↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『死んだ俺が1977年に転生して、君へ繋がる人生をやり直す』  作者: れいじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
73/81

第73話 届かない声

突然倒れてしまった葵。


電話の向こうで起きた出来事に、徹の不安は募るばかり。


大切な人を失う怖さを知っている徹は、何を思うのか。


第73話『届かない声』、お楽しみください。

「如月葵さんの検査結果ですが……脳腫瘍です」


 白衣を着た医師の言葉に、俺は耳を疑った。


「……今、何て言いました?」


「脳腫瘍です」


 聞き間違いではなかった。


 頭の中が真っ白になる。目の前にいる医師の顔が、急に遠くなったように感じた。


 脳腫瘍。


 その病名を、俺は誰よりもよく知っている。


 前世の俺、黒沢恒一の命を奪った病気。そして去年、母さんの由香里を苦しめた病気でもあった。


 成功率一割。


 母さんの手術を前に告げられた数字が、今でも忘れられない。


 どうして葵まで。


 石丸家の血を引く人間には、頭の病気で倒れる者が多い。以前、おじいちゃんから聞かされた話が頭をよぎった。


 それに、葵には不思議な力がある。


 未来の出来事を感じ取る、石丸家に伝わるあの力が。


『見えすぎる人間は、壊れやすい』


 おじいちゃんの言葉が耳の奥で響いた。


「……日下部先生は?」


 俺は医師に詰め寄った。


「日下部先生に診てもらえませんか? 母さんの手術をしてくれた先生なんです!」


 あの先生なら、きっと何とかしてくれる。


 母さんだって助かったんだ。


「お願いします! 日下部先生に連絡してください!」


 ところが、医師は何も答えなかった。


 ただ黙って俺を見つめている。


「先生!」


 その瞬間、周囲の景色が変わった。


 気づくと、俺は薄暗い病室に立っていた。


 さっきまで目の前にいた医師はいない。窓の外も真っ暗で、静かな部屋には心電図の電子音だけが響いていた。


 ベッドには葵が横たわっている。


「葵……?」


 近づくと、葵がゆっくり目を開けた。


「……徹くん」


「よかった。葵、聞いて。日下部先生にお願いするから。母さんを助けてくれた先生なんだ。きっと葵も……」


 葵は小さく首を振った。


「ごめんね、徹くん」


「何が?」


「私、もう駄目みたい……」


「何言ってるの。大丈夫だよ」


 手を伸ばした。


 けれど、指先が葵の手に触れる直前、その姿が薄くなり始めた。


「……葵?」


 まるで霧が晴れていくように、葵の身体が透けていく。


「待って。どこに行くの?」


「徹くん……ありがとう」


「嫌だ! まだ歌いたいんだろ? 俺の曲だって、まだ聴いてないじゃないか!」


 必死に手を伸ばしても、何もつかめない。


 葵が寂しそうに微笑んだ。


 そして、消えた。


「葵ーっ!」


「長浜!」


 突然、別の声が飛び込んできた。


「……え?」


 目を開けると、目の前には黒板があった。


 教壇には教師が立ち、教室中の視線が俺に集まっている。


「長浜、どうした?」


