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『死んだ俺が1977年に転生して、君へ繋がる人生をやり直す』  作者: れいじ


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第64話 ふたりで過ごす日

今度こそ、本当に二人きり。


年末のすれ違いを乗り越え、徹と春子は日曜日の街へ出かけます。


いつもと変わらないはずの春子が、今日はなぜか少し違って見えて……。

一月十二日、日曜日。


 徹は玄関の鏡の前で、上着の襟を整えていた。


 別におかしな格好ではない。普段、休日に出かけるときと大して変わらないはずだ。


 それなのに、さっきから二度も鏡を見ている。


「徹、出かけるの?」


 後ろから声をかけられ、振り返ると優子が立っていた。


「うん。ちょっと駅前まで」


「誰と?」


「春子」


 答えてから靴を履く。


「二人で?」


「そうだけど」


「へえ」


 それだけ言って、優子は妙に納得したような顔をした。


「……なんだよ」


「別に。いってらっしゃい」


 追及してくるわけでもない。


 その方が逆に気になった。


 家を出てからも、さっきの「へえ」が頭の片隅に残っている。


 二人で出かける。


 それだけなら、葵とだってある。


 少し前にも二人で渋谷へ行ったばかりだ。


 だから今日だって、必要以上に意識することではない。


 そう思っていたのだが。


(……これ、デートになるのか?)


 そんな考えが浮かんで、徹は歩きながら小さく息を吐いた。


 そもそも今日の約束は、年末の埋め合わせみたいなところがある。


 春子は自分と二人で買い物へ行くつもりだった。それなのに徹が勝手に達也たちを誘ってしまった。


 だから今度は二人で。


 ただ、それだけだ。


 そう整理して駅前へ向かった徹は、待ち合わせ場所の少し手前で足を止めた。


 春子はもう来ていた。


 いつもより少しだけ整えた髪。白っぽいセーターの上にコートを羽織り、小さな鞄を肩から下げている。


 学校で毎日のように見ている相手なのに、休日の街で見ると雰囲気が違った。


 春子もすぐに徹を見つける。


「あっ、徹!」


 ぱっと表情を明るくして、こちらへ駆けてきた。


「ごめん。待った?」


「ううん。私も今来たところ」


「そっか」


 徹は春子を見て、もう一度思う。


(……可愛いな)


