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『死んだ俺が1977年に転生して、君へ繋がる人生をやり直す』  作者: れいじ


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第74話 笑顔の向こう側

突然倒れてしまった葵が、ようやく目を覚まします。


無事を喜ぶ徹と春子。久しぶりに三人で交わす会話には、いつもの明るさが戻ってきます。


しかし、何気ない出来事が、葵の心に思いがけない変化をもたらすことに。


第74話『笑顔の向こう側』、お楽しみください。

「……徹くん?」


 かすれた声が聞こえた瞬間、徹はベッドへ視線を戻した。


 葵が目を開けていた。


 まだ眠そうな表情をしていたが、その瞳は確かに徹を捉えている。


「葵!」


 思わず声が大きくなった。


「よかった……本当に、よかった」


「どうしたの、そんな顔して……」


 葵は不思議そうに微笑んだ。


 その笑顔を見た途端、徹の胸に詰まっていたものが、ようやく少しだけほどけた気がした。


 昨夜、電話の向こうで突然途切れた葵の声。


 何度呼びかけても返事がなく、代わりに聞こえてきた寮母の悲鳴。


 あの瞬間の恐怖は、まだ鮮明に残っている。


「どうしたの、じゃないよ。電話の途中で倒れたんだぞ。どれだけ心配したと思ってるんだ」


「……そっか。徹くんと電話してたんだっけ」


 葵は少し考えるように天井を見つめた。


「途中から、あんまり覚えてないの。なんだか急に気分が悪くなって……」


「無理しすぎなんだよ」


「うん……ごめんね」


 いつもなら冗談の一つでも返してきそうな葵が、素直に謝った。


 それだけで、まだ本調子ではないのだと分かる。


「葵ちゃん、本当に大丈夫?」


 徹の隣から、春子が心配そうに声をかけた。


「あっ、春子ちゃん! 来てくれたんだ!」


「うん。徹から聞いて、びっくりしちゃった」


「ごめんね、心配かけちゃって」


「謝らなくていいよ。それより、ちゃんと休まなきゃ駄目だよ」


「はーい」


 葵がおどけて返事をすると、春子もようやく笑顔になった。


 徹は二人のやり取りを見ながら、ベッド脇の椅子に腰を下ろした。


 葵の顔色はまだ少し悪い。それでも、昨夜見たときとは違い、表情には生気が戻っている。


「先生は何て言ってた?」


「疲れがたまってるんだろうって。しばらく検査しながら休むことになりそうなの」


「だったら、しっかり休めよ」


「でも、仕事が……」


「仕事より身体だろ」


 少し強い口調になってしまった。


 葵は驚いたように目を丸くしたあと、小さく笑った。


「徹くん、なんかお母さんみたい」


「誰がお母さんだよ」


「ふふっ。だって、すごく怒るんだもん」


 いつもの調子が戻ってきたことに、徹は内心ほっとした。


 春子もそんな二人を見て笑っていたが、ふと昨夜のことを思い出したように口を開いた。


「でも、本当に心配してたんだよ。徹なんて、今日の授業中に葵ちゃんの名前を叫んじゃったんだから」


「えっ?」


 葵が驚いて徹を見る。


「ちょっと、春子!」


「本当だもん」


「授業中に?」


「うん。寝てたと思ったら、突然『葵ー!』って」


「もうやめてくれ……」


 徹が顔を覆うと、葵は一瞬きょとんとして、それから声を立てて笑った。