「……先生?」


「先生はここにいるぞ。誰を呼んでたんだ?」


 その言葉をきっかけに、教室が笑いに包まれた。


 俺はようやく、自分が机に突っ伏して眠っていたことに気づいた。


「す、すみません」


「お前が授業中に居眠りとは珍しいな。それに、ずいぶん大きな声だったぞ」


 また笑いが起こる。


 顔が熱くなった。


 けれど、恥ずかしさよりも、胸の奥に残る恐怖の方が大きかった。


 夢だった。


 葵が脳腫瘍だと言われたのも、目の前から消えたのも、全部。


 それでも、最後に見た葵の寂しそうな笑顔が、頭から離れなかった。


「顔色が悪いな。具合でも悪いのか?」


「いえ……大丈夫です」


「そうか。なら、あと少し頑張れ」


 教師はそう言って授業を再開した。


 俺は教科書へ視線を戻したが、黒板の文字はほとんど頭に入ってこなかった。


 昨夜のことを思い出していた。


 葵との電話が突然途切れた、あの瞬間からのことを。


 電話の向こうで何かが倒れる音がして、寮母さんの悲鳴が聞こえた。


 何度名前を呼んでも、葵から返事はなかった。


「徹くん! 葵ちゃんが倒れたの! 救急車を呼ぶから、一度電話を切るわね!」


「分かりました! お願いします!」


 電話が切れた。


 俺は受話器を握りしめたまま、しばらく動けなかった。


 何が起きたのか分からない。ただ、葵が倒れたという事実だけが、頭の中を何度も駆け巡っていた。


 それからどれくらい経っただろう。


 ようやく電話が鳴った。


 慌てて受話器を取ると、寮母さんだった。


「徹くん、葵ちゃんは救急車で病院に運ばれたわ。搬送先が分かったから連絡したの」


 葵が以前、寮の連絡帳に書いていた俺の家の電話番号を見て、かけてくれたらしい。


 俺は病院の名前を聞き、すぐに母さんを起こした。


「母さん、葵が倒れた!」


 事情を聞いた母さんは、驚きながらも落ち着いていた。


「徹、まず病院へ行きましょう。着替えてきなさい」


 その言葉に従って部屋へ戻ったとき、机の上に置いてあったカセットが目に入った。


 明日、葵に聴かせる約束をしていた二曲。


 俺はそれを手に取り、鞄に入れた。


 母さんとタクシーで病院へ向かう間、ほとんど会話はなかった。


 夜の東京を流れていく街灯を眺めながら、俺は何度も同じことを考えていた。


 石丸家の血。


 前世の俺の死。


 母さんの脳腫瘍。


 そして、蔵で見つけた少女の絵。


 あの絵の少女と同じ顔をした葵が、今、病院に運ばれている。


 偶然だと考えようとしても、嫌な想像ばかりが浮かんできた。


「徹」


 隣に座る母さんが、そっと俺の手に触れた。


「まだ何も分かっていないんだから、悪い方に考えすぎちゃ駄目よ」


「……うん」


「葵ちゃんはきっと大丈夫だから」


 母さんの声は優しかった。


 去年、命に関わる手術を受けた母さんだからこそ、その言葉には重みがあった。


 病院に着くと、寮母さんが待っていた。


 葵は検査を受け、病室に移されたところだった。


 医師の説明では、極度の疲労や睡眠不足、脱水などが考えられるという。今のところ検査で明らかな重大異常は確認されていないものの、倒れたあと反応が乏しいため、引き続き慎重に経過を見ているとのことだった。