 今までだって、春子を可愛いと思ったことがなかったわけではない。


 ただ今日は、その感覚がやけにはっきりしていた。


「なに?」


「え?」


「さっきから見てる」


「いや……服、似合ってるなと思って」


 春子が一瞬黙った。


 それから、嬉しそうに口元を緩める。


「ほんと?」


「うん」


「そっか」


 たったそれだけなのに、春子の機嫌がさらに良くなったように見えた。


 徹は少し照れくさくなって、歩き出す。


「今日はちゃんと俺一人だから」


「……見れば分かる」


「一応言っとこうかと」


「途中から達也とか出てこない?」


「出てこないって」


「ほんとに?」


「信用ないな」


「一回やってるからね」


「……ごもっともです」


 春子が声を上げて笑った。


 その笑顔につられて、徹も笑う。


 前回あれだけ気まずくなったのが嘘のようだった。


 目的のカフェは駅から少し歩いたところにあった。


 最近できたばかりらしく、店内には木のテーブルが並び、窓際には小さな観葉植物が置かれている。


 二人は向かい合って座った。


 春子はメニューを開くと、すぐに身を乗り出してきた。


「徹、これ見て。チョコレートケーキ」


「近い近い」


「見えないでしょ」


「見えるよ」


 肩が触れそうな距離から、春子が徹の顔を見る。


「徹は?」


「コーヒーでいいかな」


「それだけ?」


「うん」


「せっかく来たのに?」


「春子が食べたいって言った店だろ」


「じゃあ私、ケーキも頼む」


「好きなの頼んでいいよ。今日は俺が出すから」


 春子がメニューから顔を上げた。


「別に、奢ってほしくて怒ったんじゃないけど」


「分かってる」


「ほんとに?」


「……たぶん」


「そこは分かっててよ」


 また春子が笑う。


 今日は本当によく笑う。


 注文したケーキが運ばれてくると、それはさらに分かりやすくなった。


「美味しい!」


「まだ一口目だろ」


「一口目で美味しいものは美味しいの」


 春子はそう言って、もう一口食べる。


 徹はコーヒーを飲みながら、その様子を眺めていた。


「春子、こういうの食べてるとき分かりやすく機嫌いいよな」


 フォークを持った春子の手が止まった。


「……徹って、そういうところ見てるんだ」


「何が?」


「なんでもない」


 春子はまたケーキを口へ運ぶ。


 けれど、さっきより少しだけ頬が緩んでいた。


 話している間も、春子はよく徹の目を見た。


 学校のこと。


 バンドのこと。


 春樹が本当に三月までにサックスを吹けるようになるのか。


 達也なら送る会でまた何か余計なことをやりそうだとか。


 特別な話など何もしていない。


 それでも春子は楽しそうだった。


 そして、その顔を見ていると徹まで楽しくなってくる。


(……やっぱり今日の春子、可愛いな)


