鋼の技師と、魔導の産業革命
実験は成功した。だが、真の戦いはここからだ。
僕の『支配空間』を使えば、光の収束も真空の維持も完璧にこなせる。
けれど、僕一人の力に依存している限り、これは「兵器」ではなく「僕専用の魔導具」に過ぎない。
帝国を打倒するには、再現性と数が必要だ。
僕がいなくても、誰が扱っても同じ破壊力をもたらす「システム」を構築しなければならない。
アルベール侯爵邸の地下、分厚い防音壁に囲まれた秘密工房。
義父エイナスに紹介されたその男は、油と鉄の匂いを全身から漂わせ、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「……侯爵様。私は忙しい身です。いくら旦那様の頼みとはいえ、子供の『工作』に付き合っている暇は――」
「グロム、言葉に気をつけろ。その『子供』は、お前の常識を根底から覆すことになる」
エイナスの冷徹な声に、グロムと呼ばれた初老の技師は口を噤んだ。
彼は王国でも指折りの精密鍛冶師であり、かつては軍の魔導具開発にも携わっていた男だ。
「初めまして、グロムさん。ボクはリンネ。単刀直入に言います。ボクが作ったこの理論を『物理的な部品』に置き換えてほしいんです」
僕は机の上に、昨夜書き上げたばかりの設計図を広げた。
そこには、魔法文字ではなく、幾何学的な図形と数式が並んでいる。
「なんだ、これは……? 魔法陣じゃないのか?」
「『設計図』です。グロムさん、ボクが作ってほしいのはこれです。内壁を極限まで滑らかに研磨した、円筒状の耐熱鏡。光を内部で一滴も漏らさず反射し続けるための『共振器』の器です」
「鏡だと? 魔法を反射させるなら、銀のコーティングだけでは保たんぞ。魔力の熱量は金属を容易に溶かす」
「ええ。だからこそ、基材には耐熱性の高いセラミックを使い、その表面に特殊な魔導結晶を薄膜状に蒸着させてほしいんです。特定の波長の光だけを百パーセント反射する鏡の筒を作って欲しいのです」
グロムは怪訝そうに図面を凝視していたが、やがてその瞳に技師特有の鋭い光が宿り始めた。
「……面白い。この円筒の中で光を増幅させ、一点から解き放つというのか。だが、光を運ぶ道はどうする? 空気があれば威力は減衰するはずだ」
「そこが運用の肝です。一つの砲身に対し、四人の魔導士を配置します」
僕は図面を指でなぞる。
「一人はエネルギー源となる『光』を。二人は砲身内部を真空に保つ『風』を。そして最後の一人は、砲身全体を過熱から守る『水』による冷却を。……各員がそれぞれの物理的な役割に専念すれば、一人の大魔導士を上回る火力を、安定して出力し続けることができる」
「……個人で行っていた魔法を、組織的な『運用』として扱うつもりか」
エイナスが息を呑む。
魔法は選ばれた個人の才能だ。
だが、僕が提示しているのは、凡庸な魔導士たちの力を集積し、巨大な破壊へと変換する「組織戦」の概念だった。
「……これだけの精度、うちの工房の総力を挙げなければ無理だ」
グロムが、震える手で設計図を握りしめた。
「だが、もしこれが完成すれば……帝国の強化甲冑など、ただの鉄屑になる。リンネ様とお呼びすればよろしいかな? この『魔導熱線砲』、私が形にして見せましょう」
「ありがとうございます、グロムさん。期待しています」
工房を後にした僕は、廊下で待っていた仲間たちの元へ向かった。
壁に寄りかかり、静かに目を閉じていたエリザが、気配を察して顔を上げる。
「……話は、終わった?」
「ああ。プロトタイプの製作が始まる。エリザ、君にはさらに精密な『真空の維持』の訓練をお願いしたいんだ。今度は機械の補助があるけど、最後は君の感覚が必要になる」
「……了解。私は、あなたの剣になる」
その淡々とした声には、揺るぎない覚悟が宿っていた。
「リンネ様! 私も頑張ります! 風の外殻維持、絶対に見落としがないように特訓しておきますね」
ティファが拳を握りしめ、ユーリも僕の腕を抱きしめるようにして頷いた。
「私はリンネを絶対に燃やさせないわ。どんな熱からも、私が守ってあげる」
キースだけが、まだ信じられないといった様子で、自分の手を見つめている。
「……四人で一つの魔法、か。俺たちなら、本当に歴史を変えられそうだな」
「変えるんじゃないよ、キース。ボクたちが新しい歴史を『定義』するんだ」
復讐の牙は、いま、鋼の器を得ようとしていた。
物理という名の絶対的な理が、魔法の世界を塗り替えていく。
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