 ひとまず命に差し迫った危険はないと聞いて、少しだけ胸を撫で下ろした。


 けれど、葵はまだ目を覚ましていなかった。


 面会はできず、俺たちは病室の外から様子を確認することしかできなかった。


 静かに眠る葵を見ていると、胸が苦しくなった。


 つい数時間前、電話であんなに元気に話していたのに。


 もっと歌いたい。


 次のシングルを何とか成功させたい。


 そう言っていた葵が、今はベッドの上で眠っている。


「……無理してたんだな」


 俺の呟きに、母さんが静かに頷いた。


「頑張り屋さんだからね。でも、今は休むことが一番よ」


 俺は鞄からカセットを取り出した。


「これ、葵に渡したかったんだ」


「曲ができたって言ってたものね」


「うん。今日、聴かせる約束だったんだ」


 カセットを見つめていると、母さんが言った。


「何か一言、書いてあげたら?」


「……そうだね」


 母さんが看護婦さんに尋ねると、紙とペンを貸してもらえた。


 俺は待合室の椅子に腰を下ろし、葵への言葉を考えた。


『葵へ


 突然倒れたから、本当にびっくりしたよ。


 約束していた曲を置いていくね。


 でも、今は仕事のことも歌のことも忘れて、ゆっくり休んでほしい。


 元気になったら、感想を聞かせてね。


 また会いに来るから。


 徹』


 書き終えた紙を折り、カセットと一緒に寮母さんへ預けた。


 寮母さんは、必ず葵に渡すと約束してくれた。


 病院を出た頃には、日付が変わってずいぶん経っていた。


 家に帰って布団に入っても、なかなか眠れなかった。


 ようやく眠れたと思ったら、あの悪夢だ。


 我ながら情けない。


 けれど、葵が消えてしまう夢だけは、二度と見たくなかった。


 そんなことを考えているうちに、授業終了のチャイムが鳴った。


「起立!」


 号令に合わせて立ち上がる。


 教師が教室を出ていくと、さっそく達也が近づいてきた。


「おいおい徹! お前、さっきの何だったんだよ!」


「……忘れてくれ」


「無理だろ! あんな大声で叫んでたんだから!」


 達也が腹を抱えて笑う。


 そこへ春子もやってきた。


「本当にびっくりしたよ。徹が居眠りなんて珍しいね」


「ちょっと寝不足でさ」


「達也なら分かるけど、徹が寝るなんて思わなかった」


「おい! なんで俺なんだよ!」


「だって、よく寝てるじゃん」


「最近はちゃんと起きてるだろ!」


「最近は、ね」


 春子が笑う。


 俺もつられて笑ったが、彼女はすぐに俺の顔を覗き込んだ。


「でも、本当に大丈夫? 顔色、あんまりよくないよ」


「うん。ちょっと嫌な夢を見ただけだから」


「……葵ちゃんの?」


 春子の声が少し小さくなった。


 俺は頷いた。


「うん」


 その瞬間、春子の笑顔がわずかに曇った。


 付き合い始めて、まだ三日。


 ようやく徹の彼女になれたばかりなのに、授業中に彼が必死に叫んだのは、自分ではなく葵の名前だった。


 もちろん、夢に誰が出てくるかなんて選べない。


 それでも、胸の奥に小さな引っかかりが残ってしまう。


「……どんな夢だったの?」


 春子はなるべく普段通りの声で尋ねた。


「葵が病気で死んじゃう夢」


「えっ?」


 春子の表情が変わる。


「実は昨日の夜、葵が倒れたんだ。電話してる途中で」


「葵ちゃんが!?」


 思わず声が大きくなり、春子は慌てて口元を押さえた。


 俺は昨夜の出来事を説明した。


 母さんと病院へ行ったこと。検査では今のところ重大な異常は見つかっていないこと。それでも、俺が帰るときにはまだ目を覚ましていなかったこと。


 春子は真剣な顔で聞いていた。


「……そうだったんだ」


「だから、ちょっと心配でさ」


「それなら、あんな夢を見るのも仕方ないよ」


 春子はほっとしたように息をついた。


 徹が葵の名前を叫んだ理由は分かった。


 けれど、どれほど心配していたら、夢の中であんな声を出すのだろう。


 そんなことも考えてしまう。


「なあ、葵ちゃん、大丈夫なんだよな?」


 達也も心配そうに聞いてきた。


「うん。今のところは。ただ、まだ眠ってたから」


「そっか……早く元気になるといいな」


 普段はふざけてばかりの達也も、さすがに真面目な顔をしていた。


 そのとき、春子が何かを決めたように口を開いた。


「ねえ、徹」


「ん?」


「今日の放課後、私も一緒にお見舞いに行っていい?」


「もちろん。葵も喜ぶと思うよ」


「……うん」


 春子は微笑んだ。


 葵が心配なのは本当だった。


