不干渉の盾と、核の落とし子
白衣の男は、僕たちの姿を見ても動じるどころか、まるで顕微鏡で新種の細菌を覗き込むような、無機質な悦びに満ちた視線を送ってきた。
「ヴィクター・メンゲレ。それが私の名だ」
男は、胸のポケットから銀色の万年筆を取り出し、手元のデバイスに何かを書き込んだ。
「元アメリカ第八空挺師団、技師。……一九四五年、B-29の機上で『新型爆弾』の観測をする為、移動中にこの世界へ堕ちた。君たち獣人には理解できないだろうが、私は太陽の火を観測する予定だったのだよ」
メンゲレ。その忌まわしい名に、僕の脳内のデータベースが警鐘を鳴らす。B-29。
彼は、あの狂気の所業の実験を行う編成員の一人だったのか。
「……マナ。この世界の非論理的なエネルギー。我々『人間』にはそれがない。だが、ないのなら外部から補給し、管理すればいいだけの話だ」
ヴィクターが指差す先には、巨大な**「マナ蓄積結晶」**に繋がれた小竜たちがいた。彼らの生命力そのものであるマナが、機械的な脈動と共に吸い出され、鈍く光る結晶へと充填されていく。
「やめて……! 小竜たちが苦しんでるわ!」
ユーリが耐えかねて水弾を放つ。
だが、その魔法がヴィクターの体に触れようとした瞬間、霧が消えるように霧散した。
「……無駄だよ。我々『異世界人』の細胞は、この世界の不確定なマナを受け付けない。魔法は接触した瞬間にゼロへと還元される。君たちの力は、私には一粒の砂ほどの価値もない」
「……魔法が、効かない。……物理的な、絶無」
エリザが驚愕に目を見開く。魔法至上主義のこの世界において、それは「神」にも等しい絶対的な防御だ。だが――。
「……なるほど。魔法そのものは消えても、**『物理現象』**は消せないはずだ」
僕は一歩前に出た。
「ヴィクター。あなたがマナを『燃料』として扱っているなら、その変換効率には熱力学的な限界がある。そして、魔法が君に効かなくても、魔法によって加速された『質量』や、君の周囲の『真空』までは消せない」
「ほう? ……面白いことを言う子供だ」
ヴィクターが指を鳴らす。背後の闇から、蒸気を吹き上げながら巨大な鋼鉄の塊が現れた。
それは、帝国の誇る魔導甲冑。だがその実態は、彼が設計した**「マナ駆動式強化甲冑」**だ。
「キース、光を収束させろ! エリザ、真空の砲身をヴィクターの足元へ! 直接当てるんじゃない、彼の周囲の地面を破壊してバランスを崩すんだ!」
「了解だ、リンネ! 俺の光、焼き切ってやる!」
「……了解。対象の足元、大気圧を、排除」
キースの放ったレーザーが、ヴィクターの足元の鋼鉄の床を瞬時に融解させる。魔法そのものは彼に触れれば消えるが、赤熱したドロドロの鉄液は物理的な実体として彼を襲う。
「……チッ、小癄な真似を!」
ヴィクターが初めて表情を歪めた。彼はデバイスを操作し、魔導甲冑の右腕から高圧のマナを噴射して熱線を弾き飛ばす。
「いいか、みんな。彼は魔法が効かないんじゃない。**『自分に触れる術式』**を無効化しているだけだ。なら、物理法則という間接的な暴力で、彼の『科学』を上回る!」
鉄の艦内、マナ観測機のメーターが異常値を指し、警告音が鳴り響く。
B-29の残骸から這い上がった狂気の科学者と、現代物理を武器にする転生者。
今、この世界の理を賭けた、最先端の「演算合戦」が火蓋を切った。
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