↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『死んだ俺が1977年に転生して、君へ繋がる人生をやり直す』  作者: れいじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
70/82

第70話 笑ってるところが好き

「これから、うちに来ない?」


バレンタインの放課後。


突然の一言に、徹の思考は停止。


そんな徹を待ってくれるほど、今日の春子はのんびりしていないようで……。


二月十四日は、まだ終わりません。

「……え?」


 徹の口から出てきたのは、それだけだった。


 春子はそんな徹をじっと見ていたが、いつまで経っても次の言葉が出てこないことに焦れたのか、少し眉を寄せた。


「何、その反応」


「いや……だって」


「今日、何か予定あるの?」


「ないけど」


「じゃあいいじゃん。うち、ここから近いから」


「近いって、どれくらい?」


「歩いて十五分くらい」


「十五分……」


 徹はまだ状況を飲み込めずにいた。


 春子の家。


 これから。


 二月十四日の放課後。


 頭の中にいくつもの言葉が浮かぶのに、それらがうまく一つにつながらない。


「ほら、行くよ」


「え?」


「いいから」


 春子が徹の腕を取った。


「ちょ、春子」


「徹がいつまで経っても動かないからでしょ」


 そのまま半ば引っ張られるように歩き出す。


 校舎を出て、校門を抜ける。


 春子に腕を掴まれたまま歩きながら、ようやく徹の思考が動き始めた。


(待て待て……)


 今日は二月十四日。


 バレンタインデーだ。


 そして数日前、春子から好きなお菓子を聞かれた。


 せんべい。


 饅頭。


 そしてティラミス。


(もしかして……何か用意してるのか?)


 そこまでは考えられた。


 だとすれば、学校で渡さず家へ呼んだ理由も何となく分かるような気がする。


 そもそも、好きな女の子から突然「うちに来ない?」などと言われた経験が、徹にはなかった。


 前世の恒一だって同じだ。


 中学、高校と女っ気などほとんどなく、初めて彼女ができたのは二十歳になってから。


 五十歳まで生きた経験があるからといって、中学生の恋愛まで経験豊富になるわけではない。


「……あっ」


 春子が小さく声を漏らした。


「何?」


「いや……」


 春子はそこでようやく気づいたらしい。


 まだ徹の腕を掴んでいた。


 ぱっと手を離す。


「ごめん」


「別にいいけど」


「徹が動かないから」


「だからって引っ張ることないだろ」


「じゃあ、ちゃんとついてきてよね」


「ついていってるだろ」


 いつものやり取り。


 なのに今日は、どこか違う。


 春子もそれ以上何も言わなくなった。


 二人で並んで歩く。


 普段なら春子の方から次々と話題が出てくるのに、今日は妙に静かだった。


 徹も何を話せばいいのか分からない。


 十五分という時間が、いつもよりずっと長く感じられた。


「ここが私のうち」


 春子が足を止めた。


「……ここ?」


「うん」


 徹は目の前の家を見た。


 そして、もう一度見た。


「春子んち?」


「そうだけど」


「……でかくない?」


「そうかな?」


「いや、でかいだろ」


 門から玄関までにも距離がある。


 手入れされた庭があり、その向こうには二階建ての立派な家が建っていた。


 派手な装飾があるわけではない。


 それでも、造りや敷地の広さを見れば、普通の家とは明らかに違う。


「春子って……もしかして、お嬢様?」


「何よそれ」


 春子が笑う。


「だって、この家見たら誰だってそう思うだろ」


「ずっとここに住んでるから分かんない」


「普通ではないと思うけどな……」


 今まで春子から家の話をほとんど聞いたことがなかった。


 学校でも、裕福な家庭の子だと感じたことはない。


 服装も普通だし、自慢めいた話をすることもない。


 春子は鞄から鍵を取り出した。


「入ってよ」


「鍵?」


「うん」


「うちに誰もいないの?」


「お父さんもお母さんも会社」


「二人とも?」


「うん。お父さんが会社やってて、お母さんもそこで働いてるから」


「へえ……」


 そこで徹は別のことに気づいた。


(待て)


 両親がいない。


 つまり、この家には今から春子と二人だけ。


(……いいのかこれ?)


 急に落ち着かなくなった。


 好きな女の子の家で二人きり。


 しかも家は想像以上に立派。


(ご両親が帰ってきたらどうするんだよ)