「そんなに心配してくれたんだ」


「……まあな」


「ありがとう、徹くん」


 葵は嬉しそうだった。


 その顔を見て、春子も笑った。


 ただ、胸の奥にほんの小さな引っかかりが残った。


 徹が葵を心配するのは当然だと思う。


 自分だって心配している。


 それでも、授業中にまで葵の名前を叫んだ徹の姿を思い出すと、何となく落ち着かなかった。


 しばらく三人で話したあと、春子が立ち上がった。


「私、ちょっと飲み物買ってくるね。徹は何かいる?」


「いや、俺は大丈夫」


「葵ちゃんは?」


「私も大丈夫。ありがとね」


「じゃあ、すぐ戻るね」


 春子が病室を出ていくと、徹はベッド脇の小さなラジカセに目を向けた。


 昨夜、寮母に預けたカセットが入っている。


「そういえば、葵」


「なあに?」


 徹は少し声を落とした。


「カセット、聴いてくれた?」


「うん! 聴いたよ!」


 葵の顔がぱっと明るくなった。


「すごく意外な感じだったけど、すごくよかったよ!」


「本当?」


「うん。特に二曲目はね……」


「あ、ちょっと待って」


 徹は慌てて葵の言葉を遮った。


「実は、二曲目のこと、春子にはまだ話してないんだ」


「え? そうなの?」


「うん。だから春子の前では、バンドで作った一曲目の感想だけにしてくれないかな」


 葵は不思議そうに首を傾げた。


「別にいいけど……どうして?」


「いや、その……まだ聴かせるつもりがなくてさ」


 自分でも説明が下手だと思った。


 春子への気持ちから生まれた曲だとは、今さら言いづらい。


 しかも、本人には何も知らせないまま、先に葵へ渡してしまっている。


「ふうん……秘密の曲なんだ?」


「まあ、そんなところ」


 葵は徹の顔をじっと見つめたあと、楽しそうに笑った。


「分かった。内緒にしておくね」


「助かる」


「でも、二曲目もすごくよかったよ。私、ああいう曲も好き」


 そう言われると、やはり嬉しかった。


「ありがとう。葵にそう言ってもらえると自信になるよ」


「本当のことだもん」


 葵はもう一度笑った。


 そのとき、病室の扉が開いた。


「お待たせ!」


 春子が飲み物を手に戻ってきた。


「何の話してたの?」


「えっ? あの、曲の話をちょっと」


 徹が答えると、春子は嬉しそうに葵へ顔を向けた。


「葵ちゃん、私たちの曲、聴いてくれた?」


「うん! すごくよかったよ。みんなで作ったんだよね?」


「そうなの! 徹にいっぱい助けてもらったけどね」


「そんなことないよ。春子たちが頑張ったからだろ」


「またそういうこと言う」


 春子は照れくさそうに笑った。


 葵も二人につられて微笑む。


「いいなあ。みんなで一つの曲を作るのって、楽しそう」


「大変だったけどね。でも、すごく楽しかったよ」


「今度、みんなで演奏してるところも見たいな」


「もちろん! 葵ちゃんが元気になったら、ぜひ来て!」


 春子は弾んだ声で答えた。


 葵は嬉しそうに頷いた。


 それからしばらく、文化祭のことやバンドの練習の話で盛り上がった。


 けれど、春子は時折、徹と葵の距離の近さを感じていた。


 葵は徹を見つめるとき、自然に笑顔になる。


 徹も葵には遠慮がない。


 徹と葵が知り合ってから、まだ一年ちょっと。

 

