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『死んだ俺が1977年に転生して、君へ繋がる人生をやり直す』  作者: れいじ


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第57話 あなたのために

葵のセカンドシングル『あなたのために』発売日。

今回は、葵の方から徹へ歌を届けにやってきます。


春子との花火の話をきっかけに、葵の中でも少しずつ変わり始めた気持ち。

その答えにも、ようやく気づき始めたようです。

十月に入ると、朝晩の空気はすっかり秋らしくなっていた。


 街を歩く人の服装も少しずつ変わり、夏の名残はもうほとんどない。


 そんな十月のある日。


 如月葵にとって、今日は特別な日だった。


 セカンドシングル『あなたのために』の発売日。


 春に発売されたデビュー曲『風のメロディ』から、およそ半年。


 あの頃と比べれば仕事は明らかに増えていた。


 雑誌の撮影や取材。小さなイベントへの出演。テレビの仕事も、まだ多くはないものの声がかかるようになっている。


 街を歩いていて、たまに気づかれることもあった。


 それでも、まだ人気歌手と呼べるほどではない。


 今日の午前中も、葵は新曲の発売に合わせた雑誌の取材を受けていた。


「ありがとうございました」


 取材を終え、葵が頭を下げる。


 スタッフが片づけを始める中、少し離れたところで一人の女性が手帳を確認していた。


 桜田由佳。


 三十五歳。


 これまで何人もの歌手やアーティストを担当してきたベテランマネージャーで、現在は葵を担当している。


 仕事には厳しい。


 時間にも厳しい。


 だが、必要以上に口を出すことはなかった。


「如月さん、今日はこれで終わり」


「はい」


 返事をした葵の顔が、ほんの少し緩んだ。


 由佳はそれを見逃さなかった。


「ずいぶん嬉しそうね」


「え?」


「いつも仕事が終わったときは、そんな顔しないでしょう」


「そんなことないですよ」


「そう?」


 由佳はそれ以上追及せず、手帳を閉じた。


 今日の午後に仕事は入っていない。


 正確には、入れなかった。


 少し前、葵本人から頼まれたのだ。


『セカンドシングルの発売日、午後を空けてもらえませんか?』


 発売日は宣伝のための仕事を入れたい日でもある。


 それでも葵が珍しく自分から希望したため、由佳は午後を空けていた。


「じゃあ、私は行きますね」


「待って」


「はい?」


 由佳がテーブルの上を指さす。


 一枚のCDが残されていた。


「あっ!」


 葵が慌てて取りに戻る。


「忘れたら、午後を空けた意味がなくなるんじゃない?」


 CDを手に取った葵の動きが止まった。


「……桜田さん」


「何?」


「分かってて言ってますよね」


「何のことかしら」


 由佳は涼しい顔をしている。


 葵は少し頬を膨らませると、大切そうにCDを鞄へしまった。


 由佳はそんな葵を見て、わずかに笑う。


 何人もの若いアーティストを見てきた。


 これくらいの変化なら、聞かなくてもだいたい分かる。


「如月さん」


「はい?」


「一つだけ」


 由佳の声が少し真面目になる。


「あなたは普通の高校生とは少し違う立場にいる。それだけは忘れないで」


 葵も、その意味は分かった。


「……はい」


「ならいいわ」


 由佳はそれ以上何も言わなかった。


「行ってらっしゃい」


「はい!」


 今度こそ葵は笑顔で部屋を出ていった。


 放課後。


 俺が家に帰ると、玄関に見慣れない靴が置いてあった。


「ただいま」


「おかえり」


 台所から母さんの声が返ってくる。


「徹、葵ちゃん来てるわよ」


「……葵が?」


 今日?