 娘が男を家に連れ込んでいる。


 いや、連れ込まれたのは自分の方だ。


 そんな言い訳が通用するとも思えない。


「徹?」


「ん?」


「何してるの?」


 春子はすでに玄関を開けていた。


「入らないの?」


「……入ります」


「なんで敬語なの?」


「いや、なんとなく」


 春子が笑う。


 徹は覚悟を決めて玄関へ入った。


「お邪魔します」


 返事はない。


 分かっていたことなのに、それが余計に緊張を増した。


「そこ座ってて」


 リビングへ通された徹は、言われた通りソファに腰を下ろした。


 家の中も広い。


 家具も落ち着いたものばかりで、派手ではないのにどこか高そうに見える。


 春子は鞄を置くと、そのまま台所へ向かった。


「何か飲む?」


「何でもいいよ」


「じゃあ紅茶でいい?」


「うん」


 しばらくして、春子が紅茶と一緒に何かを持って戻ってきた。


 小さな皿。


 その上に乗っているものを見て、徹は目を瞬かせた。


「……ティラミス?」


「そうだよ」


 春子が少し照れたように笑った。


「徹が好きって言ってたから作ってみた」


「春子が?」


「当たり前でしょ」


 そこでようやく、数日前の会話が完全につながった。


『徹って、お菓子何が好き?』


 あれは、このためだったのか。


「これ、俺のために?」


「今日、何の日だと思ってるの」


「あ……」


「一日かけて作ったんだから、ちゃんと食べてよ」


「一日?」


「初めてだったからちょっと時間かかったの」


 春子は自分の分もテーブルへ置いた。


「味見したけど、意外とうまくできたと思うんだけど」


「じゃあ、いただきます」


 徹はスプーンを入れた。


 一口食べる。


「……うまい」


 春子の顔がぱっと明るくなる。


「ほんと?」


「うん。うまいよ」


「よかった」


 春子は心底安心したように息を吐いた。


 嘘をついたわけではない。


 確かに美味しい。


 ただ、本当のところ、徹には味などほとんど分かっていなかった。


(何時に帰ってくるんだ、ご両親)


 そればかりが気になっている。


 時計を見る。


 まだ夕方。


(いや、そもそも女の子の家に二人きりって普通じゃないよな?)


 恒一だった頃の経験を探ってみても、中学生の自分に役立ちそうな記憶は何一つ出てこない。


「徹」


「ん?」


「ほんとに美味しい?」


「美味しいよ」


「なんか心ここにあらずって感じなんだけど」


「そんなことない」


「なんか怪しい」


 春子がじっと徹を見る。


 徹はもう一口食べた。


「ほんとに美味しいって」


「ならいいけど」


 春子も自分のティラミスを食べ始める。


 しばらくは他愛もない話をした。


 学校のこと。


 三年生を送る会のこと。


 春樹のサックスのこと。


 けれど、ティラミスを食べ終わった頃から、春子の口数が少なくなった。


 徹にも分かった。


 何かある。


「……春子?」


「うん」


「どうかした?」


 春子はすぐには答えなかった。


 膝の上で両手を組み、一度視線を落とす。


 学校を出たときから、ずっとどこか落ち着かなかった。


 その理由が、まだ残っているらしい。


「徹」


「何?」


「今日、家に来てもらったのね」


「うん」


「ティラミス食べてもらうためだけじゃないの」


 徹は春子を見る。


 春子も顔を上げた。


 頬が少し赤い。


 それでも、目は逸らさなかった。


「私……徹のことが好き」


「…………」


 徹の思考が止まった。


 まただ。


 今日は何度止まればいいのだろう。


「ずっと好きだった」


 春子は続けた。


「だから今日、ちゃんと言おうって決めてた」


「……俺に?」


「ほかに誰がいるのよ」


「いや……」


 徹は言葉を失った。


 春子が自分を好き。


 それも、わざわざバレンタインにティラミスを作り、家へ呼んで告白するくらいに。


(……なんで俺なんだ?)


 そんな疑問が最初に浮かんだ。


 前世の恒一は、決して女にモテる男ではなかった。


 初めて彼女ができたのだって二十歳になってからだ。


 確かに今の自分は、恒一だった頃より顔はいいのかもしれない。


 中身が五十歳まで生きた人間だから、同年代より落ち着いて見える部分もあるのだろう。


 それが余裕のある男に見えたのか。


 けれど、そんなことでここまで好きになってくれるものなのか。


 考えても答えは出ない。


「……徹は?」


 春子の声で我に返った。


「え?」


「私は徹が好き」


「うん」


「徹は……私のこと、どう思ってる?」


 答えは、もう分かっていた。


 春子のことを考えて曲まで作った。


 一緒にいると楽しい。


 二人きりになると嬉しい。


 今日だって、春子から何ももらえないと思ったとき、あれだけ残念だった。


 これを好きと言わずして何と言うのか。


「俺も……春子のこと好きだよ」


「えっ?」


 春子が目を大きくする。


「ほんとに?」


「うん」


「ほんとにほんと?」


「何回聞くんだよ」


「だって……」


 春子の顔が一気に明るくなった。


 けれど、すぐに何かを思いついたように徹を見る。


「じゃあ、私のどこが好きなの?」


「え?」


 今度は徹が困る番だった。


「どこって……」


 明るいところ。


 人懐っこいところ。


 誰とでも自然に話せるところ。


 一緒にいると楽しいところ。


 そして、笑った顔が可愛い。


 いくつも浮かんだ。


 けれど、それを綺麗に言葉にすることができない。


「……笑ってるところ」


「え?」


「春子が笑ってるところが好き」


 一瞬、春子が黙った。


 まずかっただろうか。


 もっと気の利いたことを言うべきだったか。


 徹がそう思った直後、春子の顔に笑みが広がった。


「……そっか」


 照れくさそうで、それでも隠しきれないほど嬉しそうな笑顔。


 それを見た瞬間、徹は思った。


(……やっぱり、この顔だ)