 それでも二人の会話には、遠慮のない親しさが感じられた。


 徹が葵を大切に思っていることは、春子にも分かっている。


 それでも、付き合い始めたばかりの春子には、少しだけ面白くなかった。


 ふと、春子は隣に座る徹の手へ視線を落とした。


 そして、何気ない仕草を装って、その手をそっと握った。


「……春子?」


 徹が驚いて顔を向ける。


「なに?」


 春子は何でもないように微笑んだ。


 けれど、手を離そうとはしなかった。


 徹は少し戸惑ったあと、握られた手を優しく握り返した。


 その様子を、葵は見ていた。


「……あれ?」


 葵の視線が、二人の手に止まる。


 それから徹と春子の顔を交互に見た。


「ねえ、もしかして……二人って付き合ってるの?」


 春子の頬がぱっと赤くなった。


「うん! バレンタインの日から!」


「ええっ!?」


 葵が大きな声を上げた。


「本当に!? いつの間に!」


「だから、バレンタインの日だってば」


「そうじゃなくて! 全然知らなかった!」


 葵は驚いたまま徹を見た。


「徹くん、なんでそんな大事なこと、教えてくれなかったの?」


「いや、まだ三日目だし……」


「三日目でも大事なことでしょ!」


 葵は頬を膨らませた。


 その仕草がおかしくて、春子が笑う。


「ごめんね、葵ちゃん。まだみんなにも内緒なんだ」


「そうなんだ……」


 葵は二人のつながれた手をもう一度見た。


 徹が少し照れくさそうに笑っている。


 春子は本当に幸せそうだった。


 胸の奥で、何かが小さく揺れた。


 けれど、葵はその感覚を深く考えることなく、いつもの笑顔を浮かべた。


「そっかあ! 二人とも、おめでとう!」


「ありがとう!」


 春子は嬉しそうに答えた。


「徹くん、春子ちゃんを泣かせちゃ駄目だよ?」


「分かってるよ」


「本当かなあ?」


「信用ないな」


 三人で笑った。


 葵も笑っていた。


 ただ、なぜだろう。


 さっきまであんなに楽しかったのに、胸の奥に小さな穴が開いたような気がした。


 そのとき、病室の扉がノックされた。


「葵、起きてる?」


「あっ、由佳さん!」


 入ってきたのは、葵のマネージャー、桜田由佳だった。


 手には書類の入った鞄を持っている。


「具合はどう? 先生からは、まだ無理をしないようにって言われてるでしょう」


「もう大丈夫ですよ!」


「その台詞、何回聞いたかしら」


 桜田は呆れたように笑った。


 それから徹たちに気づく。


「あら、徹くん。来てくれてたのね」


「はい。葵が心配だったので」


「ありがとう。昨夜は大変だったでしょう」


「いえ……無事でよかったです」


 桜田は春子にも目を向けた。


 春子が軽く頭を下げる。


「桐谷春子です。葵ちゃんのお見舞いに来ました」


「ありがとう、春子ちゃん。葵から話は聞いてるわ」


 桜田は優しく微笑んだ。


 そのとき、葵が嬉しそうに口を開いた。


「由佳さん、聞いてください! 徹くんと春子ちゃん、付き合い始めたんですって!」


「……え?」


 桜田の表情がわずかに変わった。


 徹と春子を見る。


 二人の手は、まだつながれていた。


「そう……それは、おめでとう」


「ありがとうございます」


 春子が照れくさそうに答える。


 桜田は微笑みながら、そっと葵へ視線を戻した。


 葵はいつも通り明るく笑っている。


 けれど、その笑顔を見たとき、桜田の胸に小さな不安がよぎった。


 徹の話をするとき、葵はいつも嬉しそうだった。


 仕事で疲れていても、徹に会えるとなれば元気になる。文化祭の日も、バレンタインの日もそうだった。


 本人はまだ気づいていないのかもしれない。


 でも、桜田にはずっと前から分かっていた。


 葵にとって徹は、ただの大切な友達ではないのだと。


「さて、葵。そろそろ休まないとね」


「えー、まだ大丈夫なのに」


「駄目よ。先生との約束でしょう?」


 桜田が優しく諭すと、葵は渋々頷いた。


 徹も時計を見て立ち上がった。


「じゃあ、俺たちも帰るよ」


「うん。来てくれてありがとう」


「ちゃんと休めよ」


「分かってるってば」


 葵は笑いながら答えた。


 春子もベッドへ近づく。


「葵ちゃん、元気になったらまた遊ぼうね」


「うん! 絶対ね!」


 二人が病室を出るとき、葵はいつもの明るい声で見送った。


「徹くん、春子ちゃん、またね!」


 徹が振り返って手を振る。


 春子も笑顔で応えた。


 そして、扉が静かに閉まった。


 病室に静けさが戻る。


 桜田は医師から聞いた話を簡単に伝え、少し用事を済ませてくると言って部屋を出た。