 バンドのみんなで作った曲を、誰よりも楽しみにしてくれていた人なのだから。


 ただ、それだけではないことも、自分では何となく分かっていた。


 徹の隣にいたい。


 今は、その気持ちがいつもより少し強かった。


 放課後。


 俺と春子は学校を出て、葵が入院している病院へ向かった。


 病院までの道すがら、春子は何度も葵の様子を尋ねてきた。


「葵ちゃん、昨日も仕事だったんだよね?」


「うん。朝からずっと忙しかったみたい」


「最近、あんまり休めてなかったのかな」


「そうだと思う。次のシングルのことも気にしてたし」


「そっか……」


 春子は少し考えてから言った。


「私たちの曲、早く聴いてほしいね」


「うん。だからカセットを置いてきたんだ」


「そうなの?」


「手紙も一緒にね。目を覚ましたら聴いてくれると思う」


「気に入ってくれるといいな」


 春子は嬉しそうに笑った。


 俺は頷きながら、鞄の肩紐を握り直した。


 昨夜、葵に預けたカセットには二曲入っている。


 バンドのみんなで作った曲と、俺が一人で作った『恋の素人』。


 後者については、まだ春子に話していない。


 春子への気持ちがきっかけになった曲だけに、どう説明すればいいのか、少し迷っていた。


 病院に着くと、受付で面会について尋ねた。


 すると、思いがけず嬉しい知らせが返ってきた。


 葵は午前中に目を覚ましていたのだという。


「本当ですか?」


 思わず聞き返してしまった。


 病棟でも確認すると、今は受け答えができており、引き続き休養と検査のため入院しているとのことだった。


 胸の奥に詰まっていたものが、ようやく少しほどけた気がした。


「よかったね、徹!」


 春子も嬉しそうだった。


「うん。本当によかった」


 面会の許可をもらい、俺たちは病室へ向かった。


 廊下を歩きながら、昨夜の光景を思い出す。


 あのときは、葵がいつ目を覚ますのかも分からなかった。


 今はもう、話ができるという。


 それだけで、昨日とは景色まで違って見えた。


 病室の扉を静かに開ける。


 葵はベッドでよく眠っていた。


 けれど、昨夜よりも顔色がよく見える。呼吸も穏やかで、苦しそうな様子はなかった。


「……寝てるね」


 春子が小声で言った。


「うん。まだ疲れてるんだろうね」


 起こさないように、そっとベッドのそばへ近づく。


 そこで、俺はサイドテーブルに目を留めた。


 看護婦さんから借りた紙に書いた手紙が置かれている。


 折り目のついた紙は広げられ、その上には見覚えのあるカセットのケースが重ねられていた。


 そして、その隣には小さなラジカセがある。


 透明な窓の向こうに、一本のカセットが入っていた。


 ラベルの文字までは見えない。


 けれど、あのケースは間違いなく俺が持ってきたものだった。


「……聴いてくれたんだ」


「え?」


「ほら、あのカセット」


 春子もテーブルへ目を向けた。


「あ、本当だ!」


 小声なのに、嬉しさが伝わってくる。


「どうだったんだろうね、私たちの曲」


「さあ。でも、早く感想を聞きたいな」


「うん。私も!」


 春子は葵の寝顔を見つめた。


 歌手として頑張っている葵。


 徹がずっと応援してきた女の子。


 自分も応援したいと思っている相手なのに、さっき教室で聞いた徹の叫び声を思い出すと、少しだけ胸が落ち着かなくなる。


 そんな自分を、春子は少し恥ずかしく思った。


 今は葵が元気でいることを喜ぶべきなのに。


「……徹」


「ん?」


「本当によかったね」


 春子はそう言って微笑んだ。


「うん。ありがとう、一緒に来てくれて」


 俺がそう答えると、春子は少し照れたように笑った。


 そのときだった。


 ベッドの方から、小さな衣擦れの音が聞こえた。


 振り向くと、葵がゆっくりとまぶたを開けていた。


 まだ眠そうな目で天井を見つめ、それからこちらへ顔を向ける。


 俺と目が合った。


 葵は一瞬、不思議そうな顔をした。


 そして、かすかに微笑んだ。


「……徹くん?」

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


葵の無事を知り、ようやく胸を撫で下ろした徹。


しかし、そんな徹の姿を見て、春子の心には少し複雑な感情も芽生えているようです。


付き合い始めたばかりの二人。そして、何も知らない葵。


次回、三人の関係にちょっとした変化が訪れるかもしれません。


引き続き応援していただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。