「じゃあ……」


 春子が少しだけ徹へ近づいた。


「私と付き合ってくれる?」


「……う、うん」


「ほんと?」


「だから何回聞くんだよ」


「だって嬉しいんだもん」


 春子が笑う。


 そして次の瞬間、徹との距離を一気に縮めた。


「え?」


 春子の腕が徹の背中へ回る。


 抱きしめられている。


「春子?」


「……ずっと、こうしたかった」


 耳元で小さな声がした。


 徹は一瞬だけ戸惑った。


 けれど、春子を押し返す理由などない。


 ゆっくりと腕を上げ、その背中へ回した。


 春子の身体が少しだけ強く近づく。


 何を言えばいいのか分からなかった。


 ただ、抱き返す。


 それだけで十分な気がした。


 しばらくして春子の方から身体を離した。


 さっきまで積極的だったくせに、今度は自分で恥ずかしくなったらしい。


「……部屋、見る?」


「急に話変わったな」


「いいでしょ。来て」


 春子は照れ隠しのように立ち上がった。


 春子の部屋には、徹が想像していた以上に音楽があった。


「すごいな」


 棚にはCDやレコードが並び、壁際にはギターも置かれている。


「こんなに持ってたんだ」


「全部私のじゃないよ。お父さんのも借りてる」


「へえ」


 徹は棚を眺めた。


「あ、これ持ってる」


「ほんと?」


「こっちも聴いたことある」


「じゃあ、これは?」


「それは知らない」


「じゃあ今度貸してあげる」


 結局、付き合うことになっても話すことは音楽だった。


 好きな曲。


 ギター。


 バンド。


 三年生を送る会で演奏する曲のアレンジ。


 話し始めれば、いつもの二人に戻る。


 ただ、ときどき目が合う。


 そのたびに、徹は少しだけ変な気分になった。


(……彼女なんだよな)


 目の前にいる春子は、昨日までと何も変わっていない。


 なのに、今日からは彼女。


 まだ、その言葉が自分の中に馴染まなかった。


「あっ」


 春子が時計を見る。


「もう五時半」


「そんな時間?」


「うん。そろそろお母さん帰ってくるかも」


 徹は反射的に立ち上がった。


「じゃあ帰る」


「早っ」


「いや、帰るだろ」


「まだ六時前だよ」


「初めて来た日に、春子のお母さんと鉢合わせするのはちょっと……」


 春子が吹き出した。


「徹、そこ気にしてたの?」


「当たり前だろ」


「大丈夫なのに」


「俺が大丈夫じゃない」


「変なの」


 笑いながら、春子も立ち上がった。


 玄関まで見送られ、徹は靴を履いた。


「じゃあ、また明日ね」


 春子が言う。


「ああ。また明日」


 明日は土曜日。


 午前中は学校がある。


 数時間もすれば、また同じ教室で顔を合わせる。


「……学校ではどうする?」


 春子が小さな声で聞いた。


「まだ内緒でいいんじゃない?」


「そうよね。私もそう思ってた」


「達也あたりに知られたら面倒そうだし」


「絶対うるさいよね」


 二人で笑う。


「じゃあね、徹」


「うん」


 家を出て、門のところまで歩く。


 何となく振り返ると、春子はまだ玄関の前に立っていた。


 目が合う。


 春子が笑って手を振った。


 徹も小さく手を上げる。


 そして再び歩き出した。


 少し歩いたところで、徹は一人で息を吐いた。


(……俺、本当に春子と付き合うことになったんだよな)


 ようやく、その事実が少しずつ現実味を帯びてくる。


 五十年生きた記憶があっても、十四歳から人生をやり直していても、こんな気持ちには慣れていない。


 胸の奥が落ち着かない。


 それなのに、不思議と嫌ではなかった。


 むしろ、少しだけ浮かれている自分がいる。


 徹はもう一度だけ春子の笑顔を思い出した。


 そして、誰にも見られていないのをいいことに、小さく笑った。

最後までお読みいただきありがとうございます。


ついに春子が想いを伝えました。


バレンタインに告白すると決め、ティラミスまで作って準備していた春子。


対する徹は最後まで受け身でしたが、


「春子が笑ってるところが好き」


ようやく自分の気持ちを、自分の言葉で伝えることができました。


そして二人は恋人に。


とはいえ、明日は土曜日。


午前中には、もう学校で顔を合わせます。


昨日までと同じ教室、同じ仲間たち。


でも二人だけが知っていることが、一つ増えました。


付き合いたての二人がどうなるのか、次回も楽しんでいただけたら嬉しいです。


続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。