 葵は一人になった。


 さっきまで三人で笑っていたのが嘘のようだった。


 窓の外では、冬の午後の日差しが建物の壁を照らしている。


 葵はぼんやりと天井を見つめた。


 春子が徹の手を握った瞬間が、何度も頭に浮かんでくる。


 二人とも、本当に幸せそうだった。


 よかったね。


 そう思ったはずなのに、胸の奥が苦しかった。


「……なんで?」


 小さな声が漏れた。


 徹と春子が付き合う。


 それは嬉しいことのはずだった。


 春子は優しくて、明るくて、素敵な女の子だ。


 徹ともお似合いだと思う。


 なのに、どうしてこんなに苦しいのだろう。


 葵は胸元に手を当てた。


 徹には何度も助けてもらった。


 歌手になる夢を応援してくれた。悩んでいるときには話を聞いてくれた。


 電話で話すだけで嬉しかった。


 会えると分かった日は、仕事がどんなに大変でも頑張れた。


 文化祭の日も、バレンタインの日も。


 徹に会えることが、何より楽しみだった。


 でも、それがどういう気持ちなのか、今まで深く考えたことはなかった。


 ただ、一緒にいると楽しかった。


 声を聞くと安心した。


 笑ってくれると嬉しかった。


 それだけだと思っていた。


 けれど、もう分かってしまった。


「……私、徹くんのこと、好きだったんだ」


 口にした途端、涙が頬を伝った。


 自分でも驚いた。


 泣くつもりなんてなかった。


 なのに、一度こぼれると、もう止まらなかった。


「……どうして、今なの……」


 もっと早く気づいていれば。


 そんなことを考えてしまう。


 でも、早く気づいていたとして、自分に何ができただろう。


 徹に好きだと伝える勇気があっただろうか。


 答えは分からなかった。


 ただ一つ分かっているのは、徹にはもう春子がいるということだけだった。


 そのとき、病室の扉が静かに開いた。


「葵、そろそろ休まないと……」


 桜田が言葉を止めた。


「……葵?」


 葵は慌てて涙を拭った。


「由佳さん……」


「どうしたの?」


「ごめんなさい。なんか……変なの。嬉しいことなのに……」


 笑おうとした。


 けれど、うまく笑えなかった。


 桜田は何も聞かず、ベッドのそばに腰を下ろした。


 そして、そっと葵の手を握った。


「徹くんのこと?」


 その名前を聞いた瞬間、葵の顔がくしゃりと歪んだ。


「……うん」


 もう隠せなかった。


 桜田の前では、いつも無理をしなくてよかった。


 忙しい仕事の合間にも話を聞いてくれた。わがままなお願いにも、できる限り応えてくれた。


 徹に会いたいという願いも、何度もかなえてくれた。


 そんな桜田だからこそ、今は強がれなかった。


「好きだったんだね」


「……うん。今、分かったの」


 葵は何度も頷いた。


「でも……もう遅いんだよね……」


 そこまで言うのが精いっぱいだった。


 桜田は葵の肩を優しく抱き寄せた。


「今は泣いていいのよ」


 その言葉に、葵はとうとう声を上げて泣き始めた。


「由佳さん……私、どうしたらいいの……」


 桜田は答えなかった。


 簡単に諦められるものではないと知っていた。


 かといって、まだ間に合うなどと無責任なことも言えない。


 ただ、葵の背中をゆっくりとさすり続けた。


 葵は桜田の胸に顔を埋め、子供のように泣いた。


 涙はなかなか止まらなかった。


 ついさっきまで、徹と春子の幸せを心から祝福できたと思っていた。


 それなのに、二人の笑顔を思い出すたび、胸が締めつけられた。


 好きだと気づいたばかりなのに。


 もう、その気持ちを伝えることさえできない。


 窓の外では、夕暮れが近づいていた。


 桜田は何も言わず、葵が落ち着くまで、ずっとそばにいた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


大切な人の幸せを喜びたい。


でも、どうしても涙が止まらない。


自分の気持ちに気づいたときには、もう遅かった。


今回は、そんな葵の切ない恋心を描きました。


いつも明るく、夢に向かって頑張っている葵ですが、今は桜田さんの優しさに甘えて、思いきり泣いてほしいと思います。


葵はこれから、自分の気持ちとどう向き合っていくのでしょうか。


続きが気になる、葵を応援したいと思っていただけたら、ぜひブックマークと評価をお願いします!


皆さまの応援が、執筆を続ける大きな励みになります。


これからも本作をよろしくお願いいたします。

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