 靴を脱いで居間へ向かう。


 そこには、ソファに座って母さんと話している葵がいた。


「おかえり、徹くん」


 俺を見るなり笑う。


「どうしたの?」


「どうしたのって?」


「今日、発売日でしょ」


「知ってるよ」


「仕事は?」


「午前中だけ」


 葵は何でもないことのように答えた。


「午後は?」


「空けてもらったの」


「へえ。珍しいね。何か予定でもあったの?」


「あったよ」


「どこか行くの?」


 葵が黙った。


 なぜか母さんまで俺を見ている。


「……もう来てるけど」


「え?」


「徹くんって、本当にそういうところ鈍いよね」


「何が?」


「もういい」


 葵は呆れたように言うと、足元に置いていた鞄を開けた。


 中から一枚のCDを取り出す。


「はい」


「これ……」


 ジャケットには、以前より少し大人びた表情をした葵が写っていた。


 そしてタイトル。


 如月葵。


 セカンドシングル。


『あなたのために』


「ついに今日発売したの」


「それは知ってるよ。これから買いに行こうと思ってたから」


「買わなくていいよ」


「でも、売上になるでしょ」


「一枚くらいいいの」


 葵がCDを俺へ押しつける。


「私が渡したかったから」


「……そっか」


 受け取ってケースを眺める。


「ありがとう」


「開けてみて」


「今?」


「うん」


 ケースを開け、歌詞カードを取り出す。


 内側に手書きの文字があった。


『徹くんへ いつもありがとう 葵』


「サイン入りか」


「特別だからね」


「ありがとうって、俺、何かした?」


「してるよ」


「何を?」


「いろいろ」


「いろいろって」


「いいの。私がそう思ってるんだから」


 そう言われると、それ以上は聞けなかった。


 俺はもう一度ジャケットを見る。


『あなたのために』


「これって恋愛の歌だよね?」


「そうだよ」


「結構、大人っぽいよね」


「……やっぱりそう思う?」


「うん」


 曲自体は、すでにラジオで少し耳にしていた。


 デビュー曲『風のメロディ』とはかなり違う。


 誰かを強く想いながら、それでも届かないかもしれない気持ちを抱えている。


 そんな大人びた恋愛を歌った曲だった。


 高校生の葵が歌うには、少し背伸びをしているようにも感じる。


「私も最初に歌詞を見たとき、難しいなって思った」


「やっぱり?」


「ちょっと。こういう恋愛したことないし」


「だよね」


「……そこは否定してよ」


「なんで?」


「なんとなく!」


 怒られた。


 でも、曲が悪いわけじゃない。


 むしろいい曲だと思う。


 葵の歌も『風のメロディ』の頃より確実に上手くなっている。


 声の出し方も自然になったし、表現にも余裕が出てきた。


 なのに、初めて聴いたときから何かが引っかかっていた。


 なんだろう。


 上手く説明できない。


 ただ。


(葵の歌って感じが、あまりしないんだよな)


 今の葵を知っているから、そう思うだけなのかもしれない。


 俺は音楽業界の人間でもなければ、プロデューサーでもない。


 だから、この違和感が正しいのかも分からなかった。


「レコーディングのときね」


 葵の声で意識を戻す。


「大切な人を一人思い浮かべて歌ってみろって言われたの」


「へえ」


「その方が気持ちを込めやすいからって」


「誰を思い浮かべたの?」


 何気なく聞いた。


 葵が俺を見る。


 ほんの少しだけ、間があった。


「……知りたい?」


「聞いたからね」


「教えない」


「なんだよ、それ」


「いつかね」


 葵はそう言って笑った。


 その顔が、なぜか少しだけ赤く見えた。


 葵自身には、もう分かっていた。


 レコーディングブースで目を閉じたとき。


 一人だけ大切な人を思い浮かべてほしいと言われて、最初に浮かんだ顔。


 それが誰だったのか。


 夏、春子から聞いた言葉も、まだ覚えている。


『そのまま二人で花火を見た』


 あのとき、胸の奥が妙にざわついた。


 どうして嫌だったのか。


 どうして徹くんと春子が二人でいたことが、いつまでも気になったのか。


 考えているうちに、答えは思っていたより簡単なところにあった。


 たぶん。


 私は、徹くんが好きなんだ。


 そう気づいたばかりで、これからどうしたいのかまでは分からない。


 ただ今日は、発売日に自分の手でCDを渡したかった。


 それだけは、はっきりしていた。


「そういえば」


 葵が話題を変える。


「徹くんの文化祭、いつ?」


「再来週だよ」


「バンド出るんだよね?」


「うん。部内選考もなんとか通ったし」


「春子ちゃんも出るの?」


「もちろん。達也とこずえと春樹も」


「……そっか」


 ほんの一瞬だけ、葵の表情が変わった気がした。


「どうしたの?」


「なんでもない」


 すぐにいつもの笑顔へ戻る。


「私も行く」


「え?」


「文化祭。見に行くから」


「仕事があるんじゃないの?」


「これから桜田さんに相談する」


「無理しなくていいよ」


「無理じゃない」


 思ったより強い声だった。


 葵自身も少し驚いたように瞬きをして、それから笑った。


「徹くんのバンド、どうしても見たいから」


「そっか」


「うん。絶対行く」


 その言葉を聞きながら、俺は手元のCDへ視線を落とした。


『あなたのために』


 少し大人びた、葵の二枚目の歌。


 この曲がこれからどれだけの人に届くのか、今の俺には分からない。


 ただ一つだけ。


 今日、発売されたばかりのその一枚は、誰より先に俺のところへ届けられた。


 その意味に俺が気づくのは、まだもう少し先のことだった。

発売日の午後を空けてまで、徹に直接CDを渡しに来た葵。

本人は自分の気持ちに気づき始めていますが、肝心の徹は相変わらずです。


そして葵は、徹たちが出演する文化祭へ行くと宣言。

春子もいるステージを、葵はどんな気持ちで見るのでしょうか。


次回、いよいよ文化祭がやってきます。

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