 今日だけで何度目だろう。


 カフェを出ても、春子は帰ろうとはしなかった。


「まだ時間あるよね?」


「あるけど」


「じゃあ、ちょっと見て回ろうよ」


「いいよ。どこ行く?」


 自分からそう答えたことに、徹は少しだけ驚いた。


 埋め合わせだから付き合う。


 朝はどこかに、そんな意識もあったはずだった。


 今は違う。


 もう少し春子と一緒にいたかった。


 二人で本屋を覗き、CDショップにも寄った。


 春子は何か見つけるたびに、


「徹、これ知ってる?」


 と袖を引く。


 棚を一緒に覗き込めば肩が触れる。


 歩いているときも、笑いながら腕を軽く叩いてくる。


 もともと春子は人との距離が近い。


 それくらい分かっている。


 それなのに今日は、触れられるたびに妙に意識してしまう。


 しばらく歩いたところで、ゲームセンターの前を通った。


「あっ」


 春子が立ち止まる。


「今度は何?」


「あれ」


 指差した先には、店頭近くに並んだUFOキャッチャーがあった。


「ちょっと入ろうよ」


「ゲーセン?」


「いいじゃん」


 返事を待つ前に腕を掴まれ、そのまま店内へ連れていかれる。


 電子音の入り混じった騒がしい店内を進んでいた春子が、一台の前で止まった。


「あ、これ可愛い」


 ケースの中には、小さな白い犬のぬいぐるみが並んでいる。


「欲しいの?」


「ちょっとね。でも、こういうの苦手なんだよね」


「じゃあ取ってみるか」


「徹、できるの?」


「まあ見てろ」


 数分後。


「徹、下手」


「……うるさい」


 春子が隣で楽しそうに笑っていた。


「今の絶対取れたでしょ」


「アームが弱いんだよ」


「機械のせいにした」


「本当に弱いんだって」


「もうやめる?」


「いや」


 ここでやめると、なんとなく負けた気がする。


 それ以上に、春子があのぬいぐるみを欲しそうに見ていた。


 何度か位置を変え、ようやくアームがぬいぐるみを引っかける。


「あっ、いける! いける!」


 春子が徹の腕を掴んだ。


 ぬいぐるみが落下口へ転がった瞬間、春子が小さく跳ねる。


「取れた!」


「やっとな」


 取り出した白い犬を、そのまま春子へ差し出す。


「ほら」


「え?」


「欲しかったんだろ」


「……くれるの?」


「俺が持って帰ってどうするんだよ」


 春子は両手でぬいぐるみを受け取った。


「ありがとう、徹」


 そして、胸の前で大事そうに抱える。


 その笑顔を見た瞬間、徹は妙に満足している自分に気づいた。


 ぬいぐるみが取れたからじゃない。


 春子が喜んだからだ。


 ゲームセンターを出たあとも、春子は白い犬を何度も眺めていた。


「そんなに気に入った?」


「うん。大事にする」


「何百円かかったと思ってるんだ」


「そういうこと言わないの」


 また腕を軽く叩かれる。


「でも、本当にありがと」


「どういたしまして」


 二人は並んで駅の方へ歩き始めた。


 もう夕方が近い。


 冬の日は短く、街には少しずつ影が伸び始めていた。


 春子はぬいぐるみを鞄へしまうと、また徹の隣に並ぶ。


 少し近いな、と徹は思った。


 けれど歩幅を変えなかった。


 そのまま歩いていると、指先に何かが触れた。


 一度離れる。


 また触れる。


 今度は、その指が徹の手を握った。


 徹の足がわずかに遅くなる。


「……春子?」


「なに?」


 春子は前を向いたまま答えた。


「手」


「うん」


「うんって……」


「繋いだ」


「それは分かってる」


 ようやく春子がこちらを見た。


 笑っている。


 でも、頬は少し赤かった。


「だって、繋ぎたかったから」


 徹は何も言えなくなった。


 頭の中では、いろいろなことが浮かんでいた。


 黒沢恒一として生きた五十年以上。


 そして長浜徹として過ごしている十四年。


 自分の中にある時間を全部足せば、六十年を軽く超える。


 春子は十四歳だ。


 頭で考えれば、どうしたって引っかかる。


 それなのに。


「……嫌?」


 春子が徹の目を見ていた。


 不安そうなのに、それでも手は離していない。


「いや」


 徹は握られていた手に、少しだけ力を返した。


「嫌じゃない」


 春子の表情が一気に明るくなる。


「じゃあ、このまま」


「……春子は平気なの?」


「平気じゃないよ」


「え?」


「私だって緊張してる」


 そう言いながら、春子はまた徹の目を見る。


「でも、繋ぎたかったから」


 徹は前を向いた。


 そうしないと、たぶん顔に出る。


 今日の春子は、ずっと楽しそうだった。


 目が合えば嬉しそうにして、何度も自分に触れてきた。


 ぬいぐるみを渡せば、本当に大事そうに抱えていた。


 そして今、手を繋いでいる。


 その全部を嬉しいと思っている自分がいる。


 春子が笑うと嬉しい。


 近くに来れば意識する。


 触れられれば胸がざわつく。


 そして今は、この手を離したくないと思っている。


 ここまで来て、それをただの友達だからと言い張るのは、さすがに無理があった。


(……俺、春子のこと好きなんだな)


 認めてみると、不思議なくらいすんなり胸に落ちた。


 頭では、まだ引っかかっている。


 自分は普通の十四歳ではない。


 だから、この気持ちにどう向き合えばいいのかは分からない。


 それでも、好きだと思う心まで否定する必要はないのかもしれない。


「徹?」


「ん?」


「また難しいこと考えてたでしょ」


「なんで分かるんだよ」


「顔」


「そんなに出てる?」


「出てる」


 春子が楽しそうに徹の手を引いた。


「今日は考えすぎるの禁止」


「無茶言うな」


「じゃあ、駅まで禁止」


「短くなったな」


「サービスしてあげたの」


 徹は思わず吹き出した。


 春子も笑う。


 繋いだ手は、そのままだった。


 駅前に着くと、春子は名残惜しそうに手を離した。


「今日は楽しかった」


「俺も楽しかったよ」


「ほんと?」


「ほんと」


「じゃあ、また行こうね」


「うん。また行こう」


 春子が少しだけ考えてから、念を押すように言った。


「今度も二人でね」


「分かってるよ」


「ほんとに?」


「もう勝手に達也たち誘わないから」


「よろしい」


 満足そうに頷いて、春子は数歩離れた。


 けれど、そのまま帰らずに振り返る。


「徹!」


「ん?」


「今日は本当にありがとう!」


 大きく手を振る。


 徹も手を上げて返した。


 春子が人混みの向こうへ消えてから、徹は自分の右手を見た。


 さっきまで、そこには春子の手があった。


 頭の中にはまだ、簡単には片づけられないものが残っている。


 それでも一つだけ、昨日までとは違うことがあった。


 自分が春子を好きだという気持ちだけは、もう誤魔化せそうになかった。

最後までお読みいただきありがとうございます。


ずっと徹を見て、よく笑い、自然に距離を縮めてくる春子。


そしてついに、自分からその手を取ります。


これまで自分の気持ちに理由をつけてきた徹も、春子と一日を過ごす中で、ようやく一つの答えにたどり着きました。


頭ではまだ迷いが残っていても、心はもう誤魔化せない。


この日、徹が初めて素直に認めた「好き」という気持ちが、この先思わぬ形で新しいものを生み出していくことになります。


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