踏みにじっているのです!」
王太子エドワードの声が玉座の間に響き渡る。だが、壇上に座る国王――彼の父は、弱々しく首を振るだけだった。
「……エドワード、落ち着け。帝国は強大だ。今、下手に刺激すれば王国は火の海になる。……対話だ。穏便に、時間をかけて交渉すれば、彼らもいずれは引き下がるはずだ……」
「父上、彼らは既に『時間』を奪いに来ているのです! 民は飢え、国庫は枯渇しつつある。今、動かなければ王国に明日はありません!」
「ならんと言ったらならん。これ以上の軍事行動は許さぬ。……下がれ」
国王の目は、もはや現実を見ていなかった。迫りくる脅威から目を逸らし、かりそめの平和に縋り付く老兵。エドワードは拳を握り締め、背後に控える宰相エイナスと視線を交わした。
(……もはや、この玉座に国の未来を託すことはできない)
その日の深夜。宰相邸の地下、魔法の結界で完全に隔離された「作戦室」に、エドワードとエイナス、そして僕の姿があった。
「リンネ君。……覚悟は決まった。私は、父を……王を失脚させる。実質的な指揮権を私が握り、帝国を叩き出す」
王太子の言葉は、かつての温厚なそれではなく、冷徹な「指導者」の響きを持っていた。
「……賢明な判断です、殿下。物理法則において、静止し続ける物体は、外部からの力によって破壊されるのを待つだけですから」
僕は一枚の巨大な設計図をテーブルに広げた。
「エイナス義父様。軍の工兵部隊を、僕の直轄としてください。学園の仲間は実験には協力してくれますが、彼らを実戦の泥沼に引き込みたくはありません。破壊の道具を作るのは、僕だけでいい」
「……わかった。陛下の目からは私が逸らそう。リンネ、お前の望む資材と人員はすべて揃える」
その日から、王都の地下深くで「科学の産業革命」が始まった。
1. 破壊の心臓:ダイナマイト
僕は軍の工兵たちに、ニトログリセリンの安定化と珪藻土への混練を徹底的に叩き込んだ。
「これは魔法ではない。化学的な連鎖反応だ。衝撃を与えない限り、どんな魔力観測機にも映らない『沈黙の死神』となる」
数百本の赤い筒が、木箱に納められていく。
2. 鋼の牙:量産型フォトン・バレル
キースの持つ試作型をベースに、軍用として耐久性を高めた「収束光投射装置」の量産を開始。
マナを強制的に直線状の光子束へと変換するこの兵器は、城壁の上から帝国の鉄の艦を焼き抜くための「狙撃砲」となる。
3. 神経の網:光無線通信網
「殿下、情報は戦場を支配します」
僕は王都の要所に、以前実験した光通信用の高速シャッターとレンズを設置。暗号化(モールス信号)された光の瞬きが、伝令鳥を遥かに凌ぐ速度で、刻一刻と変わる戦況を前線から司令部へと届ける。
これは物理的通信なので、魔法の妨害も傍受も通じません。
「……信じられん。魔力の揺らぎを一切感じさせないまま、これほどまでの破壊と叡智が積み上がっていくとは」
エドワードが視察に訪れ、完成した「ダイナマイト」の一本を手に取って呟いた。
「魔法は個人の才覚に依存しますが、科学はシステムとして機能します。……殿下、帝国のウルク軍に教えてあげましょう。彼らが持ち込んだ中途半端な知識など、僕たちの『演算』の前では無力であることを」
キースやユーリ、ティファたちが学園で夏休みの宿題に追われている裏で、僕は王国の「神経」と「筋肉」を作り替えていった。
仲間の笑顔を守るために、僕は一人、この世界の『物理』を書き換える修羅の道を進む。
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